◆ことばの話1435「比例と非礼」

総選挙を控えて自民党が揺れています。「比例代表での73歳定年制」を例外なく行う、ということで、73歳を大幅に越えている、中曽根康弘(85)・宮沢喜一(84)両元総理大臣に対して、「立候補を控えるように」小泉純一郎・現総理大臣が今日(10月23日)午前、説得のため、両氏のもとを訪れました。宮沢氏はその申し入れを受け入れたのですが、中曽根氏は拒否しました。申し入れを断った中曽根氏がインタビューに答えている様子が、お昼の「ニュース・ダッシュ」で放送されました。中曽根氏は怒りに満ちた表情で、こう話していました。
「最後の仕事をしようとしている時に、こんな非礼なやり方はない!」
え?この「非礼」って「比例」にかけているの?
もちろん、そんなことはないのでしょうけど、そしてご本人が至極真面目にインタビューに答えてらっしゃるだけに、なんとも「おかしみ」を感じたのでした。
こんな場面でダジャレが言えるくらいの機転がきくのであれば、もう一期くらいやってもらっても・・・・って思った方もいるかもしれませんって、いないか。

2003/10/23

(追記)

いや、たくさんいらっしゃいました、「中曽根さんにもっとやって欲しい」という方が!
たしかに「73歳定年制」というルールを作ってそのルールを守るのも大切ですが、経験のある長老という存在も必要かもしれませんし、そもそも例外ではあるとしても、比例順位「終身1位」ということを決めた以上、そのルールは守るべきでしょう。ルールを改めるならそれなりの手続きが必要だという意見にも一理あります。「終身1位」ということ自体の問題点をはっきりさせておく必要もあったのではないでしょうか。
結局、中曽根さんは比例の名簿に載ることなく、小選挙区での立候補も断念、国会議員を引退するという結果になりました。高齢社会に突入しつつある今、街頭演説での、
「年寄りの聞き分けが悪くて困る」
というような小泉総理の一言は、共感する人数と同じくらい、あるいはそれ以上に反感を買う人を生んだようにも思います。
2003/10/29


(追記2)

10月31日の産経新聞生活欄、曽野綾子さんの連載コラム「透明な歳月の光」で中曽根さんの「終身比例代表1位」について書いてあります。曽野さんは、中曽根さんが「終身比例代表1位」というのを知らなかったそうですが、 「こういう約束はする方が無茶である。」
と一刀両断に切り捨てています。確かに。野球の場合だと、いくら素晴らしい選手でも、「終身現役4番」を約束することはできませんよね。監督であっても「終身監督」は無理です。提案した方も提案した方なら、受ける方も受ける方です。「終身名誉監督」なら、話は別です。「名誉」は「終身」に与えてもよいけれども、「権力」となると話は別ですね。
2003/10/31


◆ことばの話1434「おスパゲッティ」

秋晴れの10月の日曜日、神戸の六甲山牧場に出かけました。この牧場は神戸市営なんですね。羊がいっぱい放し飼いされていて、なかなか楽しい。何匹いるのか、羊が一匹、羊が二匹・・・と数えているうちに眠くなったりは、もちろん、しません。昼間ですし。50匹くらいはいました。それだけいると当然のことながら、牧場内は羊のフンがあちこちに落ちています。ウサギのフンに似てますね、大きさは。ともに草食だし。ちょっと懐かしい香りがします。こういうのを昔は「田舎の香水」と呼んだのでしょうが、それも死語ですね。(Google検索では377件。10月23日しらべ。家畜のフンの匂いのほか、汲み取り式の便所の臭い、肥溜めの臭いなどの例がありました。)
羊の印象が強かったのか、6歳の息子は車の中でこんな事を聞いてきました。
「ねえ、『メエー、ウシ、トラ』の『メエー』って、羊?」
ドテッ。妻が車を運転しながらこけました。(ウソ。)
「あのね、『メエー、ウシ、トラ』じゃなくて、『ネー、ウシ、トラ』なのよ。」
「え?『メエー』じゃないの?」
「そう、『ネー』。『ネコ』の『ネ』。」

ドテッ。今度は私がこける番です。
「そうじゃないでしょ!『ネー、ウシ、トラ』の『ネー』は、ネコじゃなくてネズミでしょうが!」
「違うのよ、そういう意味でなく、単に『メ』じゃなくて『ネ』と言いたくて『ネコ』がわかりやすいから例に出しただけなのよ」
「なんで、わざわざ、そんなややこしいものを例に出すねん!ネズミの『ネ』と言えばええやんか。」

話はどんどん流れていきました。何の話でしたっけ?
さて、そんな六甲山牧場から車でわずか5分ほど行ったところに「オテル・ド摩耶」という宿があります。これ、昔の「摩耶ロッジ」で、国民宿舎何ですが、去年新装オープンして、オシャレなイタリア風の建物になっているのです。そこのイタリアレストランで昼飯を食べました。
妻と私は、雰囲気も良くてなかなかおいしいお昼のコースを、息子はクリームソースのスパゲッティを頼みました。車の運転は妻に任せていたため、グラスの赤ワインも一杯だけいただきました。
さて、食事も済んで「お会計」の段になりました。ホテルのフロントも兼ねたデスクでレストランの清算が出来ます。係の男性が、大変丁寧な口調で、こんな言葉を口にしました。
「お会計ですが、お昼のコースがお二つ、それとおスパッゲティがお一つですね。」
え?「おスパゲッティ」!?

と聞き返しこそしませんでしたが、確かに係の人は言いました!
スパゲッティに「お」はないでしょう、いくらイタリア料理が親しみやすくなったからって。略して「おスパ」・・・言わない、言わない!!
外来語に「お」が付いても、「まあ、しょうがないかな」と思うのは「おビール」ぐらいですかね。「おコーヒー」は気持ち悪いし、「おウイスキー」や「おワイン」もおかしい。「汚ワイン」みたいです。「汚スパゲッティ」ではなかったですが、息子の食べ方は確かに汚かった。それで「お」がついたのでしょうか?
それにしたって、何でもかんでも「お」を付けなくてもいいんですよ。
そう思いながら、「お釣り」を受け取ったのでした。

2003/10/23



◆ことばの話1433「ショートゴロになります」

10月19日(日)、日本シリーズ第2戦は、福岡ドームから日本テレビ系列で中継しました。実況アナウンサーは日本テレビの船越アナウンサー。オリンピックなど世界的なスポーツイベントも担当した経験豊富な、日本テレビを代表するスポーツアナウンサーの一人です。試合は結局13対0とダイエーが阪神に「ボロ勝ち」したんですが、8回の裏、ダイエーの攻撃の時に、出口選手がショート正面に放った打球に対して、船越アナウンサーはこう言ったのでした。
「ショートゴロになります。」
おお!これは今、巷で話題の、レストランや喫茶店でウエイターやウエイトレスが口にする、
「こちらオムライスになります」「コーヒーになります」
と同じではないか!
つい先日、早朝に担当している「あさイチ!」スタッフのADの若い女性が、
「CMのあと、天気になります!」
と叫んだのを 聞いて、
「ああ、ついに放送現場にも『〜になります』は入りこんできたか!」
と思ったばかりだったのですが、放送のオンエアーにも、「〜になります」は進出してきたのですね。
この「ショートゴロになります」の場合は、実は2つ意味があります。
(1) ショートの守備位置に打球が飛んだ場合
(2) 打球がショートの選手のところに飛んで、それをショートの選手が一塁に送るなどの処理したことによってバッターがアウトになった場合

の2つです。だから、(1)のケースだと既にこの打球は「ショートゴロ」になっているわけで、「なります」には該当しません。しかし、その打球の処理によって、バッターのその打席の「結果」が「ショートゴロでアウト」ということになるかどうかは、ボールがきっちり処理されるまで、わかりません。ショートがトンネルしてエラーするかもしれないし、ショートはきっちり一塁に送球しても一塁手がポロっとボールを落とすかもしれないからです。
いずれにせよ、これは私が初めて気づいた「〜になります」の放送での表現でした。でもきっと、もう既にいろんな所で「〜になります」は放送されているんでしょうね。特に違和感もなく・・・・。

2003/10/23


(追記)

10月23日の日本シリーズ中継でNHK−BSの男性アナウンサーが、一塁側アルプス方向に飛んだ球に対して、
「これはファールになります。」
と言いましたが、これはいいんですよね?・・・あれ?でもこれって、「ショートゴロになります 」とおんなじだなあ。
2003/10/31

(追記2)

この「になります」は「ことばの話23」で、1999年10月に書いていました。 で、今日の話は、JR京橋駅で「のど飴」を買った時の話。のど飴を手にとって差し出すと、売店のおばちゃんが、

「105円になってます。」

「になります」の進化形か!
?たしかに100円の商品に消費税なんてものが乗っかって、「105円になって」いるので、間違ってはいません。しかし「105円になります」の「まだなっていない感」は払拭されたものの、なんとなく「言い訳っぽく」感じませんか。
このことばの向こうから、

「いえ、私は105円なんて中途半端な値段にはしたくないんですよ。したくないんだけど、政府が消費前5%って決めちゃったもんで、ウチとしても仕方なく5円、上乗せさせてもらって、105円になっちゃってんですけどね。ウチも苦しいんですよ・・・。そういうわけで申し訳ないんだけど、100円の中身の商品み税金付けて105円になってます。私が決めたんじゃあ、ないんです、ウチも上のほうから、外税で行けって・・・今度表示も外税を含めた表示にしなくちゃいけなくなるんで苦しいところなんですけどねえ・・・察してくださいよ、お客さん!」


という声が聞こえてくるような(?)おばさんのひとことでした。
2004/1/27




◆ことばの話1432「ポストシーズン」

日本シリーズ、阪神の頑張りで、おもしろくなってきましたねー。ワールドシリーズ、松井の頑張りで、おもしろくなってきましたねー。
ペナントレースは終わったものの、野球は花盛り。そういった昨今、野球中継を見ていてよく耳にする言葉が、
「ポストシーズン」
です。そうかあ、郵便局も民営化の一歩を踏み出して、いよいよ年賀状の季節を迎えるのかあ、ポストのシーズン・・・では、勿論、ありませんよね。けど中には
「なんで(郵便)ポストのシーズンなんやろか?」
と思ってらっしゃる方が、いないとも限りません。あ、いない?そう。
一応確認しておきますと、これは、
「シーズンのポスト、つまり2003年のペナントレースのシーズンの『後(ポスト)』に行われている優勝決定戦」
ということですよね。
この「ポスト」は、「ポスト小泉」とか「ポスト松井」「ポストモダン」などのように「〜のあと」という意味で、もう日本語っぽく使われているものです。
この「ポスト」で、われわれが目にしているものの意識せずに使っているものに、
「午後」を意味する「p.m.」「PM」があります。これって略されている訳ですが、略さなければ、
「post meridiem」
です。この「post」は「〜のあと」という意味で、「ポストシーズン」や「ポスト小泉」「ポストモダン」と同じもの、「meridiem」は、「正午」という意味ですから、「p.m.」は、
「正午のあと」=「午後」
となりますね。ついでに言っておくと、「午前」の「a.m.」「AM」は、
「ante meridiem」
「ante」は「〜の前」
という意味で「正午の前」=「午前」です。似たような略語のアルファベットに、「紀元前」「紀元後」の「BC」「AD」がありますね。「BC」は「Before Chirist」、つまり「キリスト誕生前」、これは大体すぐにわかります。
「AD」ですが、こちらは、ラテン語の「Anno Domini」の頭文字で、直訳すると「神の年」とでもなりましょうか。普通は「西暦」と訳されるでしょうが。
英語だけでスッキリ行かないのが、なんだかなあ、ですねえ。でも「ポスト」は、日本においても「郵便物受け入れ口」だけではなくなってきているということですね。
2003/10/23



◆ことばの話1431「食育」

10月3日の毎日新聞「余録」に、
「食育」
という言葉が出てきました。食べることを通じて教育、子どもを育てる、ということのようです。これは覚えて置こうと思って切り抜きをした翌々日(10月5日)、今度は読売新聞で、
「『食育』で人間力を」
という見出しが。オーガニックフードを提唱しているエッセイストの落合恵子さんと、
20年前から子どもの料理教室を開いている坂本廣子さんが意見を述べていました。
その記事によると、この「食育」は、政府が6月にまとめた構造改革に関する基本方針「骨太方針」の中で「食育」が人間力を養う柱として位置づけられ、食を個人や家庭の問題から、社会の問題としてとらえる取組みが始まっている、とのことです。
「食育」をGoogleで検索すると、1万8900件ありました!中には「食育大事典」というホームページもありました。
「食べること」は人間の本能であると同時に、それにまつわる行儀作法・マナーというもの「文化」であります。教育は、読み書きを教えるだけではありませんし、学校だけで行われるものでもありません。家庭でも行われなくてはならないのですが、その家庭の形態・状態が、一世代前とは変わってきています。その中で、以下に食に関するしつけ、文化を伝えていくか。これは実は、教えを受ける「子供たち」の問題というよりも、それを教える立場である「親」の問題なのではないでしょうか。われわれ「親」が、すでにしてそういった教育を子供たちにできない状態に陥っていることをしっかりと反省して、子供たちと共に学んで行く姿勢を打ち出さない限り、「食育」は成功しないと思います。そうならないように、皆さん、頑張りましょう!!
2003/10/23

(さっそく追記)

10月24日の毎日新聞に、
「キッチン発・食育最前線」
というコラムがありました。料理研究家の坂本廣子さんという方が書いています。あ!上の読売新聞に出てきた人だ!そこには、ある保育園では園児を連れて毎年、山へ「タケノコ掘り」に行っていたのだが、ある年、時間が取れなくて、先生が掘ってきたタケノコを保育園の砂場に埋めて掘らせたところ、園児達は大喜び!しかし園児が家に帰るとおじいちゃんから「そんなところでタケノコは生えない」と言われたケースなど、食に関する「疑似体験」「似非体験」を幼い頃に行うと、間違った情報を頭に植え付けてしまうことになり兼ねない、というようなことを書かれていました。
また、同じく10月24日の読売新聞朝刊の「論点」には、お茶の水大学大学院教授の牧野カツコさんが、
「食教育は家庭科充実から」
その中で、
「食の問題は、生活リズムの乱れや家族関係のあり方、消費生活などとも関係しており、自分の食を作る、という基本的な技能も必要である。」
と記していますが、確かにそのとおりですね。
ここでは「食育」ではなく「食教育」という言葉でしたので、主に論じられているのは「学校での食育」に関してです。「食教育」よりも「食育」の方が、範囲が広いように感じました。

2003/10/24

(追記2)

『月刊言語』(大修館書店)の2004年4月号の「亀井肇の新語・世相語・流行語37」で「食育」が取り上げられていました。「新語」と言うには、少し遅いか?

2004/3/16

(追記3)

6月17日の毎日新聞「暮らし いきいき 家庭欄」で、
「好評『食育』出張講座〜近畿農政局の試み」
という見出しの記事が載っていました。食・農・環境授業支援のために農水省近畿農政局が2000年度から学校などで行っている出張講座が好評なんだそうです。「賞味期限クイズ」や「乾燥させた動物のフン」を見せて食べ物や消化の仕組みについて考えてもらう、というようなバラエティに富んだ活動を行っているそうです。
家庭で、家族が揃って食事を取る機会が、さまざまな要因で年々減って行っている現代、こういった食に関する教育は、「外付け」でやるしかなさそうですねえ・・・。

2004/6/17
(追記4)

「食育」はもう普通の言葉とばかりに、去年(2004年)9月24日の産経新聞には、
「服育運動広げたい〜大阪の繊維商社が提唱」
という見出しの記事が。「衣・食・住」で「食育」と言う考え方があるなら、衣服にも人を育てる力があるはず・・・衣服を通じて人と社会のかかわりあいを考えさせる、
「服育」
という言葉を学校の制服を扱う「チクマ」という繊維商社が提唱しているそうです。
GOOGLE検索(4月1日)では、
「服育」=221件
でした。
2005/4/1

(追記5)

12月2日の毎日新聞に載っていた内閣府の全国調査。全国3000人の成人を対象におこなった調査(回答1626人)で、「食育」の、

「言葉も意味も知っていた」 =26%
「言葉は知っていたが意味は知らなかった」 =27%
「言葉も意味も知らなかった」 =47%

と、半数近くが「食育」という言葉も意味も知らなかったとのことでした。
今年の夏、食を生きる基本と位置づけ、健全な食生活を育もうと、
「食育基本法」
が施行されましたが、理解はなかなか進んでいないようだ、と毎日新聞は書いています。
2005/12/2

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