◆ことばの話1500「静かなブーム」

12月16日の読売新聞家庭欄に、
「抱っこひも『スリング』静かなブーム」
という見出しが出ていました。抱っこひも、懐かしいですね。さてこの「静かなブーム」ですが、たんなる「ブーム」ではなく「静かな」と付いた場合には、
「記者は注目しているが、まだブームにはなっていない」
ケースに使われると、昔、先輩に聞いた覚えがあります。
このところ、チラホラ目にするんですよね。ついこの間は、
「女子ラグビー、静かなブーム」
というのもありました。常套句ですね。
GOOGLEで検索したところ(12月16日)1万8700件もありました。こ、これは、
「『静かなブーム』ブーム」
では???
で、どんなものが「静かなブーム」になっているかというと、
「中国版TOFEL」「ヨーロッパで、新しい言語・EUROPANTO」「地域限定のリカちゃんキー・ホールダー」「コケ栽培」「招き猫」「アメリカで、道端でであった人がお互いのI−PODの音楽を聴きあうこと」「吹き矢」「ビーズ・アクセサリー」「北京で、私営博物館」「夭逝の天才棋士」「お粥」「緑茶」「薪ストーブ」「点字の本」「君主論」「代替燃料」「失神遊び」「30年前の本」「家系図」「塩を味わう」「卓球」「七福神めぐり」「近松心中物語」「海のミネラル水」などなど。ハアー、きりがない!
でもこのなかで、 本当に「ブーム」といえそうなのは「緑茶」ぐらいではないですか?あとは静かすぎてブームなのかどうか、確認できません・・・・。 思うに「静かなブーム」というのは、やはり意図してブームにしたいという人たちが、その宣伝のために使う飾り言葉のようです。しかし実際に「静かな」ということで、地域やある年齢層などで「限定的にブーム」になっているというケースもなくはない。そのあたりの見極めが必要でしょう。大体、どのくらいの人数が熱中していれば「ブーム」と呼べるのかをきっちり決めれば、こういうあいまいな表現は淘汰されると思うのですがね。
それはそうと、今「平成ことば事情」が、静かなブームだそうですよ・・・。

2003/12/18

(追記)

2005年5月28日の読売新聞夕刊に、「同窓会」が、
「ひそかなブーム」
と出ていました。これって「静かなブーム」とどう違うんでしょうか。
ちなみにGoogle検索(6月3日)では、
「静かなブーム」=3万9100件
「ひそかなブーム」=1万0700件
「密かなブーム」=1万8700件

でした。「密かなブーム」が静かなブームのようですね。

2005/6/3
(追記2)

『平成落語論〜12人の笑える男』(瀧口雅仁、講談社現代新書:2009、2、20)の201ページに、こんな記述が。
『近年「落語ブーム」だ「落語黄金期」だと騒がれているが、一般社会からすれば、その実はたいへんおとなしい動きである。「静かなブームと言われていますが、“静か”ということはブームではないじゃないか!」と、落語家が自虐的にギャグにしているくらいだ。』
そういうことです。「静かな」は「ブームではない」んですね。「ブームにしたい誰かが意図的に盛り上げようとしている状態」をさすのですね。
2009/4/13



◆ことばの話1499「厩戸皇子」

「道浦さん、牛が住むところは『ぎゅうしゃ』でよいですか?」
後輩のHアナウンサーが聞いてきました。
「いいんじゃないの。どうして?」
「牛が引く車は『ぎっしゃ』でしょ、だから『ぎゅうしゃ』か『ぎっしゃ』かと思って。」
「牛が引くのも平安時代のあれは『ぎっしゃ』だけど、たんなる牛が引くのであれば『ぎゅうしゃ』でいいんだよ。」
「そうですかあ。『厩舎(きゅうしゃ)』というのは馬ですけど、あれは競走馬だけですかね?」
「厩舎の『厩』は『厩戸皇子』の『うまや』ですから、馬全体を指すんじゃないですかね。」
横からNアナウンサーも口をはさんできました。
「そうかなあ・・・」
と言いながら『日本国語大辞典』を引くと、
「牛や馬のすみか」
とあって、馬は言うまでもなく牛も厩舎というと書いてありました。知らなかった!
そこでふと思いついて、今年春に入社したKアナウンサーに、こう聞いてみました。
「『うまやどのおうじ』って、誰のことか、知ってる?」
「・・・・・キリスト・・・ですか?」
やっぱりー!!そうじゃないかと思った!たしかに、馬屋で生まれたというイエス・キリストにこの人を重ねて・・・という話は聞いたことはありますが、それは本筋の話ではないですからね。
「君がきっと知っている人だよ。」
と言うと困ったような顔をして、さらに考えて、
「豊臣秀吉?」
ガビーン。そう来ましたか。でも「豊聡耳皇子(とよとみみのおうじ)」とも言われたので、かすっていますね。でも知ってて言ったとは思えないなあ。これは「アメリカの初代大統領は?」と聞かれて「レーガン」と答えたNアナ以来の天然ボケですねえ・・・。
「ほら、辞書を引いてごらんよ」
と言われて『広辞苑』を引いてKアナ、
「ああ!」
と、「なーんだ」という感じの大きな声を上げました。
「わかった?」
「ハイ。いっぱい聞けて、いっぱいしゃべれる人ですよね。」
「そ、それはノバうさぎかあ!!」
ま、いっぱい聞けて、全部わかった人ではあります、聖徳太子は。
福沢さんにお札の座を奪われてから、影が薄くなったのかなあ、聖徳太子。

2003/12/10



◆ことばの話1498「メセナの翻訳語」

10月1日の読売新聞、電子版では9月30日22時16分更新のこんなニュースが。

『企業メセナ協議会、「メセナ」言い換え案に反対声明』

「企業メセナ協議会の福原義春会長(資生堂名誉会長)らは(9月)30日、都内で会見し、国立国語研究所が分かりにくい外来語(カタカナ語)の言い換え案に、『メセナ(文化支援)』を含めたことに対し、『広く浸透し、国語辞典にも載っている』と撤回を求める声明を出した。」

ご存知のように昨年末から国立国語研究所は、わかりにくいカタカナ語の言い換えについて検討を重ねており、これまでに3回、言い換え例を発表しています。その中に、「文化支援」というふうに「言い換え例」を上げられた「メセナ」という言葉があるのですが、その「メセナ」を冠している「企業メセナ協議会」から、言い換え例に対して「待った!」の声がかかったというのです。

カタカナ語は、なかなか意味が類推しにくいという理由から言い換えというものが行われるのですが、カタカナ語の種類の中にはこのように「カタカナ語の方が、すでにわかりやすい」とか、「カタカナ語を広めることによって、訳語には置き換えることのできない新しい概念や考え方を広めることができる」という理由から、「言い換えない方がよい」と考える人たちがいるのも事実です。

実際、国語研究所が提案した言い換え例の中で、

「インフォームドコンセント」=「納得診療」

というのは、私は納得できないものの一つでしたし、「バリアフリー」などという言葉は、言葉とともにその概念を広げたいと考え、私も積極的に取材等で取り上げてきたものです。

しかし、なかなか定着しないカタカナ語があるのも事実。11月29日に開かれた三省堂の「語彙・辞書研究会 第24回研究発表会〜カタカナ語をめぐる諸問題〜」で「放送におけるカタカナ語の扱い」という題で発表された、NHK放送文化研究所の塩田雄大・研究員の発表の中でも、「メセナ言い換え語提案に反対する会」が9月30日に発足したことを毎日新聞と朝日新聞の記事が報じていることを記しています。塩田さんは、カタカナ語の問題点を「わかりやすいか、わかりにくいか」「正確か、不正確か」という2つの座標軸をとって、そのバランスを図示しているのですが、それによると、「メセナ」という言葉と言い換え語の「文化支援」は、

「メセナ」=正確だがわかりにくい
「文化支援」=わかりやすいが正確でない

という特徴を備えていると指摘しています。

今後もカタカナ語の問題、言い換え問題はずっと続くと思いますが、いかに正確さとわかりやすさのバランスをとるかというのが、永遠の課題のように思います。
2003/12/11





◆ことばの話1497「牛の死体」

大阪府堺市の酪農家が、自分の敷地に死んだ牛を勝手に埋めていたことがニュースになりました。許可が要るそうなのです。さて、このニュースで読売テレビでは、
「牛の死体」
と表現しましたが、それについて「ニューススクランブル」のSキャスターが、
「牛の『死体』でいいんですか?『死骸』じゃあありませんか?」
と聞いてきました。
「うーん、まあ、『死体』でもいいんじゃない?『死骸』と言うと、もっと小さなもの、たとえば『虫の死骸』とか、そんな感じかなあ。」
「『死体』は人間だけじゃないんですか?」
「そうとも言えないでしょ。」
「じゃあ、『死体』と『死骸』の区別・境界線はどのあたりにあるんでしょうか?」
また難しいことを聞いてきます。
「そうだなあ、一つは体の大きさかなあ。『象の死骸』とはいわないでしょ。『象の死体』じゃない?大きなものは『死体』で小さなものは『死骸』。それと、ホニュウ類は『死体』で鳥いかは『死骸』。ハトは『死骸』でしょ。」
「じゃあ、ネコは?」
「死骸。」
「イヌは?」
「うーん、『死骸』かなあ。」
「そうかなあ、イヌ好きのボクとしては、イヌは『死体』だな。ネコは『死骸』でいいけど。」
「そうすると、その動物がいかにその言葉を使う人間と近しいかによって、親しいと『死体』、それほど親しくないと『死骸』という判断基準もあるのかな。」
「そうですね。」
ということで、シャンシャン。

2003/12/11



◆ことばの話1496「お母さんの意地悪」

夜帰宅すると、妻が6歳の息子の今日の出来事を話してくれます。
「今日はご機嫌悪くて・・・保育所に迎えに行った帰りにポケモンのパンを買ってあげると一旦言ったんだけど、やっぱりそのパン屋さんには寄らずに帰ることになったら、『買ってくれるって言ったのに・・お母さんの意地悪!って言って・・・』

最近、うちの子供の口癖の一つに、この「意地悪!」があります。別に意地悪をしているわけではなく、子供のことを考えてやっていても、自分の思い通りにならないと「意地悪!」と言います。さて、これを聞いて私が考えたのは、子供の育て方のことではなく、
「『お母さんの意地悪』の『の』ってなんだろうか?」
ということでした。この「の」は、たとえば「イワンの馬鹿」の「の」と同じですよね。「は」に置き換えて、
「お母さんは意地悪」「イワンは馬鹿」
としても大体のところの意味は通じます。もしくは、くだけた言い方にするならば、「てば」に置き換えて、
「お母さんてば意地悪」「イワンてば馬鹿」
ともいえるのではないでしょうか。「てば」は「と言えば」が約(つづ)まった形ですから、
「お母さんと言えば意地悪」「イワンと言えば馬鹿」
とも言えるでしょう。
そうすると、
「AのB」
「AてばB」
「Aと言えばB」
は、「Aの主たる特徴がBである」ことを示した文といえるでしょう。ただ、それをうちの子供のように使う場合は、この言葉を投げかける相手を侮蔑したり否定する評価を与える言葉として作用しています。と言うか、このことば自体、ほめる場面では使わないようです。
『日本国語大辞典』で「の」を引いたのですが・・・なんか、難しくて、この「お母さんの意地悪」にあたる「の」の使い方、見つけることができませんでした・・・。ぼくのばか!

2003/12/11

(追記)

この話をアナウンス部でしたところ、女性のUアナが、
「この『の』って、『道浦さんのバカ』・・・『道浦さんのエッチ』でも使えますね。」
と言いました。たしかに。どちらも悪し様に言う言葉です。ちょっとハラ立つけど。
でもちょっと待てよ。この言葉って、「いやよ、いやよも好きのうち」のように、言葉面とは裏腹に、実は「侮蔑も非難もしていない時」にも使うぞ。いやあ、そうでしたかあ、奥が深い言葉ですねえ。

2003/12/15