◆ことばの話1520「ファシズム」

アナウンス部長のK氏と、1年目のKアナ(23歳)の3人でお昼ご飯を食べに行きました。その時に大学での卒論やゼミの話になり、Kアナが、
「道浦さんは、何のゼミだったんですか?」
と聞いてきました。
「ボクはファシズム研究のゼミ。」
と答えると、
「ふぁしずむ・・・ですか。ふぁしずむって、なんですか?」
「え!?知らないの?聞いたこともないの?」
「ちょっとォ、聞いたことはあるんですけどォ」

部長と二人して、ドッとずっこけました。
「おまえ、中学や高校で、習わんかったか?」
「サラっと習ったような気はするんですけどォー・・・。」


これはね、怖いことですよ。「ファシズム」の言葉と意味を曲りなりにでも知っていたら、そういった動きがあれば、「もしかして・・・」と気づくこともできるかもしれませんが、まったく知らなければければ、その跫(あしおと)に気づくことはできません。
現代の日本国が、第二次世界大戦のあとに新しいスタートを切ったこと、なぜそれまでの大日本帝国が崩壊し、日本国がスタートしたのか。そういったことは、現代に生きる我々にとっての足元であり、それ知らずして、なぜ生きられるのか。という疑問を抱かざるを得ません。それは学校で当然教えるべきものですが、それ以前に、学校で教わる・教わらないの問題ではないようにも思います。
私の場合、両親は昭和10年生まれ、つまり一応「戦前」生まれですから、実体験としての「戦争」の話を家庭で聞くことができました。23歳のKさんのご両親は、当然「戦後生まれ」でしょうから、家庭で実体験の話を聞くには、両親の世代からでは無理です。祖父母の世代と接していなければ。しかし「核家族」。そういった話を聞く機会も乏しかったのでしょう。(と、勝手に想像してごめんなさい。)
そうなると、やはり学校教育の場で、しかも義務教育の場で教えることが必要になってきますね。これは、ひとりKアナだけの話ではありません。これまでの(ここ20年ほどの)教育課程や教育システムに重大な欠陥がある(あった)のではないでしょうか。
私が卒論で取り上げた、「ジョージ・オーウェル」も、その著書である『1984年』も、当然のことながら彼女は知りませんでした。ジャーナリズムの一翼(であると思うのですが)のテレビ局の社員としては、当然知っておくべきことだと思います。彼女は、
「その本、読んでみようかな。」
と純粋に興味を示したのですが、
「面白いですか?」
と聞くので、
「うーん、君には、面白くないかもしれない。」
と答えると、なーんだ、と途端に興味を失ったみたいでした・・・。
「ファッション」は30年周期で繰り返すと聞いたことがあります。世代が変われば、同じファッションでも「新しい」と感じるからだそうです。それと同じように、歴史に学ぶことなく「ファッショ」も「新しい」と感じてしまう世代が生まれつつあるとしたら・・・。
今からでもまだ遅くはありません。我々の責任についても考える必要があるのではないでしょうか。

2004/1/6



◆ことばの話1519「2004年の他人事」

新年、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。頑張ります。
さて、お正月休みに耳にした言葉に、
「たにんごと」
があります。「他人事」と書いて本当は、
「ひとごと」
と読むのが正しいのですが、そのまま漢字を読んだ人が間違って「たにんごと」と言い出してけっこう広まってしまったもの・・・のようですが。
「たにんごと」を耳にしたのは、1月4日の午後に毎日放送でやっていたお笑い番組に出演していた大花こと宮川大助・花子。その花子さんが漫才の中で「たにんごと」と言いました。
そしてそれに先立つこと3日、年があけてすぐの元日の午前0時39分。NHKの番組で犬養道子さんと対談していた、養老孟司さん「たにんごと」と言いました。養老さんといえば、去年、新書の語りおろし『バカの壁』が、250万部という空前の大大ベストセラーとなった、話題の人です。その養老さんが「たにんごと」と言っていたのです。つまり、養老さんほどの知識人(元・東大教授、現・北里大学教授)でも「他人事」を「ひとごと」ではなく「たにんごと」と言ってしまうのであれば、一般レベルの我々が「たにんごと」というのも仕方がないかと。
『三省堂国語辞典』の第5版(2001年3月)にも、既に「たにんごと」の見出しは採用されています。意味はひとこと「ひとごと」と書いてありますから、実質上「空見出し」みたいなものですが。
でも、アナウンサーで「他人事」を「たにんごと」と読んだら、どこの局のアナウンサーでも先輩に叱られると思います。「ひとごと」の最後の砦はアナウンサー、なのでしょうか。きっと、アナウンサー以外の人にとっては、
「他人事」
なのでしょうけれども・・・。

2004/1/5

(追記)

フジテレビで去年やっていたキムタクこと木村拓也さんがパイロットをやっていたドラマ「GOOD LUCK!」をレンタルビデオで見ていたら、キムタク演じるシンカイ副操縦士と、堤真一さん演じるコウダ機長の間でこんな会話が。

シンカイ「(新人の時に教えてもらった教官は)ウチラの業界では、師匠じゃないですか!」
コウダ「軽々しくタニンゴトに口を出すな!」


「たにんごと」、こんなところにもでていました。 ついでに言うと、男が「ウチラ」というのも、キムタクが使っていました。平成ことば事情705「ウチら」もお読みください。

2004/1/26

(追記2)

「たそがれ清兵衛」、ようやくレンタル屋で見つけてみはじめました。(一気に見られないのか。)その中で、清兵衛のお城での同僚が、
「葬式かぁ、たにんごとではないべ」
と言っている場面があって、「え?『ひとごと』ではないのか?」と耳を疑ってしまいました。
また同じ場面で、清兵衛の後添え(後妻)を探すという話でも、
「条件悪すぎるべ」
と言っていたのですが、江戸末期の山形に、「条件」って言葉あったのでしょうか?藤沢周平の原作にはどうなんでしょうか?今度確かめてみます。

2004/2/5




◆ことばの話1518「175Rとコブクロ」

よその局の話なんで、どうかとは思いますが、あまりそういうことは考えずに書いてますよね、いつも。紅白歌合戦に出るグループの名前の読み方の話です。
先日、出場歌手の発表があったときに、初めてわかったのが、
「175R」
というグループの読み方。こう書いて、
「イナゴ・ライダー」
と読むんだそうです。わかるかい!そんなん!国道175号線かと思ってたぞ!回りの人に聞いたら、半分くらいの人は知っていましたが。でもわかりにくい!
「それって『326』って書いて『ミツル』というようなもの?」
と聞かれましたが、なんで私がそこまで知ってなアカンねん。知るかい!
その点、お笑いタレントの「ほんこん」さんのグループの、
「130R」
はそのまんま、
「ひゃくさんじゅー・アール」
だからわかりやすくて、良い!
もしてもう一つのグループ「コブクロ」は、なんか「てっちゃん」「ホルモン焼き」の名前かと思っていたら、メンバーの二人は、なんでも大阪の堺市出身で、堺東商店街の路上で演奏していたときに知り合ってデュオを結成したとか。
その二人の名前が、「コブチ」君と「クロダ」君なので、二人合わせて「コブクロ」なんだそうです。ホルモン焼きは関係なかったみたい・・・。でもそれって「ヤン坊マー坊天気予報」の、
「ヤン坊とマー坊」
みたいだなあ。二人合わせてヤンマーだ、君とボクとでヤンマーだ。
「175R」と「コブクロ」には、ちょっと注目しようかな。

2003/12/25




◆ことばの話1517「クレーム」

11月下旬から12月にかけて、腹立たしい出来事が相次ぎました。相手側に、サービス業としてのプロ意識が欠如していて、ミスをおかしてもマニュアルどおりの対応しかしない(できない)ケースです。けっして泣き寝入りはしない性(たち)の私、その場でクレームをつけます。
その保険会社の担当の女性も、そういう例でした。ある日家に帰ると、留守番電話に女性の声でこんなメッセージが入っていたのです。
「先日の書類に不備がありましたので、お手数ですが、お電話をいただけますでしょうか。」
留守電が入っていたのは、金曜日の午前11時頃。そんな時間に家にいるわけがないじゃないですか。しかも留守電を聞いたのは金曜日の夜の10時過ぎ。もう相手は会社にはいないでしょう。翌日の土曜日、念のため電話をかけてみましたが、やはりお休み。テープがメッセージを流すだけです。週明けの月曜日は忙しくて電話をかけられませんでした。向こうからも電話はありませんでした。火曜日にようやく営業時間内に電話をかけました。別の人が出て、「あいにくAは今、電話中なので折り返しお電話いたします」ということで、名前と電話番号を伝えてもらうように言いました。
すぐに折り返しの電話がかかってきました。
「道浦様でしょうか。」
「はい、そうです。先日、留守電に『お電話ください』というメッセージがあったのでかけたんですけど、なんですか?」
「ハア??」
「ハアってて・・・そっちからかけろって言ってきたんでしょう。書類に不備があるからって。」
「あー、そうですか。」
「あー、そうですかじゃないでしょ!何が不備だったのかちゃんと調べて、10分後に電話ください!」
「わかりました。」
この時点で私、かなりハラ立っています。
ところが10分たっても電話はかかってきません。出かける用があったのであせっていた私は、こちらから電話しました。
「Aはただいま、席をはずしていまして・・・・・あ、今戻りました、少々お待ちください!」
といって電話口に出てきたAさん、謝りもせずに、
「ああ、この件では、書類には道浦様の印鑑ではなく、会社のハンが必要だったんですが。」
「え?そうなの?そんなこと、説明、書いていなかったですよ。」
「いえ、書いてありましたが。」
などなど、やりとりがありまして、
「で、どうすればいいんですか?もう一度送りなおしてもらって会社のハンコをもらえばいいわけ?」
「いえ、それはもうこちらで直接会社のほうに送りまして、ハンコをもらえるように手続きをしています。」
「・・・ちょっと待ってよ、それじゃあ、私は何もしなくていいんですか?」
「はい。」
「じゃあ、なんで『不備があってお伝えしたいことがあるから電話かけろ』なんて留守電のメッセージを残したわけ?今言ったことを録音しておけばいいでしょ。」
「そうですね。」
「そうですねじゃあないでしょ。この何日間か、ずーっと気になっていたんですよ。」
「はあ、そうですか。」
怒りボルテージ、上昇中。
「で、その書類はいつごろ返ってきて手続きは終わるんですか?」
「今、手続きをしているところです。」
「それは今聞いた。いつ手続きが終わるかを聞いているんです!」
「それは相手の会社に聞いてみなくてはわかりません。」
「相手の会社って、お宅の保険会社の親会社の銀行だろ、聞きなさいよ。」
「はあ・・・。」
この煮え切らない応対に、ついに私の堪忍袋の緒が、
「ブチッ!!」
と大きな音を立てて切れました。
「あなたねえ、一体どういうつもりなんですかっ!自分のほうから留守電に『電話をかけて来い』と録音してたから電話したら、『ハア?』とかなんとかいう対応して、いつ手続きが終わるか、客が聞いているのに、手間を惜しんで客のために親会社の銀行に聞こうともしない。その後も全部こちらが悪いみたいな失礼な言い方をして、こちらが聞いてることには、全然誠意を持って答えようとしない!!あなたは、いつもこのような不誠実な対応をしているんですか!」
「いえ、そんなことはありません!」
「じゃあ、私にだけこのような不誠実な対応をしているわけですね。」

「・・・・・・・・・・」
「私に何か恨みでもあるんですか!なぜ他の人にはちゃんと誠実に対応して、私にだけこんなひどい対応をするんですか!!」
「・・・・・・・・・・」
「答えられないんですか?」
「・・・いえ・・・」
「さっきから10秒も黙ったままじゃないですか。こういうときには普通、まず謝るんじゃないですか?」
「・・・・申し訳ありません。」
「お宅の会社では、客から謝れと言われるまで謝らないように言われているんですか!?」

「・・・・・・・・・・・」

かわいそうに、Aさんはもう、しゃべれなくなってしまいました。たぶん、電話の向こうは「半泣き」です。下線部の対応は、言ってみれば「ワナ」ですね。不手際がある場合に、「いつもこのような(悪い)対応をしているのか!?」と聞かれれば100人が100人、「いえ、そんなことはありません!」と答えるでしょう。そうすると、論理的には、「こういう悪い対応は、あなたに対してだけ」ということを言っていることになりますよね。まあ、そんなわけないでしょうからこれは一種の「因縁」ですね、客観的に見ると。
でもその前の「いつもこんな悪い対応をしているのか?」という問いに対して「そんなことはありません」という答えも「ウソ」です。このAという女性は、私にだけ悪い対応をするのでなければ、「常に悪い対応をしている」のです、客にとっては。本人が気づいてないだけです。気づかないことは、この場合サービス業のプロとして「失格」でしょう。
失態を犯したと気づいたら、まず謝る。それをしないで、客から謝罪を要求されてから謝るから、また墓穴を掘る。もう底なし沼です。そもそもこの話の最初で、自分がかけた仕事の電話の内容を忘れているところからして「失格」なのですが。
この話を後輩のSアナにしたところ、
「そういえばあの話を思い出しました。昔、S部長が道浦さんに『道っちゃん、人のミスを責める時にはな、1か所逃げ道を残しといてやるもんや。それが「武士の情け」っちゅうもんや』と言ったときに、道浦さんはただ一言、『ボクは武士じゃあありませんから』って言ったという・・・」
「そんなこと、あったっけー。でもこれって、おれ、クレーマーみたいやなあ。」
「道浦さんをクレーマーと呼ばずして、誰をクレーマーと呼ぶんですかっ!!」
少なくとも、私のところに来る人は、その覚悟を持ってきて下さい。
2003/12/25



◆ことばの話1516「復興支援」

小泉総理大臣が、中東の衛星テレビ局・アルジャジーラの単独インタビュ−を受けたという記事が12月25日の朝刊各紙に載っていました。その中で小泉総理は、
「日本の自衛隊は、戦争をしに行くわけではない。復興支援・人道支援のためにイラクに行くのだ」
ということを強調したということです。しかし、前々から気になっているのは、この「復興支援」という言葉です。「復興」というのは、戦争が終わって、これからもとの平和な生活に戻るための活動を指すと思いますが、問題は、
「戦争は本当に終わったのか」
ということです。ブッシュ大統領のいう「戦争」は5月に終結宣言をした時点で「終わった」のかもしれません。しかし、ご存知のように現在に至るまで、ゲリラ的に自爆テロやロケット弾を打ち込むとうような行動が日常的に続いています。そうすると、
「何をもって『戦争』というのか」
ということの定義なしに、軽々しく「復興」などとは口にできないはずです。
「戦争」の中には、もちろん「戦闘行為」も含まれますし、兵站、武器の運搬補充や人員・食料の運搬なども含まれるでしょう。その明確な定義は大変重要なはずです。
ブッシュ大統領は、9・11のあとの演説で、
「これはテロではない。戦争だ。」
と明確に言い切りました。そこから考えれば、アメリカ軍や友軍の施設などへの「自爆テロ」なども「戦争」という範疇に含まれるのではないでしょうか。どう考えているのでしょうね。それと、戦争終結宣言の前と後の、アメリカ側の犠牲者の数を比べてみると、後の方が多いのではないでしょうか(確認はしていませんが)。本当にそれで戦争は終わったと言えるのかどうか。
まだ戦争が終わっていないのであれば「復興支援」ではなく「兵站支援」=「参戦」です。
ソニーの井深大さんの通訳をした経験をまとめた『英語屋さん』(集英社新書)という本を書いた浦出善文君(大学の語学のクラスの同級生だったのですが)彼が出しているメールマガジン「英語屋さんの作り方・第13号」(12月25日発行)の中の「こんな英語、見つけたよ!」で、こう書いています。
「自衛隊のイラク派遣についての日本政府の説明は国際常識に照らしあわすと理解しがたいところがある」
そして、その中の一節。
「占領軍の一員として加わる軍隊ではないのだから『武器弾薬は運ばない』という説明は当然だ。ところが、先日のニュースで聞いた政府首脳の説明では、航空自衛隊の輸送機は『小銃で武装した米兵を運べる』のだという。これは奇怪だ。戦闘行為が終結していない地域で、一方の交戦国の軍隊のために人員や物資の輸送を担当すれば、運ぶものが武器弾薬でなくても、兵站(logistics)という軍事行動に該当する。戦火やまない被占領地域で自衛隊が米兵を運んだら、いまだ降伏していない旧イラク軍残党に対する敵対行為(hostilities)となる。理屈が通らない。」
とあります。たしかにそうですね。武器弾薬を直接運ばなくても、武器弾薬を持った米兵を運ぶのなら同じこと。それを「運ばない」と言っているとすれば、それは詭弁にすぎません。
「アメリカと約束したから」「金だけ出して人を出さないのは卑怯ではないか」といった「脅し」は、第二次大戦中に「非国民」という言葉で脅したのと同じような行為に思えます。そういった脅しに屈することなく、「今」なすべきことは何なのかを冷静に、かつ真剣に考えなくてはならないのではないでしょうか。
2003/12/26