◆ことばの話1790「カーボンコピー」

参議院選挙が迫ってきました。その参議院と衆議院、どういった点が違うのかという特集を「ニューススクランブル」で放送しました。
その「まとめ部分」でこんなナレーションが。
「衆議院のカーボンコピーと言われないように」
えー、いまどき「カーボンコピー」なんて・・・・誰も言わないでしょう。知ってますか?カーボンコピー。あの黒いピラピラのちょっとインクでベトついたカーボン紙を、紙と紙の間に挟んで1枚だけ複写するという。昔は確かに使いましたが、ここ10数年は少なくとも使っていないな。一体これはどういう比喩なんだろう。たんなる「コピー」で十分じゃないか!と思った時に、
「はっ!もしや、私が知らないだけで、『参議院は衆議院のカーボンコピーだ』というようなセリフが過去にあったのではないか?」
という考えが浮かんだのです。ネットの検索エンジンGoogleで、
「カーボンコピー、参議院、衆議院」
という3つのキーワードを入れて検索したところ、やはり出てきました、196件も!
その中から、ざっと見て一番古い用例は1980年のものでした。

*「参議院クラブ」発足の意味  副代表・江田五月
昨年(1979年)十二月二十日、通常国会召集を翌日に控えて、参議院に「参議院クラブ」という名称の新会派が生まれた。(中略)しかし現状は、委員会の構成、議論の仕方、案件に対する各党の対応その他、参議院が衆議院のカーボンコピーとなってしまっており、これでは、批判が出るのも当たり前。(中略)そこで、田代表は、昨年十二月二日の代表者会議での代表挨拶の中で、この点につき次のとおり述べ、社民連の参議院改革問題についての基本的対応を明確にした。「かねてから参議院改革の一環として会派統一が議論されていますが、参議院は衆議院のカーボンコピーであってはならない。良識の府という原則に立って、議員が将棋の駒のように政党の討議に拘束されることなく、議員一人ひとりの人格と識見が大きく機能されるよう、参議院のあり方を考えるべきではないでしょうか」

という、「参議院クラブ」発足時の江田五月さんの文章、および、その中に出てくる田英夫氏の1979年12月の代表挨拶で使われているようです。やはり、けっこう古い言葉だったんだ!(少なくとも、ここ数年のものではないという意味で。)
この他にも用例としては、
*2001年日経ネット「第二院クラブ」
参議院は良識のある個人が集って、衆議院のチェックをする第二院として存在している、というのが二院クラブの主張なので、候補者おのおのが基本方針に反しない限り、発言は自由であり党議拘束もない。従って、左記の主張も政策責任者奥中淳夫の意見である。われわれは、参議院の改革を第一目標にしている。政党本位の今の参議院は、衆議院のカーボンコピーになってしまっている。これを変えなければ駄目だ。
*2004年6月・京都新聞
「座談会では、小泉純一郎首相や菅直人・前民主党代表が一院制に言及したことがある点などを踏まえ、『衆議院のカーボンコピー』『盛り上がらず、重さにも欠ける』といった評価を受けやすい参議院について各氏の考えを尋ねた。(中略)一方、西山氏は『カーボンコピー』との批判については、一院制にしてスピーディーに法案を通してしまいたい与党側の都合から生まれる考えと指摘。そのうえで、『150日の通常国会の間に、事態は非常に動いてゆく。参議院で新しく入手できる材料もあるし、衆議院とは違った時期に議論ができることも大事な点だ』と話した。」
「かつて、参議院は衆議院のカーボンコピーといわれたが、今や衆議院が官僚のカーボンコピーに過ぎない状態になっている。では、参議院は…、何なのか?」

やはり批判的にこういった言い方はあるようですね。そしてこういった批判に答える声も、あります。

*1998年9月9日   自由法曹団
「私たちは、参議院は決して衆議院のカーボンコピーではないし、あってはならないと考える。私たちは参議院での審議にあたって各党・各議員が直近の国民の審判、国民の要求が反映しての各議席構成をもっており、その意味ではよりよく国民の意思を代表していることに確信を持って、労基法の改悪を許さず、一致可能な要求を実現するために審議を尽くすことを強く求めるものである。」

いずれにせよ、「参議院は衆議院のカーボンコピー」という言葉は、遅くとも1979年にはあって、それ以来、政治関係者の間ではよく使われているけれども、20年の間に「カーボンコピー」そのものが使われなくなってしまっているのに、比喩表現だけが残ってしまい、それと同時に参議院に対するそういう批判も根強く残っているというのが現状のようですね。
早くこの言葉が使われなくなるぐらい、参議院も独自性をしっかり発揮してもらいたい。そのための第一歩を、今回の参議院選挙に期待したいところです。

2004/6/24

(追記)

「平成ことば事情」読者の小澤さんという方からメールをいただきました。
「黒い紙の『カーボンコピー』って、たしかに使わなくなったけど、今もよく使うカーボンコピー、ありますよ。パソコンで送る時に、あて宛先の下にある『CC』というのは、『カーボンコピー』の略ですよね。案外、知らない人が多いのではないですか。」
そうでした、「CC」は「カーボンコピー」でした。ご指摘、ありがとうございました。ちなみに「BCC」は「ブラインド・カーボンコピー」ですね。
パソコン時代にも、パソコン画面に「カーボンコピー」はまだ生き残っていたのでした。

2004/6/29

(追記2)

パソコンのBCC、CCだけでなく、本物の「カーボンコピー」も残っていました。
7月11日の参議院選挙特別番組、放送の舞台裏では「カーボンコピー」が飛び回っていました。というのは、「当確情報」を記した紙は「カーボンコピー」で、同じものをデスクからキャスターなどへも配ることになっていたのでした。
早さを競う当確情報(最近はそれほど早さ第一ではなく、正確第一なのですが)の場において、カーボンコピーは生きていたのでした。

2004/7/27


◆ことばの話1789「首を絞めて殺されており」

物騒なタイトルですな。
殺人事件のニュースの原稿に、この、
「首を絞めて殺されており」
という一文が出てきたのです。これって、主語がねじれていませんか?正しくは、
「首を絞められて殺されており」
と、「絞める」と「殺す」の両方に受動態の「られて」を使うべきだと思うのです。おそらく記者やデスクは、
「両方に『られる』を使うと、ラレラレしてなんかヘンな感じなので、後ろの『殺されており』の『られて』の1回で2回分を代用させようとした」
と思われるのですが、こういう省略は違和感があります。
この話を聞いたHアナウンサーは、
「昨日の夜、肺ガンの特効薬とされる『イレッサ』の副作用のニュースを読んだ時に
『二女の○○さんが死亡。解剖した結果、薬の副作用が原因であると主張し』という文章の主語がねじれているように感じて、直そうかどうか迷ったのですが、時間の関係もあってそのまま放送しました。」

と話してくれました。これは「死亡。」で「体言止め」になっているので、意味の取り方によっては、間違っているとは言えないものの、たしかに主語が不明瞭ですね。
やはり「・・・られ・・・られ」と「られ」が続くとしても、それによってリズムが出るということもあるし、主語が一貫することから言っても、省略しないで「られ」をしっかり使うか、あるいは主語を逆にすることで、「られ」という受動態の表現をなくすか、どちらかにすべきではないでしょうか。

2004/6/24


◆ことばの話1788「ドキュメント赤穂浪士」

「ニューススクランブル」の本番前、この日、Uキャスターのピンチヒッターで「陰アナ」として出演予定のAアナの横で、「電池」のアクセントについて話していました。NHKのアクセント辞典には「でんち(HLL)」という頭高アクセントしか載ってなくて、「でんち(LHH)」という平板アクセントは採用されてないんだよな、と言った時に、Sキャスターが頭高アクセントの「でんち(HLL)」に引っ掛けて
「デンチュー(殿中)でござる」
とダシャレを言ったところ、Aアナ、ポケーッとしています。さては・・・と思って、
「殿中でござる、って何のことか知ってる?」
と聞くと、まるで宇宙のかなたの星雲の名前を聞かれたかのように、
「知らないです。」
「じゃあ『松の廊下』は?」
「マツノローカ?・・・知りません。」

うーん、どう言えば、ちょっとは知っているところにぶち当たるのだろうか?
「あのさあ、じゃ、赤穂浪士って知ってるの?」
「・・・・・サムライですよね。」

ガクッ。
「まあ、広い意味ではサムライだけど・・・そんなこと聞いてないんだよなあ。」
サムライから話していては、それこそ宇宙のかなたの星雲にワープしないで行くようなもので、いつまでたっても「松の廊下」にたどりつけません。Sキャスターが違う方面から誘導します。
「『赤穂浪士』は、何をした?」
「え?何をしたって・・・・革命?反乱?」

こちらの頭がコンランします。
「じゃあ『赤穂浪士』って、何人?」
「えー!アコーローシって複数いるんですか!?」

ズリッ・・・・。
まともな質問をする意欲が失せました。
「じゃあアコウってどんな漢字を書くの?」
「えー、アコウ・・・ムズカシイ・・・」
「それじゃあ、播州赤穂は、今の何県にあるのでしょうか!?」
「ええー・・・大阪?じゃなくて滋賀?そのへんですよね」
「違います!」
「じゃあ、和歌山?もしかして奈良?」

・・・・絶対、オチョクッテイル!
「ホラ相州・小田原一色町は『神奈川県』、播州は・・・」
と、滑舌練習でさんざんやったはずの「外郎売り」の一節を出して「○州」という語感を引き出そうとしたのですが、彼女の反応は、
「あ、神奈川県!!」
ガックシ・・・。
これ以上質問すると、彼女がこのあと出演するニュースの本番に悪い影響を与えそうなので、質問するのはやめました。それでなくても彼女、今日のお昼のニュースの冒頭に、
「こんばんは」
と言ったくらいだし・・・。シクシク。おじさんは、カナシイ・・・。

2004/6/23


◆ことばの話1787「スクイズとスクイーズ」

河口鴻三著『和製英語が役に立つ』(文春新書:2004,6,20)を読んでいたら、こんな一節が。
「派手なエンタイトル・ツーベースとは違って地味なプレーにスクイズがあります。英語ではスクイーズ・プレーとかスクイーズ・バント=squeeze bunt です。これは押し込むという意味の、squeezeから来ています。押し込むようにバントして、三塁にいる走者を本塁に押し込むわけです。一般的に押し込むという意味ですから、既に混みあっているところに何か押し込むときにも使われます。エレベータに乗って、
Please squeeze in a little more
といえば、『もう少し、中につめてください』という意味になります。オレンジジュースやグレープフルーツジュースを果実から直接しぼって作る場合、日本ではフレッシュジュースということがありますが、英語ではていねいにいえば、freshly squeezed juice ということになります。『押し込んでしぼった』という感じを、そのまま残す言い方です。」
というのです。これを読んで、
「野球の『スクイズ』と、果実を搾る『スクィーズ』はおんなじ単語だったのか!」
と、大変ビックリ!しました。
たしか、私が大学に入った1980年の夏、サントリーがカクテルの一大キャンペーンを繰り広げ、その時たしか「ジン」に「生グレープフルーツ」を搾って入れるカクテルを
「スクィーズ」
と呼ぶ、というようなことをコマーシャルでやっていて、東京に出て初めての夏に、
「そうか、都会ではそう言うふうな呼び方のお酒があるのか」
と、強く印象に残った覚えがあったのです。まさかそれが、小学生の時から知っていた野球の「スクイズ」と同じ単語だったとは・・・・。
外来語って、わからないもんだなあ・・・。

2004/6/24

(追記)

アメリカはボストン在住のI先輩からメールがありました。
「スクイズのところで、"freshly squeeze juice" と書いてありますが、正しくは、
"freshly squeezed orange juice"
などと、動詞のsqueezeは受動態のsqueezedにしなければなりません。オレンジは「絞られる」からです。また、freshという語は形容詞であるとともに、複合語的な使い方で副詞にもなりますので、
"fresh squeezed"
も可です。細かいことですんませんが。」

いえいえ、ご指摘どうもありがとうございます。もう一度、本を見直すと、たしかに「d」が付いていました。本文の方も、「d」をつけて訂正いたします。
また、今朝、コンビニで見つけた飲み物は、
「グレープ スクイーズ」
というブドウ味のジュースでした。米国ウエルチ・コーポレーションのライセンス契約でカルピス(株)が販売している飲み物です。「ド」はついていませんでした。日本語になる時に、複数形の「ズ」は付いても、受動態の「ド」は付かないことも多いのかもしれませんね。

2004/7/1



◆ことばの話1786「路面ショップ」

先週末、久々に大阪・心斎橋のD百貨店に行きました。行ったというか1階の店舗の中を横切っただけなのですが。その時に、こんな看板が店内に立っていました。
「女性用水着は、今年はD百貨店南側の路面ショップで販売しております。」
へ?「路面ショップ」?初めて目にしました。なんだろう、「路面ショップ」って?
イメージから言うと、道路(道端)に品物を並べて売っているお店、という感じがしますが、まさかD百貨店ともあろうものが、しかも水着を、地面に並べて売っているとも思えません。GOOGLEで検索(6月22日)したところ、
「路面ショップ」=33件
でした。その中から、どういう文脈で使われているかを抜き出してみると、

「日本の百貨店はあいかわらず不振である。若い人はセンスを売る路面ショップに行き、有力ブランドは銀座や青山に路面店を出す。」
「水着売場、今年は周防町通りに路面ショップとして登場!」
「大阪のメインストリート御堂筋には老舗百貨店にファッションビル、ホテルなどが林立、近年では有名高級ブランドの大型路面ショップが数多く進出しています。」
「美しいけやき並木沿いには『マックスマーラ』や『ヒューゴボス』『バカラ』といった海外のラグジュアリーブランドを中心とした路面ショップが立ち並び、数多くのショップやレストランが揃う六本木ヒルズの中でも、最も出店希望が集中したという環境の素晴らしさが整っている。」
「(事業内容)国内外ブランド衣料&服飾雑貨、一般雑貨の販売、販売代行業務、卸業務、関連商品の企画デザイン及び製造、インターネット通販、市内百貨店inショップ及び路面ショップの運営」
「ワード16シアター周辺にはユニークな路面ショップがズラリ」
「結局5時すぎから、デパート、路面ショップで5〜6箇所まわりました。」
「かねてから構想してきた自社ブランドによる直営路面ショップを下北沢にオープン」


どうやら、道端で物を売っているのではないようです。もっと高級感がありますね。D百貨店に電話して聞いてみました。受付の女性が出ました。
「すみません、そちらでは今年、水着を路面ショップで販売されているそうなんですが・・・」
「左様でございます。」
「その『路面ショップ』と言うのは、そういったお店のことなんでしょうか?」
「『本館の外の周辺の店舗』ということでございます。」
「それは、路面と言うくらいですから、道に面しているんですか?」
「左様でございます。本館から南に行った周防町通りに面しております。」
「それは1階にあるんですかね。ビルみたいなところではないんですか」
「1階でございます。」
「水着のほかにも、その路面ショップというのはあるんですか」
「ハイ。『Tファニー』とか『Sウォッチ』とか婦人服の路面ショップがございます。」
「それは、全部D百貨店の直営なんですか?」
「少々お待ちください確認して参ります」
待つこと30秒。
「お待たせいたしました。すべてDが経営しております。」
「直営なんですか?」
「はい。」

ということでした。このやり取りからは、百貨店の経営するお店(ブランド)だけれども、百貨店の本館の外に、単独でお店を出しているブランドの店を「路面ショップ」と呼ぶような感じがしますね。
ついでにこれも調べました。(日本語のページだけで)
「路面店」=7万0300件
え!どうして?「店」と「ショップ」、日本語と英語の違いで、なんでこんなに件数が違うの?そもそも「路面店」と「路面ショップ」は同じものなのか違うものなのか?
なんか、よくわからんなあ。ファッション関係、流通業界の専門用語のような感じですけど。
「路面」と言えば「電車」しか思い浮かばない世代の人は、決して足を踏み入れることがない「ショップ」なのでしょう・・・・きっと。チェッ!いや、別にいいんだけどさ。

2004/6/22

(追記)

ニューススクランブルのお天気コーナーを担当していて、トレンド情報に詳しいOさんに、
「『路面ショップ』って知ってる?」

と聞くと、
「なにそれ?(路面)電車の中にあるお店?」
「いや、そうじゃなくて、百貨店とかで本館じゃないところにあるショップで・・」

と言いかけると、
「あ、『路面店(ろめんてん)』、それなら知ってる!神戸D百貨店の路面店が、居留地に有って、そっちでもD百貨店のカードが使えるのよ。」
と詳しい情報を教えてくれました。「路面ショップ」と「路面店」は同じものと考えてもよさそうな感じです。

2004/6/25

(追記2)

週刊漫画誌『ビッグコミックスピリッツ』(4月24日号NO.19)に連載中の『バンビーノ』(せきやてつじ)の第52話は「アッパレッキァーレ(配置する)」。
その中で、イタリア料理屋「バッカナーレ」の支配人(ディレットーレ)の宍戸美雪の、商売相手の台詞が、
「条件面で折り合いがつかなくてキャンセルになった物件ではあるけど…一階の路面店だよ?」
というふうに、
「路面店」
が出てきました。これに対して、
美雪「動線は?」
男「並木通りの交差点角地。申し分ないと思う。」
美雪「それなら町並みに馴染んだ店づくりが出来るわね。」
という会話をしていました。業界用語ですが、「路面」というのが普通の言葉で、それに「店」をつけただけの言葉なので、さりげなく説明もなく使われていますね。「文脈で意味を知れ」ということでしょう。
2006/4/13
 
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