◆ことばの話1415「貫光」

遅い夏休みを9月の下旬に取り、立山・黒部ダムに行ってきました。紅葉にはまだ早かったのですが、現地の気温は10度をきるヒトケタ。大阪とは10度以上気温が違い、秋真っ盛りという感じでした。黒部ダムまではJR富山から富山地方電鉄の電車に乗って1時間、そこからバスで山を登り、さらにケーブルカーやロープウェイ、トローリーバスなどを乗り継ぐ「大旅行」でした。そのロープウェイの中で見掛けたプレートにロープウェイの運営会社の名前が次ぐ儀のように記されていました。
「立山黒部貫光株式会社」
なぜ「観光」でなくて「貫光」なのでしょうか?
帰ってから、「立山黒部貫光株式会社」のホームページを見てみると、果たしてそこに「貫光」の意味が記されていました。
「貫光」
「貫光」の「貫」とは時間を、「光」とは宇宙空間、大自然を意味する。日本国土の中央に横たわる中部山岳立山連峰の大障壁を貫いて、富山県と長野県とを結ぶことにより、
(1) 日本海側と太平洋側との偏差を正して国土の立体的発展をはかり、もって地方自治の振興に寄与せんとする
(2) わが国に比類なき立山黒部の大自然と古くから伝わる山岳信仰の歴史を尊重して、この地域を「立山自然麓嶽殿」と称し、これを広く世に紹介し国民創造力涵養の道場たらしめんとするという高邁な理念をもって創業者佐伯宗義社長が社名を「貫光」と命名し、立山各社共通の企業理念としたのである。」

と記されていました。そしてこの「貫光」という名前の付いた「立山黒部貫光株式会社」のグループ会社には、「立山黒部貫光サービス株式会社」というのもありました。
そうかあ、たしかに高邁な理想ですね。つまりこの「貫光」と言う言葉は、創業者の佐伯宗義社長の「造語」のようですね。
昭和30年代までは、やはり「表日本」に対して「裏日本」があって、その格差を打ち砕こうと、いろいろな方が努力されたのですね。黒部ダムにしても、こんな巨大なものをこんな山深い所に作るのは、並大抵の努力ではダメだというのがよく分りますし、その努力を支えることが出来る信念と使命感が、当時の人々にはあった、ということが伝わってきました。
なんだかやっぱり「プロジェクトX」の気分に浸ってしまうのですね。どこからか、中島みゆきの歌が聞こえてきそうな。

2003/10/11




◆ことばの話1414「明治天皇陛下」

9月に熱海で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、こんな疑問が出ました。
「敬語はどの天皇まで使うべきか?たとえば、故人の天皇に 『陛下』を付けるのかどうか。」
そこで話し合われた結論としては、
「原則、亡くなった天皇に『陛下』を付ける必要はない。明治以前は『歴史的人物』なので『陛下』を付ける必要はない。」
でした。しかし、明治以降の明治天皇、大正天皇、昭和天皇に関しては迷うところで、つい「陛下」を付けたくなる、という意見が出ると共に、映画『ラスト・サムライ』で明治天皇役を演じた中村七之助(=20歳、中村勘九郎の次男)が、インタビューで自分が演じた役柄について話す時に「明治天皇に『陛下』を付けるべきかどうか」の問題に直面して、「私は明治天皇陛下、と呼ぶ」と主張したというエピソードも披露されました。
インターネットの検索エンジンGoogleで調べたところ、「陛下」を付けているかどうかは以下の通りでした。(9月30日現在)
「陛下」あり 「陛下」なし
明治天皇陛下=179件 明治天皇=3万3400件
大正天皇陛下= 51件 大正天皇= 9510件
昭和天皇陛下=638件 昭和天皇=5万1200件

と圧倒的に「陛下」を付けない形が多かったです。また、明治天皇の前の3代の天皇は、

「陛下」あり 「陛下」なし
孝明天皇陛下=36件 孝明天皇=5110件
仁孝天皇陛下= 0件 仁孝天皇= 736件
光格天皇陛下= 0件 光格天皇=1120件

と、同様の傾向でした。また更に古い、有名な天皇に関しても、

「陛下」あり 「陛下」なし
仁徳天皇陛下=0件 仁徳天皇= 9320件
天智天皇陛下=0件 天智天皇=1万3800件

という結果が出ました。結論から言うと、放送分科会で話し合われたように、故人の天皇には原則「陛下」は付けなくても良いです。歴史的人物に関してはまったく必要ありません。個人的に付けたい片は付けてもいいですが、「放送上は」ということです。明治時代より前(=江戸時代より前)の天皇は歴史的人物です。
ちなみに現在の天皇に関しても、その表現を調べてみたところ。
今上天皇陛下=163件、今上天皇=3450件、天皇陛下=4万5900件。
ということでした。

2003/10/11



◆ことばの話1413「変死体」

あさイチ!のNプロデューサーが、番組の反省会の中で、
「俺な、昔『変死体』って、『変な死体』のことやと思っててん。変な表情してたり、変なポーズをしてる死体のことを言うと思ってたんや。」
プププ。そんなわけないやん、と思って笑うと、なんと若い女性スタッフ2名が、驚いた表情をして、
「私、今の今まで、そう、思っていました!」
えええ!そんなアホな!
「変死体」は「変+死体」ではなく、「変死+体」、つまり死因に不審な点がある死体のことを言うに決まっている・・・と思ったのですが、なんだか不安になってきました。
一応辞書、引いときましょか。
『岩波国語辞典』
「変死」=病死、老衰死でない死に方。災害死・自殺・他殺などの場合に言う。
事故死も入るのですかね。きっと。「変死体」は載っていませんでした。
でもどう考えても「変な死体」=「変死体」はおかしいでしょ。もしそうだったら、殺人事件が起きるたびに、笑いをこらえなければならないという「ヘン」なことになってしまいますやんか。ホンマにもう、うちのスタッフは・・・。

2003/10/11



◆ことばの話1412「セイユショかセイユジョか」

苫小牧の石油タンク火災で「製油所」の読み方が問題になりました。「所」を「ショ」と読むか、「ジョ」と濁って読むか、と言うことです。以前、「ショかジョか」で書いた(平成ことば事情557)基準によると、東日本の人は「ショ」、西日本の人は「ジョ」と濁る傾向があるということでした。アナウンス部内で聞いてみると、出身地別に、
「ショ」・・・東京2、埼玉、神奈川、千葉、
「ジョ」・・・三重、兵庫2、奈良、静岡、富山、北海道

という結果になり、やはり原則「東がショ」「西がジョ」でした。ただ放送では「製油所」は「ショ」と濁らずに読む人が多いようです。
ところで、この話を部会でしたあとにHアナウンサーが、
「道浦さん、このワープロソフト(マイクロソフト・ワード)で『セイユショ』で変換すると、『精油所』しか出てこないんですよ。『セイユジョ』だと『製油所』と『精油所』と2種類出てくるんですが。」
ほんまかいな?と思ってやってみると、確かにそのとおり。ということは、ワードは「製油所」の「読み」は「セイユジョ」と濁ると、また濁らない「セイユショ」は「精油所」としか認識していないということですかね。どうでしょう?
また、「神戸製鋼所」「栗本鉄工所」「淀川鉄鋼所」など、有名企業で「所」がつく会社の「所」の読み方を「会社四季報」で確認すると、これらは「ショ」と濁りませんでした。これはその会社がそう呼んでいるのか、「会社四季報」編集部側が付けたのかはわかりませんが。
2003/10/11

(追記)

「ショかジョか」を巡る「ショ事情」です。
10月14日の日本テレビのお昼のニュース「ニュースダッシュ」で、金子キャスター(元アナウンサー)は、茨城県鹿嶋市の住友金属クレーン転倒事故のニュースで、「製鉄所」1回目は「ジョ」、2回目は「ショ」と読んでいました。
同じく10月14日のNHK「クローズアップ現代」では、北海道苫小牧市のタンク火災のニュースで、解説の斉藤記者は、
「製油所(ショ)」
と濁らずに言っていました。
同じく10月14日のNHK「プロジェクトX」で、ナレーターの田口トモロヲさんは、
「鉄工所(ジョ)」
と濁って読んでいました。まあ、三者三様です。

2003/10/23

(追記2)
10月31日、関西テレビのお昼のニュースで、岡本栄アナウンサーは「料金所」を、 「料金所(ショ)」 と濁らずに読んでいました。
2003/10/31


(追記3)
2004年3月30日の『ズームイン!!SUPER』で、佐々淳行さんは、
「児童相談所(そうだんじょ)」
と濁って言っていましたが、その後、
「相談所」は「そうだんしょ」
と濁りませんでした。佐々さんの中では、この言葉の発音は混在しているようです。
2004/4/29

(追記4)
4月6日夜11時台のTBSのニュースで、女性ナレーターの読みが、
「児童相談所(ジョ)」
と濁って読み、平板アクセントでした。また、単独で出てきた、
「相談所(ジョ)」
も、やはり濁って読んでいました。

2004/4/30


(追記5)
メモが出てきました。4月8日の日本テレビ「ニュースプラス1」で笛吹(うすい)アナウンサーが、「児童相談所」を、
「児童相談所(ショ)」
と濁らずに読んでいました。彼女は奈良出身なんですけどね。東京も長いから。

2004/9/13


(追記6)
2005年9月21日午前0時のニュースで、NHKの宮本隆治アナウンサーは、
「強制収容所(ショ)」
と、濁らずに読んでいました。(21日午前0時7分) 。

2005/9/21


◆ことばの話1411「ジヴコヴィッチ」

10月1日、Jリーグナビスコカップの準決勝第1戦。ジュビロ磐田対鹿島アントラーズの一戦は、ジュビロが1対0で先勝しました。
その決勝ゴールを決めた選手の名前の表記が揺れています。
(読売)ジヴコヴィッチ
(産経)ジヴコヴィッチ
(日経)ジヴコヴィッチ
(朝日)ジブコビッチ
(毎日)ジブコビッチ


要は「ブ」「ビ」か、「ヴ」「ヴィ」かということですね。しかも一つの名前の中にそれが2か所出てくるものですから、けっこう目立ちますね。
「ヴ」「ヴィ」を使った方が、「外国語」の感じは出ますが、だからといって唇を噛んで、「ヴ」「ヴィ」と発音するかといえば、そんなヤツはいません。問いう事は、表記上の「おしゃれ」のようなものなのでしょうか。
個人の名前で「ヴ」「ヴィ」を使うかどうかは、旧字体や異体字を使うのと同じような感覚になるのでしょうね。どちらか一方に統一することは、なかなか難しい。でも、
「ヴェートーベン」
などということにはならないようにしたいです。(それも書くなら、ベートーヴェン。)
でも、
「ボルヴィック」
という例もありますからねえ。(平成ことば事情590「ボルヴィック」参照)

2003/10/4

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