◆ことばの話1875「台か代か」

「ニューススクランブル」のSキャスターからこんな質問が。
『この間、NHKのニュースで、
「六十歳台」
とありました。「六十代」だけど「六十歳台」?年齢の幅を示す「台」と「代」はどう使い分けるべきか?その意味の違いは?ちなみに私はどちらも「代」だと思っていましたが。』

ホホウ、そういえば混在しているような。Hアナウンサーと話をして二人で出した結論は以下のとおり。

『たとえば「30歳台」の場合「台」は文字通り「台」で、その「台」の上に載っているのが「31,32,33歳・・・」という年齢の「点」で、「デジタル」だと。たとえば「歳」の代わりに別の単位を使ってみるとしましょう。具体的にはホームランの単位の「本」を当てはめてみて「30本台」とした場合も、本数の数字は「整数」で刻まれます。ホームランを「30本代」とは書きません。「台」です。ということは「30歳代」の「代」は、まさに「世代」の「代」で「代わる(変わる)」という意味で、「代替わり」の「代」、代わるということを裏返せば、そこまでは「続いていた」わけで、「その年代全体を指す、アナログ的なもの」が「代」であり「30歳代」なのではないかと。
もちろんこの場合の「30歳代」=「30代」です。しかし「30歳台」と「30代」はイコールではありません。』

NHKのHさんに聞いてみたところ、
「『広辞苑』では今でも『30歳台』と『30代』と使い分けている。しかし『30歳代』が広まっているのも事実なので、その問題を避けるために、なるべく『30代』を使うようにしている」
とのことでした。実は「30代か30歳代か」ということについては、以前書きました。(平成ことば事情226「30歳代」)そのときは「台」と「代」の問題にはちっとも気づかずに、私は「30歳代」を(「30歳台」ではなく)を使っていたのでした。
また、それを読むと、その頃(2000年秋)から、新聞も、
「30歳『代』」
を使っていたようです。例を抜書きすると、
*2000年10月の読売新聞のスポーツ欄、ゴルフの記事で、
「賞金王争い、30歳代 主役」
*2001年1月5日の日本経済新聞の見出し、
「(主な顧客層は)二十〜三十歳代に想定されており・・・」
*2001年1月7日の読売新聞、「年賀状の手作り、デジタル派4人に3人」の記事で、
「アンケートの対象者が20−30歳代」
*2001年1月9日の毎日新聞、「10例目の脳死移植」の記事では
「30歳代男性から・心臓は大阪で少年に」
というようなものがありましたね。
漢字一つとっても、似たような意味でも違うんだなあ。難しいですね。

2004/9/8


◆ことばの話1874「前震」

9月5日、午後7時過ぎと午後11時57分、紀伊半島南東沖を震源とする「震度5弱」の地震が、一日に2回も起きました。マグニチュード「6、9」と「7、4」。特に2回目の地震のマグニチュードは、阪神大震災の「7、3」を上回る大きなものでした。
私はというと、1回目の地震は、仕事から帰ってマンション管理組合の寄り合いに出ようと、1階の管理事務所横の会議室に入ったところで、歩いていたので全然「揺れ」を感じませんでした。会議室に入ったら、理事の皆さんが、
「ほら、揺れてますよ!」
と騒いでいるので、
「外は全然なんともありませんよ。ここ(マンションの中)だけじゃないですか?」
などと、あとから考えるととぼけたことを言っていたのでした。
そして、真夜中の12時前、今度は家でテレビを見ていたときにゆれを感じました。横揺れで、しかもかなり長い時間揺れていました。
「これは大きいな・・・」
と、寝ていた妻を起こしました。阪神大震災の時は、こういった横揺れが少し続いたあとに、突然、ドーンと下から突き上げ揺さぶるような"揺れ"が襲ってきたことを、ほぼ10年ぶりに思い出しました。身体の底からじわじわと記憶が染み出して来たような感じです。
今回の地震は、東南海・南海地震とは、直接関係はないらしいのですが、それにしても、1日に2回もマグニチュード7クラスの大きな地震が起きるなんて、ちょっと意外な感じがしました。ふだん、
「本震より大きな余震はない」
という言葉を信じていた私にとって、この2回の地震は、果たして「本震・余震」なのか?それとも全く別の2つの地震なのか?ということが気になり、地震の取材担当のS記者に聞いてみたところ、意外な答えが返ってきました。
「今回のは、1回目のが『前震』で、2回目のが『本震』と言うらしいんですよ。」
「えー?『前震』?聞いた事がないな。大体、それって、2回起こったあとでしか、判断ができないじゃない。つまり1回目が起きた時点で、『今のは「前震」で、次に「本震」が来ます』ということは言えないわけでしょ?あとから判断するとそうだった、というだけの話ではないの?」

と問い返すと、
「たしかにそうなんですけどね。でも専門家はそう言ってるんですよ・・・。」
と申し訳なさそうなS記者でした。あとでネット検索(GOOGLE)してみると、
「前震」=1760件
も出ているではないですか!あまり耳にしたことはなかったけど、専門家の間では使われているようなのですね、これが。で、ネットで調べたところによると、

「前震」
大きな地震(本震)より先に起こる小さな地震のことを「前震」という。前震は数日前から本震直前の間に発生することがあるが、前震が発生する地震の割合はわずか数%。また、前震をたくさん起こる他の小規模な地震と区別することは難しく、本震が起こってから前震だったということに気づく場合が多くある。しかしながら、前震は地震予知の有力な手段の一つであり、研究が続けられている。
「本震」
前震や余震に対して、一連の地震の中で最大規模の地震のことを「本震」という。
「余震」
本震の後に起こる多数の小さな地震を「余震」という。余震は震源の浅い地震ほど起こりやすく、余震の規模は本震のマグニチュードを1ほど下回ったものとなるのが普通。大地震では本震で倒壊しかかった建物などが、余震でさらに倒壊してしまうことなどもあるので、余震には注意が必要。


とのことで、あんまり大きなものを、あとから起こった地震だからと言って「余震」とは言わないようなので、やっぱりあとからより大きな地震が起きたら、
「さっきのは『前震』で、今のが『本震』」
と決めているような気がしますね。
問題は、さらに大きな地震がその後に起きたらどうするのか?ということですが、前2回を「前震」と規定して、一番最後に起きた一番規模の大きな地震を「本震」とするのではないでしょうかね。理屈は後付け、ということでしょうか。
いずれにせよ、「備え有れば憂いなし」ということと、
「地震・雷・火事・親父」
のうち、最初の二つは怖いなあ(火事もこわいけど)ということを改めて実感しました。
ちなみに私は、家庭では、
「家事親父」
です。

2004/9/6



◆ことばの話1873「天国3」

平成ことば事情1273と1569で書いた「天国」「天国2」の続きです。
筑波大学名誉教授の副田義也さんの書いた『死者に語る〜弔辞の社会学』(ちくま新書)を読んでいたら、こんな記述が出てきました。

「『聖書』では、かつての文語訳においても一九五六年の口語訳においても『天国』という言葉を使っていた。八七年、プロテスタント諸協会の共同事業として新共同訳が刊行されたが、そこでは『天国』にかえて『天の国』がつかわれている。それは、前者(道浦注・「天国」)に付着する通俗的イメージをきらい、『聖書』が説くとおりの意味を後者(道浦注・「天の国」)に託そうとしたためらしい。(中略)『天の国』と『神の国』の意味するところはまったく同一であることが知られる。ほかに、『父の国』、『人の子の国』、『ダビデの国』などの呼び名がつかわれることがあるが、それらも『天の国』『神の国』と同義である。」

そうだったのか、1987年からキリスト教プロテスタントでは「天国」に代わる言葉として「天の国」を、聖書では採用していたのですね。
ということはやはり「天国」があまりにも一般的によく使われすぎて通俗的になったことで、本来の「天国」の持つニュアンスが伝わらなくなってきたということなのでしょうね。
つまり逆に言えば「天国」がいかに一般化したか、ということが言えるでしょう。

2004/9/5
(追記)

松井栄一『国語辞典こうして作る』の104ページに、
「てんこく」
という言葉の使用例が出ていました。「てんごく」と濁らない「てんこく」です。また、以前、
「天寿国」
という言葉も見かけました。国宝の「天寿国繍張(しゅうちょう)」というものもあるそうです。それで描かれたのが「天寿国」。これは「天国」と同じものなのでしょうか?
Google検索3月8日では、
「天寿国」=3万1200件
と、かなり多かったです。
2006/3/8



◆ことばの話1872「かわりべんたん」

「ズームイン!!SUPER」などでおなじみの三浦アナウンサーが、
「かわりべんたん」
という言葉を使っていました。「かわりばんこ」の意味です。彼は埼玉県出身なので、
「かわりべんたんって、埼玉方言だったっけ?」
と聞くと、
「いえ、埼玉では使いません。大阪出身の会社の同期・F君が使っていたので、まねして使ってるんですけど・・・」
という答えが。
アナウンス部で聞いてみると、滋賀県、三重県、大阪の人は「使う」、大分、埼玉出身の人は「使わない」ということでした。
GOOGLE検索をしたら、(9月5日)
「かわりべんたん」=87件
と、とっても少なかったのです。
『日本方言辞典』(小学館)で「かわりばんこ」の方言について調べると、
「かわりべんた」「かわりべん」
というのが、大阪市の方言として載っていましたが、「かわりべんたん」はありませんでした。GOOGLEで「かわりべんた」を引いたら、
「かわりべんた」=10件
とさらに少なかったです。
しかし、地域によっていろんな言い方があるのですね。たとえば、
「あいあいがわり」「あいやーがわり」(京都府竹野郡)、「あいしろがい」(岡山県岡山市)、「いちいれ」(徳島県)、「かたまわり」(岩手県盛岡市)、「かたみっこに」(静岡県)、「うってげー」(東京都南多摩)、「かわりばんて」(山形県米沢市)、「かわりべんべ」(滋賀県東浅井郡)、「てれこ」(三重県名賀郡、滋賀県、大阪市、兵庫県加古郡、奈良県宇陀郡、岡山県児島郡、香川県綾香郡)、「ばいてんがわり」(富山県)
などなど、本当にたくさんの言い方があるようです。「てれこ」は、たまに聞くなあ。テレビ業界用語かと思ってた。
「かわりべんたん」
流行らしたろかなあ。
2004/9/5




◆ことばの話1871「針が混入」

8月20日、ぬいぐるみに針が入っていたという”事件”がありました。このニュースを伝えるに当たって、Sキャスターから内線電話です。
「『ぬいぐるみに針が混入しました』という原稿なんですけど、なんか、違和感ありませんか?」
「そうだねえ、ちょっとあるなあ。『混入』って言うと、『食塩の中に別の薬品が混入』とか、同じぐらいの大きさ・形態のものが混じってしまう、もしくは混じるようにすることを言うような気がするんだよね。だから、明らかに大きさの違う『ぬいぐるみ』と『針』という今回の場合に『混入』という言葉が適当なのかどうか。たんに『ぬいぐるみの中に針が入っていた』でいいんじゃないのかな、わざわざ『混入』なんて言葉を使わなくても。」

と答えたのですが、Sキャスターの違和感は、別の所にあるようです。
「『混入』というのは、『混入していた』というふうに自然の状態・あるいは過失で入ってしまった時に、自動詞的にも使えるのでしょうか?『混入させる』のように他動詞的にしか使えないのではないでしょうか?」
というのが、どうやら彼の”違和感の元”のようなのです。それについては、
「それはどちらでも使えるのではないかな。自動詞でも他動詞でも。」
と答えておきましたが。
たしかに以前も「布団に針を混入させた」り、「パンに縫い針を混入」させた、形状の違うものに針を埋め込むような「威力業務妨害事件」はありましたから、必ずしも、
「ぬいぐるみに針が混入していた」
がおかしいということもないとは思うのですが、考えれば考えるほど、なんかヘンな感じになったのでした。

2004/9/5