◆ことばの話1715「おいかねる」

駐車場にある看板に、よく、
「無断駐車すると、罰金○万円を申し受けます」
などと書いてあります。以前、熊本の駐車場では、
「罰金5万円、申し付けます」
と、まるで北町奉行(遠山の金さん)のような文章を見つけて笑えましたが。
それと同じように、子どもが駐車場に入って何かあったような場合に、
「責任を負いかねます」
という一文もあります。これはこれでいいのですが、たまーに、
「責任は負いかねません」
と書いてあるのを見かけることがあります。「負いかねる」は、
「負うことはできない」
という意味ですから、「負いかねません」は、
「『負うことはできない』ことはない」
という二重否定になって、意味上は、
「責任を負える」
ことになってしまいます。被害者側から言えば、
「なんて親切な駐車場管理者だろうか!」
と思うでしょうが、駐車場管理者側は、
「そういうつもりではない!」
と怒るでしょう。なぜこのような間違いに陥ってしまうのか?思うに、
「なりかねない」
という言葉があって、そういう事態にはなって欲しくないのに、なってしまう可能性が大きい時によく使われます。駐車場での事故は、もちろん誰も起きて欲しくないと考えています。その、起きて欲しくない事故が、万が一起きてしまっても責任は取りたくない。そこまで管理してはいられない。そういう心情から、
「(勝手に駐車場に入ったら事故に)なりかねません」
「(事故になっても責任は)負いかねます」

という二つの文が合わさった混交表現として、
「責任は負いかねません」
という文章が生まれてきたのではないかと考えます。
いずれにせよ、事故が起きないように、小さい子供さんが駐車場で遊ぶのは、大人が注意して、やめさせましょうね。

2004/5/15



◆ことばの話1714「報恩寺」

京都府福知山市に、
「報恩寺」
というお寺があります。その地域の地名にもなっています。毎年春先になると、その、
「報恩寺地区」
はタケノコのニュースで取り上げられます。おいしいんだそうです。以前、この地名は、
「ほおんじ」
と原稿にルビが振られていて、そう読んでいたのですが、最近、現地からの原稿には、
「ほおじ」
とルビが振られるようになってきました。おかしいな、一体どっちが正しいのだろう?と思っていたら、今日、その地区の駐在カメラマンのTさんがたまたま本社に来ていて話をしている間にその「報恩寺」の話題になりました。
Tさんはわざわざ福知山市役所に行って、
「報恩寺は、ホウオンジ、ホンジ、ホオジと3つ読み方があると思いますが、どう読むのが正しいのでしょうか?」
と尋ねたところ、返ってきた答えは
「どれでもよい」
ということだったそうです。役所では文字にはこだわりますが、ルビを振るわけでもなく、読み方には決まりは内容なのです。
で、きっと、もともとは漢字をそのまま読んで「ホウオンジ」だったのが、長音が落ちて「ホオンジ」になり、さらに撥音の「ン」が落ちて「ホオジ」になったのではないか、ということになりました。
長音や撥音が落ちるのは、その言葉をよく使う人たちの間では普通にある現象なのではないでしょうか。私の住んでいる近くに「招提」というところがあって、地元の人はみんな「ショダイ」と呼んでいるのですが、地名事典では「ショーダイ」となっている、という例もあります。
2002年版の『新全国地名読みがな事典』(人文社)を引いて調べてみると、なんと、
「ホオジ」
になっていました。地元の読みを取り入れたのですね。これで来年のタケノコの時期には、
「ホオジ」
とすっきり読めそうです。


2004/5/15

(追記)
10年ぶりの追記です。Mアナウンサーからメールが回って来ました。
『2014年2月4日の昼ニュースで項目に入っていた京都府福知山市の”たけのこ試し堀り”についてご連絡です。
「報恩寺(ほうおんじ)地区」というところで行われるものですが、地元の方は、
「ほうじ」
とおっしゃるそうで、市場にも
「ほうじのたけのこ」
として知られているそうです。
記者、デスクと相談しましたが、昨年原稿を書いたSデスクは、
「ほうおんじ地区で」
「地名」の正しい読み方で書いていたので、今年もそれにならい、
「ほうおんじ」
で放送しました。立春恒例の行事ということで、毎年出てくる可能性がありますので、念のためご連絡しました。よろしくお願いいたします。」

ということで、どうやら、読売テレビ報道局での読み方は、
「ほうおんじ」に統一されたようです。



2014/4/10

(追記2)
さらに10年ぶりの追記です。
2024年2月5日のお昼のニュースで、また京都府福知山市の「報恩寺」地区の「たけのこの試し掘り」のニュースが出て来ました。ことしもこれを、
「ほうおんじ」
と読んでいました。記録しておきます。





2024/2/5



◆ことばの話1713「場合」

「場合」
という漢字。読み方は、
「ばあい」
ですね。でも実際にはいくつかバリエーションがあるようです。
先日、2年前に行われた系列の中京テレビ(名古屋)を中心とした「東海地震の訓練のビデオ」を見ていたところ、中京テレビの本多さゆりアナウンサー は
「ばわい」
と言っていて、おや?と思いました。そしてその数日後に見た、NHKの番組(『バラエティ生活笑百科』)に出演していた落語家の笑福亭仁鶴は、
「ばやい」
と言ってました。「ばあい」をローマ字表記をすると、
「BAAI」
ですが、中京テレビの本多アナの「ばわい」は、
「BAWAI」
というふうに、AとAの間に「W」が入っています。つまり「あ」が2回続くと唇が触れないので、「あ」の音が1回なのか2回なのか区別が付きにくい。つい、
「ばーい」
と言ってしまう。それを避けようと2つ目の「あ」を強調しようとした時に唇をくっつけて「わ(WA)」と言ってしまうのではないでしょうか。それで、
「BAWAI」=「ばわい」
となると。
仁鶴師匠の「ばやい」も、同じ理由で言いにくいので、こちらはAとAの間に「Y」を入れると、
「BAYAI」=「ばやい」
となっているのではないでしょうか。上方落語などで、この「ばやい」は耳にする気がします。上方方言なのかもしれません。
WとY、これでXがあると遺伝子のようなイメージですね。
もしかしたら、最近「を」の発音を「WO」=「ウォ」という人が目立つのも「O」の前に「W」を入れるので、ちょっと関係があるかもしれません。あちらは「お」と「を」を区別しようということだと思いますけど。平成ことば事情1200「『を』の発音」もご参照ください。

2004/5/15



◆ことばの話1712「ものの数え方」

ものの数え方って、本当に難しい。数詞の部分も漢語系と和語系があって、ややこしいですが、やはりなんと言っても助数詞。種類がありすぎ!そこで、「これは!」と思った助数詞に関する記述をメモしておきます。

「へらぶな」の数え方は、「匹」より「枚」が通っぽい数え方、と斎藤美奈子の『男性誌探訪』の雑誌『へら』について書かれたところ(233ページ)に記してありました。

*「民放労連・近畿地連」という労働組合関係の新聞の2003年11月24日号(NO.198)に、こんな見出しが。
「『デジタル化見直し署名』1万筆めざす」
署名の数の単位は「筆」なんですねえ。

*2月10日の「3分クッキング」で、高橋雄一アナウンサーが、
「しめじ、いちパック」
と。「パック」という外来語助数詞の前は、やはり、和語の「ひとつ」を使った「ひとパック」ではなく、漢語系の「いちパック」なのかなあ。「ひとパック」も許容だと感じましたが。

*携帯電話のコマーシャル(4月3日)で、
「フォーマ900i(キューマルマル・アイ)」
数字の「0(ゼロ・零)」を「マル」と読ませる商品名ですね。

*2002年の12月18日、テレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」という番組で、小谷真生子キャスターが
「ニュースを短く5本お伝えします。」
と言いました。(今頃そういうメモが出てきました)。業界用語ではニュースは「○本」と数えますが、一般的には違和感のある助数詞だと思います。放送では「5つ」でいいのではないでしょうか。

最近『数え方の事典』という本が小学館から出て、いろんなものの助数詞はどれを使うかを書いてあるのでおもしろく読めます。

2004/5/15

(追記)
5月17日の読売新聞スポーツ欄で、ラグビーの第6回日韓定期戦、日本は14点差のリードを守れずに、萩本監督の初戦を引き分けてしまったという記事で、
「向山の2個目のトライ(ゴール)で」
という表現がありました。私はラグビーのトライの数は、
「2つ目のトライ」
というふうに、和語の数え方のほうがよいと思いましたが、よく考えると、「トライ」そのものも助数詞として使って、
「2トライ目」
という言い方もできますね。「2」を「に」と言うか「ふた」と言うか、はたまた「ツー」と言うかの問題もありますが。「ゴール」も助数詞として使えます。
ところが野球の「安打」は、
「この日、3安打」
と言えるんですが、英語のほうの「ヒット」を、
「この日、3ヒット」
とは普通、言いません。「本塁打・ホームラン」は言える気がします。「失策、エラー」も言えそうです。助数詞となる外来語と、なっていない外来語というのも、興味深いところです。また、次の機会に考えます。



2004/5/17
(追記2)
8月4日、NHKのニュースで「ブロッコリー」を、
「8束(たば)」
と数えていました。「束」かな?「株」では?

2004/9/10



◆ことばの話1711「母親がわが子を手にかける」

『週刊文春』(4月22日号)の新聞広告で、
「母親がわが子を手にかける」
という見出しを見ました。怖い世の中になったものです。けど、これって助詞を少し入れ替えると、「なかなか、いいじゃない」ということになりそうです。つまり、
「母親がわが子に手をかける」
これだと怖い意味もありますが、
「手塩に掛けて育てる」
という良い意味にもなりますよね。助詞って難しいけど重要ですねえ。

2004/5/6
 
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