◆ことばの話1770「年号」


「あさイチ!」を見ていたら、新聞を紹介するコーナーでWアナウンサーが、
「年号で言うと2004年は・・・」
というような記事を読みましたが、それを聞いておや?と思いました。私の疑問は、
「果たして西暦の2004年というのを『年号』と呼んでいいのか?『年号』というのは『平成十六年』とか『昭和43年』とか、そういった『元号が付いた年』のことを言うのではないか?」
という疑問です。辞書を引いてみましょう。『新明解国語辞典』では、
「年号」=(1)「元号」の通称(2)〔中国・日本で〕その君主の在位の期間(の一期間)を象徴するものとして、年につけた名称。(一定の時期がたったり天災・人災・戦乱などが有ったりするたびに変わった。)→元号
こうあったので「元号」も引いてみました。
「元号」=その天皇在位の象徴として付けられる年号(明治以降は、一代一元に定められた)
とありました。「年号」の(1)に「元号の通称」とあるので、私が、
「年号」=「元号」
と感じたのも、あながち間違いではなさそう。でもよく考えたら、中学や高校の時に、
「いい国作ろう、鎌倉幕府(=1192年)」
「コロンブス、石の国発見(=1492年)」

などと覚えたのは、明らかに、
「年号」=「西暦」
でした。ということは、西暦のことを「年号」と呼ぶのは別に不思議ではないのか。でも「年号で言うと2004年」
という言い方は、私なら、
「西暦で言うと2004年」
と言いたいところなんですけどねえ。


2004/6/12


◆ことばの話1769「落ち込むと落ち着く」

5月30日の午前2時過ぎ、夜勤帰りのタクシーの中で聞いたNHKのラジオニュースで、拉致被害者の曽我ひとみさんの様子に触れて、

「22日の会見のあとは落ち込んでいましたが、今は落ち着いているということです。」

と言っていたのですが、それを聞いておやっ?と思いました。中に出てきた「落ち込む」と「落ち着く」。最初はともに「落ち」で、そのあとが「込む」と「着く」と違うのですが、それによって意味は正反対になっています。ということはこの「込む」と「着く」が、意味の違いを担っているのか?という疑問です。
うーんと考えてみました。
「落ち込む」は、ある高さのところにいたのが、落ちて穴ぼこに入ってしまうという感じ。落差があってマイナス方向に動きがあります。「落ち」と「込む」は連動して同じ動きをしています。時系列ではまず「落ち」で次に「込む」ですが、それは連続している時間上にあるように思います。
これに対して「落ち着く」は、「落ちた」あとの穴ぼこの底で、それ以上落ちない状態で定着している感じ。つまり「落ち」と「着く」は、「落ち」から「着く」までの間に、ちょっと時間差があるように思います。
「落ち込み」から「落ち着く」までにいたるには「時間」が必要だということですかね。



2004/6/12



◆ことばの話1768「有罪確定と有罪判決確定」

6月8日のお昼のニュースを前に原稿をチェックしていたら、
「有罪判決が確定しています」
という文章が出てきて、おやっ?と思いました。というのも、「有罪判決が確定」しているのではなく、「有罪が確定」しているのではないか?と思ったのです。
おそらく、「判決が確定」というフレーズと「有罪が確定」というフレーズがごっちゃになって、
「有罪判決が確定」
となったのではないでしょうか?
微妙な言い回しでこれによく似た例では、
「○○法案が成立」
というのをよく見かけますが、実はこれ、
「○○法が成立」
と言うのが厳密に言うと正しい、というのがありますね。
報道のデスクに、その点を指摘したところ、
「実はこのニュースは全国ネットなので、本文はもう事前にうちのアナウンサーが読んで日本テレビに送ってしまった。日本テレビが読むリード部分は『生読み』なので、そこは『有罪が確定している』としましょう。」
ということで対応してくれました。
その後、Uキャスターが知り合いの弁護士に「法律的にはどちらが正しいのか?」と問い合わせてくれたところ、
「確定するのは、有罪判決ですね。だけど、それは有罪であることが確定するということですから・・・。
どっちゃでも良いんじゃないでしょうか。」

・・・・いいのかなあ、弁護士がこんなに大雑把で。「おおらか」とも言えるけど。
ということで、うちはきっちり考えてニュース原稿作っていますよ、ということでした。


2004/6/12

(追記)

今日(6月14日)も「辻元清美氏が参院選に立候補表明」というニュースの原稿で、
「有罪判決が確定」
と出てきたので、
「有罪確定」
に直しました。でもそれは判決当時のことを指していたので、どちらも「可」かなあ、と思いましたが。


2004/6/14



◆ことばの話1767「ガッツリと」


隣の席のHアナウンサーが「あやあー」と大きな声を上げました。どうしたの?と聞くと、
「『どっちの料理ショー』の番組宣伝の原稿に『ごはんとともにガッツリ』という表現が出てくるんですが、この『ガッツリ』って言葉、ヘンですよね。変えられないかな。どういう意味だろう?」
「『がっちり』とか『がっしり』という意味じゃない?『シ』じゃなくて『ツ』と書こうとしたんじゃない?」
「でも手書き文字じゃないですし。」
「じゃあ、調べよう」

ということでGoogle検索したところ、「ガッツリと」はなんと2440件も出てきました。どんな風に使われているかというと、
「単語をガッツリと覚えていきましょう」
「ガッツリと肉を食い」
「ガッツリと恋愛をして」
「ガッツリと食べてしまった」
「ガッツリと雪焼けになって」
「ガッツリとイラクを攻撃」
「ガッツリとカレーライスを食べ」
「ガッツリと手をつなぎ」

といった具合です。一体どういう意味か?なんとなく、「がっちりと」「しっかり」「ガツンと」というような意味を交ぜて割ったような感じしていますが。ネット検索してみると、やはり私とHアナウンサーと同じように、
「最近この『ガッツリと』という言葉をよく耳にするが、どういう意味か?」
という質問とそれに答えた掲示板を見つけました。それによると、起源は東北・北海道の方言で、北海道の若い人はよく使うそうです。北海道出身のラジオDJが使い始めたという説もあるようです。意味は、
・「しっかり」って意味に似た表現。「がっつり食う」=「しっかり食べる」みたいに使う
・おおよそ『力強さが伴うvery』ということ。例:がっつり殴る。がっつり文句をいう。

という感じだそうですが。
ふーん。北海道出身のSアナウンサーに聞いてみると、
「うーん、ボクは使いませんねえ。うちの弟(1971年生まれ)は使うと思いますが。ボクらの世代は『ガッツ』というのは使います。『ごっつ』と同じような強調の言葉です。」
とのことでした。翌日、
「思い出しました、ボクらの地区(釧路市)では、『ガッツシ』『ガッチシ』というのは、その意味で使います!」
思うに、東北、北海道の方言「ガッツ」「ガッツリ」が東京に入ってビミョーな意味の変化を遂げたのではないか?という感じですね。
そのあと、「○っ△り」を「○っ△し」と言うパターンがいくつかあるという話になり、盛り上がりました。たとえば、
「きっちり」→「きっちし」
「ばっちり」→「ばっちし」
「ぴったり」→「ぴったし」
「がっくり」→「がっくし」
「どっぷり」→「どっぷし」
「あんまり」→「あんまし」
「さっぱり」→「さっぱし」

というような言葉がありますね。ほかにもたくさんありそう。このパターンを逆に考えると、釧路の「ガッツシ」の元は「ガッツリ」の可能性はありますよね。これに関連して、平成ことば事情281「ぐっすり、どっぷり」をご覧ください。

2004/6/10
(追記)

早稲田大学講師の飯間浩明さんのホームページ「ことばをめぐるひとりごと」の1998年10月5日の項に「はっきし言って」という項目がありました。それによると、NHKの朝の連続テレビ小説「天うらら」の中でこんなセリフが出てきたというのです。

ハツ子「はっきし言って、わたしはあなたのことよく知りませんし〔下略〕」(1998.08.07 12:45 NHK「天うらら」)

以下、飯間さんの文を引き写します。

ハツ子(池内淳子)は、ヒロイン・うららの祖母で、江戸の下町で育ったという設定です。娘の再婚相手に対してこう言ったんですが、「はっきし」というのは今の若い者が使うのだとばっかり思っていたので、はて、これは下町ことばの先生の指導によるのかな、と疑問に感じた、と。

わりかし」は、比較的最近のことばです。「わりかた(割方)」の俗な言い方として「わりかし」が広まったのは東宝映画の「お姐ちゃん」シリーズからだといいます(見坊豪紀『ことばのくずかご』p.117)。「お姐ちゃん」とは、重山規子・団令子・中島そのみの三人娘で、1960年代初めに活躍していました。古いのは「やっぱし」。1785(天明5)年の「深川手習草紙」に「是でもやつぱし懲りねへのさ」とあるし(『江戸語の辞典』)、それ以前に京都の安原貞室の著「かたこと」にも出ています。「ばっかし」もこの「かたこと」に出てきます。『江戸語の辞典』では「多く女性用語」とあります。とまあ、「〜し」のつく言い方も、新旧いろいろあるわけです。発祥としては、江戸なんだろうか、上方なんだろうか。
井上史雄著『日本語ウォッチング』(岩波新書)に考察があります。全国規模で調査すると、現代では「ぴったし」「さっぱし」「ちょっきし」「はっきし」「あんまし」「びっくし」などが、「中部地方・近畿地方など各地で、かなり使われている」(p.99)らしい。とくに「中部地方や西日本の方言では、老年層がさかんに「やっぱし」を使っている」(p.98)そうです。「やっぱし」についていえば、「そこから東京の口語に入ってきたのだろう」と推測しています。

ただし、関東や中部の方言でも「そのかわし」「これっきし」などというのがあるそうで、してみると関東で独自に発達した「〜し」もあるのかもしれません。「はっきし」が、ハツ子ばあさんの少女時代に、東京の下町で使われていたかどうかは、これだけではよく分かりませんでした。大阪の知人に、この「〜し」を多用する人がいます。訪ねて行ったとき、「ゆっくし」と言っていたような気がしたので本人に確かめたところ、「あんまし、いいまへん。ご指摘の表現については、はっきしわかりまへんなぁ。ちょっぴし、気にかかりはったんやったら、きっちし覚えて帰えんなはれ」と言われた、とのことでした。

飯間さんのおっっしゃるように、「〜し」にも、いろいろありそうですね。
2004/6/15
(追記2)

今日は会社のアナウンス部で、若手アナウンサーAさんとTさんが(ともに女性)、

「ガッツリ」

ということばを使いました。この前にこのことばについて書いてから2年。すっかり若者ことばとして定着したようですね。
2006/9/20
(追記3)

2007年6月29日の新聞用語懇談会放送分科会「ガッツリ」についての質問が毎日放送の委員から出ました。
『しっかり、あるいは沢山食べることを最近、「ガッツリ食べる」と表現する人が多いのですが、(グリコのCMなどでも「ガッツリ」。「がっちり食べる」だったと思うのですが、)一体、語源は何なのでしょう?弊社にはかつて『がっちり、買いましょう!』という番組があったのですが、リメークすると「ガッツリ、買いましょう!」に?』   
これに対して各委員からは、                                         
『「デイリーコンサイス新辞典」(三省堂)に載っているが、それによると北海道のDJ・山田ひさしさんがよく使ったのが始まりとか。また、フジテレビの番組「メントレ」の中でTOKIOの松岡君(彼も北海道出身らしい)がよく使っているので、それが広がったのではないか。「ガッツリ」は、ニュースなどで使うのは「だめ」だが、バラエティー番組などで使うのは「許容」ではないか。』
とのことでした。
また、大修館書店の『みんなで国語辞典』(北原保雄・監修)にも「がっつり」は載っていました。
「がっつり」=「思う存分に何かしたり、しようとするさま。」「きのうはカラオケで、がっつり歌ったよ。」「焼肉だから今日は肉をがっつり食べるぞ」(愛媛県・25歳・女)
2007/7/20
(追記4)

9月28日夜、大阪の堺筋本町ですれ違った20代後半とおぼしき、がっつり・・・いや、がっしりした体格の男性サラリーマンが、
「普通にガッツリしたもん、食われへん」
としゃべっているのを耳にしました。「ガッツリしたもの」って、どんなものなんでしょうね? 「カツ丼」とか?そういうものでしょうか?歯ごたえがありそうですね。
2007/10/4
(追記5)

2009年10月13日の日経新聞夕刊の「プロムナード」というコラムで、作家の津村記久子さん「多様さの肯定」というタイトルで、イタリアの女優・アレーナ・セレドヴァさん(サッカーイタリア代表のGKジャンルイジ・ブッフォンの彼女)について書いてらして、その中に、
「美しくエロくたくましい。アレーナさんなら、きっと子供たちをがっつり育て上げるだろう。強そうな遺伝子だなあ、という揶揄(やゆ)を超えたところにアル前向きさを感じる。」
と記している。食べ物だけでなくて、「生き方」にも「がっつり」は使われるのですね。「たくましさ」の形容に使うのかな。
2009/10/14


◆ことばの話1766「怒りも一入」

6月10日(木曜日)のお昼の「ニュース・ダッシュ」を見ていたら、韓国のギョーザに、くさった大根が入っていたというニュースをやっていました。その際にリポートしていた日本テレビの男性記者が、
「怒りも一入(ひとしお)です」
と言っていたのですが、私の感覚では、「○○も一入」という場合に「○○」に入るのは、
「喜び」「うれしさ」「感激」
というような「プラス方向の感情」だと思います。「怒り」という「マイナス方向の感情」はそぐわないように思うのですが。どうなんでしょうか。
Googleでそれぞれ「○○も一入・ひとしお」を検索してみました。
「喜びも一入・ひとしお」=  610件・8930件
「うれしさも一入・ひとしお」= 12件・576件
「嬉しさも一入・ひとしお」= 162件・1510件
「感激も一入・ひとしお」=  209件・3630件

「怒りも一入・ひとしお」=    8件・72件
「悔しさも一入・ひとしお」=  20件・279件
「悲しさも一入・ひとしお」=  17件・ 47件

ひらがなの「ひとしお」の方が全般に多いですね。
それと明らかに「喜び・嬉しさ・感激」といった「プラス方向の感情」の方が、「ひとしお」に使われているのが多いですね。「怒り・悔しさ・悲しさ」といった「マイナス方向の感情」+「ひとしお」の件数は、ヒトケタ少ない。ただ「悔しさもひとしお」だけは3ケタ使われていますが。
今後は「マイナス方向の感情」にも「ひおしお」を使うことが増えるかもしれませんが、ニュースで使うにはまだまだ早い、と思いました。
ちなみに「ギョーザ」の表記は、日本テレビは「ギョーザ」でした。
Googleでは、「ギョーザ」と「ギョウザ」は同じものと認識しているようで、同数でした。
(6月12日)
「ギョーザ」=5万7200件
「ギョウザ」=5万7200件
「餃子」= 78万0000件
「ぎょうざ」=2万9000件
「ぎょーざ」=  1120件

ということで、ネットで見ると、Yahooニュース、朝日新聞、産経新聞、毎日新聞、NHK、フジテレビも「ギョーザ」でした。



2004/6/12
 
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