◆ことばの話1995「畳を離れ」


11月26日の読売新聞朝刊に、前日(25日)、100キロ超級への転向を決めた、柔道の井上康生選手の会見の模様が記されていました。その記事の中で、
『アテネ五輪から帰国後はしばらく畳からを離れ、「柔道を続けるか、やめるか、思い悩んだ。」』
という記述がありました。この、
「畳をはなれ」
というのが、ちょっとおもしろいなあと。つまりこれは、
「柔道の練習をしないで」
という意味ですよね。別に「自宅の和室にも入らなかった」ということではないでしょう。いや、井上選手の自宅に畳の部屋があるかないかは知りませんが。それにしてもなぜ、
「道場から離れ」
とならないのかは不思議です。ネット検索では、柔道60キロ級の野村忠宏選手がアテネオリンピック代表を決めた、全日本体重別選手権についてのサンケイスポーツの記事(2004年4月5日)の中で、
「25歳で五輪を連覇した男は一時、畳を離れた。」
という一文がありました。
これがたとえば水泳の選手の場合は、
「水を離れ」
になるんでしょうかね?風呂にも入らないとか?てことは、ないですね。
「プールから離れ」
の方が自然な表現だと思いますが。
我々アナウンサーだと、
「マイクから離れ」
になるんでしょうね。あ、そうそう、似たような表現に野球のバッターが引退する時に、
「バットを置く」
というのがありましたね。ただ単に、バットを地面に置いただけなのに「引退」させられたりして。サッカー選手だと「シューズを脱ぐ」かと思いきや、
「ユニフォームを脱ぐ」
が使われているような。これも単に脱いだだけなのに引退させられたりして。気をつけないとね。これはどの競技でも使えそうな「引退」表現ですね。これ以外にも、
「グラウンド(ピッチ)を去る(離れる)」
というのも引退表現だな。
ところで、ユニフォームを脱ぐと「引退」ですが、これが水泳選手だと、
「水着を脱ぐ」
とは言わないと思います。なんだか別の意味になっちゃいそうで・・・。でも、言うのかな?
以下、GOOGLE検索(11月28日)の結果です。
「畳を離れる」=     151件
「畳を離れた」=      13件
「道場を離れる」=   1180件
「道場を離れた」=    960件

やはり「道場を離れる」という表現の方が一般的なようですね。「水泳」の場合は・・・
「水を離れる」=      49件
「水を離れた」=     113件
「プールを離れる」=    18件
「プールを離れた」=    42件

けっこう「水を離れた」が多いようですが、柔道の場合の「道場」よりは少ないですね。
そして、「野球」はと言うと・・・
「バットを置く」=    998件
「バットを置いた」=   414件

「バットを置く」選手は、水泳よりは多く柔道の「道場を離れた」選手並みではないでしょうか。さあ、そして、サッカーは・・・
「シューズを脱ぐ」=   338件
「シューズを脱いだ」=  191件
「ピッチを離れる」=   684件
「ピッチを離れた」=   208件
「ピッチを去る」=   2060件
「ピッチを去った」=  1220件

「シューズを脱ぐ」は、水泳と野球の中間のような。一方「ピッチを去る」はかなり多いですね。Jリーグ誕生から11年。「ピッチを去った」選手の数も数知れず・・・。
団体スポーツ全般で使える「ユニフォームを脱ぐ」あるいは「グラウンドを離れる」はどうでしょうか?
「ユニフォーム脱ぐ」= 3250件
「ユニフォームを脱いだ」=644件
「グラウンドを離れる」= 121件
「グラウンドを離れた」= 943件
「グラウンドを去る」=  586件
「グラウンドを去った」= 590件

どのスポーツでも使えそうな「ユニフォームを脱ぐ」はダントツですね。これまでどれだけの選手がユニフォームを脱いだことか・・・。
ついでに、
「水着を脱ぐ」=    1580件
「水着を脱いだ」=   2450件

やっぱり、この場合は「引退」よりも「美少女」とかそういう系統のサイトがたくさん引っかかったようです・・・。

2004/12/1

(追記)

2006年3月5日の読売新聞に、柔道の野村選手がチェコ国際で優勝したという記事が載っていました。見出しは、
「野村、復帰戦で優勝〜チェコ国際」
本文を読んでみるとこういう文章が。
「アテネ五輪から実戦の畳を離れて1年半。」
引退ではないにせよ、柔道選手の日々過ごす場所は「畳」と認識されていることは間違いなさそうです。
2006/3/7



◆ことばの話1994「アンマンのアクセント」


10月31日、NHKの夕方6時のニュースを見ていると、ヨルダンの首都・アンマンから中継で伝えていた別府さんという男性記者が、「アンマン」を
「アンマン(LHHH)」
と「平板アクセント」で伝えていました!
私にとって、平板アクセントの「アンマン」と言えば、「豚まん」の「豚肉」の代わりに「こし餡」や「粒餡」(大体、「こし餡」のような気はするが)が入った、
「あん(餡)まん」
しか思い浮かびません。緊張するパレスチナ情勢と、湯気をたてるホカホカの「あんまん」が頭の中で交錯し、
「そんなもの食ってる場合か!」
と遠く離れたヨルダンの地にいる別府記者に向かい、テレビ画面に突っ込みを入れた私ですが、別に別府記者はそんなものを食っていたわけではないのは、もちろんのことです。
「地名」などは、よく使う人たちにとってはだんだん平板アクセント化するということは、東京外国語大学の井上史雄先生もご指摘になっています。その意味ではヨルダンの「アンマン」の「餡まん」化も、指をくわえてテレビ画面に突っ込むぐらいしかできないのかもしれません。
しかし、同じような思いを抱えているアナウンサーはほかにもいるようで、フジテレビの山中秀樹あんまウンサーが・・・失礼、アナウンサーが、『放送文化』(NHK出版)という雑誌の2004年秋号の157ページ「放送と言葉」というコラム欄に「悪い予感」と題して、こう書いています。
『地名でも、ヨルダンの「アンマン」をいつの間にか肉マンの仲間みたいなアクセントで読む記者もいるし、困ったなぁ、と思っていると、つい先日、こんな悪い予感を告げられた。「いやぁ、この間テレビ番組の中で若いタレントが『アテネ』を頭高ではなく、平板型のアクセントで読んでいたよ。オリンピックの前だし、これからどんどん広がるんじゃないかな?」と言うではないか。』
ゲゲ。平板の「アテネ」。ナサケネー・・・って平板で言いそうになるぐらい、おぞましい。
でも、アテネオリンピックも終わっちゃったし、なんとか「アテネ」の平板化は、定着することなく過ぎたようですね。めでたし、めでたし。 とりあえずここでは、「アンマン」と「餡まん」のアクセントの区別が、「サンマン(散漫)」になってきているということだけは指摘しておきたいと思います。
2004/11/28


◆ことばの話1993「いかがだったでしょうか」

日曜日の昼下がり、某局のゆるいバラエティ番組の音が聞こえてきました。素人のものまねコーナーで、司会の華原朋美が、同じく司会で審査員役のコロッケに対して、
「コロッケさん、いかがだったでしょうか」
と問いかけました。この、
「いかがだったでしょうか?」
が引っかかりました。
「いかがですか?」
という形で十分ではないか。もし、「現在形」がイヤなら、
「いかがでしたか?」
とすれば良いのではないか。なんだかヘンな感じがします。同じような言い方には、
「どうだったでしょうか?」
があります。これも
「どうでしょうか?」
「どうでしたか?」

で良いのではないか。つまり「いかが」という疑問の投げかけと、「だった」という断定の過去形の組み合わせに、私は違和感を覚えるようです。 華原さんはなぜ、「〜だったでしょうか」という形にはめようとするのか?その心理を考えてみたところ、おそらく彼女の頭の中には「〜だったでしょうか?」という形しかインプットされていないので、その上に「いかが」が来ようが「どう」が来ようが、特に違和感は覚えないのでしょう。 また、こういったしゃべり手の心理として、あまり短くビシッとしゃべってしまうより、相手に考える間を少しでも与えるために(?)自分の質問の言葉を引き伸ばそうとする心理が働くことが、私の実体験からはあります。「いかがですか?」でも「いかがだったでしょうか?」でも長さは1秒と変わらないと思うのですが、心理的には、5秒にも10秒にも当たるのですね、これが。そういった面も「無駄に長いフレーズ」を使ってしまう背景にはあるのではないでしょうか。
これを反面教師として、自戒したいと思いました。
2004/11/28


◆ことばの話1992「なんでそんなこと言うかなあ」

急に思いつきました。
10年ぐらい前から耳にするようになった、
「なんでそんなこと、言うかなあ」
という物言いについてです。なんで「言うのかなあ」ではなく「言うかなあ」と「の」が抜けるのか、またそれによってニュアンスはどう違うのか、ということについてです。

「『なんでそんなこと言うかなあ』という言葉は、『の抜け言葉』。『なぜ?』という意味で言うならなら『言うのかなあ』と『の』が入るが、『の』が入らないこの形は『なぜ?』ではなく『非難』である。つまり、『なぜそんなことを言うのか、私の常識では考えられない、ありえない』という意味。これまでなら、相手を咎める時には『なぜそんなことを言うのか!』『そんなことを言うか!』と咎めだてるる言葉を口にしたものだが、それに『なあ』をつけて婉曲表現にしているのである。」

まあ、とっても突然に、こう感じたのですね。
最初は後輩のSアナウンサーが使うのを耳にして違和感を感じたのですが、その後徐々に、周囲のみんなが使うようになりました。テレビでタレントさんが使っていたりするのも耳にします。しかし、私はなんとなく嫌いな物言いなので、使いません。丁寧なようで、慇懃無礼な感じがするからです。
文句があるならはっきりといえばいいのに。
そう感じてしまうのですが、皆さんはどうでしょうか?
2004/11/25


◆ことばの話1991「ピーィス」

「週刊文春」2004年11月18日号を読んでいると、カラー広告のページに、オムロンのマッサージチェアが載っていて、漫画家の弘兼憲史さんが紹介していました。そのマッサージ椅子の名前が、
「pisu(ピーィス)」
最初は気づかなかったのですが、よく見るとなんかおかしい。わかりますか?決して、
「ピィース」
ではないのです。小さい「ィ」が長音符号のあとに来ている、
「ピーィス」
なのです。これってどう発音するのでしょうか?ねえ?
そう思っていたら翌日(11月16日)の読売新聞に、このマッサージ椅子が不具合で無償修理、という小さな記事が出ていました。
『マッサージチェア無償修理〜オムロンヘルスケア(京都市)は15日、2002年8月に発売したマッサージチェア「pisu(ピ・イス)」HM−601」について、回転式台座の支柱がはずれ、座ったまま倒れる恐れがあると発表。約3万7000台は無償で支柱を交換する。問い合わせは・・・・』
というもので、へえー、昨日広告を見たばかりなのになと、その小さな記事を読むうちに、んん?と引っかかりました。そこに記されたこのマッサージチェアの名前の表記は、
「ピ・イス」
だったのですから。文春の広告と違います。本当はどちらなのか?オムロンヘルスケアのホームページを見てみました。そこには「おわび」が記されていました。

お詫びとお願い

2004/11/16
オムロンマッサージチェア「pisu(ピ・イス)HM-601」をご使用の皆様へ

日頃は、当社製品をご愛顧賜り厚くお礼申し上げます。
さて、当社が販売しておりますマッサージチェア「ピ・イス HM-601」の一部に、回転台座の支柱が溶接の不具合によりはずれ、製品が転倒する可能性があります。
つきましては、無償で支柱の交換をさせていただきます。大変お手数ではございますが、下記製造番号の製品をご使用されているお客様は、お客様サービスセンターまでご連絡いただきますよう謹んでお願い申し上げます。(以下略)
オムロン ヘルスケア株式会社


うーん、ホームページでも「ピ・イス」になっているな。とすると、文春のはなんだったんだ?もう一回見直してもやっぱり小さい「ィ」だし、「・」ではなく長音符号の「−」が使われてるし。なんなんだろうか?
不思議です・・・。
2004/11/19
 
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