◆ことばの話1595「残りの試合と試合の残り」

サッカー日本代表の試合を見ていたら、アナウンサーが、
「残りの試合・・・試合の残りも少なくなってきました。」
と言いました。試合の残り時間が少なくなってきたということを言いたかったのに、つい逆に言ってしまったのでしょう。
「残りの試合」というと、リーグ戦などでの「残っている試合数」のことになりますし、「試合の残り」というと、「今戦っているその試合の残り時間」ということになります。意味が違いますね。
でも、例えば「残りの人生」と「人生の残り」ならばどうでしょうか?ほぼ同じ意味ではないでしょうか?
「残り」という言葉は、その前後に付く言葉によってなぜ、入れ替えが利くのでしょうか?
「○○の残り」と「残りの○○」
よく考えると「同じ意味」と言えないこともありませんが、一般的にはそう解釈はされない。実は「残り」にポイントがあるのではなく、その前後に付く「○○」という言葉にポイントがありそうです。
「試合」の場合、「残りの試合」という場合の「試合」は「未消化の試合」の省略形であり、「試合の残り」の場合の「試合」は(先ほども書いたように)「今行っているこの試合」のことを省略して「試合」としているわけですね。この省略されたところが意味を決めているので、この場合は入れ替えが利かないのです。
逆に「残りの人生」「人生の残り」という場合の「人生」は、どちらも同じ意味で使われているので、入れ替えが利くのではないでしょうか。
サッカー中継のアナウンサーのちょっとした言い間違いから、言葉の不思議を垣間見ることができました。

2004/2/15




◆ことばの話1594「玩菓」

図書館で調べ物をしていて、ふと手に取ったのが、1992年版の『現代用語の基礎知識』でした。パラパラと世相語を見ていると、こんな言葉が眼に飛び込んできました。
「玩菓」
がんか。意味を見ると、
「おまけにお菓子が付いた玩具」
とあります。あれ?これって現在は、
「食玩」
と呼ばれているんものじゃないのか?12年前には「玩具菓子」略して「玩菓」だったのか?今はもうすべて「食玩」になっていますよね。昔の名前では出ていないということで、物は同じなのかなあ。
いつものように、GOOGLE検索。
「食玩」=7万1500件
「玩菓」=   656件

けっこう「玩菓」も使われているのですね。でも「食玩」の100分の1以下ですけどね。そしてもっと昔は、ごく単純に「おまけ付き菓子」と言っていたのでは?
「おまけ付き菓子」=407件
「おまけつき菓子」= 64件

でした。
「玩菓」では業界内だけだった言葉が、「食玩」で一般にも広がったということもいえるかもしれませんね。「チョコエッグ」と「海洋堂」の影響力は大きかったかもしれません。

2004/2/15



◆ことばの話1593「くろち」

休日、後輩のSアナウンサーからメールが届きました。
「東北でバスの転落事故があって、インタビューに答えた被害者が『内出血』のことを『くろじ』と言っていて、字幕スーパーにもそのまま『くろじ』と出たんですが、これって、方言ですよね?」
すぐにメールを打ち返しました。
「きっと、そうでしょう。たしか、内出血の言い方は地方によって細かく分かれていて、柳田國男の『蝸牛考』で取り上げられた「カタツムリ」と同じくらい、その呼び方でその人の出身地がわかるぐらい、たくさんの言い方があったんじゃないかな。」

この間、大枚7800円をはたいて購入した、佐藤亮一監修『日本方言辞典』(小学館、2004,1,1)で「内出血」を引いてみたところ・・・・ない。載ってない。そんなバカな!と思って、「あざ」で引きなおすと、ありました、ありました!
「あざ(痣)」
この中で「強く打ってできるあざ」のところに、
「あおなじみ」=千葉県夷隅郡、「くろじ」(皮膚にできるあざ)=岩手県上閉伊郡、「くろじに」=長野県東筑摩郡、「くろじん」=山口県豊浦郡、「くろずみ」=静岡県榛原郡「くずみんいる(あざができる)」、「くろなじみ=福島県石城郡・栃木県、「くろなじり」=福島県相馬郡、「くろに」=富山県西礪波郡「いつのまにぶっつけたやら、へざ(膝)がくろにになっとるわ」、「くろにね」=愛媛県、「くろね」=長野県東筑摩郡

とありました。今回のバス事故でインタビューで答えた人のは、ここに載っている岩手県上閉伊郡の「くろじ」でしょうね。語源は「黒い血」なんでしょうかどうでしょう?
話はちょっとそれますが、徳川宗賢著『日本の方言地図』(中公新書)では、「あざ」と「ほくろ」について書いてあり、「ほくろ」のことを「あざ」と言う地域があるということです。
また、「青あざ」のことを千葉県では「アオナジミ」と言うそうです(『全国方言一覧辞典(学研)』)。
あと関東の人は「青あざ」のことを「青タン」と言うようですね。
GOOGLEでネット検索したところ、
「青たん」 =867件
「青なじみ」=149件

でした。そのほか、各地の言い方についてアンケートしたページもありました。それにほかページのも加えてまとめると、
「青たん」=北海道、青森、秋田、東京、神奈川、福島、山梨、静岡、大阪、京都、広島、山口、徳島、
「青なじみ」=福島、茨城、栃木、千葉、
「黒なじみ」=福島
「青じみ」=石川、愛媛、福岡
「くろじ・くろち」=岩手、宮城、愛知、三重、山口、佐賀
「あおじ」=愛知、広島、山口

というふうな具合。このほかにもいろんな言い方があるようです。面白いですね。

2004/2/15



◆ことばの話1592「ほおとほほ」

「おもいっきりテレビ」を見ているとニュースコーナーで、大阪の女子学生が通り魔に「頬」を切られる事件があったと報じていました。幸いケガは全治2,3日のものだったのですが、このニュースを読んでいた久能さんは、
「ほほ」
と言ったのですが、字幕には、ひらがなで、
「ほお」
と出ていました。「ほほ」「ほお」どっちが正しいの?日本新聞協会が出している『新聞用語集』を見ると、
「ほお」
となっています。しかし、表記は「ほお」でも読み方が「ほほ」ということが、あるかないかはこの書き方ではわかりません。『新明解国語辞典』を引くと、
「ほほ」=「ほお」の新しい言い方。
となっていました。久能さん、新しい言い方をしていたんだ。
『岩波国語辞典』は、「ほほ」を引くと空見出しで「→ほお」となっていました。
『新潮現代国語辞典』は、
「ほほ」=(現代語では「ほ」と「ほほ」の二種がある)→ほお
となっていました。
『日本国語大辞典』で「ほほ」を引くと、「→ほお」となっていて、「ほお」を引くと、最初の所に(現在は「ほほ」とも)とありました。やはり時代の流れとしては「ほお」→「ほほ」なんですね。
この「ほ」の用例として挙げられている10世紀終わりの『枕草子・一0九「見ぐるしきもの」』は、
「寝腫れて、ようせずは、ほほゆがみもしぬべし」
とあるので、表記は昔は「ほほ」だったのでしょう。
ということは、もともと「ほほ」と書いて「ほお」と読んでいたものが、言文一致で「ほお」と書くようになってから、過剰修正で「ほほ」と読むようになったのでしょうか?
「なほこ」と書いて「なおこ」と読んだり、「かほり」と書いて「かおり」と読んだりするケースとの関連はどうなのでしょうか。(平成ことば事情1514「シクラメンのかほり」参照)
さらに『日本国語大辞典』をよく読んでみると、「音」の歴史「音史」として、
「古くはホホ、平安後期以降はホヲからホオ、さらにホーとなり現代に至る。現在はホホ形にも。」
とありました。平安期には「ヲ」と「オ」の発音は違ったのですね。そう言えば「平成ことば事情1200『を』の発音」を読むと、『広辞苑』に「平安中期までは『を』と『お』の発音は異なった」と書いてありました。
「ホ」の発音は時代によって揺れている、ということが言えるのではないでしょうか。
感想は?
ホオ〜。

2004/2/15



◆ことばの話1591「原盤と原版」

クレジットカードの、まだデータを入力していないプラスチックの板と、じきデータを入力する機械が盗まれるという事件が起きました。
このプラスティックの板のことを何と呼ぶか?という問題をSアナウンサーが提起してきました。つまり、
「原盤か?原版か?」
という問題です。うーん普通に考えると、印刷をするものは「原版」、データなどを入れるものは「原盤」のような気がします。
印刷が発明されたグーテンベルク以来、印刷の元になるのは「原版」ですよね。そして、エジソンがレコードを発明して以来、音源は「原盤」なのではないでしょうか。
そう思って『日本国語大辞典』を引いてみました。
「原版=ゲンパン」
え!「ゲンバン」ではなく、半濁音の「ゲンパン」なの!いきなりつまずきました。ゲンバンだと思ってた・・・。
「原版」=(1)文字や絵を彫り込んだ版木。また、活版印刷で鉛型や紙型のもとになる活字組版。(2)複製、翻刻、写真印刷などを作成するもとになる版。(3)書物などの最初の版。初版。
そして「原盤」の方はというと、
「原盤」=(1)レコードをつくるもとになる音波を、みぞの形に刻み込んだ金属製の円盤。(2)古いレコードを復刻して新しいものを作る場合の、もとになる盤。
とあります。ほぼ、考えていたとおりですね。この「盤」は「ディスク」ですからいわゆる「音源」などはこの形でしょう。
と考えていると、Sアナウンサーから、
「わかりました!クレジットカードの今回の場合は、原盤でもなく原版でもなく、原板、板です!これも読みは半濁音のゲンパンです!」
シェー!そんなゲンパン、もあったのか。急いで『日本国語大辞典』をもう一度見ると、
「原板」=写真で、現像した乾板やフィルムのこと。焼付けや引き伸ばしのもとにするもの。陰画。ネガ。」
・・・・ちょっと違うような気もするけどなあ。「陰画」って見るとなんとなく、いやらしい感じ・・・・偏見ですか。淫画・・・。
さらにSアナウンサーから、
「後学のために、もしこれがクレジットカードの板ではなく、フロッピーディスクの場合はどうなるのか?」
という問題が出されました。これはつまり、磁気的にデータを書き込む場合は「原盤」?「原版」?フロッピーディスクは平べったいから「原版」かなあ。
なんとも難しい問題です。が、結局、磁気で書きこむのは、物理的に物と物とをすり合わせるのではないので、「原版」ではないと思います。もちろん「原板」でもない。そういったデータを記録する場合はすべて「原盤」を使う、ということにすると、今後ラクだと思うのですが、いかがでしょうか。フフフ、いい提案だと思いませんか?皆さん!
2004/2/6

(追記)

その後見ていると、クレジットカードの場合は、
「原板」
が使われているようです。

2005/9/18

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