◆ことばの話1945「有髪」

先日、ラジオを聞いていたら、瀬戸内寂聴さんがこんなことを話してらっしゃいました。
「私がまだウハツだった頃・・・」
「え?ウハツって、何?」と思い、1〜2秒考えてこれは、
「有髪」
つまり、「まだ髪の毛が有った頃=僧になる前」という意味だと気づきました。「有」を「ウ」とも読むことは知っていてもなかなかその実例にはめぐり合いませんよね。
「稀有」「有働(苗字)」
これに対して、「ユウ」は、
「有料」「有効」「有利」「有志」「有史」「有刺鉄線」「有限」「有休」「有給」「有閑マダム」「富有柿」
など、いっぱいあります。
「ウ」の読み方で以前、「そうだったのか!」となったものとしては、毎年8月13日に、和歌山県の高野山で行われる「ローソク祭」(万灯会)の様子を伝えた原稿に、
「有縁無縁」
という言葉があったのを、アナウンサーが、
「ゆうえんむえん」
と読んだら、視聴者の方から、
「それは『ウエンムエン』と読むのだ。そのぐらい知らないのか。」
とお叱りを受けました。僧いえば、いや、そう言えば、
「有象無象」
という言葉も、
「ウゾウムゾウ」
だなあ。仏教関係の言葉には「ウ」と読むものが多いような気がします。ということは「ウ」という読みが「呉音」と言うことか。ちょっと頭に入れておきましょう。
2004/10/27


◆ことばの話1944「48針縫う軽傷?」

10月12日、その日は新聞休刊日だったので、駅売りのスポーツ紙(日刊スポーツ)を買って通勤電車に乗り込みました。そしてニュースコーナーを読んでいると、このところ各地で続発しているクマによる被害が、11日にまた起きたという記事が載っていました。
今回は兵庫県美方町で73歳の男性がクマに襲われ、頭や顔・手などに、なんと48針も縫うケガをしたというのです。
こりゃ、大変だ。
しかし記事をよく読むと、なんだかヘンな文章が・・・。
「○○さんは48針縫う軽傷を負った」
え?48針も縫っているのに「軽傷」?重傷のまちがいではないのか?
その後ほかの記事などもよく読んでみると、48針縫ったものの、
「全治2週間」
なんだそうです。だから「軽傷」。NHKの「ことばのハンドブック」によると、
「重傷」・・・30日以上の治療を要する場合
「軽傷」・・・30日未満の治療を要する場合

となっています。たしかにこれに準じれば、「全治2週間」は「軽傷」になるのでしょうけど、クマに襲われて48針も縫っているんですよ。それを「軽傷」と呼ぶのは、やはりなじみませんねえ。
皆さんはいかがでしょうか?
2004/10/26


◆ことばの話1943「気温的には」

夕方の「ニューススクランブル」を見ていると、天気予報コーナー担当のAアナウンサーが、お天気おじさんのKさんに向かって、
「明日は、気温的には暖かいんですか?」
と言いました。アナウンス部にいた先輩アナウンサーは全員思わず、
「気温”的”には、だあ!!?」
と画面に向かって突っ込んでしまいました。いくら若手とはいえ、一応アナウンサーなんだから、
「気温的には」
はないでしょう。そのまますっきりと、
「明日は、気温は高いんですか?」
もしくは、
「明日は、暖かいんですか?」
と言えばよいのです。ふだんからこういうしゃべり方をしていると、いざという時に(つまり本番でも)、つい出てしまうものなのです。
日頃のしゃべり方から変えていく努力をちゃんとしないと、伸びないゾ!要注意!
2004/10/26


◆ことばの話1942「はがい」

道ですれ違った二十歳ぐらいの若い男の子が、もうひとりの男の子に向かって、こんな言葉を口にしました。
「バリ、はがい!」
「バリ」というのは、もともと中国地方で使われていた若者の強調方言で、今風の別の言葉で言うと、
「めっちゃ」「ぐっちゃ」
といったところでしょう。それは良いとして、気になったのは後半の「はがい」です。おそらくこれは、
「はがゆい」
という意味の言葉でしょう。「はがゆい」から「ゆ」が落ちて、
「はがゆい」−「ゆ」=「はがい」
になったのではないでしょうか。
そう思い当たった時に、ひらめきました。この「はがい」と同じような形をした若者言葉を思い出したからです。それは、
「きもい」(←気持ち悪い)
「きしょい」(←気色悪い)
「はずい」(←恥ずかしい)

という言葉。ともに少し長めの言葉が省略されて「3拍の言葉」に短縮されています。これは「はがい」も同じです。そして、それらの言葉はともに、
「マイナスの感情表現」
を表す言葉であるのです。そこからひらめいたのは、
「関西の若者語では、マイナスの感情表現をする形容詞は、3拍に短縮される傾向があるのではないか?」
ということです。また、マイナスの感情表現の中には、「〜ない」と否定の「ない」を伴うものがありますが、これは除いてもいいでしょう。もともと3拍の「まずい」は「まずい」のままですが。もしかしたら、今後新たにそういった言葉が生まれてくるかもしれません。
そもそも関西弁には、3拍のリズムが合うようですから。
2004/10/26

(追記)

川崎市のNISHIOさんから、以下のようなご指摘をいただきました。

「はがゆい」 →「はがいい」 →「はがい」
「かゆい」 →「かいい」 →「かい」
「かはゆい」 →「かわいい」 →「かわい」
「こそばゆい」 →「こそばいい」 →「こそばい」
「まばゆい」 →「まばいい」 →「まばい」

「○○ゆい」→「○○いい」→「○○い」…という変化、これらはみな同じではないでしょうか。「こそばい」や「まばい」は方言かもしれません。『大阪ことば事典』にも載っていますが、大阪に限らず西日本では広く通じると思います。というわけで「はがい」は、「きもい」「きしょい」「はずい」「こしょい」などとは、少し趣が違うような気がします。少なくとも若者語ではない、と。若者語では「うざい」「むずい」もよく聞きます。「きもい」「はずい」も含め、さらに縮めた「きもッ」「はずッ」「うざッ」「むずッ」などもあり、いずれも「きもい」です…。

なるほど、ご指摘ごもっとも、そんな気がしてきました。
ありがとうございました。

2004/11/18


◆ことばの話1941「『えぐい』と『わがまま』」

7月に東京に行った時に、読売新聞のSさんと早稲田大学のIさん、それとエディターのSさんと一緒に飲みました。その時に出た話です。(今頃!)
読売新聞のSさんが、
「最近の若者は『えぐい』という言葉を、プラス評価で使ってますね。『あいつ、えぐいなあ』というのがほめ言葉だったり・・・。」
と言うと、それを聞いたI氏は、
「それと同じようなことで言うと、『わがまま』もプラス評価で使われていますね。『シェフのわがままサラダ』とかなんとかいうのもあります。」
なるほどねえ、言われてみれば耳にしたことがあります。本来「えぐい」も「わがまま」も、否定的なマイナス評価の言葉だったはずですけれども、たしかに逆転の発想で、プラス評価で使われることはありますね。
最近、若者の間ではもう定着したと思われる、プラス評価の「やばい」も、この「えぐい」「わがまま」と同じような使われ方をしているのでしょうね(「平成ことば事情783「やばい」参照)。
また、以前書いた「期待を裏切る」(平成ことば事情501「裏切る」参照)も、本来はマイナス評価に使われていたのに、最近は、
「良い意味で期待を裏切りたい」
などとプラス評価でよく使われているみたいですし、思った以上にこういった例は多いのではないでしょうか。
で、家の書棚を見ていて、こんな本がありました。山田忠雄編著『私の語誌2私のこだわり』(三省堂)。この「こだわり」という言葉も、本来は「つまらないことにこだわる」のように、マイナスイメージで使われていたのに、「私は車にはかなりこだわりを持っている」のようにプラスイメージで使われているものの代表格なのではないでしょうか。この本の冒頭には、
『多くの言葉は、当初ニュートラルな用法から出発しても、それが、使用の場面が狭まり、偏るにつれて、余り良い意味には使われなくなる。』
とありますが、ここに挙げたような例は、この記述とは逆に「マイナスからプラス」の用法に転じています。山田先生は、
「『新明解』の担当の吉村美惠子君に話をした所、いや、コダワルという言葉は、−(マイナス)の言葉だったのに、最近では+(プラス)の意味にも大いに使うようになった、と彼女は言う。」
と書いてそれがきっかけで、1年余り、新聞から丹念に「こだわる」の使用例を採集して分析を加えたのだそうです。(余談ですが、この『新明解』担当の三省堂の吉村美惠子さんには、一度取材でお目にかかったことがあります。)
でも、
「えぐい、わがままな人」
とは、付き合いたいとは思いませんがね。
2004/10/27
 
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