◆ことばの話1820「等身大」


『週刊文春』7月22日号のモノクロ写真ページに、ビルの壁面に描かれた巨大なガンダムの写真と、こんな見出しが載っていました。

「等身大ガンダム、現る」

おやっと思いました。というのは、
「『等身大』というのは、人間の背の高さと同じぐらいのことを言うのではないか?ガンダムの縮尺が同じ物は「等身大」ではなく、『実物大』ではないのか?」
という疑問です。
ネットの『大辞林』で「等身大」を引くと、
とうしん-だい【等身大】
(1)肖像・彫像などが人の体と同じ大きさであること。
「―の立像」
(2)飾ったり、おとしめたりしていない、ありのままの姿。
「―のアメリカ」

とありました。やっぱり。『新明解国語辞典』は、
「とうしん」(等身)=身長と同じ高さ
とあります。おや?これなら、「ガンダムの等身大」はOKかな。
でも、そもそもガンダムは人間じゃなくロボットだから、やはり「等身大」はまずいんじゃないかな。『新潮現代国語辞典』では、
「とうしん」(等身)=(1)(トウジンとも)人の身長と同じ高さ。(例)「等身の仏」(ヘボン)(2)あるものの同じ大きさ。(例)「彼の頭では其人が急に近くに来て居た。(略)不知(イッカ)退いた形であつたが、今急にそれが近づき等身大に見えて来ると、結婚後の生活までが」(暗夜(後))
となっていて、(1)では「人」と限定していますが、(2)の意味では「人」に限定していません。ガンダムは(2)の例なのでしょうか。
なかなかはっきりしませんが、私はこの場合は「実物大」を使いたいなと思います。つまり「等身大」を高さで言うと、せいぜい1メートルから2メートルまでで、それよりも大きなものに「等身大」を使うのはおかしいと思うのですが、いかが?

2004/7/16

(追記)
いやあ、以前同じようなタイトルで書いていたのを忘れてました。平成ことば事情1344「等身大の幸せ」というのもお読みください。2003年の8月に書いています。
2004/12/3




◆ことばの話1819「おつかいもの」


東京の高級フルーツ店「千疋屋」が、5000円でフルーツ食べ放題を、月に1回やっているという話題を、7月8日の日本テレビの「情報ツウ」の中でやっていました。
その時に千疋屋の方がインタビューに答えて、
「おつかいもの」
と言っていました。「贈答品」のことです。この言葉はよく使われているのでしょうか?
GOOGLE検索では、
「おつかいもの」=568件
と、それほど多いとは思えない数でした。
この言葉、なんとなく名古屋あたりで使われていそうな感じがします。名古屋って、「おつとめ品」とか「お買い回り」とか、お客さんの立場に立った「お○○○」という用語が多いような気がするんですよね。
そうそう、お中元・・・おつかいものを、早く贈る手はずしなくちゃ。今年は遅くなっちゃった。

2004/7/15

(追記)

新潮社のKさんからメールをいただきました。それによると、「おつかいもの」は東京ではよく耳にする言葉なんだそうです。またGoogle検索では、漢字も使った表記で以下のような件数、出て来たということです。
「お使い物」 2820件
「お使いもの」 533件
「お遣い物」  681件
「お遣いもの」 114件

Kさん、どうもありがとうございました。

2004/7/22

(追記2)

NHK放送文化研究所の塩田雄大さんから、ファックスをいただきました。ありがとうございます。「おつかいもの」を、昭和55年(1980年)に出た『私の食物誌』(新潮文庫)の中で、故・池田弥三郎氏が使っていたということです。そのコーナーのタイトルそのものが「おつかいもの」で、
「黒門町の『うさぎや』へ、おつかいものにするもなかを買いにやった父が、つかいに行ったうちの者を電話口に呼び出して、いくらいくらのをいくつと言いつけたあげくに別に一円ほど包んでもって来いと言った。電話口の使いの者が、それにものしをつけるのかどうか、というようなことを聞いたのだろう。父は『おつかいものおつかいものだが、おれの腹の中へのおつかいものだ』と言っていたのを覚えている。」
「それらの菓子(注・「カステラ」や「もなか」)は、いつの間にか、病気見舞いに届けたり、手みやげにしたり、ちょっとしたおつかいものとして、持っていったり、もらったりする品になったようだ。」
というような文脈でした。この作品自体は昭和40年(1965年)7月に河出書房新社から出た後に、昭和51年(1976年)8月に再刊されたものが昭和55年(1980年)に文庫化されたようです。だからこの本で「おつかいもの」が(最初に)使われたのは、昭和40年(1965年)ということですね。

2004/9/8



◆ことばの話1818「億元長者」


6月28日の「あさイチ!」で、
「億元長者(おくげんちょうじゃ)」
と呼ばれる中国のお金持ちが増えているという話題をWアナウンサーが伝えていました。
昔は中国のお金持ちは、
「万元戸(まんげんこ)」
というと教わった気がするんだけど、小学校の時に。Wアナウンサーに、その旨メールで伝えると、「その言葉は知りません」という返事が。
GOOGLE(日本語のページ、7月15日)で検索してみると、
「億元長者」=207件
「万元戸」= 333件

と、わずかながら「万元戸」がリードしていました。その中には、
『消えた万元戸』(陸文夫(Lu Wenfu)著、訳・解説:釜屋修,日本アジア文学協会/めこん(1992年12月)という本の紹介もありました。それによると中国の作家、陸文夫(Lu Wenfu,りく・ぶんぷ)は1923年生まれだそうです。解説を読むと、「万元戸」は、こう書いてあります。
『元』は貨幣単位。『万元戸』とは、1979年から施行された生産責任制の導入・農村富裕化政策により、一戸あたりの年収が一万元を超す農家のこと。日本風に言えば『億万長者』。

たしかに日本だと、両方を足して2で割ったような「億万長者」ですよね。これは、
「億万長者」=7万5300件
と圧倒的でした。

2004/7/15



◆ことばの話1817「パシャパシャ」

夕方のニュースのお天気コーナーで水遊びをしている子供たちの様子を伝えたAアナウンサー。
「ピチャピチャと涼しそうですねー」
と言いました。
うん?「ピチャピチャ」?たしかに水がはねている音だけど、ちょっと微妙に違う擬音語のように思うぞ。「ピチャピチャ」というのは、ネコがミルクをなめる音のイメージがありますね。つまり水がはねる規模が小さい。この場合は、
「パシャパシャ」
の方がよくないでしょうか?規模は「ピチャピチャ」よりは大きいけれども、まだかわいい感じ。手の先だけで水を浴びせているような雰囲気ですかね。これが、
「ビシャビシャ」
になると、擬音語ではなく擬態語、水に濡れてしまったあとの「状態」を示していますし、もっと濡れた状態が激しければ、
「ビショビショ」「ビチャビチャ」
という表現が使えそうです。
水が恋しいこの時期、「バ行」の擬態語・擬音語についていろいろ考えると、気のせいか、少し涼しくなった気がします。

2004/7/15



◆ことばの話1816「六帖と六畳」

ちょっと古い話ですが。2004年2月15日、某局のリフォーム番組「ビフォーアフター」
を見ていたら、
「六帖」
という表記が出てきました。あれ?それって、
「六畳」
が正しいんじゃないのかなあ。でも「畳」の略字が「帖」なのかなあ。
そう思って数か月。ようやくそれを調べようという気が起こりました。辞書(『広辞苑』を引いてみると、「帖」と「畳」は違う項目で見出しが出ていました。
ということは略字ではないのか?よく見てみると、

「じょう」=「帖(慣用音)漢音はチョウ」
(1)折り手本。折本。帳面。(例)「画帖・手帖」
(2)法帖(ホウジョウ)の略。
(3)(ア)折本や帳面を数える語。(イ)幕二張を一まとめとして数える語。(ウ)屏風・楯などを数える語。(エ)紙・海苔などの一定の枚数を一まとめにして数える語。美濃紙は四八枚、半紙は二0枚、海苔は一0枚を一帖とする(オ)雅楽の各楽章を構成する小曲を数える語。」


と載っていました。これに対して「畳」は、

「じょう」(畳)
(1)つみ重ねること。(例)「畳用・重畳」)
(2)たたみ
(3)たたみを数える語(例)「四畳半・千畳敷」


とあって、「畳」は「たたみ」を数える、あるいは畳にしたら何枚分かというような広さを表し、「帖」は、「折り本」や「帳面」「幕」「紙」「海苔」などを数えるときに使うという違いがあったのですね。ということは「ビフォーアフター」で、(畳で表すべき)「広さ」に「六帖」のように「帖」を使っていたのは間違い、ということですね。
勉強になりました!

2004/7/15