◆ことばの話1440「さけるとよける」

京都の市バスが事故を起こしました。といっても原因は、横から強引に割り込んできた大型トラックにあります。そのトラックにバスが追突したのです。不幸中の幸いで、亡くなった方はいませんでした。
さて、そのニュースの原稿に、
「横から車線変更して割り込んできたトラックを避けきれずに追突しました。」
とありました。最初、なんら疑問を持つこともなく
「さけきれずに」
と読んでいたのですが、読むと少し違和感がありました。
「これは、もしかすると、『よけきれずに』ではないか?」
Sキャスターに意見を求めると、
「『さけきれずに』でいいんじゃないんですか?」
いやいや、なんかヘンなんだよ。「さけきれずに」と「よけきれずに」はどうニュアンスが違うか、考えてみました。つまり「さける」と「よける」の違いですね。漢字では両方とも「避ける」と書くのです。
結論。「さける」は、その方向に移動しているものの進行方向に障害が「ある」ことが、事前に察知できて、自らその障害物を迂回するような時に使い、「よける」は、あらかじめ察知できない障害物が、向こうからこちら目掛けてぶつかってくるので身をかわす、というようなニュアンスの違いを私は感じました。
つまり、「避ける」対象物が停まっている場合は「さける」、動いてこちらに向かってきているような時は「よける」を使うような気がしました。
この事故の場合は、大型トラックが幅寄せのような形で、前に割り込んできて、それから身をかわそうとする動作を市バス側が取ろうとしたわけです。だから「よける」の方が適当ではないかと思い、原稿は「よける」で読みました。
特に、苦情も質問もありませんでした。
難しい読みの判断を「さける」ことなく読んだのです。

2003/10/23
(追記)

2006年11月29日夕方、兵庫県加美町の国道9号線で、軽乗用車と大型トラックが衝突し、軽乗用車を運転していた19歳の女性が死亡する事故がありました。そのニュース原稿で、
「大型トラックが軽乗用車を避けきれずに」
ありました。私は迷うことなく、
「よけきれずに」
と読みましたが、これは
「さけきれずに」
とも読めます。「よける」と「さける」はどう違うのでしょうか?パソコンのローマ字入力では「さける」も「よける」変換すると、
「避ける」
になります。
私の感覚では、「よける」は、向こうから向って来るものを瞬間的・反射的に「避ける」場合に言い、「さける」はその障害物があることを事前に察知して、その方向に行かないようにする、そちらに行くという選択をしないというような感覚があります。

(※)1年ぶりにこの原稿が見つかりました。以前に書いた「平成ことば事情1440」と同じような内容だったので、「追記」としました。
2007/11/20




◆ことばの話1439「辻元元議員か前議員か」

一つ前に書いた「田中前外相か元外相か」に関連して。
選挙が近づいた10月初旬、辻元清美さんのことが話題に上ってきました。その際に彼女の肩書きは、「元議員」か「前議員」かどちらだろうか?という話題になりました。
日本テレビ系列のNNNでの用語統一は、
「辻元元議員」

であると、連絡が回ってきましたが、ほかの局や新聞はどうでしょうか。
MBS(毎日放送)は、「前議員」でした。
また、ネットで調べた新聞各社は10月4日現在、すべて「前議員」でした。
ところが、同じくネットで7月19日の毎日新聞を見てみると「元議員」でした。総選挙に備えて、「前」に統一したのでしょうか?
10月4日・5日の新聞(毎=4日朝刊、産=4日夕刊、読・日・朝=5日朝刊)をチェックしてみると、
(読売)前議員
(朝日)前議員
(毎日)前議員
(産経)前議員
(日経)元議員

と、日経新聞だけが「元議員」を使っていました。
衆議院議員選挙の場合、解散されれば現職の議員はいなくなり、次の選挙に立候補する時には「前職」「前議員」になります。解散する前は、その前の期に議員を務めていた人は「前」とも「元」とも名乗れるわけですが、解散して立候補する段には「元」になりますね。
それとは別の話として、やめたポジションが「ひとつだけ」の場合(例・総理大臣、監督委員長など)は「前」、いくつもポストがあるような場合(例・議員、委員、選手)は「元」を使うと以前聞いた気がします。それで言うと、「衆議院議員」は、何百も議席があるのだから、「元」と表す気がしますが、小選挙区の場合は、
「その選挙区においては、議席は一つ」
なので、「前」を使ってもよいのか。また、全国ニュースとローカルニュースでは使い分けるべきなのかどうか?など、いろいろ問題が考えられますが、どうもはっきりとした答えは出ていないようなのです。うーん、悩ましい・・・。

2003/10/30

(追記)

2004年6月14日、辻元氏が参議院議員選挙に立候補することを決め、会見を行いました。その際の各社夕方のニュースでの表記は、
テレビ朝日、TBS、フジテレビ、日本テレビ共に、
「辻元・元議員」

でした。

2004/6/16




◆ことばの話1438「田中前外相か元外相か」

田中真紀子さんが、きたる祝儀慇懃選挙・・・もとい、衆議院議員選挙に立候補するようです。そのニュースが流れる前後から、久々に注目を浴びていた真紀子さん、新聞各紙も取り上げていましたが、その真紀子さんの肩書が、微妙に違います。
ネットで各新聞を調べたら、
(朝日)前外相
(産経)元外相、前外相
(日経)元外相、前外相
(毎日)前外相、外相
(読売)元外相

とバラバラ。中でも毎日の「外相」というのは、今年(2003年)の8月の記事ですから、おかしいですよね。その時点では、もうとっくに、真紀子さんではなく川口順子(よりこ)さんが外務大臣だったのですから。産経新聞と日経新聞は「前」と「元」両方使っています。これもよく分らない。朝日新聞は「前」だし、読売新聞は「元」。
日本テレビ系列のNNNは用語統一ということで、10月3日に、
「田中前外相」「田中元衆議院議員」
という表記にすると連絡が来ました。
10月7日のNHK正午のニュースでは、「田中前衆議院議員」。二回目以降は田中氏。スーパーは田中氏でした。
真紀子さんの後の外務大臣は川口さんなのですが、その後、今年9月末の自民党総裁選挙で再選された小泉総理は、内閣改造を行っています。だから、外務大臣は引き続き川口さんがやってらっしゃいますが、「代替わり」しているので。そこを、どうとらえるかで、「前外相」か「元外相」かという表記は変わってきますね。
つまり「外相」という「ポストを中心に見ていく」と、川口さんは「現外相」であると同時に「前外相」ということにもなりますし、その場合、真紀子さんは「元外相」になります。
それに対して、「人を中心に見る」ならば、川口さんは「現外相」に他ならず、真紀子さんは「前外相」ということになりますね。
もう一つは、「衆議院議員」という呼称には「前」を付けるのか「元」をつけるのかですが、これは「辻元さん」に譲りましょう。衆議院議員とは違ってポストが一つしかない外務大臣の場合の「前」と「元」は、原則「元」でよいと思うのですが。
ああ、ややこしい!!

2003/10/23

(追記)

平成ことば事情577「田中前外相」もご覧ください。おんなじようなこと、書いてます。あと、ことばの話65、ことば事情1315、1439もどうぞ。

2004/6/9



◆ことばの話1437「豚まんと肉まん」

ここでも何度か書きましたが、9月の下旬、遅めの夏休みを取って、2泊3日で黒部ダムに行ってきました。その帰りに、黒部近くの信濃大町の駅前で食べたのが、
「豚まん」
でした。中に豚肉の入ったホッカホカのまんじゅうの名前は、関西では「豚まん」、関東では「肉まん」と呼ばれます。これは、ただ単に「お肉」と言う時には、関西ではよく食べる「牛(肉)」を、関東でよく食べる「豚(肉)」を指します。だから、豚肉を餡に使ったまんじゅうは、関西では「豚まん」、関東では「肉まん」と呼ばれるわけです。
と言うことは、長野県の信濃大町の「肉の食文化」は「関西」に所属しているのかな、と思って、食べ物関連の言葉に大変詳しい、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんにメールを送ったところ、
「最近は東京でも『豚まん』という表記を見掛けるようになってきました。新しく入って来た、より高級なものに対しては、今までと違う名称を付けようとする傾向があることから、この『豚まん』も、『肉まん』よりも高級だというイメージを、東京の人は持っているのではないでしょうか。」
というメールをいただきました。そうか、そういう傾向もあったのか。
これまで大阪では、「551なんば蓬莱」のものは「豚まん」、コンビニで売っている、「東京の井村屋」のものは「肉まん」というふうに考えていたのですが、最近はその井村屋も、「普通の肉まん」よりも値段が張る高級なものには「豚まん」と名前を付けているようです。
「豚まん」と「肉まん」の名称は、「地域差」から「価格差」に変化してきているのかもしれませんね。
2003/10/23

(追記)

10月26日、「サンクス」の「肉まん」は98円でしたが、「本格中華手造肉饅」という漢字だらけのものは150円でした。一方、「ヤマザキ」の「肉まん」は100円で、「手包み豚まん」というのが150円。「井村屋」と同じく、高い方が「豚まん」でした。
2003/10/27

(追記2)

11月26日、「ファミリーマート」で買った「ぶたまん」は、
「通の極上豚饅」
という名前でした。250円!と通常の2、5倍の高級品。発売は11月18日ということで、まだ、出てすぐでした。このところ、各社、「高級まん」を新発売しているようですね。
NHKの塩田さんが言うように、やはり「高級まん」は、通常のものと差別化を図るために「肉まん」ではなく「豚まん」としているようですね。
2003/12/1

(追記3)

2005年11月に長崎に出張した時に、路面電車の中で見た広告では、「長崎・桃太呂」というお店のものは、
「ぶたまん」
でした

2006/1/13


◆ことばの話1436「失礼します」

以前、こんな質問を受けたことがありました。
「職員室に入る時に『失礼します』と言って、出る時に『失礼しました』というのはわかる。しかし、出る時に、辞去する時に『失礼します』と言うことがあるが、これだと、来るのが失礼なのか、帰ってしまうのが失礼なのか、がわからない。」
これを聞いた時は「なるほど、そうだな」と思ったのですが、つい先日、ピンと、ひらめくものがありました。

「この2つの『失礼します』は内容が違うのだ!入る時の『失礼します』は、『お忙しい時にお邪魔をして失礼します』という意味で、帰る時の『失礼します』は『先においとまさせていただく失礼をお許しください』の意味。また、帰る時の『失礼しました』は、『私のためにお時間をとらせてしまい、失礼しました』ということではないか。」

どうどう?どうでしょう、この考え方。スッキリしていませんか?
でも、そんなに「失礼」とわかっているなら、しなきゃいいのに!
というようなことを、失礼を顧みずに書いてみました。どうも「失礼しました」。
ではこれで「失礼します」。
2003/10/23

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