◆ことばの話1375「セミの鳴き声2」

平成ことば事情1341「セミの鳴き声」の続編です。
この前、「今年はクマゼミ以外のセミも、ずいぶん目立つ気がする」ということを書きましたが、そう思っているのは私だけではなかったようです。

8月22日の産経新聞・夕刊の「ひとこと」というコラムで、
「異常気象?ミンミンゼミとヒグラシの声」
という一文が載っています。大阪・千里ニュータウンでも、例年はクマゼミだけなのに、今年はアブラゼミやツクツクボウシ、ヒグラシまでいると言うのです。やっぱり!今年はちょっとおかしいですよね。箕面や能勢の山間部ならともかく、千里では「異変」と言えるそうです。これを書いた記者の、セミの鳴き声の印象では、クマゼミ100に対して、アブラゼミ50、ミンミンゼミ5、ヒグラシ2ぐらいだろうか、と書いています。そうそう、そんな感じ。
この記事の数日前の新聞(切り抜きをなしてしまいました・・・)の読者の投書欄にも、大阪市内の女性が、
「今年は家の近くの市内の公園で、ヒグラシの声を聞いた。こんなことは今までなかった。」
という内容の投書をしていました。わが意を得たり。

そうこうしているうちに、夕方から夜にかけては、セミよりもいわゆる、
「秋の虫の声」
がしきりに聞かれるようになってきた今日この頃。もう、子供たちの夏休みも終わりなんですねえ・・・。今年は短かったなあ、ナツ。

2003/8/29


◆ことばの話1374「裏切る2」

平成ことば事情1373「泣く自信」で触れた「裏切る」(平成ことば事情501)
2001年の10月に読売テレビのドラマ「本家のヨメ」に出演した俳優の中村俊介さんが、そのドラマ出演に際しての意気込みを語った、デイリースポーツ(2001年10月21日付)のインタビューに答えて記事の見出しが、
「いい意味で、ファン裏切る役者になる」
というものでした。
「泣く自信」を書いて、「裏切る」について書かれたものも読んで、昼食をとりに会社の食堂に行くと、掲示板に、読売テレビの番組に関する新聞記事が張ってありました。それを見て、
「あっ!!」
と思い、目を疑いました。そこには
「ファンの予想 裏切りたい」
という見出しとともに、中村俊介さんの写真が載った新聞が張ってあったのです。
「2年前の新聞を、まだ張ってあるのか?」
と疑ってよく見てみると、その記事は、河出伸という記者が書いた、今年の8月8日の毎日新聞の夕刊でした。そして、中村俊介さんが出演するドラマも「本家のヨメ」ではなく
「14ケ月〜妻が子どもに還っていく」(月曜よる10時放送)
でした。
そこに中村さんの言葉として、
「どんな役でも出来る幅の広い役者になってよい意味でファンの予想を裏切っていけたらと思います。」
と結んであったのです。
ということは、中村さんは2年前から、同じようなフレーズを使っているということ?それってボキャブラリー不足では・・・・いやいや、彼にとっては この「ファンの予想を裏切る」ということは「座右の銘」のようなもので、「信念」として今後もずーっと「初心忘れず」に使っていこうと思っているのでしょう。
それにしてもまったく同じ言葉とは。驚きました。

2003/8/27

(追記)

2003年5月25日、23時50分、日本テレビの「うるぐす」で、永川投手(1980年生まれ)が、
「今、最下位だそうですが、6月は期待を裏切って頑張りたいと思います。」
と言っていた、という走り書きが出てきました。これは、やはり間違った使い方じゃないかなあ。で、永川投手って、どこの所属だったかなあ。オリックス?


2003/10/16
(追記2)

久々の追記です。「スパ・ワールド」というスーパー銭湯のようなところのコマーシャルを見ていたら、温泉の浴槽の下にサメが泳ぐ水槽があるというのを広告していました。その宣伝文句が、
「予想を裏切る新展開」
でした。これも「裏切る」のプラス評価の使用例ですね。

2005/1/5

(追記3)

『東京読売巨人軍五十年史』(1934−1984)という分厚い本をながめていたら、こんな表現にぶつかりました。
「昼をあざむく照明下 六万ファン陶酔」
この「昼をあざむく」の「あざむく」が、「裏切る」と似た使い方ではないかなあと思って目に留まったのです。
これは昭和23年8月29日付の読売新聞の記事の見出しで、神宮球場で初の夜間ゲーム(ナイター)が行われたという記事です。記事によると試合は8月28日に行われた巨人対急映戦で、巨人は7対8で負けたそうです。ちなみに「昼」という漢字は旧字体で、「書」に似た字です。

2005/2/6

(追記4)

ドイツで行われているサッカーのコンフェデレーションカップの準決勝、ドイツ対ブラジルの試合は、大変いい試合でした。実況をしていたTBSの清水大輔アナウンサーは、ドイツチームについてこんな言葉を言っていました。
「周囲の予想をいい意味で裏切って、準決勝にすすんできました。」
最近やはりよく使われている言葉のようですね。

2005/6/27

(追記5)

2006年1月13日の読売新聞夕刊の「私の演芸評」で大阪府立上方演芸資料館学芸員の古川綾子さん「小籔千豊」について書いていました。その中で、
「練り上げてきたコントと会場のイメージを裏切るエロティックなパフォーマンスで満員の客席を沸かせた。」
というふうに、
「裏切る」
が使われていました。
2006/1/15

(追記6)

2008年10月23日、北京五輪フェンシングの銀メダリスト・太田雄貴選手が、森永製菓に就職内定したという会見で、
「いい意味で裏切っていけるように」
と発言していました。これまでの思いが吹き出したのか、会見の発言中に泣き出すというハプニング付きでした。もらい泣きをしたお母さん世代も多かったのではないでしょうかね?『情報ライブミヤネ屋』の中で会見を見ていたパネリスト・飯星景子さんも、ちょっとなみだ目で、
「ええ子やねえ」
とお母さんのような発言をされてました。
2008/10/24


◆ことばの話1373「泣く自信」

「24時間テレビ」でパーソナリティを務めたTOKIOの、メンバー国分太一君が、番組の中で、メンバーに向けた「手紙」を読むシーンがありました。彼はまず、
「では、読まさせていただきます。」
と「いまどき」の敬意表現である「さ入り言葉」を使ったあとに、盲腸で入院した時に、他のメンバーが「見舞いに行こうか?」と優しく言ってくれたことに関して、こう述べました。
「メンバーに見舞いに来て欲しくなかったんです。なぜかと言うと、泣く自信があったから。」
この「泣く自信があった」という表現は、本来なら、
「泣いてしまうに違いなかったから」
とでも言うべき所でしょう。それを、「〜の自信があった」というのは、本来の使い方とは違う新しい表現だと思います。この場合「〜」に入る部分は、「自信」とは関係のない、どちらかというと「マイナスイメージ」のもの(動作など)が入るのですから、「自信がある」というのは、おかしな表現です。同じようなおかしな表現を作ってみましょうか。
「失敗する自信がある」
「できない自信がある」
「落選する自信がある」
「不合格する自信がある」
「手が震える自信がある」

こうやって並べると、「〜」に入るのは「マイナス・イメージ」とともに、
「自分ではどうしようもない、意志とは関係なしに起きてしまう反応」
も含まれるようです。そこにはそれを克服して、そうならないように努力しようという意志は見られません。「そうなってしまうのは、しょうがない」というある種の「諦観」さえ感じられます。
もしかしたら、そうやって、今までの使われ方とは違う、おかしな表現を使うことで、
「人前(メンバーの前)で泣いてしまうという、みっともない自分」
をごまかしているようにも感じられます。私はこういう表現は、たとえギャグでも使いたくありません。
それと同時にこの言葉を聞いて思い浮かべたのは、
「いい意味で、ファンを裏切る役者になる」
という俳優の中村俊介さんの言葉です。(平成ことば事情501「裏切る」をご参照ください。)この場合は、本来マイナス・イメージのある「(ファンを)裏切る」という言葉を、プラス・イメージに使ったという意味で、今までにない新しい表現だと思ったわけです。本来なら「ファンの期待以上の演技」と言うべきものでしょう。ただニュアンスとしては、おそらく「ファンに期待された方向での、その期待以上の演技」というのではなく、
「想像も期待もしていなかった面を見せることでの驚きと満足感」
を与えたい、という気持ちがあるのではないでしょうか。
それにしても、国分君の口から「メンバー、メンバー」という言葉が、あまりにも何回も繰り返されたので、そのたびに、頭の中に「稲垣吾郎」君の顔が浮かんできてしまいました。(平成ことば事情426「稲垣メンバー」をご参照ください。)やはりこういうグループでは、一人一人のことを「メンバー」と呼んでいるのですかね。

2003/8/27


◆ことばの話1372「失血死」

用語懇談会の幹事から、「使いたくないけれど、しょうがなくて使っている言葉」のアンケートに協力しくださいということで 用紙が送られてきました。
いくつか書いた中の一つが、
「失血死」
です。以前の用語懇談会放送分科会で、
「この言葉(失血死)は、時々『死因』で出て来るが、耳で聞いてわかりにくいので、言い換えを考えた方が良いのではないか?」
と提案したのですが、
「そんな言葉は聞いたことがない。使わないよ」
と一蹴されてしまったのです。
「失血死なんて言葉は使わないよ」
と頭ごなしに言われると、顔の血の気が失せてしまいます。
が、その後もやっぱり、ちょこちょこ出て来るんですよね。意味の上では、
「出血多量」
が言い換えとしては良いのではないか。と思うのですが、もしかしたら、出血量は少なくても「出血性ショック」で死んでしまうようなものも「失血死」になるのであれば「出血多量」は当たらないなあ、ということで、ちょっと考えてしまうんですよね、血の気の多い私は。

2003/8/18


◆ことばの話1371「イヤキチ」

2年前の6月、大阪教育大学付属池田小学校で児童8人を殺害した宅間守被告に対する判決公判が8月28日大阪地方裁判所で行われ、死刑判決が出ました。
その事件の経緯などを宅間被告の手記を交えてまとめたVTRで、宅間の「吹き替え」ナレーションを担当しました。
私は、宅間本人の声を聞いたことがありません。が、その顔つき、文章や様々な情報から、「こういうしゃべり方だろう」
と思われる話し方で録音しました。ただ最初に、「本当にこうだ!」と思っているしゃべり方で録音したところ、
「イメージがピッタリすぎて、こわい」
と言われて、結局、「普通に読む」のと「自分がイメージしたもの」の「中間くらい」で読みました。以前、覚醒剤で捕まった作家の中島らもさん(当時は被告)の裁判での発言の吹き替えもやったのですが、この時も、
「本人がしゃべっているのかと思って、ちょっと引いた」
と言われました。中島らもさんの場合は、声やしゃべりも聞いたことがありますから、よりイメージしやすく、あとはそれを真似るかどうか、真似られるかどうかにかかってくるのですが、これをきっかけとして、
「ニュースでの吹き替えは『物真似』ではなく、イメージに近いものは求められるが、イメージにぴったりのものが求められるわけではない。」
ということを再確認しました。また、宅間被告のように、「聞いたことがない人の声」を吹き替えるのは難しいようにも思うのですが、よく考えたら、これまでにもそういう例はありました。私が読売テレビに入社した年(1984年=昭和59年)に発生した、グリコ森永事件における「怪人21面相」からの脅迫状の読みです。これは結局、犯人は捕まらなかったし、当時誰が犯人かもわからない中で、脅迫状の文章だけが手がかりにして、それを犯人本人が読んでいるかのようにナレーションで吹き替えるということが行われました。その後もこういったケースはよくあります。まだ顔や性格が分っているだけ、宅間被告の場合の方が声やしゃべり方がイメージしやすいと言えますが、その分イメージは限定されることになります。
さて、その宅間の書いた文章の中によく出てきた言葉に、
「イヤキチ」
というのがありました。「イヤキチしてやる」というような文章です。担当したディレクターに、
「これ、どういう意味?」
と聞くと、
「嫌がらせするとか、そんな感じの意味のようです。宅間が作った言葉のようです。」
という言葉が返ってきました。そうなのかと納得して録音したのですが、それから数日後、今度はワイドショーのプロデューサーのSさんから電話がかかってきました。
「道浦さん、『イヤキチ 』というのは大阪弁ですか?」
「いやあ、大阪弁というより、宅間が勝手に作った言葉じゃないの?俺は聞いたことがなかったけど。」

と答えると、
「いえ、私はこれまでに聞いたことがあるんですよ。だから大阪弁なのかどうかと 思って・・・。」
「どうかなあ・・・聞いたことがあるのなら大阪弁かもしれんけど、あまり一般的ではないんと違う?ヤンキーというか、不良用語とか。」
「わかりました。」

ということなのですが、気になってすぐにケータイメールでいろんな人に
「『イヤキチ』という言葉を知っていますか?使うことがありますか?」
という質問を送ったところ、すぐさま二十数人の方から返事が返ってきました。ご協力ありがとうございます。それによると、23人中「この言葉を聞いたことがある」と答えた人は6人でした。その意見をご紹介します。
「私は使いませんが、昔、播州地方に住んでいた親戚がよく使っていたのを覚えています。」(20代女性)
「大人になってから何度か聞いたことはありますが、使ったことはありません。どういう意味ですか?」(30代女性)
「26年前に噺家になった時に、楽屋で初めて聞きました。当時、30代より若い世代が使っていました。意味は『嫌がらせ』というよりは『いやみ』という感じで『イヤキチせんど言われて・・・』という使い方でした。」(40代男性・落語家)
「知っています。割と一般的な言葉ではないかと思うのですが・・・。私自身はそれほど使いません。」(30代男性・神戸市出身)
「自分では使ったことはないけど、聞いたことはある。子どもが使っているのではないか。」
(40代男性・岡山県出身)
「『イヤキチ』という言葉は大阪生まれの妻が使います。『いやがらせ』という意味よりも『いやがらする人』という人格性を帯びた使い方をしている感じがします。」(40代男性)

というものでした。中には、
「『イヤキチ』というのは、『いやみな奴』ということで、『イヤ吉』と書くのですか?」
と聞いてくる人もいました。また、翌朝、担当している「あさイチ!」の30代前半のディレクターN君(広島、岡山出身)に、
「『イヤキチ』って言葉、知ってる?」
と聞くと、
「知っていますよ。」
という答え。
「もしかしたら、山陽地区で使うのかもしれませんね。」
とはN君の弁でした。
Google検索してみました。それによると、
「いやきち」=53件
「イヤキチ」=40件

但し、平仮名の「いやきち」の中には「いや、きちがいとか・・・」というふうに「いやきち」でひとつの言葉ではないようなものも含まれていますので、カタカナの「イヤキチ」の方が、ひとつの言葉として考えてよいでしょう。いずれにせよ件数はわずかなものです。その用例は、
「京都=いけずする、大阪=イヤキチする」
「イヤキチして焦らしてる」
「1日ショックで寝込みました。しかしイヤキチしても事態は変わりません。」
「だんだんイヤキチな動物になってきたね。(爆)」
「飽き飽きしてるので、たまにカタチを変えないとイヤキチきちゃうのだ。」
「せっかくここまで来たのにイヤキチになります。」

という具合。「イヤキチ」の意味は、一つに限定できないような感じですね。
方言関係の辞書や若者言葉関係、業界用語関係の本もいくつか見てみましたが、どこにも「イヤキチ」は載っていませんでした。
ひょんな事から知った言葉「イヤキチ」。あまり良い言葉ではないのは、間違いないようです。

2003/8/28