◆ことばの話1420「打設」

9月下旬、遅い夏休みをとって黒部ダムに行きました。あの「プロジェクトX」を見て、中島みゆきが紅白で「地上の星」を歌うのを見た息子が、まえまえから、
「黒四ダムを見に行きたい!」
と言っていた希望をかなえるためと、私自身も行ったことがなかったので、この際だから・・・行ってきました。あ、うちのは「息子」といっても、6歳なんですが・・・。
電車やバス、ケーブルカー、ロープウエーを乗り継いでようやく到着した黒四ダムは、あいにくの雨。でもその雄大なスケールは、高度経済成長に入る前の時代の、第二次大戦敗戦後に、復興を信じて明るい未来を自分達の手で切り開こうとした人たちの一途な思いと使命感、そして信じられないような努力の積み重ねを感じさせると同時に、「プロジェクトX」が取り上げる「無名のヒーロー」は、ほんの一部分でしかないということを実感させてくれました。
さて。
そんな、巨大なコンクリートの固まりであるダムの脇に、建設の際に用いた道具が展示されていました。ただ置いてあるようにも見えましたが。そこには、こんな文字が。
「コンクリートの打設」
この「打設」という言葉、私は知りませんでした。「コンクリートを打つ」とか「基礎を打つ」という表現は耳にしたことがありましたが。専門用語なんでしょうね。一緒に行った、ゼネコンに勤めている妻に聞くと、
「ああ『だせつ』でしょ、知ってるわよ。普通に使う言葉だけど。」
とのこと。「普通」と言われても、「土木建設」関係では「普通」かもしれないけど、「ふつう」の人は知らんのとちゃうか?
国語辞典では、『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』には載っていませんでしたが、『広辞苑』(電子版)には載っていました。
「打設」=「建設現場で生(なま)コンクリートを流し込むこと。」
また、小さな辞典ですが、『三省堂国語辞典』にも立項されていました。
「打設」=「(建設現場で)コンクリートを流し込む(=打つ)こと。(例)コンクリートを打設する」
インターネットの検索エンジンGoogleで引いてみると、
なんと39万件!!(9月29日しらべ)も出てきました。そのことをネットの掲示板
「ことば会議室」に書き込んだところ、後藤斉さん(東北大学の先生)から、
「その39万件というのは、語の検索と言うよりは文字の検索。"打設"というふうに打ち込んで検索すれば、約2万2900件であり、この方が実状には近いと思う。しかしこの数字も意味があるのかどうか、わからない」
というご指摘をいただきました。うーん、そう言われるとそうなんですけど。
専門用語でも広く使われているものがあって、それらについて、専門家以外は意外と知らないケースは、他にもたくさんあるんでしょうね。「打設」、黒部で覚えた言葉です。

2003/10/20




◆ことばの話1419「パスタとスパゲッティ」

身近にこじゃれたイタリア料理店が増えて、昼飯の店の選択に「イタリア料理」が入っても別に不思議じゃなくなってきた自分に気づき、けっこう驚いています。おれはイタリア人か!
さて。
そのイタリア料理と言えばやっぱりスパゲッティ。でももう10年以上前から、「スパゲッティ」とはあまり言わなくなって、「パスタ」と呼ばれるようになってきています。特に、本格的なイタリア料理店では。そんなことは知っている!という話なんですが、改めて考えてみると、スパゲッティとパスタはどう違うのか。
ぱっと考えると、「パスタ」の方が範疇が広くて、ペンネとか・・・ペンネとか(ペンネしか知らんのか・・・知らんのですな、これが。)、つまり昔は「マカロニ」と呼ばれたようなものまで「パスタ」と呼ばれているようですね。で、昔から「スパゲッティ」と呼ばれているものも「パスタ」の範疇に収まっていると。
あと、家で作って食べるのは「スパゲッティ」で、お店で食べるのが「パスタ」、という呼び方の違いがあるかもしれません。
『三省堂国語辞典』では、
「パスタ」=「マカロニ・スパゲッティなど、イタリアのめん類をまとめて呼ぶことば。種類が多い。」
「スパゲ(ッ)ティ」=「(スパゲットの複数形)マカロニに似た、細くてあなのないめん類。」

へえー、「スパゲッティ」は「スパゲット」の複数形だったのかあ!80へえー。
『新明解国語辞典』ではどうでしょう?
「パスタ」=(1)(ドPasta)(一)のり状のもの。(二)軟膏(2)(イpasta)マカロニ・スパゲッティ・ヌードルなど、イタリアのめん類の総称。
はあー、ドイツ語では「のり状のもの=ペースト」のことを「パスタ」と言うのか。
ハッ!
もしかして「パスタ」を英語で言うと「ペースト」かな?英和辞典で「ペースト(paste)」を引くと、ドイツ語と同じようにまず「糊」とあり、そのあとに、
「(菓子用の)ねり粉、ねり物、ペースト」
とありました。そうやって小麦粉を練って細ぉーくしたのが「パスタ」でしょうから、共通点はありますよね。ただ、その上に「パスタ(pasta)」という単語も書いてあるので、イタリア語から入った「pasta」は、英語にとっての外来語として、もう「パスタ」で定着しているのでしょう。語源は共通しているかもしれないけど。
で、イタリア語では、めん類の総称って書いてあるけど、「ヌードル」なんてイタリアで言うのかな。日本の「即席めん」も、イタリアでは「パスタ」と呼ばれているかもしれないということですね。続いて「スパゲッティ」も。
「スパゲッティ」=「(イspaghetti=複数形)細くて穴の無いパスタ。(普通、乾燥したものが市販される)(かぞえ方)一本。小売りの単位は一束・一袋」
やっぱり複数形ですね。『新潮現代国語辞典』はどうでしょうか。
「パスト」=「(イpasta)小麦粉を練ってつくる食品の総称。マカロニ・スパゲッティ・ラザーニャなど。」
お!「ラザーニャ」も入って、料理の幅が広がりましたね。
「スパゲティ」=「(イspagehetti)イタリア風のめん類で、マカロニの一種。細長くて穴のないもの。スパゲッチ。」
ああ、そうです「イタリア風」の「風」
が必要ですよね。直輸入のものだけでなく日本の国産のものもありますからね。それに、やはり「スパゲッティ」は「マカロニの一種」ですよね。ハッキリしました。「スパゲッチ」の「チ」はかわいいですね。でも「パパラッチ」とかの「チ」と同じで、本当はイタリア語っぽい感じもしますね、「スパゲッチ」。
まとめは、やはりこの言葉かな。
「めん類、みな兄弟」。

2003/10/21




◆ことばの話1418「大森一樹監督の映画のアクセント」

NHKのお昼の番組を見ていた時のこと。ゲストは映画監督の大森一樹さんでした。大森さんは関西の出身(大阪市生まれ、芦屋市在住)なので、普段のおしゃべりも、もちろん関西風でした。そのトークの中で、当然、映画の話になり、大森さんも何度か「映画」という言葉を口にしたのですが、その「映画」はすべて、
「えいが(HLL)」
という頭高アクセントでした。それを聞いて私は、
「ああ、大森さんはやはり関西風に頭高アクセントで『えいが(HLL)』というのだな。」
と思いました。まあ、この頭高アクセント、「関西風」と言うより、もともとは標準語のアクセントも頭高の「えいが(HLL)」だったのですが、平板アクセントの浸透で、平板の「えいが(LHH)」が主流になってしまったわけですが。
そう思って続きを見ていると、番組の最後の方で、アナウンサーが、
「大森監督にとって『映画』とは?」
てな感じの、まとめの質問をしたのです。その質問に答える大森監督は、それまでのトークとはちょっと違い、威儀を正したような、気を引き締めたような表情になって、
「そうですね、ボクにとって映画というのは・・・」
と語り始めました。その時に使われた「映画」は、なんと「平板アクセント」だったのです!ということは、大森監督はリラックスして自分の素直な気持ち(本音)を語るときは関西弁で、「えいが(HLL)」と言い、少し改まって標準語っぽくしゃべる時には、「えいが(LHH)」と、標準語っぽい平板アクセントを使うというふうに「映画」という言葉(単語)のアクセントを 状況に応じて使い分けていたのです。
「それがどうした!?」
と言われればそれまでなのですが、単語レベルのアクセントまで(キーワードとなる言葉ではありますが)使い分けを行っている大森監督という人に、神経の細やかさを見た思いがしました。

2003/10/20




◆ことばの話1417「訂正記事」

5月ぐらいから、新聞の訂正記事をスクラップしています。と、こう言うと
「趣味が悪い!意地が悪い」
と言われるのですが。でも・・・おもしろいんですよ。
「1日付『生産現場』の記事中『消化剤』とあるのは『消火剤』の誤りでした」
「28日朝刊12面、『主な活断層についての政府の地震調査委員会による活動予測結果』の表で、一部地域で断層名のうち11カ所の末尾に『緑』とあるのは『縁』の誤りでした。」
「7日付朝刊国際面の見出しで『離陸着後』とあるのは『離陸直後』の誤りでした。」

というようなものは、わりと単純な漢字のミス。読者も「ああ、間違ったんだな」と気づいて「新聞も間違うことがあるのだな」と、ほくそえんだりします。中にはこんなものも。
「23日の『熊取町長選告示』の記事で、『人気満了』は『任期満了』の誤りでした。おわびして訂正します。」
笑ってしまいました。ちょっと失礼かもしれませんが、「人気も満了では・・・」というケースも、あながち「ない」とは言えないかも・・・。
また、「ああ、人違い!」というケースもあります。
「21日のビーチバレーの写真で、佐伯美香選手とあるのは、別人でした。」
誰やねん!写っていたのは!!!でもこういったことは、時々あるみたい。
「13日朝刊22面の『夏ドラマ' 03甲子園』の写真説明で『深瀬捕手』とあるのは別の選手でした。おわびします。」
お詫びされてもなあ・・・オレ、写ってないし・・・名前は出てるけど・・・(by深瀬クン)。
そう思い込んでいて確認をしなかったミスというのもあります。
「23日付『四季の息吹』の記事中、宮沢賢治の引用で『ツメタイナツハ』とあるのはあ『サムサノナツハ』の誤りでした。」
「27日付夕刊9面の『スポットライト』で、ザ室内楽パートU『ベートーベンアーベント』の出演者として『オーボエの小川哲夫』とあるのは『クラリネットの小川哲夫』の誤りでした。おわびして訂正します。」

思い込みというのは、恐いものです。こういうミスは、自分一人ではなかなかチェックが難しいですからね。
シャレにならないこんな間違いもあります。
「六日付朝刊の『ウイスキーは人の心を動かす力がある』の記事中、チーフブレンダーの佐藤乾氏を故人としたのは、誤りでした。おわびして訂正します。」
これは、笑って済まされる問題ではありません。
でも、新聞は、たとえ小さなスペースでも、こういうふうにきっちりと「訂正記事」を出しているから、エライと思います。テレビは「時間の制約」という名のもとに、なかなか訂正やお詫びが出来ずに、画面上はそのまま済ませてしまっていることも多いですからね。
また、今朝の朝刊にはこんな訂正が。
「16日付『近鉄、井戸水で1億2000万円節約』の記事で、近鉄百貨店上本町店の年間水道利用量が『約28億立方メートル』、井戸水が『5億9千万立方メートル』とあるのは、それぞれ『約28万立方メートル』『5万9千立方メートル』の誤りでした。訂正します。」
単位が単位だけに「大きな間違い」ですよね。文字、漢字の面から言うと「『万』と『億』の一字違い」なのですが。でも、これに気づいた読者は少なかったと思いますよ。
そう言えば、うちでも前に、
「5人の方に10万円プレゼント」
という総額50万円のプレゼント告知を、
「5万人の方に10万円プレゼント」
と言ってしまって、プレゼント総額が50億円になってしまったことがありましたから、他人のことは笑えません。
この訂正記事を見ていて思い浮かんだのは、前日の10月16日の朝刊に載っていた、兵庫県尼崎市の病院での医療ミスです。生後5か月の幼児に処方されたのは、
「1万倍に薄めた薬」
だったのですが、担当の薬剤師がその薬のビンを間違えて、
「1000倍に薄めた薬」
つまり、「処方されたものの10倍もの濃度の薬」を投与されて死亡したという事故なのです。
水道利用量が、「万」のところを「億」と間違えても、命に別状はないですが、医療という現場でこれを間違うと、人が死ぬのです。
私たちの生活の場の中にある、「人の命を預かる仕事」の現場の厳しさを、新聞の訂正記事を読む中に見つけたのでした。

2003/10/17




◆ことばの話1416「悪口雑言」

ある番組の打合せで、台本の読み合わせをしていた時のこと。相棒のYアナウンサーが、こう読んだのを、私は聞き逃しませんでした。
「わるぐち・ぞうげん」
うん?悪口が増えたり減ったりしたのか?と思い、台本のその箇所を覗き込むと、そこにはやっぱり、こう書かれていました。
「悪口雑言」。
「あのさー、これは四字熟語で、普通は『あっこうぞうごん』と読むんだぜ。」
「えー、ゴメンナサイ、てっきり『わるぐち』だと思って・・・。『雑言』も『広辞苑』で引いたら『ぞうげん』って書いてあったので・・・。」

え、そうなの?「雑言」は『広辞苑』では「ぞうげん」で載ってるの?と思って『広辞苑』を引いてみると、「ぞうげん」は「空(から)見出し」で、
「→ぞうごん」
となっていました。「空見出し」というのは、見出しは立ててあるものの本来の読み方ではないので、本来の読み方の方を見なさいと矢印などで示してあるものです。それなのに、「ぞうげん」という空見出しがあることだけで満足して、「ぞうごん」は引かなかったんだな。
ダメじゃん!!

それにしても「悪口雑言」なんて言葉、中学校ぐらいで教科書に出てきたと思うのですが、最近の教科書には載っていないものでしょうか?純粋培養で。悪いコトバには触れさせない、とか。
がっかり。
ホントに、もう・・・(ここには書けないような悪口雑言をブチブチ言った、という事実はありません。)

2003/10/11


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