◆ことばの話1265「1ホール」


フルーツをふんだんに使ったおいしいケーキで有名な、ある喫茶店に行くと、レジのところに、
「予約ケーキ、承ります」
の文字が。そしてそこには、
「ケーキ、1ホールご予約されると、1カット分ブレゼント」
と書かれていました。別に、そこのホールいっぱいのケーキというわけではありません。そんなにケーキを予約する人はいません。ゴルフの「1ホール」とも関係ないでしょう。もちろんこの「ホール」は「丸のままのケーキ」ということで、それの単位が、
「ホール」
なんでしょうね、きっと。初めて知った「単位」です。この場合の「ホール」はおそらく英語の
「WHOLE」
だと思います。ちなみに「1切れ」は「1カット」ということでしょう。
おしゃれな喫茶店は、物を数える単位もオシャレです。

2003/7/7


◆ことばの話1264「山鉾巡行」

7月です。京都では「祇園祭」の季節です。祇園祭というと、7月16日の宵山と7月17日の山鉾巡行だけのお祭りと思っている人も多いかもしれませんが、実は、7月の1日から31日までの1か月にわたって、いろんな行事が目白押しなのです。
7月1日は、お稚児さんによる「お千度の儀」が行われます。そのニュースの原稿の中にも17日の「山鉾巡行」のことが出てきます。さてこの「山鉾巡行」の「山鉾」、「やまほこ」でしょうか?それとも「やまぼこ」でしょうか?「鉾」を濁って読むか濁らないかということです。これが、マスコミ各社で違うんですね。

7月1日夕刊の「お千度の儀」の記事を見てみると、

読売新聞は「やまぼこ」と濁る。
朝日新聞(7月1日夕刊ルビ)は「やまほこ」濁らず。
産経新聞ルビなしの「山鉾巡行」
毎日と日経はこの記事が載っていませんでした。
翌7月2日、関西テレビは「やまぼこ」と濁りました。
7月3日の産経新聞・夕刊では「山鉾」の「鉾」に「ほこ」のルビ。
7月3日、4日の朝日放送は「やまぼこ」と濁っていました。

読売テレビでは「やまほこ」と濁りません。これは 「山鉾」という一つのものがあるのではなく、「山」と「鉾」があるので、二つの種類をまとめても「やまぼこ」とは濁らないという解釈です。それに「やまぼこ」だと語感が「かまぼこ(蒲鉾)」みたいで、なんか、なじまないので。ここにたどり着くまでには、毎年毎年、現地の鉾町で確認していたのですが、これがまた毎年変わるのです。現地でも人によって「やまぼこ」と濁ったり「やまほこ」と濁らなかったり、両方の言い方をする人がいるのです。
そして『NHK発音アクセント辞典』を見ると、「やまぼこ」と濁っています。
先日の用語懇談会でNHKの委員の方に聞いたところ、

「NHKは濁らないで、『やまほこ』」

とのことだったので、

「アクセント辞典には、濁った『やまぼこ』しか載っていませんが?」

と聞くと、

「次の改訂で訂正します」

というお話でした。あとで詳しく聞いてみると、

「京都以外のお祭りでは『やまぼこ』と濁るところもある。でも京都に関しては『やまほこ』でいく」

というお話でした。
濁点が付くか付かないか、細かい話ですが、けっこう耳にひっかかる言葉なんですよね、「山鉾」は。

2003/7/7


(追記)

7月13日の日経新聞朝刊には、「山鉾(やまほこ)巡行」と濁らずにルビが降ってありました。

2003/7/15



◆ことばの話1263「半額びき」

週末に近くの生協に買い物に出かけました。
すると、8分の1くらいに切ったスイカに貼ってあったシールにこんな文字が。
「半額びき」
安い!ということではなくて、気になったのは、
「『びき』は、いらないのではないか?」
ということです。だって「半額」で十分ですし、「半額」というのは「ズバリその値段を指す」のであって、「値引きする金額を指すのではない」からです。
Googleで「半額びき」を検索してみると、たったの3件ですが出てきました(7月1日)。
こんな感じです。
『値段は541円となっていますよね。そして「半額びき」のシール。つまり、これは「270円で売ろうと思っている商品に541円という値段をつけて、半額シールを貼って"お得感"を出そうとしている」と考えられないでしょうか。』
『記念にと想い、半額びきだったCD−Rを買った。』

ちょっと待てよ。もしかしたら、「半額引き」ならもっと出るかな。あ、やっぱり!
「半額引き」=113件
でもまだ100件ちょっとです。
なぜこんな言葉が出てきたのか?考えてみました。
このポイントは「半額」という言葉にあります。つまり、値引きする値引き幅の金額と、実際の販売価格が同じなのです。
「値引き金額」=「販売金額」
そうすると、シールに「半額」とだけ書けばよいのですが、一般のお客さんの心理としては、「値引き」の「○○割引き」「○円引き」というふうな「引き」という文字は「お値打ち感」を覚えるのではないでしょうか。「半額」もインパクトはありますが、「半額」の文字の中に「引き」という文字がないので、「引きが弱い」と考えたのでしょうか。そこで、「半額」に「引き」をくっつけて「半額引き」なんて乱暴な言葉が出来たと思われます。
この方が、お客さんにアピールするということでしょう。金額は「引き」を付けても付けなくても同じですから、店にとっては「目立つこと」「お得感があること」を打ち出せるので便利なのでしょう。
でも、刺激の強い言葉は流行るかもしれないけど、飽きられるのも早いということだけは、コッソッとお教えしておきましょう。あ、その時かった「半額びき」のスイカは、おいしかったです。

2003/7/1




◆ことばの話1262「ギセイ豆腐」

産経新聞の料理欄のカラー写真、いつもおいしそうです。
この日のメニューは・・・というと、こう、書いてありました。
「ぎせい豆腐」
え?ぎせい豆腐って、何をギセイにしているのだろう?
一瞬考えて、答えがわかりました。別に何かを「犠牲」にしているわけではありません。真似ているのですな、「擬製」です。『新明解国語辞典』を引いてみますと、
「擬製」=何かとそっくり同じように作ること(ったもの)。
そして、見出しとして「擬製豆腐」も見出しになっていました。
「擬製豆腐」=豆腐に卵や野菜を入れて焼いたもの。精進料理の一つ。
ああ、あれかぁ。スペイン料理のトルティージャ(あるいはトルトィーヤ)にも少し似た感じかな?『新潮現代国語辞典』ではどうでしょう?
「擬製」=(1)模造(品)。まがいもの。(2)「擬製豆腐」の略
模造品、まがい物とは、なかなか手厳しい。「擬製豆腐」も見出し、あります。
「擬製豆腐」=豆腐に卵・野菜を加えて焼いたもの。精進料理の一。義性豆腐
ほとんど『新明解』とほぼ同じですが、別の字で「義性豆腐」とも書くのですね。
『広辞苑』はどうかな?
「擬製」=本物をまねて作ること。
まあ、普通の表現。プラスマイナスの評価なし。「擬製豆腐」は、
「水切りした豆腐に野菜や卵を加えて調味し、厚焼き卵のように焼いた料理。ぎせどうふ」
おお!なかなか詳しいではないですか!このまま作れば、ボクでも作れるな。「水切りした豆腐」というところが気に入りました。「擬製」というのは分ってきました。
じゃあ、何かを真似た揚げ物は、
「擬製フライ」
かな。「擬製海老フライ」。もちろん「エビフライ」とは違うものです。タッチアップから、ホームインすることもありません。それは、お察しの通り「犠牲フライ」ですね・・・そうです、これが言いたかっただけなんです・・・。
同音異義語というのは、おもしろいですね。

2003/7/1




◆ことばの話1261「コンシェルジュかコンシェルジェか」

拙著『「ことばの雑学」放送局』を読んでくれた、アナウンス学校の生徒が、
「先生、ここ違うんじゃないですか?」
と嬉しそうな顔をして、やってきました。
「どれどれ・・・」
と見ると、298ページに
「ホテルのコンシェルジェ」
とあります。
「これがどうしたの?」
と聞くと、
「普通、コンシェルジュじゃないですか?ジェじゃなくてジュ。ほら、この英和辞典にもそう載っています。」
「鬼の首を取ったように」というのは、こういう感じなのでしょうね。なんとなく、微笑ましく感じられた、ということは私もすっかりおっさんになったということでしょうか。
「ああ、なるほどねえ。でももともとフランス語だから、ジュかジェかは英語に入ったあとか前かで違うんじゃないかな。つまりどちらでも間違いとは言えないのでは?」
と答えたのですが、気になりました。
よく外来語では、「ジュラルミン」を「ジェラルミン」と間違う人や「シミュレーション」を「シュミレーション」と思い込んでいる人がいますね。それとちょっと似ています。
読売新聞校閲部編『新聞カタカナ語事典』(中公新書クラレ2002)を見ましたが、どちらも載っていません・・・残念。Googleで検索してみました(6月23日しらべ)



「コンシェルジュ」=1万6300件
「コンシェルジェ」= 7680件




確かに「ジュ」の方が多いですね。ほぼ2:1.しかし「ジェ」派もかなりいる。
フランス語で「異邦人」の意味の「エトランジェ(etranger=フランス語、eにアクサン)」を「エトランジュ」と思っている人も多いのかな。またGoogle検索。(7月1日)



「エトランジェ」=1410件
「エトランジュ」=1380件




おお!ほぼ同数ではないか!『広辞苑』では「エトランゼ」が見出しになっていたので、それも引いてみましょう。
「エトランゼ」=6690件
やっぱり、これが一番多かったか。
結論!
日本語になった外国語で「ジュ」と「ジェ」は大変紛らわしいので、「ゼ」にしているものも多い。小さい「ユ」と「エ」の区別は、老眼のお年寄りには区別しにくい、という事情も影響しているかも知れませんね。
で、「コンシェルジェ」でも「コンシェルジュ」でも良いということで、いかが?



2003/7/1

(追記)

2005年2月2日の日経新聞の記事では、
「乾物コンシェルジュ」
というのが出ていました。「ジュ」ですね、これは。記事によると、この春「乾物コンシェルジュ」の導入を決め、さらにサフランやコショウなど調味料の「コンシェルジュ」導入も検討しているというのは、大手スーパーの「マルエツ」という会社だそうです。
ついでに久しぶりに、GOOGLE検索しておきましょう。(2月6日)
「コンシェルジュ」=59万6000件
「コンシェルジェ」=4万2200件

でした。はりゃあー、ものすごく増えていますね!しかも「ジュ」の伸び方がスゴイ!
ついでに、
「エトランジェ」=1万7000件
「エトランジュ」=629件
「エトランゼ」=1万7600件

でした。

2005/2/6

(追記2)

4月1日の朝日新聞によると、USJは2005年度から、
「パークコンシェルジュ」
という案内係を配置するそうです。
ただ、手のひらはあまり「個人情報」というイメージがありませんが、「指=指紋」は、どうしても「指紋押捺」とか「犯罪者の指紋照合」などを思い浮かべてしまうことや、指先をケガした時にどうしようか?などの不安を感じるのはたしかです、個人的には。

2005/4/1

(追記3)

12月10日の日経新聞の日経プラスでインタビューを受けていた人の職業名は、
「コンシェルジュ」
と出ていました。

2005/12/15

(追記4)

10年ぶりの改定作業を進めている『新聞用語集』の外来語の項に、この言葉を是非載せて欲しい、そして「ジェかジュか、どっちなんでしょう?」という質問をしたところ、新聞用語懇談会外来語小委員会の座長、森田 修氏(時事通信社)から、こんなお返事をいただきました。
『「コンシェルジュ」についてですが、外来語用例集に追加掲載することで、総会前に既に小委で合意をみております。その際、表記については「コンシェルジュ」か「コンシェルジェ」とするか議論しましたが、フランス語原音の「コンシェルジュ」を採用しようということになりました。各種辞書の表記も統一されている上、社団法人「日本コンシェルジュ協会」も「コンシェルジェ」は使わないことを申し合わせていることが理由です。英語発音としても語尾は「ジュ」となると思います。確かに「コンシェルジェ」という表記も日本ではかなり使われていますが、ソムリエ、パティシエ、エトランゼなどとの類推で生まれた誤用ではないかと思われます。また「コンシュエルジュ」という表記は仏語からも英語からも生じないと思います。』
森田さん、ありがとうございました。「社団法人コンシェルジュ協会」という団体もあるのですね。知りませんでした。
ということで、今後は、
「コンシェルジュ」
で行きます!

2006/1/10

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