◆ことばの話1675「下腹部」

4月7日大阪府和泉市で、24歳の母親が生後4か月の二男の睾丸を切り取り逮捕されるという事件がありました。事件の背景は複雑ですが、この事件を報じるにあたって、読売テレビでは報道デスク・クラスが、表現に関してかなり慎重に話し合いを行いまいした。被害を受けた乳児の将来を考えて匿名にするか実名にするか、そして被害の状況をどの程度詳しく報じるか。乳児は生殖機能の回復は難しい状態だという医師の診断があったからです。そして結局、読売テレビでは日本テレビなどとも協議して、系列のNNNに流すこのニュースに関しては、
「この事件についてNNNでは、被害を受けた乳児の将来と人権に配慮し、容疑者の母親と子どもの氏名については報道を差し控えています」
というクレジット・コメントをつけて放送しました。また被害の部位に関しては、ニュースのリード部分では、
「生殖器の一部」
とし、本文では、
「こう丸」
という言葉を選択しました。各社、苦労していたようで、坂アナウンサーが調べてくれたところによると、
(NHK)・・・見出し「赤ちゃん傷つけた母親逮捕」 (実名)
        本記「生後4ヶ月の赤ちゃんを刃物で傷つけた・・・・」
(ABC)・・・・見出し「4ヶ月男児に虐待 母親逮捕」 (実名)
        本記「生後4ヶ月の二男のこう丸を切り取った・・・・」
         「こう丸を安全かみそりで切り取った・・・・」
(MBS)・・・・見出し「4ヶ月男児の下腹部切る 母親逮捕」 (匿名)
        本記「生後4ヶ月になる男の赤ちゃんの下腹部をカミソリで傷つけ・・・・」
(KTV)・・・・見出し「乳児の下腹部切除の母を逮捕」 (実名)
        本記「生後4ヶ月の次男の下腹部の一部を切り落とした・・・・」
         「下腹部の一部を失い血を流している生後4ヶ月の男の子」
(朝日新聞)・・・・見出し「4ヶ月の次男に刃物」 (実名)
         本記「次男の体を刃物で傷つけ・・・・」  
(読売新聞)・・・・見出し「乳児の下腹部切る」 (匿名)
         本記「二男を刃物で傷つけた・・・・」
            「二男の下腹部をカミソリで傷つけ・・・・」
(毎日新聞)・・・・見出し「二男の下腹部切る」 (実名)
         本記「二男の下腹部をカミソリで切って・・・・」
(産経新聞)・・・・見出し「4ヶ月男児の下腹部切る」 (実名)
         本記「生後4ヶ月の二男の下腹部の一部を刃物で傷つけた・・・・」
            「二男の下腹部の一部を傷付け・・・・」
(日経新聞)・・・・見出し「乳児傷つけ母親逮捕」 (実名)
         本記「生後4ヶ月の二男の下腹部を傷つけ・・・・」
            「二男の下腹部を安全カミソリで傷つけた・・・・」
※放送各社の表現はHPのニュースで確認。
※被害を受けた男児の名前については、全社匿名報道。

ということで、新聞は各社申し合わせたように「下腹部」という表現になっています。共同通信と時事通信も「下腹部」を使っていたようです。
テレビ局も「下腹部」が多いのですが、ABCは「こう丸」、NHKは、体の部分にはまったくふれずに「傷つけた」としています。結果として「生殖器」という言葉を使ったのは読売テレビ系列だけだったようです。
たしかに二男の乳児の将来・人権を考えると、具体的に報じることがためらわれる部分もありますが、「下腹部」というのは、「性器あるいは生殖器の婉曲表現」ではありますが、「俗語的な用法」というふうにも見えます。たんなる「下腹部」ではないところにこの事件のポイントがあるわけですから、そこをぼやかして事件の全容が伝わるのか?という問題があると思います。あえて正面から取り組み伝えることと被害者の将来とのバランスを考えなければならない、難しい事例だったと思います。(2004、4、15)

2004/4/16



◆ことばの話1674「ANIME 2」

平成ことば事情997「ANIME」の続きです。
JALの出している雑誌『Agora』の2004年4月号に、ロサンゼルス発で、
「アニメは世界の共通語」
という記事(コラム)が載っていました。それによると、ロサンゼルスにある世界最大級の自動車博物館「ピーターセン・オートモティブ・ミュージアム」の「ハリウッド」というコーナーには、映画で使用された車や有名俳優の所有していた車などが並んでいてその一角には、日本のアニメ「マッハGoGoGo」のマッハ号のレプリカも展示されているそうです。というのもこのアニメはアメリカでは「スピードレーサー」というタイトルで、長年放送されている人気アニメで、現在もケーブルテレビなどで放送されており、30代40台ぐらいのアメリカ人にとっては、子どもの頃から親しみ続けた懐かしのアニメなんだそうです。これは知りませんでしたねー、メキシコで「ガッチャマン」を見たり、スペインで「ルパン3世」や「ドラゴンボール」を見たことはありますけど。
この記事を書いている土井細秩子さんという人は、
「日本で現在四○代以上の人たちにとっては、アニメと言えばアメリカ製だった」のに、今では完全に逆転現象が起きており、
「こうした日本製アニメ人気を見ていると、子供達が大きくなったときに、国は違えど『こんなアニメを見て育った』という共通の話題が生まれるのは確実で、アニメというものが一種独特の世界共通語として今後も発展していく、という予感を抱かされる」
とこの文章を締めくくっています。やはり、
「アニメは日本発、世界共通語・文化」
ということに好むと好まざるにかかわらず、なっているようですね。

2004/4/8




◆ことばの話1673「門出」

4月2日の毎日新聞朝刊。前日、4月1日に大阪ドームで行われた、立命館大学の入学式の記事が出ていました。その見出しが、
「大きな門出 1万7000人」
その見出しを見ておやっ??と思ったのは、
「『門出』という言葉は卒業式には使うけど、入学式にも使えるのか?」
ということです。私のイメージでは、卒業式には「門出」は使えるけれど「入学式」にはそぐわない気がします。つまり「巣立ち」があってから「歩み始める」のですが、その「巣立ち」に重きを置いたのが「門出」のような気がするのです。「旅立ち」も「卒業」のイメージですが。
『新明解国語辞典』を引いてみると、
「門出」=その人にとって節目となる第二の人生に向かって一歩を歩み始めること。(例)「門出を祝う」「人生の門出(=今までの環境を巣立って独立すること)「新婚生活の門出に当たって」(表記)「首途」とも書く。
へえー、「首途」とも書くのか。そんなことはいいとして、どうなんでしょう。いまいち、わかりにくい。『日本国語大辞典』には、こう書いてあります。
「門出」=(1)わが家を出発して旅立つこと。出立(しゅったつ)。(2)旅に出発する前、吉日を選んで、その日に仮に家を出ること。(3)(比喩的に)新しい生活への出発。(4)夕暮れ、暗がりをいう、盗人仲間の隠語。
(4)は初めて知りましたが、ここで言う『門出』は(3)ですね。「新しい生活への出発」であれば、「入学式」で使ってもおかしくはないのですが、小学校、中学校という義務教育でほぼ100%、次の学校へ入学することが決まっている場合は、「卒業式」=「旧い生活の終了」の時点で、「新しい生活」へ出発していると考えられます。また進学率90%を超える高校や、同じく50%近い大学も同じように考えられるために、「卒業式」で「門出」が使われる方が自然に思えるのではないでしょうか?
しかし今や、大学を卒業してもなかなか就職しない・できないという中では、「卒業=新しい生活の出発」ではない人も多数いるわけで、そういった意味では、「入学」あるいは「入社」して初めて「門出」という表現が使えるということもあるのかも知れませんね。
そうすると、逆に「卒業式」=「門出」という表現を軽々しく使えなくなってくるかも知れません。イヤな時代ですねえ・・・。


2004/4/7



◆ことばの話1672「弱冠」

「あさイチ!」のCP(チーフプロデューサー)のNさんが、
「みっちゃん、みっちゃん!」
と近づいてきました。
「『弱冠』というのは、やっぱり20歳にしか使われへんのかな。」
「もともとは20歳を指したので、ええとこ、2,3歳の上下くらいまでじゃないですかね。
だから17,18歳から22,23歳くらいまででは。ちょうど、今月(4月)のNHK放送文化研究所のホームページに、その話が載っていましたよ。」
「いや、さっき『広辞苑』を引いたら、二つ目の意味に『年の若いこと』と書いてあって例文として、『弱冠、十七歳で七段の棋士』というのが載ってたんで、17歳は使えるんやな、と思ってな。」
「へえー、17歳で例文で使っていましたか。それは気づかなかった。『放送で使う言葉・改訂新版』では、『もともと20歳のことを言うのであまり範囲を広げたくない。「弱冠12歳で初優勝」「弱冠35歳で大臣に」などはあまりにも広げすぎた感じだ』としてますけど。」「12歳と35歳では、少し幅が広いなあ。実は先日、14歳の女性プロゴルファーが優勝したときに『弱冠14歳』って使ってしもたんや。14歳やし、おまけに女性やろ、これはまずいかなあと思って。」
「なるほど。女性もダメなんですね、本来は。」

NHK放送文化研究所のホームページには、
「18歳の女性を番組で取り上げる場合に『弱冠18歳で・・・』という言い方をしてもよいのか?」
という質問が載っていて、答えとしては、
「弱冠はもともと男子20歳の異称なので、特に女性に使うのは適切ではない」
としています。
また、市販もされている「NHKことばのハンドブック」では、
「『弱冠』ということばは適切な場合に限って使い、乱用しないようにする。特に女性には使わない。× 「若冠」。本来は『20歳』を意味するが、現在では相対的な若さの表現として使われている。」
と書かれています。
また、読売新聞に連載されている「日めくり」というコラムでも2002年の5月29日に「弱冠」が取り上げられていました。それによると、
「古代中国で、男子20歳を『弱』といって元服して冠をかぶるならわしがあったのにちなみ、本来は20歳ちょうどの男性を指した。現在では、例えば、従来なら60代で就いていた役職に30歳で登用されたようなとき、異例の若さを強調する意味合いを込めて『弱冠30歳で〜』などと使われる。語源を尊重して、20歳ちょうどでなければ間違いだとする意見もあるが、そこまでこだわらなくてもいいだろう。ただ、40代、50代にまで広げすぎると、さすがに違和感がある。」
と緩やかに「弱冠」の使用を認めているようです。
思うに、「弱冠」は、同じ音を持つ「若干(じゃっかん)」と混同されて、単に「年齢が若い」というような意味に使われるようになったのではないかと。
「弱冠」でネット上では何歳ぐらいから何歳ぐらいまで使われているかを調べてみました。
それによると、
「弱冠18歳・宮里藍」「新クラリオンガールは弱冠14歳」「弱冠26歳で取締役会に参加」「弱冠10歳の丸山少年」「弱冠10歳でオーケストラと共演」
うーん、10歳ぐらいから使われていますねえ。
こんなことを考えていたら、偶然にも、日経新聞の日曜に連載されている京都国立博物館館長の興膳宏さんのコラム「漢字コトバ散策」のテーマが「弱冠」。サブタイトルが、
「本来は20歳、拡大解釈ご用心」
となっているではありませんか!ラッキー!で、読んでみると、『礼記(らいき)』の曲礼(きょくらい)編に「二十を弱と曰(い)い、冠す」とあるので正確には弱冠は20歳、と書いてあり、学生のレポートに「若干」と混同したものがあるとも。ほら、やっぱり、思ったとおりだ。
ただ、最近は辞書にも「年の若いこと」といった意味が与えられて「弱冠十八歳」「弱冠二十七歳」などと使われていて、
「十代後半から二十代は『弱冠』の範囲とされているらしい』
としています。ただ、
「プロの作家でも『弱冠三十四歳』といった使い方をする人があるが、正直いってこれには首をかしげる」
とも。そして、
「つい先日、テレビのワイドショーを見ていたら、『えなりかずき君は弱冠五歳で有名になった』などといっていて、いくらなんでもこれにはたまげた。弱冠のディスカウントも極まれりである。いずれそのうち、『弱冠満一歳』が出現しても、何ら怪しむに足りないのではないか。」
と結んでありました。ほんまに、ねえー。
2004/4/5
(追記)

えー、「平成ことば事情3235」でも「弱冠の年齢」というタイトルで、同じようなことを書いていますので、お読み下さい。
さて、『情報ライブミヤネ屋』で、芥川賞と直木賞の特集を、先週放送したのですが、その際、20歳の時に『蛇にピアス』で芥川賞を受賞した金原ひとみさんのことを、最初の原稿で、
「弱冠20歳で受賞」
と書かれていたので、
「たしかに『弱冠』は『20歳』に用いるけど、『使えるのは男性に限る』ので、女性の金原さんに使うのはダメだよ」
と注意して直しました。
2009/1/19



◆ことばの話1671「キンクと玉掛」

先日、妻の勤務するゼネコンが建設中のビルで、「親子見学会」というのがあって、行ってきました。22階建てのビルの9階まで、鉄骨が組み上がっていました。
工事中のビルのそこここに、いろんな注意書きの看板がありましたが、その中で目に付いた、意味が分らない「専門用語」がいくつかありました。
一つ目は「キンク」という言葉。「禁句」ではありません。初めて目にしました。看板を読んでみると「キンク」というのは、
「ワイヤーロープがねじれて輪になっている状態。」
のようです。この状態にはしないように、というような注意書きでした。『日本国語大辞典』『新明解国語辞典』『広辞苑』には載っていませんでした。
そしてもう一つは「玉掛け」あるいは「玉掛」。これは図が描いてあったのですが、
「荷物を吊り下げるため、クレーンのフックに二ヶ所引っ掛けること」
のようです。こちらは『日本国語大辞典』に載っていました。
「玉掛」=荷役作業の一つ。工場、倉庫、船舶、工事現場、トラック上などで、荷物をクレーン、ウインチなどの装置で吊り上げて移動するため、荷物にワイヤーロープやチェーンなどの吊り具を掛ける作業とはずす作業とをいう。(例)「玉掛合図」
『広辞苑』は載ってなかったです
そして「玉掛」したあとにクレーンで荷物を地面からちょっと吊り上げることを、 「地切り」というようです。これは『日本国語大辞典』にも載っていませんでした。
いずれも普段の生活では、我々はまったく接することのない言葉でした。
Googleで検索してみました。(3月29日。「地切り」は4月1日しらべ)
「キンク」   =3140件
「キンク、建設」 =129件
「キンク、建築」  =60件
「キンク、ロープ」=393件

やはり結構、使われていますね。一方「玉掛(け)」は、
「玉掛」 =7万8700件
「玉掛け」  =5650件

でした。こちらの方がもっとよく使われているようです。そして「地切り」は、
「地切り」=560件
と、すこし少なめでした。親も子も、勉強になった見学会でした。

2004/4/1
 
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