◆ことばの話1805「なんなん・のんのん・ねんねん」
車の中でNHKラジオ第一放送を聴いていたときのこと。大阪弁に関する話をしていて、リスナーからのハガキ(かファックス)を紹介していました。そこに出てきた大阪弁が、タイトルの、
「なんなん・のんのん・ねんねん」
でした。このナ行変格活用のような言葉は、一体、何なのか?というと、簡易折りたたみベッドを買いに行った時の会話なんだそうです。つまり、買ってきた「簡易折りたたみベッド」を見たお母さんの発言が、
「なんなん?」(何なの?)
箱から出してなんだか腰を掛けられそうな形態であるのを見たお母さん、今度は、
「のんのん?」(乗る物なの?)
そして、それに答えたこの人(折りたたみベッドを買ってきた娘)は、
「ねんねん」(寝るねん[寝る物なの])
という会話だったのです。これを紹介していた佐藤誠アナウンサー(大阪弁を上手に使うアナウンサーとして有名)も、アシスタントの女性と、
「『チュチャウちゃうんちゃう』(犬のチャウチャウと違うんと違う?)と同じように、おもしろい大阪弁ですねー。ほかの地域の人が聞いてもわからんやろな」
というようなことを話していましたが、ホンマに大阪弁はおもろいなー。
アシスタントの女性が、もう一つ、おもしろい大阪弁としてあげていたのは、
「まったりーな」
でした。これは、「待ってあげなさいよ」という意味ですが、他人のことに対してそう言うのではなく、自分の行為に対して「待ってくれよ」という行為を、まるで他人事のように「まったりーな」というのがおもしろい、ということでした。たしかにそうですね。これはしばしば指摘されることです。それと「まったりーな」というアクセントがイタリア語みたいでおもしろい、というのもあります。アクセントが後ろから二つ目の母音に来て、そこが長音で表せるというのは、イタリア語とかスペイン語のようなラテン語系統の言葉が持つ特徴です。そういう意味では言葉も性格も、
「大阪人はラテン系」
なのかも知れませんね。

2004/7/10



◆ことばの話1804「まもなくのプレイボール」
7月9日、大阪市営地下鉄・御堂筋線に乗っていた時のこと。本町駅で停車した際、駅員のアナウンスが聞こえました。
「すぐの発車となります」
これが気になりました。もっとシンプルに、
「すぐに発車します」
と、なぜ言わない!人まかせな感じで、イヤだなあ・・・。
そういえば少し前に、後輩のNアナウンサーの野球中継を見ていて感じた言葉と似ています。彼のコメントは、
「まもなくのプレイボールとなります」
というものでした。
これに対して私は、「まもなくプレイボールです」と言い切った方が、スポーツ中継らしいテンポが出る。「まもなくのプレイボールとなります」では、まるで「言い訳がましい役人」のようだし、耳障りでヘン!とコテンパンに言ったのですが、こういった駅員や役人臭い言い回しは、もしかしたら若者の間に増えているのか?どうなんでしょうか。
動詞を、漢語や外来語で名詞にまとめてしまうと、勢いがなくなることだけは指摘しておきましょう。

2004/7/10



◆ことばの話1803「クチかグチか」
ローン返済金を振り込むため、またまた近くのC銀行に行きました。そして振込み用紙に、ローン返済相手である「A信託銀行・資金ローン口」と記入し、その上に
「エー・シンタクギンコウ・シキン(ローン)クチ」
と振り仮名を振ったところ、窓口の女性が、
「この最後の『口』のルビは『クチ』でよろしいのでしょうか」
と言うので、
「さあ・・・クチかグチかは知らないなあ。どっちでもいいんじゃないですか」
と、にこやかに、こう答えると、相手は厳しい口調で、
「いえ、きっちり振り仮名をつけないといけないことになっているので…」
と、しつこく言うので・・・私、切れました!
と書くと「すぐに切れて・・・」と思うかもしれませんが、実はそこに至るまでには、C銀行側の案内の不手際があったのです。最初に、ローンの返済の額がふだん私がATMで扱うお金の額よりかなり大きかったので、そこに立っていた係の若い男性行員に、
「ATMではいくらまで振り込めますか?」
と聞いたところ、
「カードと通帳をお持ちなら、ご自分の通帳に入っている金額までは、いくらでも振り込めます」
と答えたので、ATMの列に並んでいたのです。そこで待っている時に、よく振込先の情報を見直すと、「普通口座」とか「当座口座」とかいう見慣れたものではない「○○口座」と書いてあったので、女性の係に、
「この『○○口座』ってのも、ATMで振り込めるのですか?」
と聞くと案の定、
「いえ、この『○○口座』はATMでは振り込めません。窓口でお願いします。」
と言うではありませんか。ほーら、やっぱり!振り込めると言ったあの若い男性行員め、振り込めないケースもあるのに、その情報を言わなかったな!(知らないのなら、勉強不足)とまあ、既に少しハラをたてていたのです。でも、もしかしたら・・・と思って、万が一、窓口に回された時に、一から・・・になって「時間を損した!」とハラを立てないように、ATMの列に並ぶ前に窓口の順番待ち札を取っていたので、実質、時間を損していなかったので「少しハラをたてた」だけで収まっていたのです。でも、順番札を持っていても、順番が来るまで、随分待たされました。そして、窓口で書類を提出したあとも、少したってから、
「金額が大きいので、ご本人の確認のために、カードの暗証番号をお願いします」
と言われて、窓口で出されたテン・キーで暗証番号を押したのですが、大体「振り込み」なのに本人確認がいるなんてヘンだし、それなら最初に書類を出して時点で一度に言え!とも思っていました。それと暗証番号だけで本人確認と言うのも、本当は安全ではない。顔写真付きの証明書、免許証などで本人確認しないと意味ないだろうとも思っていました。そんな不満が溜まった末での爆発なのですが、向こうはそんなことには気づかない。鈍感ですから。いずれにせよ、カウンターで爆発しました。
「そもそもA信託がここへ振込めと書いてきた書面には振り仮名がついてない。『クチ』でも『グチ』でも届くに違いない。私はどちらでもよい。きっちり振り仮名を振るようにというのはそちらの社内事情であって、私は関係ない!そうでしょう!?」
と言ったところで、先日の苦情処理の男性行員(平成ことば事情1802「たまにあるんです」参照)が、スススッと舞台袖から出てきました。
「道浦さま、先日は大変失礼しました。本日はまたなにか…」
選手交替、理不尽で無駄な要求をした窓口嬢の不手際を説明すると、すべてに深くうなずき、
「おっしゃるとおり、ごもっとも」
と、また相づちをうつ。サービスマンはかくありたい!
大体、「相談所」の読みが「ショ」か「ジョ」かは、地域によって違う。東日本の人は「ジョ」、西日本の人は「ショ」と言う。つまりこの濁るか濁らないかは一種の方言でもあり、どちらでもよいのだ。これがもし「河野」という名前にルビがなければ、「カワノ」か「コウノ」かがわからず問題だか、「クチ」か「グチ」かは、どちらでもよいことなのだ!そんなこともわからないヤツを窓口におくなー!
「おっしゃるとおりでございます」
ということで帰ってきたけど、あの窓口嬢、謝らへんかったな。(それにまた、文句言いに行こか。)それにしても、顔、覚えられたな、C銀行。いきなり、
「道浦様、また何か・・・・」
だもんな。という「グチ(愚痴)」でした。濁ってます。
実は、近くの郵便局に行っても、何にも言わないうちから、
「道浦さん、今日はまた、何か問題が・・・・?」
と副局長さんが後ろの席から出てくるもんなア・・・・とっくの昔にお正月が終わったあとに戻ってきた13枚の年賀状について、
「12月20日過ぎに出した年賀状が、なんでこんなに遅い時期に『あて先不明』で戻ってきたのか納得がいかないので、どの郵便局で、いつ配る作業をしたのか、全部調べなさい」
と言って調べさせたのは、もう2年も前なのに。

2004/7/7



◆ことばの話1802「たまにあるんです」

朝一番で、行きつけのC銀行に行きました。ATMでお金を預けようと思い、紙幣を入れて手順どおり操作するのですが、画面に、
「もう一度紙幣を入れてください」
という表示が出て、お札が返ってきます。3回同じことを繰り返したところで、ATMの横にある受話器を取りました。その瞬間、受話器の向こうの相手が出るより早く、警備員のおじさんが、
「どうしましたか?」
と近寄ってきたので、
「お金を入れても返ってくるんです。」
と言うと、
「隣の機械を使ってください」
というので、すぐ横のATMに移りお金を入れてみたものの、やはり返ってきます。都合5回、この動作を繰り返したところで、堪忍袋の緒が切れました。
「どないなっとるんや、この機械は!横の方に移れというから移ったけど、やっぱり返ってくるやないか。調整をしとらんのとちゃうか?」
と怒ると、警備のおじさんは、何食わぬ顔で、
「たまにあるんですわ」
この一言で、さらに私の怒りの火に油が注がれました。
「今、なんて言うた?たまにある?たまにあったら、いかんでしょう、めったにない、という状態にしとかな。たまにあるのをほうったらかしにしているわけですか、お宅の銀行は!・・・責任者呼びなさい!こんな不良機械をほったらかしにして『たまにある』と客に言って平然としている人をそのまま許している責任者を呼びなさい!!」
やれやれ・・という感じでのっそりと責任者を呼びに行く警備のおじさんの背中に向かって追い討ちを掛けるように、
「時間、計ってるからな!15秒経った!何秒で係を呼べるか、計っているからな!25秒経過!急げよ!1分以内に呼んで来なかったら承知せんぞ!」
朝一番で、それほど多くのお客さんがいるわけではないのですが、その数少ないお客さん、そして行員の目は、こちらに釘付けです。
それからものの30秒もしないうちに、おじさんが呼びにいくより早く、その場の雰囲気をかぎつけたお客様係(おそらく苦情処理の係の方でしょう)の男性が、
「どうされましたでしょうか?」
とやってきました。簡単に事情を説明、5回も金を受け付けないのは、このC銀行は私のお金は預かりたくないのか、それとも機械が悪いのか、メンテナンスが悪いのか?そしてその状態を「たまにある」と言って平然としている行員(警備員ですが)教育について、この人は例外的なのか、皆がこの調子なのか、それで良いと思っているのかどうか、と質問を投げかけました。するとこの行員は、すべての質問にひとつひとつ深くうなずき、
「ごもっとも、ごもっともでございます。」「おっしゃるとおりでございます。」
と言うではないですか!苦情処理の係の基本はこれだ!と思うほど見事な対応に、私の荒らげた声と調子も、次第に収まってきました。最初からそうすればいいんだよ、ホントに。妙に話の矛先を変えようとしたり、ごまかそうとして別の話題を振ったり、客(私)がしゃべってる途中に口をはさむから、ややこしいことになる。まず客の言うことを聞く、というのが、一番の対処法なのです。
結局、「今後、こういうことのないように十分にメンテナンスにも気を使います」ということと「『たまにあるんですよ』などとは言わないこと」を約束して怒りの矛は収まりました。
と言っても完全に沈静化はしなかったので、最後に、
「ここは地元の銀行なんだから、よく使ってるんですよ、また来ますからね。口先だけじゃないように、ちゃんとやっておいてくださいよ!」
と言い捨てて、C銀行をあとにしたのでした。
ああ。また怒ってしまった・・・・怒りたくなんてないのに、なぜ私の周りには私を怒らせようとする人が多いのか・・・・。不思議です。
そして・・・続きは、平成ことば事情1803「クチかグチか」をお読みください。

2004/7/5



◆ことばの話1801「さて」

放送でしか(放送に携わる者しか)使わないような話し言葉って、どう言うものがあるのか?という話になった時にSアナウンサーが、
「そりゃあ、やっぱりあれでしょう、『さて』。これは普通、言わないですよ。」
「そうかな、何か始める時とか、話題を切り上げて帰ろうとする時とかに使わないかい?」
「会話で使うのは『さてっと』でしょう。」
「おんなじじゃない!」
「違いますよ、『っと』が付きますから。」
「そうか、『っと』が付くのは、別かいな。」

言われてみればそうですね、「さて」というのは、講演会などで、大勢の前で話す時には使いますが、あれは話してはいるものの話し言葉ではなく、「書き言葉の音声化」ですよね。ということは、やはり放送の言葉は「話し言葉そのもの」ではなく、「書き言葉の音声化」の部分が多分に残っていると言えるのではないでしょうかね。以前から、実はそうではないかと常々思っていましたが、その実例を一つ、見つけることができました。
あと、Sアナウンサーが、「アナウンサー以外は絶対言わない!」と主張しているのが、
「河川敷」
を、濁らずに、
「かせんしき」
と言うこと。私はアナウンサーになるまでは濁って読んでいましたが、アナウンサーになった頃に「濁らない」と教わったために濁らずに読んできて、最近になって、アクセント辞典には1番目に「カセンシキ」、2番目に「カセンジキ」と両方載るようにはなったのですが、「アナウンサーたるもの濁らずに『カセンンシキ』と読むべきである」という意識が強いのです。でも、一般の人はたいていこれを濁って、
「かせんじき」
と言いますよね。
「免れる」
を「マヌカレル」と濁らずに読むのもこれと同じような感覚だと思います。
「言葉は変わる。」
で、アナウンサーは、いつ変わればいいのか。
うーん、難しい問題だ!

2004/6/30

(追記)

たった今、本屋さんが配達してくれた『日本語学』(2004年7月号)の「新刊・寸感」のコーナーで、国立国語研究所員の田中牧郎さんが、『日本語話し言葉コーパス』について書いてらっしゃいます。その中に、「やはり」という言葉が含まれる1万件を超える用例の中から、「学会講演」と「模擬講演」の中で使われる割合を出したデータが載っています。それによると、
  (学会講演) (模擬講演)
「やはり」  64% 31%
「やっぱり」 34% 58%
「やっぱ」 3% 10%
「やっぱし」 0% 1%
ということで、「学会講演」の方が「模擬講演」よりも、固い表現である「やはり」を多用しており、「やはり」から、ややくだけた「やっぱり」、さらにくだけた「やっぱ」、そして同じようにくだけた(あるいは、さらにくだけた)表現の「やっぱし」に至るまで、「学会講演」では徐々に使用頻度が落ちてきています。フォーマルな局面では、書き言葉に近い「やはり」が多用されています。一方で、「学会講演」よりは自由な感じの「模擬講演」は、プレッシャーが小さいせいか、ふだん自分が使っているような口ぶりで、「やはり」よりもくだけた感じの「やっぱり」を使う割合が58%と圧倒的です。このあたりも、その言葉を使う「場」、相手との「親密度」と、「書き言葉」「話し言葉」「俗語」の使い分けは密接な関係にあるのだな、と感じさせました。


2004/7/1