◆ことばの話1590「パンツ」

アクセントの話です。
女性誌『non・no』(集英社)「春のファッション開幕特大号」の新聞広告に、
「誰でも似合う!優秀・細身パンツ」
という見出しがありました。この「パンツ」とはもちろん「下着のパンツ」ではありません。いわゆる「ズボン」「スラックス」あるいは「パンタロン」と呼ばれるものです。
また、2月4日の読売新聞夕刊の特集記事にも、
「パンツルックで活動的」
という見出しがありました。この「パンツ」も下着ではありません。
そしてこれらの「パンツ」のアクセントは、
「パンツ(LHH)」
という平板アクセントです。これに対して従来の「下着のパンツ」のアクセントは、
「パンツ(HLL)」
という頭高アクセントです。アクセントの違いで、意味の違いを使い分けているのです。その場合、アクセントは大きな意味を持ってきます。
しかし、先日(といっても本当はずいぶん前。2003年3月13日の10時8分)、NHKの番組で40歳代になったばかりぐらいの、私より2,3年、年上と思われる女性アナウンサーMさんが、
「こういうパンツ(HLL)を自分で縫ったことはあるんですか?」
と言っていました。この頭高アクセントの「パンツ(HLL)」は、下着ではなく「ズボン」のことだったのですが、特に混乱なく、番組は進んでいきました。
ということは、アクセントの違いで区別しなくても実物が目の前にあれば、どちらでもよい、ということなんでしょうかねえ・・・。でもちょっと「おや?」と思ったのも事実でした。
女性の間では、ズボンのことを「パンツ」と呼ぶのは常識かもしれませんが、例えば、ニュース原稿で、
「逃げた男は、黒のジャンパーに白いパンツ姿でした」
ということはまだありません。川俣軍司ぐらいですね。そういうのは。(あれ?これどこかに書いたっけ?)普通は、
「逃げた男は黒いジャンパーに白いズボン姿でした」
と書きますね。警察発表が、そうなのかもしれませんが。

*平成ことば事情1581の「クラブと呼ばれる飲食店」も合わせてお読みください。

2004/2/6

(追記)

子どもの通う保育園で今、
「パンツー、丸見え、見て見て、クサイ。」
とリズムをつけて言うのがはやっているそうです。この間、保護者会主催の「雪遊び」のためにスキー場へ向かうバスの中で、男の子も女の子もみんなニコニコして大きな声でこの「パンツ、丸見え、見て見てくさい」をやっていました。私たちの頃は、「パンツ丸見え」までだったのですがね。もちろん、手の動きが付きます。ご存知ですよね?アクセントは「パンツ(HLL)」という頭高アクセント。言うまでもなくこの「パンツ」は下着のほうです。でも子どもたちにとって、下着のパンツが見えていようがズボンのパンツが見えていようが、それほど大した差はないようです。

2004/2/12


(追記2)

地下鉄車内で見かけた吊り広告。雑誌「女性セブン」(小学館)3月18日号の広告です。その中で目に留まったのは、
「”脱おば!”パンツ買い替え大作戦」
とありました。このパンツは下着かはたまたズボンのことか?
一緒に乗っていた妻に、小声で聞きました。
「あれって、下着か?それともズボンか?」
「下着でしょ。だって”脱おば”って書いてあるし。」
「そうかあ。下着のことを、ああやって書くかい?ズボンじゃないの?」
「下着よ!『non-no』ならズボンだと思うけど・・・」
「そうなの?じゃあ、買って確認してよ。」
「いやだあ、恥ずかしい」
「なんでやねん、女性週刊誌買うのは恥ずかしくないやろ?」
「恥ずかしいの!」
「男が買う方が恥ずかしいやないか」
てな小声の会話がありまして、うやむやになっていたのですが、会社の図書室にこの雑誌があったので確認しました。正解は・・・・
「ズボン」
でした!やっぱり!!そこには、
「何年もはき続けているうちに体系に合わなくなったり、ヨレヨレになったパンツ。昔流行ったのに、いまや誰もはかない形のパンツ。『でも、まだはけるの』の未練が”おばさんルック”への入り口なんです。」
と記されていました。
いまや、女性にとって「パンツ=ズボン」なんですね、少なくとも女性誌のファッションコーナーにおいては。


2004/3/7



◆ことばの話1589「はぜる」

2月3日のニューススクランブルのお天気コーナーで紹介された、囲炉裏端の料理。
パチパチとアマゴを囲炉裏で焼きながら、地元のおばさんが、
「はぜる」
という言葉を、使いました。
「はぜる」って、なんか懐かしいような情緒を感じさせる言葉ですね。方言かな?
辞書を引いてみましょう。『新明解国語辞典』には、
「はぜる(爆ぜる)」(1)(草木の実などが)内側から突き破るかのように、飛び散る。(例)「クリ(炭火)がはぜる」(2)はじける。
とありました。そうか、内側から弾けて飛び散るんですね。方言ではなかったんだ!
でも最近はあまり耳にしないなあ。インターネットの検索エンジンGoogle(2月6日)では、
「はぜる」=4130件
「爆ぜる」=3400件

もありました。ひらがなの「はぜる」を使ったものはどんなものが「はぜる」かというと、

薪、大豆、風船、栗のイガ、柿、玄米、焚き火、柘榴(ザクロ)、ゴマ、ねずみ花火、ポップコーン、あけび、肉の脂、豆、ヒイラギの葉、かがり火、コーヒー豆、竹、炭、弓。

岐阜県では「水道管」もはぜるそうですね。あと「はぜるような雷鳴」というのもありました。どれも確かに「はぜそう」な感じがしますね。
一方、漢字を使った「爆ぜる」では、

卵、腹部、炎、炭、竹、大豆、音、泡、鉄のつぶて、花火、骨

といったものが「爆ぜ」ているほか、
「冬の結晶のごとき冷気が爆ぜる」
こともあるようです。うーん、なんか「はぜる」という言葉を、どこかで使ってみたくなってきた!そういう気持ちが「はぜてきた」ようです。

2004/2/6



◆ことばの話1588「継母と継父」

「あさイチ!」のニュースコーナーで、岸和田の虐待事件を伝えました。その中で、
「継母(ままはは)」
という言葉を使ったところ、プロデューサーが「ちょっと・・・」と呼びます。何かな?と近寄ると、
「『継母』は、あまり良い言葉ではないから、使わない方が良い」
と言います。その理由として、
「『ママハハ(継母)』はあるが、対(つい)の言葉の『ママチチ』がないから」
とのこと。たしかに「ママチチ」は聞いたことがありません。ところが念のため辞書(『広辞苑』)を引くと、なんとありました「ママチチ(継父)」が!
辞書には一応載っているものの、なぜ継母だけに注目が集まり、『ママチチ』は一般的でないのでしょうか?うーん、と考えて、それは、
「やはり、父は養子に入らない限り、男の方が本筋だから。そういう家父長制度の名残りがあるから、『ママハハ』は使われても、『ママチチ』はほとんど実態がないから使われないのではないか?」
ということに思いが到りました。本当にそうなのかどうかはわからないのですが。
2月5日の産経新聞「正論」に動物行動学研究家の竹内久美子さんが、
「継母はなぜ継子をいじめるのか」
とうタイトルで論文が出ていました。それによると、
「あらゆる動物は我が子(もっと言えば甥や姪など、自分と共通の遺伝子を持つ個体。つまり血縁者)には投資し、そうではない個体には投資しない、あるいは殺してしまうという行動を進化させている」
というショッキングなことが書かれています。だが、人間は、
「人間ならではの、虐待を抑制する心理や仕組みもやはりある」
と言います。それは、
「虐待したら、された側の血縁者が復讐するであろうという恐れ、世間の監視の目や評判、そして相手と反目する前に、まず信頼を勝ち取りたいという心理」
などによるとしています。
昨今の虐待事件は、そういった「相手の信頼を得るために抑制された"攻撃性のタガ"」が外れてしまった事によると竹内さんは言います。そして、
「『そういうことになっているのか』と皆が認識する・・・それが案外、痛ましい事件を防ぐ効果を持つのではあるまいか。」
と結んでいます。
一人一人が「人間はほかの動物と違うのだ、万物の霊長である」ということを再確認することが、虐待防止の第一歩なのかもしれません・・・。

2004/2/6



◆ことばの話1587「有害物質と有毒物質」

Sアナウンサーから内線電話です。
「『硫酸ピッチ』というのは『有害物質』でしょうか?それとも『有毒物質』でしょうか?」
また、難しい話を・・・・。
「うーん、やっぱり毒性もあるんだろうから『有毒物質』じゃあないの?あ、『毒劇物』を定めた法律があるから、それに載っていれば『有毒物質』、載っていなければ『有害物質』という区分は?」
「毒劇物法には載ってないんですよね、硫酸ピッチとしては」
「じゃあ、『有害物質』」
と言って電話は切ったのですが、その後のオンエアーを見ていると、「有毒物質」で放送していたようです・・・。
インターネットでは、どういう扱いでしょうか?「硫酸ピッチ」という言葉にそれぞれ「有害物質」「有毒物質」をくっつけて検索してみました。結果は(1月14日・Googleしらべ)、

「硫酸ピッチ・有害物質」= 392件
「硫酸ピッチ・有毒物質」=  31件


と「有害物質」の方が10倍ぐらい使われています。全体に使われている量は少ないのですが。辞書はどうか。『新明解国語辞典』では、

「有害」=その行為や存在が好ましくない結果をもたらすと認められる様子。
「有毒」=それが体内に入ると身体に障害や危険がもたらされる恐れがある様子。


とあります。これによると、「有害」のほうが意味が広く、しかも直接「命」にかかわらないケースも多いのに対して、「有毒」は「命」にかかわるもの、という認識でいいのですかね。NHK放送文化研究所のSさんにメールで教えを請うたところ、こんなお返事をいただきました。

「有毒」動物が摂取すると害毒になるもの。
「有害」摂取しなくとも環境や付近にあるだけで害を及ぼす物質。
「有毒魚」は食べると毒があったり触ると毒があるもの。
「有害魚」は、ほかの有益なことや平穏を阻害する魚。
ということができます。
「硫酸ピッチ」は摂取しませんので(あるいは知らず知らずに摂取することはないので)「有害物質」です。

硫酸ピッチは「有害物質」というお答えでした。
これに対してさらに質問しました。
「『硫酸ピッチ』は、放置されて漏れ出すと『亜硫酸ガス』を発生します。『亜硫酸ガス』は『有毒ガス』だと思いますが、有毒なガスを生み出す物質は『有毒物質』にはなりませんか?『有害物質』ですか?それと『有毒』と『有害』のカテゴリーは『有害』の方が広くてその中に『有毒』も含まれると考えてよろしいでしょうか?『有害』の方が『毒』までは持っていない、と考えるということでしょうか?
また、広い意味で『毒=害』とみなすような例もあるのではないでしょうか?」

これに対して、またお返事のメールをいただきました。
「原因物質になる場合は『有害』で、その物自体が『毒性がある』場合は『有毒』ではないかと思います。概念規定では、大まかに言って『有害』に『有毒』が含まれます。例外はレアケースでしょう。」
また、有毒なガスを生み出す物質は「有毒物質」か「有害物質」か?については、
「塩酸とさらし粉はいずれも通常は『非・有毒物質』ですが、混ざると塩素を発生し『有毒ガス』になります。だからといって塩素、さらし粉を『有毒物質』とは、普通、言いません。プルトニウムなどは難しく『毒性のある有害物質』と言うほかないかもしれません。
いしいひさいち先生の『百匹の忍者』には『毒蛇』が出てきて、漫画的な定義では『「食べる」とふぐより恐ろしい毒がある蛇』だそうです。普通は咬まれると死ぬようなのが『毒蛇』ですが。一般的に『毒=害』とみなすような例は、『害虫』にある種の毒虫が含まれる例だけではないでしょうか。
大辞林では『毒』を含む見出し語は182、『害』のある見出し語は218でした。」

と、きっちりとしたお返事をいただきました。どうもありがとうございました。
ということで、やっぱり結論は・・・硫酸ピッチは「有害物質」なのかなあ。でも「有毒」とした方が、ニュースの価値が上がるような・・・そういう気持ちが、ないこともありませんねえ。硫酸ピッチの投棄という違法行為を強調し、その危なさを強調するために、あえて「有毒物質」と表現することもあるのかも知れませんね。
2004/2/6

(追記)
2月24日のNHKのお昼のニュース、大阪ローカルニュースでは、
「有害物質・硫酸ピッチ」
と言っていました。
2004/2/26

(追記2)
読売テレビでは「有毒物質」でやることになりました。
で、3月9日の新聞(夕刊)には、
(朝日)「強酸性有毒物質『硫酸ピッチ』」
(産経)「有毒物質硫酸ピッチ」

(読売、毎日、日経にはこの記事はなし)
と、ともに「有毒物質」となっていました。
2004/3/10



◆ことばの話1586「ペッパーソース」

2月2日、京都の会社に目出し帽をかぶった男が侵入し、社員の給料の仕分け作業をしていた社員に「タバスコ」と思われる液体をかけ、その隙に現金2300万円を奪って逃げるという事件が起きました。
このニュースを伝える際、「タバスコ」というのは「特定商品名」なので、「一般名詞」に置き換えなくてはなりません。「タバスコ」かどうかもわかりませんし、よく似たほかの会社の商品かもしれません。また、万が一「タバスコ」だったとしても、「タバスコ」に罪はないのに、印象(イメージ)が悪くなってしまいかねません。
そこで夕方の「ニューススクランブル」では、「読売テレビ・放送用語ガイドライン」の言い換え例を見ると、日本テレビの「放送で使う言葉(1997年版)」にならって、
「ペパーソース」
となっていたので、それで「ペパーソース」で放送しました。「ペパーソース」では、視聴者は何のことか、もひとつよくわからないような気もするのですけれども。
ところが、翌2月3日の朝刊は、記事の載っていなかった読売を除く4紙(朝日・産経・毎日・日経)
「ペッパーソース」
を使っていました。この言葉、『日本国語大辞典』にも載っていません。
「ペッパー」はどの辞書も小さい「ッ」が入って載っています。そして「ペパーミント」はどの辞書も、小さい「ッ」が入らない形で載っています。どちらも、「pepper」という部分のつづりは同じなのに。
Google検索では
「ペッパーソース」=1700件
「ペパーソース」 = 396件

で、4倍以上、小さい「ッ」が入る「ペッパーソース」が使われていました。
そして、去年(2003年)の年末に完成した「日テレ放送用語ガイド」の「特定商品名の言い換え」を見てみると、なんとそこには、
「ペッパーソース」
と、小さい「ッ」の入ったものが記されているではありませんか!
この6年ほどの間に、「ペッパーソース」が優勢になったということですかね。
その後よく調べてみると、読売新聞社が出している『読売スタイルブック2002』では、
「ペパーソース」
と小さい「ッ」は入りません。ところが、共同通信社が出している『記者ハンドブック新聞用事用語集第9版』(2001)では、
「ペッパーソース」
となっているのです。日本テレビは、『読売スタイルブック』から共同通信の『記者ハンドブック』に乗り換えたのかな?
関係ないけど、ピンクレディのヒット曲は「ペッパー警部」よ。(作詞・阿久悠)「ペパー警部」ではありません。
2004/2/3

(追記)

日本新聞協会・新聞用語懇談会の各社の委員の方にメールで「そちらの社ではタバスコの言い換えをどうされていますか?」と尋ねたところ、さっそく皆さんからお返事をいただきました。ありがとうございました。それをまとめてみると(順不同)、
「ペッパーソース」
日本テレビ、関西テレビ、テレビ東京、京都新聞、朝日新聞、毎日放送、共同通信、
毎日新聞
「ペパーソース」
読売新聞


ということで、「ペッパーソース」派が圧倒的のようです。でも、「ペパーミント」とか「ペパーダイン大学」との整合性はどうなるのでしょうかねぇ。
それから関西テレビのOさんから、
「そもそもタバスコの言い換えとして『ペッパーソース』や『ペパーソース』が適当なのかどうか。Pepperの意味には(1)胡椒(2)唐辛子の総称の2種類があって、『ペッパーソース』も胡椒系のソースを連想する。私が思うにタバスコの言い換えに相当なのは、『チリソース』あるいは『ホットソース』(「ホット」は辛い、の意)がよいのではないか。ただ『ホットソース』の場合、『ホット』は『熱い』の意味に取られかねないので、やはり『チリソース』とすればどうか?」
というご意見もいただきました。なるほどー。
でも「チリソース」というと「エビチリ」を思い出して「タバスコとはまた違う」というような声も周囲からは聞こえてきました。また、
「タバスコはタバスコって言えばええやん!」
というようなことを言い出す人もいて、大混乱。ペッパー警部に登場してもらわないといけないかもしれません・・・。

2004/2/6

(追記2)

向田邦子の『幻のソース』というエッセイの中にこんな一文が。
「ただひとつ、どこからどう取りついたらいいのか途方に暮れた味がありました。五年ほど前にパリで食べたペッパー・ステーキにかかっていたソースです。オペラ座の地下にある小ぢんまりした店で、アマリア・ロドリゲスのファドを聴いた時のディナーに出たものでした。茶褐色のコクのあるソースは、重い凄みのある味で私を圧倒しました。私の四十何年かの食の歴史で初めて出逢った味でした。何と何をどうして作ったのか見当もつかないままに、私はいつものように右手をこめかみに当て、味を覚えようと目を閉じました。(中略)私はフランス料理の本をめくり、辻静雄著「たのしいフランス料理」の中に、このソースの作り方が出ていることをつきとめました。正式の名前はグラス・ド・ヴァインド(濃く煮つめた肉汁》でした。)
ハイ、これが「ペッパー・ステーキ」にかかっていた、ということで、抜書きしたのですが、「ペッパー・ステーキ」にかかっているのは「ペッパー・ソース」ではない、とただそれだけなんですけどね。でも、ファドをオペラ座の地下のレストランで、ファドの女王・アマリア・ロドリゲスの生演奏を聴いたなんて・・・と、違うところに感動しました。この文章の初出は、雑誌「ミセス」1978年2月です。

2004/2/13


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