◆ことばの話2060「減災」

年明けから1月17日に向けて、そしてその後も読売新聞紙上で特集しているのが、
「減災・阪神大震災10年」
というもの。この「減災」という言葉、「防災」はよく耳にしますが、あまりこれまでには聞いたことがありませんでした。
GOOGLE検索(1月14日、日本語のページで)してみると、
「減災」=1万2700件
と結構使われていました。「防災」は、たとえば「火災」など人間が未然に防ぐことができる「人災」に関して使われますが、この「減災」という言葉は、人間が防ぐことができない「地震」や「津波」といった「自然災害」に対して、いかにその被害の程度を抑えることができるか、もっと言えば、
「たとえ建物が壊れたとしても、人の命は守る」
といった意味のように思います。
実際、先日読んだ、『阪神淡路大震災10年』(柳田邦男編、岩波新書:2004、12、12、21)(2005読書日記008をご覧ください)にも、この「減災」という言葉は出てきました(76ページ)。それによると、
「地震は防げなくても地震による被害を最小限にすることは可能であることから、『減災』とも呼ばれ、『事前防災』ともいわれている。地震災害で減災の最も大事なことは、『家は壊れても、ひとは死なない』ように家屋や公共施設を耐震補強することだった」
と、元・神戸新聞記者の松本誠・市民まちづくり研究所所長が書いていました。
神戸市で1月18日から開催された国連防災会議の「兵庫宣言」でも「減災・予防」の重要性が強調されました。
国語辞典を引いてみると、『新明解(第六版)』『日本語新辞典』『明鏡国語辞典』『新潮現代国語辞典』『三省堂国語辞典』『広辞苑』『日本国語大辞典』に「減殺」は載っていますが、「減災」は載っていません。また、『現代用語の基礎知識』『知恵蔵』『イミダス』にも「減災」は載っていません。(2004年版ですが。)
今後は、よく使われる言葉になるでしょうね。我々も「減災」を心に刻みましょう。
2005/1/26


◆ことばの話2059「ユーシェンコ?ユシチェンコ?」

先輩のK氏と会社の廊下ですれ違ったら、
「道浦に会ったら聞こうと思ってたんだけど・・・ウクライナの大統領選挙に出てきた、あのダイオキシンで顔やられた人の名前・・・」
「ユーシェンコですか?」
「そうそう!あれって、なんか2通り呼び方あるやろ。ユーシェンコとユシチェンコだったかな。どっちが正しいの?」
「あ、そうなんですか。全然気づきませんでした。調べておきます。」

ということで、さっそくネット検索(1月20日)しました。結果は、
「ユシチェンコ」=1万4400件
「ユーシェンコ」=  9520件
「ユシシェンコ」=    18件
「ユシェンコ」=     88件

でした。たしかに「ユシチェンコ」と「ユーシェンコ」が、ともに1万件近く使われていますね。「ユシチェンコ」の方が1、5倍ほど使われているとはいえ、ともに1万件近いというのは、「両方使われている(きた)」と言えると思います。
また、ネットで出てきた各メディアの表記、また直接新聞で見た表記は、
「ユシチェンコ」・・・読売、朝日、産経、ロイター、共同通信(12月13日)
「ユーシェンコ」・・・時事通信、NHK、共同通信(12月27日)、日経

といったところでした。共同通信は、12月13日は「ユシチェンコ」だったのに、やり直し大統領選挙の報道があった27日には「ユーシェンコ」に変わっていますね。
そのほか、この記述に関して触れたサイトを見ると、ネットのフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、こう載っています。

『ヴィクトル・ユーシェンコ(ヴィクトル・アンドーリオヴィチ・ユーシェンコ(ウクライナ語: В?ктор Андр?йович Ющенко(Viktor Andriiovich Yuschenko), 1954年2月23日)は、ウクライナの政治家。姓は、日本の報道においては「ユーシェンコ」という表記と「ユシチェンコ」という表記がみられるが、これはキリル文字の「Щ」という文字がschともshchとも翻字されるためである。)
とありました。また「私の時事短評」というサイトには、
『各メディアにより、ウクライナ元首相の名前が「ユーシェンコ」と「ユシチェンコ」に分かれていますが、原音は「ユーシェンコ」に近く、英語では「ユシチェンコ」となります。』

とありました。そのほかにも、「何でもウクライナ」という掲示板(12月17日)でioriさんというハンドル・ネームの人が、

『「ユーシェンコ」「ヤナコービッチ」の件ですが、日本の新聞には「ユシチェンコ」と「ヤヌコビッチ」となっています。ウクライナのニュースでは「ユーシェンコ」と言っています。(私の耳で聞いて)だから「ユーシェンコ」と表記しています。この件は私も不思議に思い産経新聞の記者にたずねてみました。最初に、時事通信か共同新聞かどちらか忘れましたが、「ющенко」をアクセント抜きでそのまま「ユシチェンコ」と読んで新聞に書いてしまいました。それにあわせて各紙の記者は「ユシチェンコ」としているそうです。このことはプーチンが首相として日本の新聞に現れたころ、「プチン首相」と記載されていたと思います。いつの間にか「プーチン」となっているので、いずれ「ユシチェンコ」も「ユーシェンコ」になると思います。』

と記しています。また「potpourri〜雑記帳」2004年12月27日「今日のニュースから」というサイトでは、「ウクライナ大統領やり直し選挙でユーシェンコ候補が勝利」と題して、こう記しています。
『前までは「ユシチェンコ」と書いていたが、急に表記が「ユーシェンコ」に変わっている。ロシアのニュースサイトを見るとЮщенкоだから、「ユシチェンコ」あるいは「ユーシチェンコ」で良さそうな気もするんだけど。ウクライナ語では「ユーシェンコ」なのだろうか。』

さらに、「薄唇短舌」という46歳男性のコラム(2004年12月28日)でも、「ユーシェンコ?ユシチェンコ?」と題して詳しく記しています。要約すると、

『CNNでは、Yushchenkoと表記してあり、発音は《ユシチェンコ》だった。ウクライナ語はロシア語と近いはずなので、そのアナロジーからすると、shchというのは一つの子音。ロシア語だとЩという文字。《ボルシチ》の《シチ》。ローマ字表記だとborshch。この音、二重子音ではない。だから「ユシチェンコ」ではないが、日本人の耳に「ユーシェンコ」と聞こえるかというと(borshchを『ボールシ』でなくて『ボルシチ』と書くことからも)恐らく「ユシチェンコ」に近く聞こえるはず。いずれにせよカタカナで正確な表記はできないし、『ユシチェンコ』の方が自然だ(英語でもそう発音しているから、国際的にも通りが良いはず)。』

ということで、両方の表記があるということ、どうやら前は「ユシチェンコ」だったけど、年末のやり直し大統領選挙の結果を受けて、2004年12月27日頃から「ユーシェンコ」にシフトしたらしいことが読み取れますね。
用語懇談会の各社の委員の皆さんに、「御社では、どちらの呼び方をしているのですか?」と聞いたところ、以下のような返事が返ってきました。

(テレビ朝日)=「ユシチェンコ」
テレビ朝日で長年ロシア語の通訳をしてくれている専門家に聞いたところ、現地の発音としては(この専門家によると)「ユーシェンコ」の方が正しいが、日本語読みの通例としてロシア語のアルファベット「щ」を「シチェ」と読む法則があり、この法則にのっとって読むと「ユシチェンコ」となる。

(NHK)=「ユーシェンコ」
理由は現地記者が「そのように聞いている」ということ。
対立候補は「ヤヌコービッチ」。ただ1回だけ「ヤヌコビッチ」が出てしまった。

(フジテレビ)=「ユーシェンコ」
当初は「ユシチェンコ」だったが、各社に合わせて昨年末「ユーシェンコ」に変えた。
対立候補の方は、当初から現地語に近い「ヤヌコビッチ」を使用している。

モスクワ支局によると、FNNは12月15日頃まで「ユシチェンコ」、以降「ユーシェンコ」とした。基本的には「共同通信が表記変更した」ことがきっかっけ。彼の苗字は「Ющенко」。これを英語表記すると「Juschenko」なので、つづりの文字を1つ1つきちんと読むと「ユシチェンコ」になる。しかし、実際の発音は「ユーシェンコ」が近い。
一方で、ウクライナの地方出身者は「ユーシチェンコ」と訛って発音したりする。
「ユーシェンコ」は、ウクライナやロシアの実際の発音に近い表記だ。
「ヤヌコビッチ」「ヤヌコービチ」も同様。「Янукович」は「Janukovich」と英語表記される。ロシア語には表記上「−(長音)」がない。「力点」という、いわゆるアクセントが付く部分を長音で発音する。(例:「モスクワ」→「マスクヴァー」
    「キエフ」→「キーェフ」など)
このため、ロシア語表記をそのままカタカナにすると「ヤヌコビッチ」、
現地発音に近づけると「ヤヌコーヴィチ」になります。
余談ですが、この名前を本来の「モスクワ弁」で発音すると「ィヌコーヴィチ」
になります。語頭の「Я(Ja」は「ィ」と発音するためです。
 (例:「Япония(Japonija:日本」→「ィポーニヤ」)
しかし、今回は「Я(ヤー)かЮ(ユー)か」とされていた選挙なので
(この2文字はロシア語アルファベットの最後の2文字なのです。「ZかYか」
という感じです)、語頭の「Я」ではありますが「ヤ」を強調して発音される
傾向にありました。
また、これは確認したわけでもないので、私見ですが、「Я」はロシア語や
ウクライナ語で「私」、「Ю」は「You」にも聞こえますから、
「ロシアか欧米か」という意味も隠されていたかもしれません。
本題に戻りまして、「ユーシェンコ」なのに、なぜ「ヤヌコーヴィチ」と
しなかったか。
これは、FNNの場合、当初「ユシチェンコ」「ヤヌコビッチ」とキリル文字を
そのままカタカナに置き換えていたためで、「ヤヌコビッチ」については
現地発音とも大きな差がないことから特に修正しませんでした。
FNNが準拠する「共同通信」も同様であったと記憶しています。
一方で、「ヤナコービッチ」という表記は、つづりの上でも、現地の発音でも
間違いです。

(読売新聞)=「ユシチェンコ」
これまで(1月20日)に出てきた108件はすべて「ユシチェンコ」。ちなみにフィリピン駐日大使が「ユーシェンコ」だった。「ヤヌコビッチ」は91件。
モスクワ支局長経験者に聞いたところ、読売は「ユシチェンコ」だが、現地のデモ隊などは「ユーシェンコ」と連呼していたはず。NHKなどは「ユーシェンコ」派だが、問題は「シチ」の発音。文字で表すと「Щ」。モスクワ五輪のマスコット小熊の「ミーシャ」のシャ「Ш(英語表記ではsh)」に尻尾のあるような字で、ローマ字、つまり英語表記では「shch」になる字。「ユシチェンコ」は英語表記だと「Yushchenko」になる。この子音4連発のような字は、カタカナで書くのは無理なので、ロシア語の発音だと「ユーシェンコ」としか表せない。
平易な例では、ロシア料理でポピュラーな「ボルシチ」の「シチ」は、「ユシチェンコ」同様、ロシア語では「Щ」。現地音では「ボーシェ」と聞こえる。どこまで現地読みに忠実にするかが問題。「ユーシェンコ」にするなら「ボルシチ」は「ボーシェ」とすべきだろう。そこで「ロシア音の日本読み通例」にならい、読売では「ユシチェンコ」にしたようだ。
なお、スラブ系は子音多用言語で、ユーゴのある地区では「TRST」で「トリエステ(Trieste)」という。余談だが、微妙な舌使いが得意なのか、金管木管楽器ではスラブ系の奏者が上手だとも。読売日響メンバーに聞いた話。

(朝日新聞)=「ユーシェンコ」
2001年4月に不信任案可決で退陣した当時は、
「ユーシェンコ」
その後、昨年11月までは、
「ユシェンコ」
決選投票で首位に立ったあとぐらいに、
「ユシチェンコ」
に変えた。現地の発音により近いというのが、変更の理由。しかし1月24日の大統領就任式の記事以降は、また、
「ユーシェンコ」
に変更になった。「ユシチェンコ」はロシア語読みで、「ユ−シェンコ」の方がウクライナ語風だから。テレビニュースで、現地(ウクライ)の人が名前を連呼する映像を見ると、たしかに「ユーシェンコ」と聞こえる。
「ヤヌコビッチ」については初登場以来、「ヤヌコビッチ」で変遷はない。人名は、ルールで決めているもの以外は、おおむね「そう聞こえる」という現地の判断で決めている。

(共同通信)=「ユーシェンコ」
年末12月22日付「ユシチェンコ」から「ユーシェンコ」に呼称変更した。現地の発音により近づけるため。対立候補は「ヤヌコビッチ」。

共同通信の変更は、やり直し選挙の「前」の12月22日だったのですね。

(毎日新聞)=「ユーシェンコ」
データベースを見てみると2002年夏頃までは「ユシチェンコ」、それ以後はすべて「ユーシェンコ」。ヤヌコビッチは「ヤヌコビッチ」で一貫している。外信部の話では、ともにウクライナでの現地音に従ったとのこと。

そして、大統領就任式の様子を報じた1月24日の朝刊では、
読売は「ユシチェンコ」(=モスクワ・五十嵐弘一記者)
産経は「ユシチェンコ」(=モスクワ・内藤康朗記者)
朝日は「ユーシェンコ」(=モスクワ・駒木明義記者)
毎日は「ユーシェンコ」(=モスクワ・町田幸彦記者)
日経は「ユーシェンコ」(=モスクワ・栢 俊彦記者)

読売と産経が「ユシチェンコ」、朝日・毎日・日経が「ユーシェンコ」ですね。で、この日の朝日の朝刊には「おことわり」が出ていました。

<おことわり>
ウクライナ大統領をこれまで「ユシチェンコ氏」と表記してきましたが、現地の発音に近い「ユーシェンコ氏」に変更します。

やっぱり変更したんだ。
なお、読売・日経・産経・毎日ともに「ヤヌコビッチ」。朝日はこの人の名前は出てませんでした(1月24日は)。

結局、この名前のカタカナ表記には2つの問題があります。ひとつは「目の言葉か耳の言葉か」と言うこと。文字からカタカナに起こすのか、耳で聞いた音をカタカナとして文字意固定化するのか。目から入ったものはルールを作れば誰でも同じ表記になりますが、耳から入った音を文字化するのは、どう聞こえるかに個人差がある以上表記の統一は難しいということです。
もうひとつは、「原地音主義の原地とは、どこをさすのか?」という問題。この間の用語懇談会で問題になった「マジョルカかマヨルカか」という問題と同じです。(平成ことば事情2027にも書きました。)その国の標準語の発音を現地音とするのか、その地方のまさに現地の、訛った音(?)を現地音とするのか、という問題です。この二つの問題が解決されない限り、今回のような問題は起きるでしょう。プーチンとプチンの場合は、大国・ロシアの大統領ということで、各メディアが統一できましたが、ウクライナは日本とのかかわりの中で、どれほど重要視されるか。新聞やテレビの上でどれほどの頻度で出てくるか。それによって、表記が統一されるかどうか、決まる気がします。
そうそう、プーチンについては、平成ことば事情59「ウラジーミル・プチン」に書いています。2000年の1月1日のことでした。もう5年前のことなのね。ちょっと見てみましょうか。
『1999年12月31日、夕方になって、ロシアのエリツィン大統領辞任のニュースが飛び込んできました。後継として大統領代行に指名されたのは、ウラジーミル・プチン現首相(47)です。ところが、元日の長官を見比べてみると、このプチン首相の名前の表記が、各新聞によって異なるのです。まず、「プチン」首相としているのが、朝日・産経・日経の3紙、読売と毎日は「プーチン」首相と「プ」を伸ばしています。それだけではありません。ファースト・ネームも、読売・朝日・毎日・産経の4紙は「ウラジーミル」と「ジ」を伸ばしていますが、日経だけは「ウラジミル」と「ジ」を伸ばさない表記をしています。放送局で確認できた中では、NHKは「プーチン」と伸ばし、テレビ朝日は「プチン」と伸ばさない。日本テレビは「プチン」とやはり伸ばしません。(中略)ロシアの大統領となると、頻繁にニュースに登場するでしょうから、近々表記の統一が問題になるのではないでしょうか。ロシア人は一体どう発音しているのか?今度、ロシア語に詳しい同僚に聞いておきますが、それとは別に、外国人の名前や地名をカタカナでどう表記するか?という根本的な問題は、2000年を迎えても、解決されないようですねえ。

2000/1/1
(追記)

その後、ロシア語に強い同期のプロデューサーを通じて、ロシア人に「プチン」と「プーチン」のどちらが原語に近いか、聞いてもらったところ、「プーチンの方が近い」との事でした。また「ウラジーミル」か「ウラジミル」かについては「ウラジーミルの方が近い」との事でした。要は、アクセントの強いところが少し伸びて聞こえる、という事のようで、「プーチン」の場合は「プ」に、「ウラジーミル」は「ジ」にアクセントが来るという事でした。2月4日の新聞用語懇談会で、この話題が出ました。その中で、1月末にそれまで「プチン」としてきた共同通信と朝日新聞が「プーチン」に変えたと報告されるなど、「プーチン」と伸ばす所が多くなりました。さらに2月10日に私が確認したところ、当初「プチン」だった日本経済新聞と産経新聞も「プーチン」に変えていたため、これで全紙「プーチン」に統一されました。めでたしめでたし。
ただ、チェチェンの首都の名前が「グロズヌイ」か「グローズヌイ」かは、統一されないままです。2000/2/15 』

ということでした。あら、ほとんど全部引き写しちゃった。ま、いいか。

2005/1/25


◆ことばの話2058「わけわけ」

なんと秘書室の女性からメールが来ました!何用?と思ってメールを読むと・・・
「7月に生まれて初めて東京を出て、転勤してきて、ここ大阪に来たのですが、初めて出会う関西弁が結構あるので驚いています。その中でも一番、気になっているのは・・・・ご飯を食べに行ったときに、パスタなどを注文して取り分けることありますよね、大皿料理店などで。そんな時、
『「わけわけ」しよか?』
という言葉をよく耳にします。『わけわけ』と女の子もおじさまもお店のおばあちゃまも言っている・・・今までは『とりわけよっか?』『シェアしよっか?』というフレーズだったので『わけわけ』が出るたびに、『おっ、きたきた!』とちょっとドキドキします。『わけわけ』は関西ではポピュラーな言葉なのでしょうか?そしてその語源はどこなのでしょうか。もしご存知でしたら教えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。」
ということで、ご質問にお答えしました。
「ご質問の『わけわけ』は、私などは関西生まれの関西育ちなので、フツウに聞いていましたねえ。関西弁でしょう。しかも幼児語だと思います。
『ないない』もそうですね。
「もうお菓子は『ないない』しよな」
というふうに使います。こういうふうに重ねる言葉、けっこう、関西の幼児語に多いですね。『ぼんぼん』『まんまんちゃん』『だんだん』『まぜまぜ』『ねんねん』『噛み噛み』、『しーしー』『うんうん』『なでなで』『焼き焼き』『(おしり)ぺんぺん』
などもありますね。わかります?意味は。
『幼児語』は、幼児『が』使う場合と、大人が幼児『に』使う場合がありますね。『日本国語大辞典』には『わけわけ』兵庫県神戸市の方言として載っています。
『分配。分け合うこと。児童語』
また『別々にする』という意味で島根県の方言でも載っています。作例は、
『茶碗と湯飲みを「わけわけ」にしておけ』
西日本全般で使われているのではないでしょうか?ただ、最近はあまり耳にしないような気がします。ネットで見つけた用例。大阪弁として載っていました。
「わけわけ」=「分ける」の意。「みんなで、『わけわけ』しぃーや!」(みんなで分けなさいね)
というところで、よろしいでしょうか?またのご質問お待ちしていまーす!
2005/1/21


◆ことばの話2057「ブロガー」

大阪市営地下鉄の御堂筋線に載っていると車内広告のこんな文字が飛び込みました。

『ブロガーって知ってる?』

梅花女子大学の広告だったわけなんですが、「ブログ」をする人のことを「ブロガー」と呼ぶそうです。そうなると、そもそも「ブログ」とはなんだ?インターネット上の日記のようなものだと認識していますが。その広告を読んでみると、
「日記に、見た人が書き込め参加できるもの。」
のようです。「ブログ」は「ウェブログ」の略のようです。上の「ウェ」だけ略したのね。と言うことは、
「池袋」を「ブクロ」、「新宿」を「ジュク」
と言うのとちょっと似てますかね。
アナウンス部で何人かに「ブログって知ってる?」と聞いたら、大体の人は知っていましたが、「ブロガー」は知りませんでした。それで、Aアナウンサーに「ブログって知ってる?」と聞くと、
「なんですか。『付録』ですか?」
「ちがうよー、ブログだよ」
「感じじゃないんですね。カタカナですか?なに?『グローブ』」
「なんでそんなに聞き間違えるんだよ!ブ・ロ・グ」
「ブログ?聞いたこと、ないです」

ということで、
「自分で調べてみろよ」
というと、なんと『広辞苑』を引き出しました。
「そんなものに新しい言葉が載っているわけないじゃないか!そういう時は『現代用語の基礎知識』や『知恵蔵』とか『イミダス』とかを引けよ。」
ようやく、のろのろと引き出したAアナウンサー、
「へえー、こういう意味だったんですかア。全然知りませんでした。」
先輩のOアナウンサーが、
「おまえさあ、新しい言葉ぐらい知っとかないと、おじさんたちに勝ち目ないじゃないか。」
それを聞いたAアナ、憤然と私に向かってきました。
「じゃあ道浦さん、『デコデン』って知ってますか!?」
「知らいでか!デコレートしてカスタマイズした『ケータイ電話』のことだろ。」
「・・・・・(すごく不満げ)」

ふふふ、10年早いわ。
最後に『イミダス2004』で「ブログ」の項、引いておきましょう。
「ブログ(blog)」=「ウェブログ(weblog)の略で日記方の個人サイトのこと。ログが記録を意味するように、基本的にメッセージが新しい方から時系列に並んでいることが特徴である。個人が簡単に情報を発信できるサイト(ホームページなどの置かれている場所)を簡易に作成、更新できるソフトが普及してさかんに作られるようになった。個人の日記をメッセージとして公開する、知っていることをニュースとして発信するなどさまざまな目的がある。読者がコメントする仕組みも用意されている。いわば、個人ジャーナリストのサイトである。有名人のブログから一般の人のブログまで玉石混交である。」
(この項は小澤隆弘さんという方が執筆しています。)
また、GOOGLE検索では(1月20日)、
「ブロガー」=44万9000件
「ブログ」=1220万件
「ブロッガー」=1万1500件

でした。そして「ブロガー」の意味も2通りあることがわかりました。
「ブロガー(blogger) / ブロッガー」
ブログを手軽に作成できるソフトウェアの名称(blogger)。または、ブログを公開、運営している人のこと。

2005/1/20


◆ことばの話2056「六十六部」

先日、車の中でラジオを聞いていたら、
「六十六部」
という言葉を耳にしました。「ろくじゅうろくぶ」「修行僧」のことだそうです。初めて知った言葉です。仏教関係の言葉は、先日の「四十八滝」もそうですが、知らないことが多いです。そこで、さっそくケータイにメモして、後で調べて見ました。
『広辞苑』を引くと、
「ろくじゅうろくぶ」=「六十六部」廻国巡礼の一。書写した法華経を全国六十六カ所の霊場に一部ずつ納める目的で、諸国の社寺を遍歴する行脚僧。鎌倉末期に始まる。江戸時代には俗人も行い、鼠木綿の着物を着て鉦を叩き鈴を振り、あるいは厨子を負い、家ごとに銭を乞い歩いた。六部。

とありました。そのページの「六」の付く「仏教関係かな」と思われる単語を拾うと、

「六地蔵」「六条河原」「六情(ろくじょう=喜・怒・哀・楽・愛・悪の六つの感情。六気。)」「六所遠流(ろくしょおんる=江戸時代に在任を遠流した六つの島。すなわち、伊豆の七島、薩摩の五島、肥後の天草、隠岐、壱岐、佐渡の称)」「六所の宮」「六震」「六親」「六塵(ろくじん=心を汚す六識の対象。色・声・香・味・触・法の六境)」「六神通」「六正刑(ろくせいけい=武家時代の六種の正刑。すなわち禁獄、追放、流刑、斬罪、梟首(きょうしゅ)、磔(はりつけ)の総称」

「梟首(きょうしゅ)」ってなんだろう?と、もう一度辞書を引くと、
「斬罪に書せられた人の首を木にかけてさらすこと。さらし首。竿首(かんしゅ)。獄門」
ひえ〜!!さらしくびー!白戸三平の世界やあ!まだ「六」はありますね。

「六賊」「六施日(ろくせにち)」「六斎日(ろくさいにち)」「六根」「六窓(ろくそう)」「六即」「六大(ろくだい=万物を構成する六つの要素。地・水・火・風・空・識。六界。密教では法身大日如来の象徴とする。)」

ああ、この「六大」は、つまり万物創生の元であり、この世界は何からできていると考えるかということ、それが宗教の大本なので、それを六つに絞ったところから、「六」という数字が仏教において大きな意味を持つようになったのではないでしょうか。
GOOGLE検索(1月22日)では、
「六十六部」=1万1900件
でした。ネット上のホームページで「六十六部」について書かれたものをいくつか拾って見ました。まず、東京都台東区教育委員会文化事業体育課の作った「台東区の文化財」というホームページには、
『「六十六部」とは、鎌倉時代に発生した聖の一種で「日本回国大乗妙典六十六部経聖」という名称の略。大乗妙典、いわゆる『法華経』を六十六部書写し、全国六十六ヶ所の霊場に一部ずつ納めた聖のことをいいますが、江戸時代の六十六部は、『法華経』の書写を行なう者は少なくなり、代わって石仏・石塔などを各地に造立する者が増えました。経典の書写や石仏・石塔の造立を仏教では「作善」といい、「作善」を重ねることは、生前の罪障を滅ぼし、死後は極楽往生に近づくとされました。』
とありました。また、徳島県立博物館ニュース49[2002年]には「六十六部とは何か」という項がありまして、

『「六十六部」は六部ともいわれ、六十六部廻国聖のことを指します。これは、日本全国66カ国を巡礼し、1国1カ所の霊場に法華経を1部ずつ納める宗教者です。中世には専業宗教者が一般的でしたが、山伏などと区別のつかない場合も少なくありませんでした。また、近世には俗人が行う廻国巡礼も見られました。なお、奉納経典66部のことを指して六十六部という場合もあります。13世紀前半にすでに六十六廻国が行われていたことが確認できますが、いつまで遡るのかは不明です。さかんに行われたのは室町時代以降、とくに近世でした。』

と記してあります。そして、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」では、

『六十六部(ムソロクブ)』=執筆者・吉本 茂樹、論文名「六十六部の祟り」、書名・誌名「民族と歴史」2巻6号/通巻12号・日本学術普及会、:発行年月日=大正8年(1919年)12月1日、地域=徳島県阿南市桑野町。

(要約)ある年の暮れに、川の渕で庄屋が、前の晩に泊めた六十六部を殺して秘蔵の宝物である金の鶏と蚊帳を奪った。血まみれになった六分の足は川へと滑り込んだ。その頃庄屋の家で下男が餅をついていると天井から血みどろの足がぶらさがり、1羽の黄金の鶏が現れ米を食い尽くした。その後片足と鶏は六部の笑い声と共にどこかへ消え。その後も色々禍が続いたので庄屋の主人は墓を建立した。』

「ムソロクブ」と読む、大正時代に書かれた怪異現象についてのお話が採集されています。「六十六部」は古典落語の世界にも登場しています。「古典落語のホームページ」に載っている「花見の仇討(はなみのあだうち)」(別名「八笑人」「桜の宮」)という地口落のネタによると、花見に行こうとした長屋の住人が、何か趣向がなきゃあ面白くないということで、「仇討ち」かと思わせてから酒を飲むという趣向を考え実行したところ、本物の仇討ちと勘違いしたお侍が、助太刀しようとして参加。困ってしまうという話があるようです。その「仇討ち」は、浪人1人、巡礼2人、六十六部1人の計4人でやるという設定で、仇討ちが今や始まろうかというところに「六十六部」が「しばらく、しばらく!」と割って入るところだったのです。ところがその六十六部役が割って入る前に、本気の勘違い侍が参加してしまったので、その場面での地口のオチは、侍が「勝負は、五分だ!」と巡礼役を勇気づけるのに対して、「肝心の六十六部(ろくぶ)がまいりません」ということで「五分(ごぶ)」と「六部(ろくぶ)」の語呂合わせのようです。ここからわかることは、「六十六部」のことを略して「六部(ろくぶ)」とも呼んでいたということですね。
また「落語長屋の落語豆知識」というホームページには、
ろくぶ【六部】=六十六部の略。巡礼。
とありました。
仏教における数字には、いろいろな意味が持たされているような気がします。今後もいろいろと注目していきたいと思います。

2005/1/22