◆ことばの話2120「ウォルフォウィッツ」

アメリカのブッシュ大統領が、次期世界銀行の総裁に、ウォルフォウィッツ国防副長官を擁立すると表明した、と3月17日の朝刊各紙が伝えました。
このウォルフォウィッツ氏の表記が新聞によって違うのに初めて気づきました。
(読売・朝日・産経)=「ウォルフォウィッツ」
(日経・毎日)   =「ウルフォウィッツ」

ということで、真っ二つ。これまで全然気づかなかったなあ。ちっちゃい「ォ」があるか、ないかですね。
読んでみると、どちらもそれらしい。つまり「中間の音」なんでしょうね。
外国語の音を日本語のカタカナで表記することの限界を見たような気がします。
Google検索では(3月24日)、
「ウォルフォウィッツ」=6520件
「ウルフォウィッツ」=  885件

上に挙げた新聞以外に、東京新聞、河北新報も「ウルフォウイッツ」派でした。
2005/3/24


◆ことばの話2119「油賠法か?油濁法か?」

「改正船舶油濁損害賠償法」
が、3月1日から施行されました。それを伝える読売テレビのお昼のニュースでは、
「油賠法(ユバイホウ)」
と略していましたが、なにやらユバイ・・・いやいやヤバイ雰囲気の省略の仕方です。
GOOGLEで3月1日に調べたところ、
「油賠法」= 49件
「油濁法」=506件

でした。
文字面(づら)から言えば「油賠法」も「油濁法」もあんまり変わらないかもしれないですが、音声化した場合には、随分イメージが変わります。
意味の上からいうと、「油賠法」は「油濁損害・賠償法」のそれぞれ頭の漢字を取っていますし、「油濁法」は、その最初の2文字をとっていますが、後ろの「損害賠償」からは一文字も取っていない。ということから言うと、意味の全体像を想像させる略し方は、
「油賠法」
に軍配が上がりますが、先ほども書いたように音の響きからは「油賠法」に軍配を上げるわけにはいかない気がします。
たとえば、「外国為替管理法」を略して、
「外為(ガイタメ)法」
などと言うのは「油賠法」と同じ略し方ですね。
法律名は長いものが多いので、当然短く言おう、書き表そうということになりますが、省略の仕方にも苦労しますね。
2005/3/14


◆ことばの話2118「トルコ風呂」

ルーヴル美術館展が4月から横浜で、7月から京都で開かれます。アングルの作品など、なかなか見ごたえのある展覧会になりそうです。
その横浜での展覧会のコマーシャル、男性ナレーターのしゃべりを聞いていると、
「アングルの『トルコ風呂』のほか・・・・」
と言っています。え・・・トルコ風呂・・・。もちろんわかってはいますが、なんとなく、ビクっとするではありませんか。
でもおそらく若い人は既に、あの「トルコ風呂」というのは知らないのだろうなと思って何人か若手に聞きましたが、女性は知りません。
「トルコ風のお風呂じゃないんですか?」
とか言っています。そうなんだけど。トルコ風のサウナのようなお風呂をたしかに「トルコ風呂」と言うんだけど。アングルの作品も「トルコ風呂」とも「トルコ風浴場」とも言うらしいし。男性はさすがに、
「ああ、ソープのことですね。聞いたことはあります。」
と知っていました。
そうです、今から20年ほど前までは、今の「ソープランド」のことを「トルコ風呂」と呼んでいたのです。(そこで働く女性は「トルコ嬢」。ちなみに「名古屋嬢」は「名古屋で働く女性」のことではありません。平成ことば事情1659「名古屋嬢」をご参照ください。)略して「トルコ」とも言いました。だからこの前のワールドカップ(2002年)の時も、
「トルコ戦」
なんて聞くと、ちょっと声を潜めそうな雰囲気がかすかに残っていたのは否定しません。「トルコ」という言葉に、一種のトラウマを持っている男性は、おそらく40代以上だと思いますが。
なぜ名称が変更されたのか。私はちょうどその頃に会社に入ったので、なんとなくそういったことがあったのは覚えていますが、たしかトルコ大使館か何かから抗議があったからだったのでは?と思って調べて見ました。
梅花女子大学の米川明彦先生の『明治・大正・昭和の新語・流行語辞典』(三省堂)を引くと、ちゃんと載っていました。1984年の言葉として「ソープランド」が載っていました。
「ソープランド」
=9月18日、トルコ人ヌスレット・サンジャクリが渡部恒三厚相に「トルコ風呂」という名称はトルコという国を汚すものだとして、改称するように直訴した。これを受け、厚生省や警視庁も改称を業者に指示し、「特殊浴場」という語もできたが、12月19日、「ソープランド」になった。略して「ソープ」。補遺編1951年「トルコ風呂」参照


なるほど、そうでした。1984年の12月19日か。とすると、もう「ソープランド」が誕生して、満20年以上が経過しているんだな。どちらかというと、水泳の
「イアン・ソープ選手」
や、
「ソープ・オペラ」
の方に、いやらしさを感じる人もいても不思議はないな。ついでに「補遺」も見てみました。

1951年(昭和26年)
「トルコ風呂」
元来、トルコなどで行われているスチーム風呂を指して戦前から使われていたが、銀座の東京温泉がスチーム風呂とマッサージをつけた特殊浴場を開店した。これもトルコ風呂と言われた。その後、性サービスをする風俗業の浴場になった。
(用例)玉川一郎『恋のトルコ風呂』(1952)「『トルコ風呂って、あの女の三助がモンでくれるあれですか、あたしゃァ話にはきいて居るだけだけれど・・・』『女の三助なんて失礼なことを言うなよ。君、ミス・トルコってんだ、ハハハハ。』(略)いずれも五尺二三寸の大柄な女性で、パンツにブラジャーだけのセミ・ストリップというところ」とある。1984年、トルコ青年の訴えを機に、業者が公募して「ソープランド」に改称した。


うーん、人に歴史あり。トルコに歴史あり、ソープに歴史あり。
これで考えさせられることは、最近の病名の名称変更や差別用語の言い換えです。たしかに、いくらなじんでいた言葉でも、名称を変えれば、意外と人はすぐに旧称を忘れて新しい名前になじんで行くもんだということとともに、実態が変わらなければそのものは残るし、そこに付与されたイメージは実態の方に移るということですね。
その意味では、「トルコ風呂」「トルコ」に付いていた悪いイメージは、見事に払拭されたと言えるでしょう。
念のためにGOOGLEでネット検索しましょう。(3月14日)

「トルコ風呂」 9590件
「ソープランド」 19万1000件
「特殊浴場」 4万6400件
「トルコ嬢」 9560件
「ソープ嬢」 7万6200件
「特殊浴場嬢」 3件
「特殊浴嬢」 0件
 
ネット上でも、いまや「トルコ風呂」よりも「ソープランド」の方が20倍ほど使われています。ついでに「トルコ風呂」に関する記述を、いくつか抜き出してみると、

『現在ではソープと改名された「トルコ風呂」の第1号店は1971年2月6日に雄琴温泉にオープンしたのが最初とされます。東京の吉原は別格として、滋賀県の雄琴は1970〜1980年代頃は「東の雄琴・西の嬉野」として佐賀県の嬉野温泉と並ぶこの手の営業形態の店が多い町として知られていました。』
『1984年(昭和59年)10月6日、横浜市の業者団体が「トルコ風呂」の名称を今後使用しないことを決定しました。これはトルコから来た若い留学生の「なんとかしてほしい」という訴えに呼応したものでした。珍しく業界がまとまり真面目に対応してこの決定となり、それに代わる名称は一般から公募された結果「ソープ」と決まりました。』


また、風営法の条文で「ソープランド」を見てみると、
「浴場業の施設として個室を設け当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業」
とあり、一方「ヘルス」はこう書いてあるそうです。
「個室を設け当該個室において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務を提供する営業(前号に該当する営業を除く)」

また、「トルコ風呂」の名称をやめさせたトルコ人についてはこんな記述が。
『悪名高い「トルコ風呂」の名称を変えさせた男名はサンジャクリ氏。地震学者でカーペット業者、そして日本・トルコ友好協会の主唱者である。イスタンブール大学で天文学専攻後に東大で地震学を専攻したが、その留学中に日本の「トルコ風呂」の実態を知って、「トルコ風呂」の名称を止めさせた。これを機会に日本、トルコの友好に一生をかけることに。トルコで「日本トルコ友好協会」設立、「日本語学校」設立。かたわらカーペットの製造・販売業を営み、「友好」の資金にしているとか。「日本・トルコ・トラベル会話集」に「日本・トルコ友好のために頑張りましょう」とあった。』
とのことです。
2005/3/14

(追記)

特に名を秘しますが、
「去年トルコに旅行した時に、そのサンジャクリ氏に会った。じゅうたんを売っていた。」という情報を、サンジャクリ氏の写真とともにいただきました。1984年には若き留学生だったサンジャクリ氏も、普通のトルコ人のおっさんになっていました。
『消え行く日本の俗語*流行語辞典』(テリー伊藤・監修、大迫秀樹・編著、東方出版:2004、8、15)という本に「トルコ風呂」、載っていました。
「トルコ風呂」=「風俗営業店。トルコ。八四年、トルコの青年が名称にクレームをつけ、業界が新名称を一般公募した結果、『ソープランド』と改称された。(参)新名称の候補に上がったのは、『特殊浴場、個室浴場、湯房、メンズルーム』など」
とありました。「湯房」「メンズルーム」なんてのも候補に上がっていたとは知りませんでした。


2005/4/14
(追記2)

見坊豪紀・稲垣吉彦・山崎 誠『新・ことばのくずかご84−86』(筑摩書房)の153〜154ページに「トルコ改称案」をテーマにした『週刊朝日』(1984年10月26日号)の「山藤章二のブラック・アングル」を取り上げています。いろんな案が「フキダシ」で出ています。書き記すと、
「特湯」「泡屋」「新赤線」「湯トピア」「出合湯屋」「男子専湯」「カラカラ」「錦風呂」「裏湯」
という9つのアイデアがあります。「ソープランド」はこの中にありませんでした。「湯トピア」なんてのは、「健康ランド」「スーパー銭湯」の名前として、今、使われているところがありそうです。と言うことは、もしこの中の名前になっていたら・・・ややこしいことになっていたかもしれませんねエ・・・。


2006/9/11
 


◆ことばの話2117「反国家分裂法」

中国の全国人民代表大会(略称・全人代)で、3月14日午前、台湾独立に「非平和的方式を取る」と明記した「反国家分裂法案」が賛成2896票、反対0票、棄権2票で成立しました。賛成2896、反対0というのも驚きですが棄権2というのも驚き。すごく勇気がいることでしょうね。棄権分子とみられるのではないでしょうか。)この、
「反国家分裂法」
という法律の名前の読み方のアクセントですが、この日のお昼の「ニュースダッシュ」で日本テレビの金子キャスターは、
「はんこっか・ぶんれつほう(HLHHL・LHHHHH)」
と読んでいたのですが、これだと意味の塊が、
「反国家・分裂法」
となってしまいます。台湾が独立するということが「国家分裂」を招くために、それを阻止するための法律ということであれば、意味上の切り方で言うと、
「反『国家分裂』法」
で、読み方としては、
「はん・こっかぶんれつほう(HL・HHLLHHHHH)」
ではないかと思うのですが。つまり切るところが違うと。夕方の「ニュースプラス1」でも藤井キャスターが、金子キャスターと同じように、
「反国家・分裂法」
と読んでいました。また、NHKのお昼のニュースでは、武田アナウンサーが、コンパウンドして、
「はんこっか・ぶんれつほう(LHHHL・LHHHHH)」
と読んでいましたが、これだと、
「汎国家・分裂法」
あるいは、
「半国家・分裂法」
のように聞こえます。
法律の名前などは切るところが違うと、意味が違うように聞こえてしまいます。コンパウンドの仕方も含めて、こういった用語の読み方は難しいですね。

2005/3/14
 


◆ことばの話2116「元カノ」

電車にから降りる時に、出口脇の座席に座っていた若いサラリーマン2人の会話が耳に入りました。
「それでな、元カノがな・・・」
おお、「元カノ」
元の彼女、元のガールフレンドという意味の若者言葉ですね。省略形。もちろん、もともとは、
「元カレ」
という言葉の方が起源であると思われます。一時、「元カレ」が流行り始めた頃に、
「男性が『元カノ』と言うのは聞かない」
というのを聞いた事がありますが、2005年3月現在、「元カノ」という言葉も発生しているようです。
GOOGLEで検索すると(3月12日)、
「元カレ」=8万3600件
「元カノ」=5万7800件
「元彼」=15万0000件

「元カレ」の方が多いものの、「元カノ」も5万件以上と頑張っています。やはり使われているのですね。ところで「元彼」は「元カレ」なのでしょうか?それとも「元カノ」でしょうかね?
梅花女子大学の米川明彦先生編『日本俗語大辞典』(東京堂出版)を引くと、両方載っていました。
「もとかれ」(元彼)=「もと彼氏」の略。「まえかれ」とも言う。若者語。<関連語>いまかれ。
用例は1996年の酒井順子さんの著作と、2002年番の『現代用語の基礎知識』が引かれていて、そこには「元カレ、元カノ」ともに載っているそうです。
「もとかの」(元かの)=「もと彼女」の略。テレビ番組「ラブジェネレーション」(1997年)に使われ、広まった。「まえかの」とも言う。若者語。<関連語>いまかの。
用例は『現代用語の基礎知識』2002年版だけでした。テレビ番組がきっかけですか。それも、もう8年も前の・・・。若者の世界から遠くなってしまったということですかねえ、もう8年も前に・・・。しゃーないな。
ついでに、これらもGOOGLE検索(3月14日)。
「まえかれ」=55件
「まえカレ」=9件
「前かれ」=312件
「前カレ」=3万4200件
「まえかの」=279件
「まえカノ」=483件
「前かの」=552件
「前カノ」=650件

もひとつ、ついでに全部カタカナは?
「マエカノ」=2080件
「マエカレ」=3890件

おお、意外と多い!ということは、カタカナの響きでもって、暗いイメージを吹き飛ばそうということでしょうかね。
そうこうしている時に漫画週刊誌『ビッグコミックスピリッツ』(3月28日号)に連載中の「たくなび」(山口かつみ)という漫画の第2話・最終ページに、おそらく編集担当者が入れたと思われる「次号へ続く」という案内のコメントに、
「ホームに響く元カノの着信音に拓は・・次号!」
とありました。「元カノ」が使われていました。

2005/3/14
 
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