◆ことばの話1570「ジエタイとセフ」

アナウンサーの採用試験が行われています。この4月入社・・・ではなく、なんと来年の4月、2005年4月入社の新人アナウンサーの採用試験なのです。気が早いですねえ、近頃は。
短い原稿を読ませたり、フリートークをさせたりして適性を見るわけですが、その中で気になる傾向がありました。
東京と大阪で合計550人ほどの受験生(主に大学3年生)を見た中で特徴的なのが、
「長音を、きっちり長く伸ばさない傾向がある」
ということです。たとえば、
「自衛隊」
という場合、発音は、
「ジエーエイ」
「衛」の字にあたる音は「エー」と2拍分のはずのですが、これが1拍分しか伸びずに、
「ジエタイ」
と読む若者が多かったのです。これではタイのボクシングのようです。(ムエタイ。)同じように、
「政府としては」
の「政府」も、「セーフトシテハ」ではなく、
「セフトシテハ」
というふうに読んでいる子が非常に多い。これは大阪よりも東京で受験した子に多く見られました。東京の方が時間が早く、せっかちだから、なのでしょうか。大阪も「いらち」ですけど。
長音は省略されては長音の意味がありません。何でも早く短く合理的にする昨今ですが、伸ばすことにも意味があるのですから、きっちりと伸ばすべし!できる子は伸びる!伸ばす!

2004/1/27

(追記)

今年の受験生だけではなく、既に東京の若者の間では、長音を短く発音する傾向は顕著なようです。今日(3月5日)のお昼の日本テレビの「ニュースダッシュ」。長嶋茂雄さんが脳卒中で入院したというニュースで、中継でリポートしていた女性記者は、
「東京・新宿区」
というのを、
「トキョ・シンジュクク」
と言っていましたし、さらに、
「広報部長」
というのを、
「コホ・ブチョー」
と言っていました。ついでにうちの新人小林アナウンサーは今日のお昼ニュースの天気予報で、
「太平洋側」
というのを、
「タイヘーヨガワ」
と言っていました。いずれも伸ばすべきところを伸ばさないので、早くしゃべれますが、なんかテンポが崩れてイヤですね。
2004/3/5



◆ことばの話1569「天国2」

平成ことば事情1273「天国」の続きです。うわあ、もう忘れているけど去年の夏の話でした。
あのあと、武庫川女子大学原語文化研究所の佐竹秀雄先生に、17世紀始めの『日葡辞書』に「天国」という言葉が載っているかどうかを調べてもらいました。結果は、
「『邦訳日葡辞書』(岩波書店)を調べたところ、『天国』はやはり載っていないようです。」
とのこと。その代わりどんな言葉が載っているかというと、
「極楽」=楽しみを極むる。歓楽のパライゾ
「地獄」=インヘルノ

と載っていたそうです。「極楽」ですか。そして「地獄」が対立概念。「パライゾ」を今、訳すと「天国」になりますが、その当時は「天国」という言葉は日本の社会になかったということですね。
そうすると、「天国」という言葉は、キリシタンが16世紀に持ってきたのではない。いつ入ったのか。それについて、佐竹先生は、
「日本国語大辞典の用例が1880年なので、19世紀後半ではないか?」
とおっしゃっています。
ここでハタと思いつきました。高校の世界史で習った「太平天国の乱」は「天国」の文字が含まれています。いつのことかと調べると、1851年から1864年まで、当時の中国(清王朝)で起きたもののようです。この頃、つまり江戸時代の末から明治時代初めにかけて、中国から日本に「天国」が入ってきたのではないか、というところで、一応、納得したのでした。

2004/1/23



◆ことばの話1568「ダンチガイ」

イラクのサマワで、警察官が銃で襲われるという事件がありました。それを伝えたテレビ朝日の現地の記者が、こう言いました。
「事件があったのは、サマワ市内のダンチガイです。」
なに?ダンチガイって何が「段違い」なの?と思って、ちょっと考えてようやくわかりました。彼が言いたかったのは、「段違い」ではなく、
「団地街」
と書いて「ダンチガイ」と読ませるものだったのです。「ダンチガイ」と聞いて「段違い」だと思ったのは、私の「勘違い」だったのです。
しかし「団地街」なんて言葉、聞いたことがないゾ。「団地」の後に言葉がくっつくもので思い当たるのは、
「団地群」「団地ずまい」「団地妻」
・・・ウウン、もとい。つまり「団地○○」なんて、あまり耳にしない、特に「団地街」なんて聞いたことがないということです。「住宅街」「商店街」は耳にしますけどね。
団地街なんて耳慣れない言葉を作っちゃうよりも、
「団地が集まる住宅街で」
というように噛み砕いた方が、よいでしょう。文字を見ればわかるかもしれませんが、耳で聞いた時にわかりにくい言葉は、放送の世界では使いにくいということを、もっと意識して言葉を使えば、視聴者の方の理解度が「ダンチガイ」に高まることでしょう。以って他山の石とします。

2004/1/26



◆ことばの話1567「アマさん」

韓国・済州(チェジュ)島で取材したVTRにナレーションの録音を済ませたSアナウンサーが、会社に戻ってきて何かブツブツ言っています。何を言っているのかと聞くと、
「『海女さん』のアクセントは、『あまさん(LHHH)』の平板アクセントでいいんですよね?」
というではないですか。さっそく『NHK日本語発音アクセント辞典』を引いてみると、
「海女(あま・HL)」
の頭高アクセントしか載っていません。同音異義語の「尼」は、
「尼(あま・LH)」
という平板アクセントとともに、「尼さん(あまさん・LHHH)」の形も平板アクセントで載っています。そういえば、「尼さん」は聞きますが「海女」に「さん」を付けた「海女さん」はあまり聞かない気がします。「海女さん」が集まってやるバレーボールは「海女さんバレー」・・・なんちゃって・・・。
しかもアクセント辞典で頭高アクセントで「海女」が載っているとすれば、「さん」が付こうが、「海女」の部分のアクセントは変わらないはずですから、
「海女さん(あまさん・HLLL)」
と頭高アクセントになるはずです。
「えー、でももう録音、済ませちゃいましたあ・・・」
としょげるSアナ。こちらも百点満点の自信がないので、海女さん関連のプロに聞いてみることになりました。すると、ダイビングが得意な「海女アナ」とも言うべきWアナが、
「そりゃあ、海女のことを聞くなら、御木本真珠島でしょう!」
というので、さっそく電話してみました。
「つかぬ事を伺いますが、『海女』の人に『さん』を付けて呼ぶときはどんなアクセントで呼ばれますか?」
「え?海女さん(HLLL)ですか・・・・すみません、ちゃんと調べて折り返しお電話します。」

と、係の女性が丁寧な応対。15分後にかかってきた電話では、
「海女さん(HLLL)と発音します。」
とキッパリ。これで、Sアナウンサーはその部分のナレーションを録音し直すことになったのでした。でもポジティブな彼は、
「これで、一生、『海女さん』のアクセントは間違いませんよ!」
と胸を張って録音スタジオに向かったのでした。

2004/1/23



◆ことばの話1566「受け止め」

Sアナからメールです。
「1月19日のNHKニュース10で、今井キャスターが、また『受け止め』を使ってました!」
どういうことかというと、以前からSアナウンサーはNHKのアナウンサーやキャスターが、ある出来事を受けての関係者のインタビューの前のコメントで、
「それでは○○の受け止めです。」
というのが気持ち悪いといい続けているのです。普通は、
「それでは○○の受け止め方です」
というふうに「方(かた)」をつけるだろうに、なぜ「受け止め」という形なのか?という疑問。それもNHK以外のテレビ局でこの「受け止め」を使っているのを聞いたことがないというのです。この日はどんな文脈だったのかというと、
「明日は、先遣隊に対するサマーワの人たちの『受け止め』などについてをお伝えします。」
という、明日の番組内容の予告コメントだったそうです。私はあまり気に留めたことがないし気づかなかったのですが、Sアナは、
「それでは政府の受け止めです」
というふうに頻繁に耳にするそうです。この話をUアナにしたところ、
「なんですか、それ?アトコメみたいなものですか?」
といったので大笑い。アトコメというのは、VTRが終わったあとにスタジオで喋るコメントのことですが。たしかに似てますね。おんなじ様なものを作ると、
「それでは新年のあけおめです」
「ブロードキャスターの福留です。」
「Aさんからの書き留めです」

ご苦労様。印鑑、印鑑。
「受け止め、お願いします」
それは「受け取り」やがな。
漫才にもカゲアナでそういう風なコメントが入ったりして。
「隣の空き地に塀ができたね」
<それではボケ役の受け止めです>
「へー。かっこいい」
<続いて、ツッコミの受け止めです>
「なんでやねん!」
<客席の受け止めです>
「シラ〜・・・・」

NHKの知り合いにメールで聞いてみたのですが、答えは、
「そういう言い方は知らない。特に内部用語として決まっているわけでもいない」
というものでした。それなのに、なぜNHKだけでこの「受け止め」という言葉が使われるのでしょうか?この言葉に対する私たちの「受け止め」は、
「なんでだろう?不思議だなあ」
です。
2004/1/23

(追記)

1月25日に発覚した、大阪府岸和田市の中学生虐待・飢餓事件で、インタビュー取材を受けた地元の児童相談所の職員が、こう言っていました。
「虐待という受け止めができなかった。」
出てきた「受け止め」!もしかしたら、お役所用語に「受け止め」というのがあるのかもしれませんね。しかし・・・事件の内容が内容だけに、暗い気持ちになってしまいます・・・。

2004/1/26

(追記2)

2月24日、Sアナウンサーからメールで、
「NHKニュース10の森田キャスターが、『北朝鮮の反応について、日本政府の受け止めです』って、また今、言いました。なんで『受け止め方』って言わないのかなー。」
という"報告"が届いてました。

2004/3/29

(追記3)

7月9日、曽我ひとみさんが、ついにインドネシアのジャカルタで、1年9か月ぶりに夫のジェンキンスさん始め2人の娘との再会を果たしました。それを報じたNHKの夜10時代のニュースでの字幕スーパー(サイドスーパー、右上)に、また出ました!
「家族再会、政府の受けとめ」
本当にNHKは「受け止め」が好きです。曽我さんの熱いキスを浴びた夫・ジェンキンスさんの「受け止め」も気になるところです。

2004/7/10

(追記4)

2006年2月1日、NHKのお昼のニュースを見ていたら、防衛施設庁の「官製談合」を受けて国会での質問に立った、民主党の前田武志議員は額賀防衛庁長官への質問で、
「この事態の受けとめ、どのように考えていらっしゃるのか」
と聞いていました。「受けとめ」は、もしかしたら政治家用語かも知れません。
2006/2/1

(追記5)

同じ2月1日の夜の日本テレビの「きょうの出来事」では、前田議員の発言の同じ箇所を使っていましたが、前田議員が「受けとめ」と言った部分の字幕は、
「受け止め方」
に直してありました。一般的には「受け止め方」でしょうねえ。

2006/2/3

(追記6)

2006年9月1日のNHK夜7時のニュースで放送していた谷垣財務大臣のインタビューで、谷垣大臣が、
「安倍さんは当然立候補するものと思っていましたから、特別な『受け止め』というのはなかったんですけど…」
と答えているのを耳にしました。囲みインタビューに答えて、です。やはり「政治家用語」の局面があるのかもしれませんね。

2006/9/4
(追記7)

ほぼ3年ぶりの追記です。といても、もう数か月前に気付いて、そのまま、ほおっておいたんですが。
2009年4月26日、麻生総理に、「イチローの3086安打」の感想を聞いた女性記者が、
「受け止めをお願いします」
と言っていました。たぶんNHKの記者なんでしょうね。
2009/8/19
(追記8)

2009年10月15日、午後8時50分頃のTBSのスポットニュース。前原・国土交通大臣関連のニュースで、若い男性アナウンサーが、
「地元の受け止め」
という言葉を使っていました(原稿を読んでいたのですが)。NHK以外の放送局で「受け止め」という言葉を使っている原稿を初めて耳にしました。もしかしたら前原大臣が「受け止め」という言葉を使い、それをそのままま原稿にしたのかもしれません。そうするとこの「受け止め」は「政治家用語」なのかもしれませんね。
2009/10/15

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