◆ことばの話1705「格上・格下」

3月31日、サッカー日本代表は、ドイツ・ワールドカップのアジア1次予選でシンガーポールと対戦。大変苦しんで、途中出場の藤田選手の決勝ゴールで、なんとか2対1で勝ちました。翌日の毎日新聞のスポーツ欄の見出しは、大きく、
「日本"格下"に苦戦」
でした。実は2月の予選第1戦のオマーン戦の時にも、オマーンのことをさんざん「格下」呼ばわりしていたにもかかわらず、終了間際の久保のゴールで1対0の辛勝でした。
この「格下」というのは、おそらくサッカーのFIFA(国際サッカー連盟)のランキングで日本よりも下のチームのことをこう呼んでいるのだと思いますが、何か違和感を覚えました。特にオマーンなど中東の国のチームは、日本は昔から苦手で、ランキングが下だからと言って簡単に「格下」扱いして「勝って当たり前」という雰囲気で扱うのはおかしい、実際、日本は接戦を演じているのに相手を見下した言い方は相手チームに対して失礼ではないの?と疑問と憤りを感じていたのです。FIFAランキングを使えば客観的かというと、そうでもない。記者が自らの判断を放棄してFIFAランキングという「お上の基準」に甘えているような気がします。
そして4月28日には、ヨーロッパ遠征でチェコと対戦して、またもや久保の見事なゴールで、なんと1対0と勝ってしまいました。FIFAランキングではチェコは9位、日本は26位です。翌日の新聞のスポーツ欄に注目すると、
「FIFAランキング9位の格上チェコを破った」(毎日)
「格上のチェコに対して、日本は序盤から積極的に攻撃を仕掛けた。」(読売)
「日本が1−0で勝つ『金星』を挙げた」(朝日)

という具合で、見出しにこそなっていませんでしたが、今度はチェコに対して、
「格上」
という表現を使っています。これはチェコに対して失礼には当たらないものの、試合のたびにFIFAランキングの上か下かということにこだわって「格上」「格下」という表現を使うのは、なにやら偏差値教育の中の受験戦争のようで、良い感じがしません。
使うとしても、
「ランキング上位」「ランキング下位」
の方が、より客観的な感じがします。
国語辞典を引いてみると、「格」はもちろん載っていますが、『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』『岩波国語辞典』『明鏡国語辞典』『広辞苑』『日本国語大辞典』には、「格下」も「格上」も、見出し語として載っていません!ただ、手元にある辞書では『三省堂国語辞典』だけが「格下」も「格上」も載せています。ということは、もしかしたら「格下」「格上」は新しい言葉ではないか?特に違和感はないけれども、これまでは、
「格が上」「格が下」
というふうに、助詞の「が」を入れて使われていた言葉ではないか?という気がしてきました。『三省堂国語辞典』って、比較的新しい言葉(今現在使われている言葉)を採用する
辞書として有名ですからね。
GOOGLEの日本語のページでは(5月7日)
「格上」=187万   件
「格下」=73万4000件

もありました。
こんなに使われている言葉なら、国語辞典に載ってもいいと思うんですけどね。
でも、特に「格下」は、使う場合には失礼な使い方にならないように、状況をよく考える必要がありそうです。

2004/5/7



◆ことばの話1704「になります2」

事態は深刻のようです。
Sアナウンサーからの報告によると、「コンビニ・ファミレス語」と呼ばれる、
「のほう」「にななります」
が、ついに鉄道業界にまで侵略の魔の手を広げているようです。今朝、J Rの電車の中で、彼はこんな車内放送を聞いたそうです。
「次は、新大阪のほう、到着になります。」
しかも「なります」の語尾は「なりまあす」と伸びて、トーンが上がっていたとのこと。ゲゲゲ。の来たろう。
これはいかん。
おそらくもう、いろんな業界に波及するに違いない。たとえば政界。国会で、
「こちらの議員が、未納のほうになります。」
いつ納付するんだよ。お医者さんも、告知をする際に
「食道のほう、腫瘍になります。」
「食道ガンでよろしかったでしょうか。」
「中性脂肪が高めで肥満になります。高脂血症でよろしかったでしょうか。」

ヤな感じ。さらに、
「タバコのほう、肺ガンになります。」
これは合ってる。タバコ業界は、
「煙のほう、税金になります。」
そりゃ、そうだ。ついでに、
「税金のほう、国鉄の借金返済になります。」
ミニパトのおまわりさんも
「こちら駐車違反になります。20キロオーバーでよろしかったでしょうか。」
丁寧な感じだな。
先生も学校で、
「こちら、足し算になります。1+1=2でよろしかったでしょうか?」
生徒に答えを聞いてどうする!
という具合に広まったら、イヤだなあ・・・。

*平成ことば事情23「になります」、同じく、ことば事情2「のほう」のほうもお読みください。参考になります。

2004/5/6



◆ことばの話1703「マイコンショップ」

ゴールデンウィーク、妻の実家がある和歌山へ行った時のこと、市内を車で走っていると、あるビルにこんな看板が出ていました。
「ハム&マイコンショップ」
おお!マイコンショップ!マイコン、売っているんでしょうかね?ハムって、お肉屋さんで売っているハムじゃないですよ、「アマチュア無線」のハムですよ!すごいなあ。
昭和が残っているような気がしました。マイコンは20年ぐらい前ですよね。今なら当然「パソコン」
というべきもの。マイコン、昔は「マイ・コンピューター」(自分のコンピューター)の略だと思っていました。でも正解は「マイクロ・コンピューター」(極小コンピューター)の略なんですねー。
ついでにビルの文字に注目しているとこんな文字を書いたビルも。
「SAKON BILU」
おいおい、ビルディングの略を書こうとするなら、
「BLDG(BUILDINGの略)」
ならわかるけど。「BILU」って、それ、ローマ字読み?
うーん、和歌山には、心和む表記が街中に転がっていますぞ。癒やしの街かも。今流行のスローライフは、きっと和歌山市にあります!

2004/5/4



◆ことばの話1702「先遣隊と先発隊」

もう、時期を逸してしまいましたが。自衛隊のイラク・サマワへの派遣部隊の呼び名に関して。だって、第一陣はもう帰って来ちゃってるしねえ。でも一応書いておきますね。

イラクへの自衛隊派遣の順番が、
「航空自衛隊先遣要員→陸上自衛隊先遣隊→陸上自衛隊本隊先発隊」
と呼称がよくわからなかったことに関して、アナウンス部員から、
「いったい、この隊員たちの呼称は何なんだ?」
という疑問が出ました。ちなみに「本隊先発隊」は朝日新聞の表現で、次に派遣されるのは「本隊主力」。毎日新聞も「先発隊」。読売新聞と日経新聞は「本隊第一陣」。(産経新聞は、その日の朝刊では記述なしだったようです。)
先遣要員だの先遣隊だの、各自衛隊によって呼称を変えているのもタテ割りそのものだ、という意見も。
こうやって細かく呼び名を変えることで、自衛隊のどの部隊が、いつどうやって行くかということに関する読者や視聴者の感覚がマヒするような気もしますね。最初にこの疑問を提示した同僚へ私が送ったメールです。
「これは、なし崩し的に感覚をマヒさせるためのコトバのマジックではないか。単純に第一陣(航空自衛隊)、第二陣(陸上自衛隊)とすればよい。先遣だろうが後遣だろうが、他国に派遣していることに変わりはない。地震で自然災害救助で派遣するのには誰も文句は言わないが、人間が起こした戦争災害に派遣すると文句が出る。たしかに戦争のあとに自治政府ができるまでに派遣される軍隊は、救援隊ではなく普通は『占領軍』と呼ばれる。小泉総理は、占領軍に加担することの是非を世に問うべきではないか。」

その後2月8日に、日本テレビ(とNNN系列)では、派遣の部隊を
「先発隊」
と呼ぶことになりました。
これを書いていてなんとなく思い出したのは、以前「別冊宝島」の「自衛隊」を特集の本に書いてあった、自衛隊ではやっている(いた?)という、中森明菜の「少女A」の替え歌で、
「自衛隊、自衛隊。軍備にみえても災害救助。自衛隊自衛隊、私は右翼と関係ないわ。どこにでもいるフツーの人よ、私自衛官A」
という歌詞でした。
あ、それと、サマワ市民有志が商店街に、
「サマワ復興の指導者で英雄、小泉純一郎首相」
と書かれた似顔絵の垂れ幕を掲示していた時の、名前のつづりが、
「Jenoshiro  Koyozoma」
となっていました。これじゃあ、
「こよぞま・じぇのしろう」
だなあ。

2004/5/5



◆ことばの話1701「男性性・女性性」

インターネットの掲示板「ことば会議室」も見ていると、
「最近、男性性、女性性という言葉をよく目にする」
という記述がありました。
ええ!?男性性に女性性?言いにくいし、「性」という漢字が重なっていて、なんかヘンな感じ。そんな言葉見たことも聞いたことがない、と感想を掲示板に書き込んだところ、
「ずいぶん前から使われているようですよ。」
という書き込みが返ってきました。
そこでネットの検索エンジンGOOGLEで検索したところ(3月29日)、ずいぶんたくさん出てきましたよ。
「男性性」=6700件
「女性性」=9550件

社会学とか生物学方面では、かなり使われているようです。そういう意味では専門用語と考えていいでしょう。
やはり「性」が2つ続くからヘンな感じがするのであって、たとえば二つ目の「性」を「的(傾向)」に置き換えれば、
「男性的(傾向)」「女性的(傾向)」
となって、全然おかしくないですね。意味の上では「男性性」「女性性」は特におかしくないのだけれども、表記上の違和感がある、ということなので、最初の「男性」「女性」を「メール」「フェミール」に置き換えれば、
「メール性」「フェミール性」
となり、意味はわかりにくくなるけど、表記の違和感はなくなります。どっちがいいかなあ。どっちもなあ・・・というのが感想ですが。

2004/5/5

(追記)
『ぼくの翻訳人生』(工藤幸雄、中公新書:2004、12、20)の中で、著者の工藤さんが、こう書いています。
『ぼくもひとつだけ世に先駆けて造語した(恐らく)。シュルツの翻訳のなかで史上初めて「女性性」なる用語を取り入れたのだ。近ごろこの「女性性」はメディアや論文の中に散見され、新語の仲間入りをした。フェミニズムの伸長を示す。』
シュルツというのは、ポーランドの作家「ブルーノ・シュルツ」のことです。

2005/1/22
 
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