◆ことばの話1300「制圧・占拠・占領」

既に旧聞に属しますが・・・。イラク戦争でバグダッドが陥落した時、といいますから、4月の初旬、Sアナウンサーがこんな質問をしてきました。

「バグダッド陥落に関してですけど、『制圧』と『占拠』と『占領』、全部意味は似てると思うのですが、使い分けはどうしたらいいんですかねえ。」

ふーむ、確かにその違いを言われると、難しい。『新明解国語辞典』を引いてみましょう

「制圧」=強い力で相手を押さえつけて、犯行の余地を与えないこと。(例)「武力で制圧する」「癌征圧」
「占拠」=(不法に)ある場所を自分のものにして他人を寄せつけないこと。(例)「建物を占拠する」
「占領」=他国を武力で圧伏し、その領土を自軍の支配下に置くこと。(一定の場所を特定のものが占め、他の使用を許さない意にも用いられる。(例)「二人分の席を占領する」「全集が二つの本棚を占領している」「占領地」「占領国」「占領軍」


講談社の『類語大辞典』(柴田武・山田進編)はどうでしょうか?「占有」も含めてみてみましょう。

「占有」=ものの所有権を特定する人・組織だけが保有すること。
「占拠」=ある場所に(不法に)入ってきて、他の人の出入りを許さない状態で、そこを自分のものにすること。
「占領」=ある場所を独り占めしたり、他国の領土を占有すること。


「占有」の類語には「制圧」は載っていませんね。
『日本国語大辞典』はどうでしょうか?

「制圧」=威力をもって相手の力や気持などをおさえつけ、自由にさせないこと。おさえとどめること。
「占有」=(1)すっかり自分の所有とすること。自己の領有とすること。(2)民法上自己のためにする意思をもって物を所有すること。刑法上では、たんに所持の意味と解されている。
「占拠」=(1)一定の場所を占有すること。(2)特に他国を武力で圧伏して、その領土を支配下に置くこと。占領。
「占領」=(1)一定の場所を占有すること。占拠。(2)交戦国の軍隊が敵国の領土にはいって、その地域を軍事的支配下におくこと。ふつう、銭湯継続中に行われるが、休戦条約などの協定によって合意の上でなされることもある。


ふーむ、よく似た言葉であることは改めて分かりましたね。
「占拠」に関しては、『新明解』『類語大辞典』の解釈より『日国大』の方が、特に(2)が今回は妥当でしょう。「占領」も『日国大』の(2)は詳しいですね。
こういったことを踏まえると、私の感覚では、

まず「制圧」して「占拠」して「占領」する

というような順番になるような気がします。
もう、4月のバグダット侵攻(進攻)から3か月以上経ちますが、実はアメリカは、まだイラクを完全に「制圧」できていないようにも見えます。
昨日(7月25日)、イラク復興支援特別措置法が成立しました。11月にも自衛隊を派遣、と新聞には書いてありますが、まだ完全に「制圧」できていないところに行くということはすなわち「制圧」しに行くということです。

「イラクのどこが紛争地帯なのか知らない」「知ってるわけがないじゃないか」


というようなことを言う人が総責任者では、派遣される方があまりにもかわいそうです。
2003/7/26


◆ことばの話1299「うれしいを、つぎつぎと。」

形容詞を名詞のように使うのが流行っている、というより定着しているようです。特に広告の世界では。
よく目にするのは、キリンの広告。このタイトルにも書きましたが、

「うれしいを、つぎつぎと。」

です。この「うれしいを」というのが「形容詞の名詞的な使い方」です。意味は、

「(お客様が)うれしいと言える商品を、次々と売り出します」

といったところでしょうか。これとよく似た形のコピーを、京阪電車の京橋駅のホームで見つけました。
キンキキッズが出ているケータイ電話505iの広告です。コピーの文は、

「『スゴイ』をえらぼう。」

「」つきで「スゴイ」という形容詞を名詞的に使っています。意味は、

「(思わず)スゴイと言ってしまうようなケータイを選ぼう。それはこの505i」

てな感じですかね。こう書くとすごく「説明臭く」なりますね。広告のコピー文の場合は、パッと見て、感覚として目に入る、耳に入る、頭に残るものが好まれますから、あまり説明臭くない方が良いのでしょう。
だから、こういった文で使われる形容詞も、感覚的なものが選ばれる傾向にあるようです。

「うれしい」「おいしい」「スゴイ」「楽しい」「おもしろい」「きれい」

といった、プラスのイメージを持つ感覚的な形容詞が選ばれて名詞的な使われ方をします。こういった広告が増えてくると、そのうち文法上も「名詞」に分類されるかも知れませんね。大阪を舞台に、たとえば吉本興行さんだと

「おもろいを、つぎつぎと」

とか、ちょっと方言も入れたりして。応用が利きますね。もう一つ、

「『アホな』をえらぼう」

なんてのも、「ええ」かもしれません。まあ、この場合、品詞は「形容詞」ではないですけどね。え?「『アホなを、つぎつぎと』は、おまえや」って?こりゃまた、失礼しました。

2003/7/26

(追記)

また、気になる広告コピーを見つけました。
「麦のきれいと水のきれい。」
麦焼酎の広告です。どこの焼酎かなと思ってよく見ると、「ピュアブルー」という「キリン」の麦焼酎でした。また、キリンだ!キリンの広告を担当している代理店の担当者は、形容詞を名詞で使うことが、お好みのようですね。「好き」をつぎつぎと。
2004/9/13


◆ことばの話1298「お楽しみいただけていますか?」

家の近くの百貨店に行った時のこと。エスカレーターの脇にこんなポスターがかかっていました。

「お楽しみいただけていますか?今日のお買物。お客様の声をお聞かせください。」

なんかヘンな文章だなあ。この「お楽しみいただけていますか?」がおかしいなあと感じるのです。なぜおかしく感じるか、考えてみました。
「お楽しみいただく」という場合、「楽しむ」のは「客」ですが、「いただく」のは、店側。それに「いただける」=「いただけ+る」、「る」は「可能の助動詞」と考えると、「いただける」のは「店側」になってしまいます。ところが、この文章は明らかに「お客さんに問いかけている」のです。ところがこの文章では、「お客様にお買い物をお楽しみいただいている状態が作れているか?」という内容の問いになってしまい、「店側に対する問い」になっている、という点で「ネジレ」が生じています。そこが「ヘン」なのです。
相手(お客様)が、「可能かどうか(できているかどうか)」ということに関して謙譲の「いただく」を持ってくるのはそぐわないということでしょうか。ただ、

「お客様にお楽しみいただけるように頑張ります。」

という文章はOKですよね、「違和感なし」です。なぜなら「お楽しみいただける」かどうかを決めるのは「店側の頑張り」だからです。意思の表明です。でも「いただけていますか?」となると、
「(お楽しみ)いただいているのは店側なのに、それを客に聞くな!」

という違和感が生じるのですね。「いただく」は謙譲語なのに、この百貨店は、「尊敬語」として使おうとしているから、ネジレが生じるのではないでしょうか?
『ビッグコミックオリジナル』(2003年8月5日号・小学館)に連載されている、業田良家氏の「百年川柳」という四コママンガで、主人公がパソコンのプリンターのインクなどを買いに行ったシーンが出ています。レジに並んだ時に、主人公の一つ前に並んでいた客に対して、レジ係がこう言っています。

「ポイントはお溜めしますか」

これにも違和感が。たぶんこれは「お溜め」と「お」を付けて丁寧なのに、後半が「しますか」と普通の文章だから、「上は礼服なのに、下はGパン(あるいは半ズボン)」のような違和感があるのでしょう。つまり、「しますか」という部分、客が行為の主体者なのに、そこに敬語が使われていないから、ヘンな感じがするのではないでしょうか?ここはキッチリと、

「ポイントをお溜めしましょうか?」
「ポイントはお溜めになりますか?」


にすべきでしょう。これなら、違和感はないと思うのです。
というのも「しましょうか?」とすればその行為の主体者は店側なので、敬語を使わなくても大丈夫だし、二つ目の「なりますか?」の方は行為の主体者が客なので、ちゃんと尊敬語になっていますよね。だから大丈夫。
丁寧にしようとする意図は分かるのですが、どこかちょっとヘン。そんな文章が、街には溢れているようです。
2003/7/26


◆ことばの話1297「舞と舞い」

京都の祇園祭が始まった七月一日。長刀鉾に乗る稚児が参加した「吉符入りの儀」のニュースの時に、「奉納の舞」が披露されたと原稿に書いてありました。
その「舞」の字を見て、

「あれ?『まい』は、『舞い』と、送り仮名の『い』がいるんじゃないかな。」

と思い、報道のデスクに聞いたところ、

「いえ、それは『舞』でいいんです。」

と自信たっぷりに答えます。前・京都支局長なので、さすがに祇園祭に関することには自信があるようです。
でも、やっぱりちょっと疑問に思って、こっそりと、「読売スタイルブック2002」を見てみました。

「まい」
=舞い〈動作性・比ゆ的作法〉大盤振る舞い、きりきり舞い、立ち居振舞い、てんてこ舞い、二の舞い(繰り返し)、振る舞い(酒)、舞い上がる、舞い込む、舞い戻る
=舞〈舞踊〉幸若舞、(特)獅子舞、仕舞、剣の舞、二の舞(舞楽)、舞扇、舞子、舞妓(「まいこ」の読みをつけて使う)舞姫


それぞれ「い」が付く場合と付かない場合の用例が載っていて便利です。これによると、確かに、踊りの「まい」そのものの名前の場合は、送り仮名の「い」は付けないようですね。いや、大変勉強になりました。おかげで「てんてこ舞い」することもなく、おt6いついてニュースを読むことが出来たのでした。<お仕舞>。

2003/7/26

◆ことばの話1296「どっちらけ」

いつものようにアナウンス部の中で話をしていた時のこと。テレビから流れてくる、後輩が読んだナレーション聞きながらHアナウンサーが一言。

「こういう読み方をすると、『どっちらけ』になるんだよなあ。」

その一言を私は聞き逃しませんでした。

「どっちらけ」

これって「死語」ではないでしょうか?すかさずHアナに(本筋とは関係ないのですが)、

「『どっちらけ』って・・・死語とちゃうか?」

と言うと、Hアナ、

「うわあー!確かにそうだぁ!古い表現を使ってしまったぁ!!」

と頭を抱えておりました。クスクス。
「どっちらけ」は「しらけ」の頭に、強めの「ど」をつけたもの。その際に「し」が「ち」に変わって、しかも促音便(ちっちゃい「っ」が入った)になっています。
私の記憶では、たしかコメディアンの萩本欽一さんがよく使っていたような気がします。素人からの葉書を読み上げるような番組を、当時の欽ちゃんはたくさんやっていましたが、その葉書のネタの面白いものを「バカうけ」、少し面白いものを「ややうけ」、全然受けなかったものを「どっちらけ」の3種類に分けていたように思います。(その後これは、タモリさんの「ボキャブラ天国」でも少し形を変えて引き継がれたように思います。)
欽ちゃんは、

「良い子悪い子普通の子」

という番組もやっていましたね。3種類に分類する方法をよく使っていたのかな。今なら2種類に分けるところですが。そういう意味では、時代(1970年代)は「普通の子」が大多数で、その大多数の「普通の子」=「中流」に寄りかかって、それを支持層とした欽ちゃんがものすごい人気を持っていたのではないでしょうか。(ある意味では「普通の子とそれ以外の子」という2分法が用いられていたのかもしれませんが。)
「一億総中流」が崩れ去った現在、欽ちゃんがその支持基盤を失ったのは、当然と言えば当然なのかもしれません。
「バカうけ」か「どっちらけ」かの2分法の中では「ややうけ」は評価されなくなるんでしょうね。
今「どっちらけ」を使う世代はおそらく30代後半から40代後半くらいまでのではないかと思いますが、ネット上での使用状況はどうでしょうか。検索エンジンgoogleで調べてみました。

「どっちらけ」=1430件
「どっしらけ」= 0件
「どしらけ」= 0件


                   (7月18日しらべ)

1430件というのは、多いのか少ないのか。「死語」という割には多いと見るべきでしょうか。
なお、「ど」+「しらけ」で「どっしらけ」にならずに「どっちらけ」と「ち」になるのは、「出尻」が「で」+「しり」で「でっちり」と「ち」になるのと同じですね。この関連の話は「平成ことば事情536出っ尻」に書きましたので、そちらもお読み下さい。

2003/7/26

(追記)

「まっしろけ」は「どっちらけ」と語構成が似ているけれど、「まっちろけ」というふうに「ち」にはなりません。 ということは、頭のほうに付く強調する言葉が「ど」の場合は、さらに強めて「どっ」と促音便になると、次の「し」の音が「ち」に変わるけれど、同じように強調の言葉「ま」の場合は強められて「まっ」と促音便になっても「し」→「ち」という変化はしないで「し」のまま、ということのようですね。 「ど」を強めた場合には「どっ」という促音便と「どん」という撥音便(例・どんケツ、どんくさいなど)もあります。「ま」も「まっしろけ」のような促音便のほかに「まんなか」「まんまる」のような撥音便もあります。 しかし、撥音便になるものが促音便に、即穏便になるものが撥音便になることはありません。
「まんなか」→×「まっなか」
「まんまる」→×「まっまる」
「どんケツ」→×「どっケツ」
「どんくさい」→×「どっくさい」

「まっさお」→×「まんあお」(まんなお?)
「まっか」→×「まんあか」(まんなか?)
「どっちらけ」→×「どんしらけ」(どんちらけ?)
2004/3/5