◆ことばの話1280「負の遺産」

よく耳にする言葉で前から気になっていたものに「負の遺産」があります。経済関係のニュースで出てきます。累積赤字が巨額になっている大阪府の予算などの話にも出てきますが、その場合、「ふのいさん」は「負の遺産」なのか「府の遺産」なのか。はたまた「府の胃散」なのか、わかりにくいという一面もあります。常套句としてあまり頻繁に使わない方がいいなあ、と思っているのですが、一体いつ頃から使われ始めたのか?調べてみる気になりました。
まず、Google検索をしてみると、1万6300件もありました。かなり一般的に使われている言葉と見ていいですね。
日経データバンクでの新聞検索では5893件。これも多い。新聞別では、
(日経)1960件
(朝日)1221件
(毎日)1100件
(読売)1129件
(産経) 483件

日経新聞が一番多く使っています。初出はその日経で1981年1月25日。
「米国新政権に"負の遺産"前代未聞のインフレ」
という見出しに使われていました。新政権というのは、レーガン政権でしょう。で、その一般教書演説を受け手の記事と思われます。という事は、この言葉は英語の翻訳語である可能性もあるということです。
「負の遺産」は経済関係の用語として使われ始めたこともあって、日経新聞での使用が多いですが、他の新聞での初出は、1985年11月17日の朝日新聞。社会党(当時)の石橋委員長の発言として取り上げられています。
1981年からの「負の遺産」の登場回数は以下の通りです。(N=日経四紙、A=朝日、M=毎日、Y=読売、S=産経の各紙)
1981年=1件(N-1)
82 =5件(N-5)
83 =0件
84 =1件(N-1)
85 =8件(N-3、A-5)
86 = 7件(N-3、A-4)
87 =33件(N-6、A-12、M-11、Y-14)
88 =57件(N-11、A-12、M-11、Y-23)
89 =71件(N-19、A-23、M-7、Y-22)
90 =80件(N-25、A-22、M-15、Y-18)
91 =97件(N-45、A-17、M-16、Y-19)
92 =173件(N-88、A-31、M-16、Y-30、S-8)
93 =206件(N-75、A-43、M-24、Y-41、S-23)
94 =238件(N-74、A-52、M-44、Y-40、S-28)
95 =281件(N-90、A-61、M-41、Y-61、S-28)
96 =335件(N-115、A-65、M-71、Y-63、S-21)
97 =418件(N-146、A-86、M-73、Y-76、S-37)
98 =574件(N-227、A-100、M-116、Y-85、S-46)
99 =689件(N-242、A-135、M-118、Y-119、S-75)
2000 =845件(N-294、A-161、M-168、Y-145、S-77)
01 =764件(N-208、A-180、M-157、Y-164、S-55)
02 =638件(N-181、A-137、M-136、Y-137、S-47)
03 =372件(N-101、A-75、M-86、Y-72、S-38)


*2003年は7月9日まで
これを見て分るのは、一番「負の遺産」が使われているのは、1992年から使用件数が倍増で始めて3ケタにのり、その後2000年まで増え続けたこと。そして2000年の845件をピークに、この3年ほどは、わずかに減少傾向が見られます。これはようやくバブルのツケを払い終えたということの兆候では?というふうにも感じました。

2003/7/9


(追記)

7月18日の読売新聞朝刊「長崎事件・暴発の深層」という分析記事の見出しに、
「攻撃生む『負の体験』」
とありました。「負の〜」はけっこう安定して使われているのかもしれません。

2003/7/18


(追記2)

スクラップを整理していたら、去年(2002年)の7月12日の読売新聞が出てきました。大見出しで、
「株再び1万円割れも」
とあって、去年の7月には、まだ1万円の大台を保っていたことが分ります。その次の見出しに、
「米株価続落、進むドル安〜『負の連鎖』懸念強く」
とありました。「負の連鎖」もあるのですね。困ったものです。

2003/7/31


(追記3)

8月14日付毎日新聞の「老いじたく読本」というコラムは「人生締めくくり・自分らしい最期」と題してNPO代表の松島如戒さんという人が書いています。この日の見出しは

「墓は負の遺産?」

その文章の中に、

「ある夫婦から講演会でこんな質問を受けた。結婚して東京で暮らす一人娘から『住まいを用意するから近くに引っ越してこない?ただ、そちらにある市営墓地の先祖代々のお墓だけは処理してきて』と言われて迷っているという。この娘さんの考えは、遠くの故郷にある先祖代々の墓は、墓参りが大変で『負の遺産』つまり永遠に終わりのない借金のようなもの、という受け止め方だ。」

とあります。この場合、「先祖代々の墓」=「負の遺産」という解釈です。親が亡くなった後に残るのですから、確かに「遺産」ではありますが・・・ねえ。

2003/8/14




◆ことばの話1279「のめる」

駅から自宅までの帰り道、すれ違う人すれ違う人がすべて私に頭を下げていきます。
よく見ると、みんなケータイのメールを打ち込みながら、歩いているのです。どおりで頭(ず)が低い。まあ、私も時々やりますが、危ないよ、自転車にぶつかったりするかもしれないし。ああやって歩いている姿、ちょっと俳句を詠んでるようにも見えます。短冊に自慢の一句を書き込んでいるような。みんな俳人ですな。「吟遊詩人」ならぬ「歩行俳人」。
この光景を見て思い浮かんだ句といえば、やはり、これ。



「実るほど 頭(こうべ)を垂れる 稲穂かな」



けど、別に実っているから頭を垂れているのではないんだな、これが。そこでこのパロディの句を作ろうと思ってしまいました。
後ろの方はすぐに出来ました。
「頭(こうべ)を垂れる メールかな」
でも「上の句」が思い浮かびません。「みのる」に掛けて、何かないかな。と思って考え付いたのが、
「のめる」
「のめりこむ」の「のめる」ですが、そんな言葉、あるのかな?これを使って、
「のめるほど」
という上の句でも、いけそうです。
「のめるほど 頭(こうべ)を垂れる メールかな」
でも「のめる」という言葉は本当にあるのかな?あ、でも、
「つんのめる」
というのもあるから「のめる」は、あるのじゃないかな。もう一句。
『新潮現代国語辞典』を引いてみました。
「のめる」『体が前の方へ倒れそうになる。よろよろと前へ傾く。「道が悪いからのめった」〈ヘボン〉「女のからだは前へのめって了ひました」〈范の〉』
とありました。まあ、そんなところかな。一応「のめる」という言葉はありました。
「のめるほど 講釈垂れる 言葉かな」
お粗末!
2003/7/11



◆ことばの話1278「お試しされていない」

『平成ことば事情1277「お役立ちする」』にも書きましたが、似たような事例を見つけました。6月30日の夜、他局のコマーシャルで、
「まだお試しされてない方は」
と言っていました。これも言うなら、
「お試しになってない方は」
だろうと思うのです。でも、
「お持ち帰りされますか?」
なんかも「持ちかえる」という動詞の連用形に「お」をつけて、「丁寧語として名詞化」したものを、また動詞として使おうとしているように思えます。名詞に「する」を付けるだけですから、活用が単純です。つまり、「お試しされていない方」は「お試し」という名詞に「する」の尊敬語「される」(「する」の連用形「さ」に、尊敬の助動詞「れる」をくっつけた形)をくっつけたと考えられます。
また、そうやって気にしていると、『ビックコミック・スペリオール』(2003年7月11日号・小学館)の「ラーメン鑑定団vol、77」に「具」の評価として、
「多様な食感の具が揃い、口飽きしない」
というコメント。これも「口が飽きない」と言えばいいところです。「口飽き」という名詞を作っています。
これはもしかすると、日本語の変化の一つの方向ではないでしょうか?
そんな事に思いをはせている今日この頃。またまた見つけてしまいました。
用語懇談会の会議で東京出張した先週金曜日(7月4日)、有楽町の駅前にあるBという巨大電器店で、「万歩計」(山佐のですから「万歩計」です。これ、特定商品名だというのは、ご存知でしたか?一般名詞で言うと「歩数形」です。)を買った時の話。レジで女性店員が、
「ポイントカードはお持ちですか?」
と聞いてきます。
「いいえ、持っていません。」
と答えると、彼女いわく、
「お作りは、いかがですかあ?」
ええっ!「お作り」!!この電器店では、「万歩計」を買うと「お作り」をくれるのか?!と思ったのは約1秒。あ、関西では「お刺し身」のことを「おつくり」と言うのです。しかし、いくら東京でもそんなことはあるわけがありません。そもそも東京では「お刺し身」を「おつくり」とは言わないのですから。ここに思い至って、
「ああそうか、『お作りいたしましょうか?』というべき所を、彼女は短く『お作りはいかがですかあ?』と言ったのだ。これは『お役立ち』『お試しする』『口飽きする』と同じようなものの一つだ!」
と、気づいたのでした。そしてニンマリと笑みを浮かべて、
「いえ、結構です。」
と答えた私は、忘れないようにケータイメールで会社のパソコンにこの一件を送ったのでした。間違いなく、
「お」+「動名詞」+「する」
は、敬語の新しい形として出てきています。これもマニュアル敬語の一つなのかもしれません。でも気持ち悪い。慣れません。

2003/7/7




◆ことばの話1277「お役立ちする」

番組の提供スポンサーのコメントのことを「提供枠」といいます。その提供枠の録音の仕事がありました。そのコメントの原稿には、こうありました。
「この放送は、美と健康を通じ、快適な生活にお役立ちする○○○」
この「お役立ちする」という表現が、ちょっと気持ちが悪い。はっきり言ってこれは「間違った日本語表現」ではないでしょうか。アナウンサーとしては、読むのを避けたい表現です。あとで、「番組の提供読みで、なんかヘンなコメント読んでたで!」と文句を言われるのはアナウンサーなんですから。

「お役立ちする」などという日本語が果たして使われているのか?インターネットの検索エンジンGoogleで調べてみました。まず、「お役立ち」で検索です。すると、なんと
「お役立ち」=65万1000件
も使われていました。私の知らないところで「お役立ち」という名詞の形での言葉は、相当使われているようなのです。但し、使われ方は、

「お役立ちサイト」「お役立ちウェブ」「お役立ちサーチ」「お役立ち小技集」「お役立ちページ」「お役立ちグッズ」「お役立ち情報」「お役立ち豆知識」「お役立ちツール」「お役立ちガイドブック」

というふうに「お役立ち」のあとには「名詞」が来ています。しかも言葉の感じから言うと、若い女の子がちょっとふざけて「お」を付けて使っている「カルイ(軽い)」イメージがある言葉だと思います。
で、今回の「お役立ちする」です。こちらは、
「お役立ちする」=80件
たったの80件。一般に普及しているとはとても言えません。
「お役立ち」をひとつの名詞(単語)として認識している人が、「名詞+する」という形で、「お役立ち+する」=「お役立ちする」という形に移行するのにはそれほど時間がかからず、それほど違和感がないかもしれません。
「名詞+する」で出来た言葉は、「キャッチする」「ゲットする」「ダイブする」「オープンする」など、外来語に「する」を付けた形で、世に掃いて捨てるほど流布していますし、この形自体は「日本語の新語形成」の、従来からある形と言えるでしょう。
しかし、従来慣れ親しんだ「役立つ」あるいは「役立てる」という動詞を、「活用させた形」として考えている人の場合には、「お役立ちする」という表現は、
「間違った謙譲語だ!」
と感じ、それを読んだアナウンサーがお叱りを受けるのは目に見えています。しかもこの番組の視聴者層は年配の男性。けっこう、従来の言葉に規範意識を持っている年代層だと思います。この年代に「お役立ちする」という言葉がどう聞こえるか。おそらく、大部分の人は、耳慣れない表現として促えることでしょう。

また今回の「役立つ」あるいは「役立てる」という言葉は、その意味の中に「相手の為にこちらがなにかをする」あるいは「何かの為に誰かが何かをする」という相手との関係と作用を表す意味を持った言葉です。それが問題をややこしくしています。
本来、スポンサーが言いたいことを(提供枠原稿としてではなく)そのまま表現すると、たぶんこうなるでしょう。
「美と健康を通じて、皆様が快適な生活を送れるために、お役立て頂ける商品をご提供する○○○」
これでは、提供コメントとしては長すぎますし、インパクトもなくなってしまいます。そういった事情は十分理解しているつもりです。ですから言い換え例としては、
「美と健康を通じて、皆様の快適な生活をサポートする、○○○」
「美と健康を通じて、皆様の快適な生活に貢献する、○○○」
「皆様の快適な生活を支える、美と健康の○○○」

といったものが考えられます。どうしても「お役立ち」を使いたければ、
「快適な生活のために、美と健康のお役立ちグッズを提供する、○○○」
とでもすればいかがでしょうか?それよりシンプルに、

「美と健康を通じて、快適な生活のお役に立つ○○○」

というふうに「お役に立つ」と言うのが、一番よろしいのではないかと。
そもそも「役立てる」の主語は、商品を購入した「お客様」のはずです。お客様が(○○○の商品の購入を通じて)、美と健康に包まれ快適な生活を送るために、○○○商品を「役立てる」のです。ですからメーカーとしての○○○が「役立つ」のは、「快適な生活」に対してではなく「お客様」のために「役立つ」のです。
そのあたり、主語がクルクルと入れ替わった表現になっているので「なんかヘン」な文章になってしまっていると言えます。

キャッチフレーズとして、文法的には間違った表現でも積極的に新語として使っていくことは広告業界ではよくあることです。「今回もその一つ」という意見もあるかもしれませんが、そう説得するには中途半端な言葉です。まったく新しいとも思えません。「間違った表現だ!」というふうに解釈される危険性の方が高いのではないでしょうか。
そうなった場合にイメージダウンをするのは、(1)○○○(この番組のスポンサー)(2)放送した読売テレビ(3)それを読んだアナウンサー、の三者です。誰も得をしません。
今回は放送日も迫っていることもあって、「どうしても、そう読んでくれ」ということであればアナウンサーとしては読まざるを得ませんが、今後は代理店やスポンサーさんに対しても「おかしいものはおかしい。そちらにとって、デメリットですよ。」と説得をしていきたいものだと思うのですが、いかがでしょうか。

2003/6/20
(追記)

8月13日の「情報ライブミヤネ屋」で放送した政治関連のニュースの中で、社民党の福島瑞穂党首が、
「お役立ちというか」
「お役立ち」を使っていました。
2009/8/19


◆ことばの話1276「四十がらみ」

不惑を過ぎてまもなく2年。すっかり四十代も板に付いてきた、今日この頃。髪も「白髪がらみ」になってきました。この、
「〜がらみ」
年齢にも使いますね。しかし、「二十がらみ」「三十がらみ」は、あまり言わない気がしまする。一体、何歳に使うのでしょうか?
「四十がらみ」「五十がらみ」は言うなあ、「六十がらみ」は?「七十がらみ」は?
一応国語辞典を引いてみました。今日は『明鏡国語事典』にしましょう。




「がらみ(搦み)」(1)(年齢・値段などを表す語に付いて)だいたいその前後である意を表す。「五十がらみの店長」「五000円がらみに品」

そうか、年齢のほか、値段の数字にも付くのか。でもやはり「五十」が例に挙げられていましたね。ある程度の数字、しかも切りのよい数字が求められているようですね。
いつものように、Googleで「それぞれの年齢+がらみ」を検索してみましょう。
「 十がらみ」= 1件
「二十がらみ」= 3件
「三十がらみ」=171件
「四十がらみ」=373件
「五十がらみ」=464件
「六十がらみ」= 70件
「七十がらみ」= 14件
「八十がらみ」= 4件
「九十がらみ」= 0件
「 百がらみ」= 0件

一応、こんなところにしておこう。一目瞭然ですね、よく使われている順から並べると、
1位=「五十がらみ」(464件)
2位=「四十がらみ」(373件)
3位=「三十がらみ」(171件)
4位=「六十がらみ」( 70件)

といったところで、圧倒的に「五十がらみ」「四十がらみ」が多いですね。中年の面目躍如というところでしょうか。よくからんでおります。



2003/7/11