◆ことばの話1745「903」

最近キリンビバレッジから「903」という名前のスポーツドリンクが売り出されました。白い缶に黒の横線が入ったボディに「903」というデジタルなイメージの数字が書かれただけのシンプルなデザインです。ぱっと見ると、一体これは何の飲み物なのか、わからないデザインです。
これ、街で見かけたはいたものの、
「なんで『903』という数字のネーミングなのだろうか?」
と疑問に思っていましたが、ある日ハタと気づきました。
「あ、これは903と書いて『ク・エン・サン』と読むのではないか?」
最近健康にいいと注目される成分としてのクエン酸をたっぷり含んでいるとか、そういうことではないか?ポイントは「0」を「エン」と読むところ。
「0」=「○」=「円」=「エン」
という発想ですね。普通は「マル」と読むか、そのまま数字の読み方としての「レイ」「ゼロ」と読むところですが、そこに遊び心があるのでしょう。
実際にその缶ドリンクを手にしてみると、缶には、
「903(キュウマルサン)」
と書いてあったので、商品名は「キュウマルサン」なのでしょうが、ネーミングの元になったのは「クエン酸」だと私は確信しています。
そこに書いてある文を写しますと、
「KIRIN903(キュウマルサン)はアディダスジャパン株式会社と共同開発したスポーツ生理プロダクトです」
アディダスと。それで黒の横線は3本か?さらに説明文は続きます。
「スポーツのライバル『乳酸』に注目しました。クエン酸に、カルニチン、ナイアシンも配合。この3つの成分で、乳酸に対峙します。(財)日本アンチ・ドーピング機構の公式認定商品です。」
なんだかよくわかりませんが、クエン酸が絡んでいるらしいことはわかりました。
キリンビバレッジのホームページを見てみると、正式な名前は、
「キリン 対乳酸プロダクト 903(キュウマルサン)」
のようです。そして、「903」の名前の由来も書いてありました!

『パッケージは、対乳酸の主役「クエン酸」を数字化した商品名「903」<9(ク)・0(エン)・3(サン)>を上部に、「全てのアスリートのために」という意味を込め、アディダスのシンボルである3本線(スリーストライプス)を中心に据え、その下にオリンピック種目を列挙。ラベル全体を数字と直線と英文字で構成し、シンプルさと機能美を追求しました。味覚は、さわやかな柑橘系の味をベースに、クエン酸の特徴的な酸味により、キレが良く、ゴクゴクとおいしく飲める、スポーツ時に最適な味覚に仕上げています。』

ほらほら、やっぱり!
効能を読む前にわかっちゃったようなもんだね。これだけわかってくれればキリンさんも満足でしょう!ちなみにこのドリンク100ml中に「クエン酸」は、500mg含まれているということです。

そうこうしていると、6月3日の産経新聞にこんな記事が。
「『』ってな〜に?」
実はこれ、百貨店の「大丸」のロゴマークで、このロゴを付けたバッグが人気だ、という記事でした。つまり、
「DAI○」
「DAI」までは、アルファベットを図形化したもので、最後のマルはそのままの「○」と書いて「マル」なんですね。つまり「○」と書いてマルと読むとのこと。まあ、それはよくあることですけどね。ちょっと楽しかった。


2004/6/3

(追記)
『週刊文春』(2004年6月24日号)の「健康」のページに、この「903」をはじめとして、クエン酸が注目されているという記事が出ていました。ちょっと、パブリシティくさい記事ですが。(ちなみにこのコラムは、まったく宣伝の意図はありません。)
クエン酸は体内の疲労物質である乳酸を分解してくれるそうです。で、記事は、
「古くは平安時代の村上天皇が悪疫で臥されたとき(960年)、梅干しの"薬効"で回復されたという逸話や、宮中の『右近の橘』もクエン酸を多く含む柑橘類のこと。また、縄文時代の遺跡から梅の実が出土した例もある。」
として、クエン酸は「元祖サプリメント」としています。そうだったのか。

2004/6/26




◆ことばの話1744「共感力」

最近、街で、
「○○力」
という単語をよく見かけます。数年前に赤瀬川原平さんが、
「老人力」
というのを提唱(?)しましたが、その辺りからですかね。今やなんでも「力」を付けるのが静かなブームのようです。何でもかんでも「力」という漢字を付けてしまうということその「力」は、みんなに付いていない(持っていない)からですね。
で、昨日(6月2日)見かけたのが、
「共感力」
共感力。そんな力まであるのか?
「日経ビジネス・アソシエ」という雑誌の2004年6月15日号の特集が、この
「共感力を2時間で身に付ける!」
というものでした。そもそもたった2時間で付くような能力は、たいしたもんじゃない、と思いませんか?
しっかし、「共感力」って一体なに?なんとなく、わかるような、わからないような。そんなのがあるのなら、「納得力」「不満力」てのもあるのかな?「馬鹿力」は意味が違う?読み方も「リョク」じゃなくて「チカラ(ヂカラ)」だし。ええい、「大石力」はどうじゃい!これは12月になると出てきますな。
横道にそれた。
「共感力」とはなんじゃい?と、この雑誌を読んでみると(買っちゃったんだ!まんまと雑誌の意図どおりに・・・)なんだかぐちゃぐちゃ書いてありますが、要は相手に、
「共感する・させる力」
の両面を持って「共感力」というような感じですか。見出しでこの「共感力」は、
「リーダーに必須のコミュニケーション能力=共感力」
と書いてあるのですが、つまり、それってコミュニケーション能力とちゃうの?
雑誌に書いてあること自体は「フーン、そうだよな」と納得できたのですが、この「共感力」というネーミングに関しては「共感できない」と思ったのでした。
それにしても「力」という漢字は、「的」と同じくらい造語能力があるなあ。

2004/6/3

(追記)
今朝(6月4日)の毎日新聞朝刊に載っていた書籍の広告で、
『「失敗力」をつければうまくいく』(成澤志緒子著、あさ出版)
というのがありました。「失敗力」。そんなものまで・・・マイナスのイメージを持つ「失敗」に「力」をつけるとは。
そして同じく今朝の朝日新聞朝刊のスポーツ欄には、
「川島 新鮮力」
という見出し。ヤクルトの新人川島投手が、阪神を手玉に取ったという記事でしたが、
「新鮮力」
というのも「新鮮」ですねえ。あ!もしかしてこれは
「新戦力」
とかけたダジャレか!そういう使い方もあるのね。でも普通は「誤植」と思われるのでは?
「新"鮮"力」
にしたら、ちょっとはマシか?それにしても、やっぱり「力」には造語力あるよなあ。

2004/6/4

(追記2)
また見つけました「○○力」。宝島社から出た齋藤孝さんの本のタイトルが、
「相手を伸ばす!教え力(おしえりょく)」
だそうです。6月9日の新聞に広告が出ていました。「教え力(おしえりょく)」。ヘンなの。普通は、
「教える力(ちから)」
と言うところでしょうが、やはり、これは流行言葉なんでしょう。
また、今朝(6月10日)の朝日新聞のスポーツの特集のタイトルが、
「日本の五輪力」
でした。これは「ごりんリョク」なのか「ごりんリキ」なのか「ごりんヂカラ」なのかはわかりませんが。「ごりんリキ」は相撲取りみたいですね。それにしても「○○力(りょく)」、やっぱり流行ってますね。
あ、それとこの「○○力」については、ことば事情746「終盤力」で書いていました。すっかり忘れていました・・・。

2004/6/10

(追記3)
参院選が迫ってきました。7月11日投票・開票です。6月17日の毎日新聞に公明党のポスターの、小さな写真が載っていました。そこにはポスターの4分の1くらいの面積で、
「実現力!!」
とありました。この使い方は、普通なのかな。

2004/6/17

(追記4)
コンビニで見つけた、アセロラ果汁入りゼリーの、商品名が、
「きれい力」
でした。「キレイリョク」と読むのでしょうかね。それとも「キレイヂカラ」でしょうか。ちなみに「たらみ」という会社が販売しています。
なんでもかんでも「力」が付いています。意外と目立たないけれど、今年の流行語大賞には、この「○○力」が絶対にノミネートされるべきだと思います。

2004/7/1
(追記5)
6月17日の日経新聞「ベストセラーの裏側」というコラムで、岩永義弘氏の
『一行力』
という本を紹介していました。そして、7月1日の読売新聞の特集「大学」の第5部のタイトルが、
「ブランド力」
でした。これは当たりまえか。いかん、普通の(従来の)「○○力」と、新しい「○○力」の区別が付かなくなってきた・・・。


2004/7/7

(追記6)
『週刊文春』7月22日号に載っていた本の広告で、
『大人力検定』(石原壮一郎、文春ネスコ)
というのがありました。その広告によると、「大人力」の4つの必須分野の力とは、
「ビジネス力」「恋愛力」「マナー力」「知識力」
で、それらをかけあわせたものが、どうやら「大人力」のようです。キャッチコピーは、
「『大人力』がみるみる身につく100問ノック』
です。定価1050円。買う?
おそらく、買わなくても済ませられるのが「大人力」というものでしょう。あ、こんなこと書いたら、文春ネスコさんにしかられるう・・・。

2004/7/16



◆ことばの話1743「印刷とプリント」

夕方の「ニューススクランブル」のナレーションの原稿に、
「プリントアウト」
という言葉が出てきました。農家が消費者と連携をとって、野菜の収穫も消費者にやってもらうという試みを始めて、その農家への地図が「プリントアウト」される、という文脈です。もちろん、この「プリントアウト」とは、
「パソコンのプリンターから、紙に印刷されて出て来る」
という意味です。
この言葉は、我々は日本語(外来語)として日常的に使っている言葉ですが、これって、ナレーションで読む時には、
「印刷」
と言い換えた方がよいのではないか?と思い、担当のMプロデューサーに尋ねたところ、
「うーん、印刷って言うと、なんか新聞や本のように印刷機を使って大げさな感じがしますよね。パソコンから1枚だけ出てくるような場合はプリントアウトのほうがいいと思うんですけど。」
その主張もなるほど、と思って「プリントアウト」のままナレーションを録音したのですが、皆さんはどう思われますか?「印刷」派?それとも「プリントアウト」派?
Google検索(6月3日)では、
「プリントアウト」=32万1000件
「印刷」=    513万件

でした。「印刷」の方が語彙の守備範囲が広いということがあるのでしょうね。では、キーワードを増やして「パソコン」もくっつけて検索してみましょう。
「パソコン、プリントアウト」= 5万8500件
「パソコン、印刷」=     95万7000件

ということで、まだまだ「印刷」の方が優位に立っています。パソコン関連だと「プリントアウト」の方が多いかと思っていましたから、ちょっと意外な結果でした。


2004/6/3



◆ことばの話1742「便利と安全」

昨日、神戸・三宮に行ったとき、JRの駅から阪急の三宮駅のほうを見たときに、神戸では有名な高級スーパーの「イカリスーパー」の看板の「IKARI」の文字が眼に入りました。そこには上に小さく、
「自然、安全、健康、便利」
と、このスーパーの標榜する特徴が記されていました。が、ここでふと疑問が。それは、
「果たして、便利と安全は両立するのか?」
ということです。私の持論では、
「便利さと敬意は反比例する」
「便利さと安全は反比例する」

ということなのです。でも少し考えてイカリスーパーの場合は両立することがわかりました。なぜなら、ここに掲げられた4つの言葉のうち、最初の3つ「自然、安全、健康」は、「このスーパーが扱う商品の特徴」についてで、最後の「便利」は、「このスーパーの店舗の特徴」について記してあるからです。つまり、4つは同じ座標軸の上に立っているのではないからです。
それがわかったら、「安心」しました。

2004/6/3



◆ことばの話1741「直接対決」

先週、山形で行われた用語懇談会総会の懇親会で、共同通信のNさんから、「最近気になる表現」としてこんな言葉がある、という話を聞きました。その言葉とは、
「直接対決」
です。
「ゴジラとイチロー、直接対決」
「カズオとゴジラの直接対決」

など、メジャーリーグ関連のニュースで、日本人選手が所属するチーム同士が戦うカードに関して、この「直接対決」という表現がよく使われるということで、Nさんによると、
「ピッチャーとバッターならまだしも、バッターとバッターなんだし、『直接対決』していない。そもそも、『直接』なんて言わなくても『対決』は『直接』に決まっている。」
と、お酒のせいもあってか(?)かなりご立腹。
言われてみればたしかに、ちょっとヘンかな?と思うものの、今まで全然気づきませんでした。Googleで「直接対決」を調べたら8万8200件もありました。よく使われているようです。
この言葉自体は、間違いとは思いません。たとえばサッカーのイタリア・セリエAで、1位のユベントスと2位のミランが勝ち点1の差で最終戦で対戦、勝った方が優勝、というようなシチュエーションでは「直接対決」という表現はありえるでしょう。というのも、もし最終戦が違う相手と戦うことになっていて、ユベントスがその相手(Aとしましょうか)に負けて、ミランが別の相手(Bとしましょうか)に勝って優勝が決まる、というケースの場合には、ユベントスの当面(目先)の対戦相手はA,ミランの当面の相手はBですが、リーグ戦全体の「勝負」は、「ユベントス対ミラン」ということになります。だから、リーグ戦全体の勝利(=優勝)が、優勝を争っているチームとの一戦の勝利にかかるようなケースには「直接対決」という表現は成り立ちます。相撲で、全勝同士で迎えた千秋楽の一番は「直接対決」でしょう。
ところが、最近見られる大リーグでの「直接対決」という表現の示す意味は、
「日本人対決」
ということです。つまり、メジャーリーグで戦っている日本人選手が所属するチーム同士が当たるという意味に過ぎません。そういう意味では、その表現を使うメディアが興味を持っている選手やチーム同士が当たるということに「直接対決」という表現を使っていて、従来の使われ方と違うその表現に対して、Nさんは違和感を覚えたのでしょう。別にアメリカのお客さんにとっては、日本人同士が対決しても、何の価値も興味もないでしょう。日本のプロ野球ファンが、日本のプロ野球に来ている韓国人選手同士の対決に、何の興味も示さないのと同じように。
いかに日本人選手に興味の焦点を当てているか、当てすぎているかということは、最近のスポーツニュースでは、ゴジラ松井やイチローのその日の打撃成績は何打数何安打かはわかっても、ヤンキースやマリナーズが勝ったか負けたかはよく判らない、というようなケースが多いことからも察することができます。そもそもスポーツ報道は、団体スポーツであってもヒーローを作ろう、物語を作ろうとして、焦点を個人に当てすぎるきらいがあるのではないでしょうか。
それともう一つは、「直接」ということに価値を置く姿勢が見られます。「対決」を強調するための言葉として「直接」が使われているのではないでしょうか。それは、テレビ局が「中継」の価値を上げるために「生」を多用して「生中継」と表現するのと似ています。
でも、今後もこの「直接対決」は、使われるんでしょうね。まあ、日本人メジャーリーガーが、メジャーリーグの半分を超えるようになったら、日本人同士の対決など目新しくなくなって、この表現を廃れるかもしれません。

2004/6/1
 
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