◆ことばの話1835「ダッシュ」

家の近くの商店街が建て替えのために取り壊され、近くの駐車場に仮設の商店街ができました。その仮設店舗の名前が、
「モールダッシュ」
この「ダッシュ」というのは、たとえば学校のレポートを提出した時、採点で、
「A´」
とか書かれたのをみたことがありますが、この「A」の右上についている「点」のことを言うのでしょうか。「A´」は、「Aにはやや劣るがBよりは良い」という意味ですよね。
”仮設”店舗だから「ダッシュ」となったのでしょう。
それともう一つ、「ダッシュ」の意味としては、
「優勝へもうダッシュ」とか、「20メートルダッシュ」
のように、
「短めの距離を全力で走る」
というような意味もありますね。日本テレビ系のお昼11時半からのニュースのタイトルも「ニュースダッシュ」というタイトルで「ダッシュ」が使われています。これは「全力で走る」方の意味で、「やや劣る」方の「ダッシュ」ではありません。念のため。
この二つの「ダッシュ」の意味につながりはあるのか?ということが気になりました。
インターネットの掲示板「ことば会議室」に書き込んだところ、いくつかヒントをいただきました。ハンドルネームUEJさんによると、
「dash」は日本語で言うと「さっと」という語感に近いかと思います。
「さっと」走るのが「短い距離を全力で走る」ことで、
「さっと」書いた一筆が「’=ダッシュ」ではないかと。
但し現在の英語では「A’」は「A prime」と呼び、
「dash」と言えば「’」ではなく「―」を指します。

あ、そうです、そうです。たしかに「−」も「ダッシュ」と言うので、余計にわけがわからなくなっていたのでした。現在の英語では「プライム」ですか。「ダッシュ」というのは和製英語なのかな?また掲示板主宰者の岡島さんからは、それは「ダーシ」と呼んでいるものだとした上、過去の英語について知らなかったので検索してみましたら、
http://www.shirakami.or.jp/~eichan/oms/omsxx/oms10.html
に、「数学セミナー11―85: 渡辺正」によるものらしい以下の様な文章「『ダッシュ』と『活動写真』」(97.9.28)というのに行き当たったと教えてくれました。その文章は、こんな具合に始まります。

文字A´や導関数f´の符号を日本ではたいていの人が「ダッシュ」と読む。言うまでもなく、中学や高校の授業でそう教わったからである。大学院に入って間もないころ、米国帰りの人から、この ´ は dash ではなく prime (プライム)と読むのだと聞いてかなり驚いた。その後なるべく注意するように心掛けていると、たしかに外国人は例外なく ´ を prime と読むし、日本人がたとえば化合物の中の 3´ を three dash などとやると、その人の顔を怪訝そうに覗きこんだりする。

著者の渡辺正さんは、英語の本場の方々に質問してみたところ、
「生まれて49年このかた、A´=A dash など聞いたこともない」(テキサスのW教授))
「A dash と言われたらA―以外なにも思い浮かばない」(在日米国人英語教師)
「A´=A dash なんて、寝ぼけるのもいいかげんにしろ」(米国・カナダの数人の研究者)という具合に、「北米では常にA´=A prime 」だった。

次にヨーロッパの事情について、英国育ちとおぼしき在米のB教授から、
「第二次大戦の頃まで英国ではA´=A dash を普通に使ったが、戦後はA prime に変更されて、辞書類もすべてそのように書きかえられた」
という回答を得たそうです。結局、
「A´=A dash 」という読み方は、北米大陸では「鶯=烏」のようなもので、また欧州では40年ほど前から使わなくなっている古語(むしろ死語)らしい。日本語なら、さしずめ「活動写真」であり「音盤」、「窮理学」。たぶんHarrap『英仏』の編者は、初版(1940)の記述をうっかり削除し忘れたのだろう。

として、最後にこう、提案しています。

数学の研究者は、中学高校レベルでも「プライム」を採用するよう、しかるべき行動を起こされてはいかがだろうか。言いにくい言葉でもないし、外国人に怪訝な顔をされることもなくなるだろうし、何よりも数学の身上は厳密さのはずである。

専門用語の世界でも、「和製英語」(ではないかもしれないけど)のようなものがあるんですね。
でも「プライム」という言葉を聞いて私が思い出すのは、日本のテレビ業界での「ゴールデン・タイム」(夜7時から10時)と「プライム・タイム」(夜7時から11時)という言葉です。これは「ゴールデンに準じる」という意味合いの「プライム」なのでしょうか?(つまり従来の日本での「ダッシュ」の意味で。)私はずっと「価値がある時間帯」というふうに「プライムタイム」を理解していましたが、もしかしたら、違ったのかも。
『デイリーコンサイス英和辞典』を引いてみると、「prime(プライム)」の意味としては、
「(形)首位の、重な、最重要な、根本的な、最上の、優秀な、最初の、原始的な、[数学]素数の」
という「形容詞」での意味がまず載っていて、これらはいずれも「一番」という意味から派生していますね。続いて「名詞」です。
「(名)全盛(期)、春、青春、初期、最良の状態(部分)、[キリスト教]朝課、[数学]素数、分(minute)、プライム符号(´)((分、フィート、数学のダッシュなど))」
とありました。ちゃんと「プライム符号」というのが載っていました!しかも時間の「分」や長さの「フィート」を表すのにもこの「プライム符号」(つまり従来の「ダッシュ」)は使われていると書いてありますが、わたくし、毎日のように「分」を表す「プライム符号」を20年以上使っていました。ニュース原稿の右上に時間を書き込む時に使っているのです。
このワープロソフト(マイクロソフト・ワード)で、「´」を出そうとしたら、そこに、
「アクサンテギュ、プライム」
と書かれた画面が出ました。「ダッシュ」ではありませんでした。道理で「ダッシュ」というのを探しても出てこなかったわけだ。
「ダッシュ」から、「プライム」という思いもよらないところに話が行ってしまいましたね。おもしろかった!
UEJさん、岡島さん、ありがとうございました。

2004/7/29
(追記)

以前(2004年2月)、「ことば会議室」で「#」について質問したときに、「よく似てるけど呼び名も違う記号」について、皆さんが意見を寄せてくれました。その中に、「ダッシュ」もありました。それによると、hiroyさんからのコメントでは、

『「―」「−」「‐」「ー」も、そっくりさんと言えそうです。
「―」 ダッシュ、
「−」 マイナス、
「‐」 ハイフン、
「ー」 長音符号  』


そしてNISHIOさんからは、

『「─」(罫線素片の一つ)も混ぜてやってください。ダッシュとの見分けが困難…。』
という意見もいただいていました。

2005/4/15


◆ことばの話1834「老夫婦か高齢夫婦か」

7月22日の夜、神戸市東灘区の中筋俊輝さん(68)と妻のひさ子さん(75)が、自宅で、刃物で刺されて死んでいるのが見つかりました。
この事件を報じた翌23日の朝刊各紙の見出しは、
「老夫婦 殺される」(毎日)
「高齢夫婦 刺殺される」(読売)
「刃物傷 自宅で夫婦死亡」(朝日)
「夫婦殺される」(産経)
「夫婦、自宅で殺される」(日経)

でした。
「あさイチ!」の番組の中で伝えるニュースにもこの項目は入っていたのですが、その字幕に、最初「老夫婦」という文字が入っていました。私はこれを見て、ちょっと待てよ、と思ったのは、
「68歳と75歳の夫婦は『老夫婦』なのか?」
という疑問です。75歳はともかく68歳の人に「老」をつけるのは忍びない気がしたのです。
この場合2人をくくって表す言葉として75歳の方に引かれて、またより「かわいそう」であることを強調する手段として「老」という文字を入れたくなる心情はわかるのですが、「いかがなものか」とプロデューサーにも注意を喚起しました。その結果「老」の文字は外れました。
新聞では毎日が「老夫婦」、読売は「老」を嫌って「高齢夫婦」としたのですが、75歳や68歳が「高齢」なのか、これも疑問です。80歳なら「高齢」でもいいと思いますが、いまどきの70代は元気ですよ。いわんや60代をや。
なかなかややこしい、難しいケースではあると思いました。

2004/7/28



◆ことばの話1833「員数外」

伊藤桂一さんの『悲しき戦記』に、
「員数外」
という言葉が出てきました。昔・・・・子供の頃、母親が使うのを聞いた覚えがありますが、久々に目にしたな、という感じです。いまやもう、死語なのではないでしょうか。
『新明解国語辞典』には「員数」が載っていまして、その中の用例で「員数外」があり、意味は、
「正式の員数には数えないことまた、そのもの。」
とあります。『新潮国語辞典』では「員数」が載っていて、意味は、
「(「インジュ」「インスウ」「インズ」とも)ものの、数。たか。」
とありました。
Google検索をすると(7月29日)、
「員数外」=526件
しかありませんでした。おそらく近い将来に消え行く言葉になってしまい。「員数外」という言葉自体が「員数外」になるのかもしれません。丁寧に使ってあげましょうね。

2004/7/29

(追記)

『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』(近藤康太郎、講談社+α新書:2004,7,20)という本の「はじめに」に「員数外」が出てきました。

『「君は明らかに、君の生活を生きているようだ」
取材相手に、変なほめ方をされたことも、一再ならずあった。なぜ、そんなに大量の空気が肺臓に入ってきたのか。それは結局、僕が「員数外」だったからだと思う。ものの数に入っていない、部外者。白人社会にも黒人社会にもヒスパニック社会にも、どこにも「本当の意味」では入り込めない、よそ者・・・・』(4ページ)


この近藤康太郎記者は、1963年東京生まれ。私より若いのに、言葉使いは古風です。

2004/8/19
(追記2)

堀井令以知『ことばの由来』(岩波新書、2005、3、10)の127ページに、
「員数の一つ」
という表現が出てきました。
2005/6/23



◆ことばの話1832「悪口」

NHKの原田邦博さんから、こんなメールが届きました。
「長崎県の佐世保の事件で『悪口』という言葉が出てきます。その読み方は『ワルグチ』と『ワルクチ』というふうに、2種類あると思いますが、濁る濁らない、どちらを使っていますか?」
私は、濁る方の、
「ワルグチ」
と思っていたのですが、そういえば去年のメモに、こんなのがありました。

「2003年9月28日の日本テレビ『行列のできる弁護士事務所』のナレーターは『わるくち』と濁らなかった。わるくち、わるぐち、濁る濁らない、どっち?」

ああ、こういう例があったんだ。でも私は「濁る」なあ。その後、また原田さんからメールが来ました。
「『悪口』の件ですが、NHKでは今回の佐世保の事件に限って、『ワルクチ』と清音に統一することにしました。視聴者から『バラバラでおかしい』という指摘が多くくるためです。もちろん、そのほかの場面で、単独で『ワルグチ』と読むことを禁止するものではありません。あくまで今回についてのことです。
関東では『無声化』が『連濁』に優先する傾向があるのかもしれません。関西は有声音が前提ですから、『連濁』しやすいとも考えられます。」

とのこと。佐世保は関西なので、濁ってもいいのかも。いや、それより「悪口」の読み方に地域性があるということには驚きました。

*平成ことば事情1803「クチかグチか」もお読みください。

2004/7/27

(追記)

1月17日、直木賞を六回目のノミネートで受賞した東野圭吾氏がインタビューに答えて、
「落ちるたびに自棄酒飲んで、選考委員の『悪口(わるくち)』言って・・・」
と、濁りませんでした。
2006/1/19

(追記2)

2月20日のNHKお昼のニュース。去年12月に京都・宇治市の塾で起きた小学生殺人事件の初公判のニュース原稿を、武田アナウンサーは、
「悪口(わるくち)」
と、濁らずに読んでいました。
2006/2/21

(追記3)

先日出張で東京に行った際、JR山手線に乗っていたら、「左側」
「左かわ」
と、濁らないでアナウンスをしていました。東日本は濁らない傾向があるのでしょうかね?
2006/7/13

(追記4)

岩波文庫で、坪内逍遥の『当世書生気質』を読んでいたら、
「非評」
のルビで、
「わるくち」
と、濁らないものが出てきました。
2008/6/8

(追記5)

宮崎 駿監督の『崖の上のポニョ』の絵本(徳間書店)
を読んでいたら、主人公の男の子・宗介のセリフとして、
「クミコちゃんがいけないんだよ。ポニョの悪口(わるくち)いうからだよね。」
と、濁らない「わるくち」(ルビつき)が出てきました。
2008/10/14
(追記6)

正月休みに子供たちとやった『きかんしゃトーマスとなかまたち・かるた』という「かるた」の「わ」の読み札に、
「わるくちをいってゴードンからかうやんちゃなトーマス」
と、濁らない「わるくち」が出てきました。発売元はエンゼル商事株式会社という東大阪市の会社でした。
2009/1/7




◆ことばの話1831「なめくじの駆除薬」

アサガオのツルがかなり高く伸びてきたので、ツルが巻きつく棒を買いにホームセンターへ行った時に、あるコーナーで足が止まりました。そこは「なめくじの駆除薬」のコーナーでした。その商品の名前が、あまりにもインパクトが強くて立ち止まってしまったのです。その名前とは・・・・

「なめくじ逃げ〜!逃げ〜!」

うーん、そのままやんか!
でもたしかにインパクトは強いし、わかりやすいことこの上ない!その他にも、
「ナメクジ逃げるんです!」
「ナメトックス」
「ナメクージョ」

というような商品もありました。
この中では「ナメクージョ」なんかは、なかなかしゃれた名前とは思いますし、同じコーナーに置いてあったアリの駆除薬、
「アリハンター」
なんかはかっこいいけど、まあ普通っぽいし、インパクトでは、
「なめくじ逃げ〜!逃げ〜!」
に軍配が上がりますね。
あ、でももう、オチはわかりましたか。こんな「そのまんま」の名前をつけて、
「ナメ」とんかあー!

2004/7/27