◆ことばの話1245「ベッカム様」

6月18日水曜日、「あの」ディビッド・ベッカム選手夫妻が来日。成田空港はファンや報道陣500人が出迎えて大混雑となったのは、耳新しいところです。ベッカム選手は、ちょうどその前日、イングランドのプレミア・リーグ、マンチェスター・ユナイテッドからスペインのレアル・マドリードへの移籍が決まったばかり。スポーツ紙やスポーツ番組だけではなく、一般紙やニュース番組、ワイドショーでも取り上げるほどの大人気は、ワールドカップから1年経っても変わりません。すんごい。
さて、このベッカム選手を称して、

「ベッカム様」

という表現も見られ、聞かれるようになりましたが、気になったのは、

「なぜ『様』がつくのか?この『様』は、普通の『様』とどう違うのか?」

ということです。

スポーツ選手で「様」が付く人といってすぐに思い出すのは、ちょっと古いですが、

「神様、仏様、稲尾様」

の西鉄ライオンズ・稲尾和久投手です。私は、実は西鉄黄金時代には、まだ生まれてないのですが。
この「様」は、病院で呼ばれる「患者様」のような「様」ではなく、銀行で言われる「お名前様」の「様」でもない「様」です。一番近いのは、映画俳優のレオナルド・ディカプリオの略称に付けられた、

「レオ様」

の「様」ではないでしょうか。「レオ様」と「ベッカム様」には共通点がありますね。ともに外国人(欧米系)で、金髪のイケメン(つまりハンサム)で、カッコイイ。お金持ちでもあります。レオ様はどうか知りませんが、ベッカム様は背も高い。高学歴ではないかもしれませんが、それは「イケメン」でカバーしています。日本の女性が男性に求めた「3高」(ちょっと古いけど)にもあてはまり、つまりは、

「手の届かない、憧れの理想の男性」

という意味で、憧れと少しのやっかみの気持ちも含めて「様」が付けられているのではないでしょうか。そういえばトルコの美形選手・イルハン選手は、一部で

「イルハン王子」

と呼ばれているようです。白馬に乗ってやって来たとでも思っているのでしょうか、 一部の日本人女性とその尻馬に乗っているマスコミは。この「王子」も「様」と同じような意味合いでしょう。
こういう目でベッカム選手を見ているのは、日本だけのようです。日本を発った後に訪れたタイでは、素晴らしいサッカー選手としてベッカム選手を見るファンは多くても、タレントや俳優・アイドルとしてベッカム選手を見る人はいないようです。よしよし。
それにしても、大方の世の男性に「ベッカム様」のような「様」が付くことはありません。ざまーありません。御愁傷様。

2003/6/24

(追記)

今度はアーノルド・シュワルツェネッガーさんが来日です。映画「T(ターミネーター)3」の宣伝の為に。このシュワルツェネッガーさんは、なぜか、
「シュワちゃん」
と呼ばれます。なんでベッカムは「様」でシュワルツェネッガーは「ちゃん」なのか?
思うに、シュワルツェネッガーさんは、デビュー当初はヒール、悪役が多く、肉体派男優でしたが、1980年代後半からコメディー映画にも出演するようになって、それまでの「コイ」イメージから、親しみやすく面白く演技力のある俳優に「変身」しようとしました。日本ではコマーシャルにもたくさん出演しました。その段階で「シュワちゃん」という愛称が生まれたのではないかな、と考えます。
そうすると、ベビーフェイスのベッカムは、これ以上「変身」する必要がないので、「ちゃん」付けにはならないのではないでしょうかね。いかがでしょうか。

2003/7/3

(追記2)

7月25日の読売新聞、カリフォルニア州知事に立候補の決意を固めたアーノルド・シュワルツェネッガーさんの記事の見出しが、13版では

「シュワちゃん、出馬」

だったのですが、14版では次のように変わりました。

「シュワ、出馬」

なぜ「シュワちゃん」から「ちゃん」が取れたのか?それはやはり、

「すわ、出馬」

にかえたダジャレだったのではないでしょうか。こんなダジャレ見出しにしたのは・・・ダレジャ?

2003/7/26

(追記3)

さらに、7月26日のスポーツ紙デイリースポーツと日刊スポーツが、見出しで

「八木様」

を使っていました。もちろん、前日の中日戦、4番で活躍した「代打の神様」と呼ばれている阪神タイガースの八木選手のことです。

2003/7/26



◆ことばの話1244「大横綱」

6月初頭の話です。熊本の系列局の元アナウンサーのIさんからメールが届きました。私の『「ことばの雑学」放送局』を買って読んでくれたそうです。ありがとうございます。その上で、質問なんだけど・・・と。

「『大横綱』の読み方に付いてお尋ねします。うちの局では『だいよこづな』と読んでいたのですが、先日、日本テレビのスポーツ番組で女性アナウンサーが『おおよこづな』と読んでいたのです。これについて視聴者から『NHKと読み方が違う』と問い合わせがあったのですが、読売さんでは、どう読んでいますか?また、『おお』と『だい』の線引きはどうしてらっしゃいますか?」

こういう質問でした。直接電話してお答えしました。

「うちでも『ダイ』か『おお』かという話は出ましたけど、『ダイ』にしましたよ。」
「やっぱりそうだよねえ。うちも『ダイ』だと思っていたんだけど、日テレで『おお』と読んでたんで、そういうふうに統一したのかと思ったんだけど。」
「いや、そんな話は聞いてないですね。単に間違えたんじゃないですか?」
「こういう『大』を「ダイ」と読むか『おお』と読むか、基準はどうなってるんだろう?」
「基本的には、漢語の前は『ダイ』、和語の前は『おお』だと思いますが、例外もありますからねえ。NHKが出している『ことばのハンドブック』という本に、その使い分けに付いてたしか書いてあったと思いますよ。手元にあるのは1994年版でちょっと古いけど、あったあった、354ぺージ〜355ページに『「大」の付く語の読み方』というのがあって、そこに<ダイ>と読む言葉と<オー>と読む言葉が一覧になっていますね。」
ということで、一応「ダイ横綱」で決着しました。


その後、6月18日の「ズームイン!SUPER」で、男性アナウンサーは「大(だい)横綱」と読んでいました。
また、2003年4月に出た『NHKことばのハンドブック』の最新版・第13刷も、上に書いた1994年版と同じように、「おお」と「ダイ」の区別について書いてありました。

2003/6/23

(追記)

貴乃花が引退して、「平成の大横綱」と呼ばれたところからこの問題は始まっていますが、今朝(7月1日)の「ズームイン!SUPER」でも日本テレビの女性アナウンサー・Oさんが、
「平成のおお横綱」
と言ってました。それを見てから出社すると、会社でWアナウンサーが、
「道浦さん、『だい横綱』ですかね、それとも『おお横綱』ですかね?」
と話し掛けてくるではありませんか。おお、君もズームを見たのか、と思って聞くと、
「いえ、そうではなくて、今朝、Nアナウンサーが『おお横綱』と読んでいたので、どうかな、と思って・・・。」
という返事・・・。「敵は身内にあり」・・・か。
よく聞くとNアナは前日の番組で、「大騒動」を「ダイソウドウ」と読んでプロデューサーから「『おおそうどう』だろ!」と叱られたので、今日は慎重を期して「大横綱」の「大」を「おお」と読んだようです。いろんな伏線があるわけですね。
それにしてもなぜ、「大横綱」は「おお」と読まれてしまうのでしょうか?
これはやはり、「大相撲」が、「だいずもう」ではなく「おおずもう」なのと関係があるのかもしれません。国技でもある「大相撲」は「おお」という和語の読み方にしています。そのあとの「相撲」は漢字二文字で漢語のようですが、「すまう」から来た和語だと思われます。だから「おおずもう」で良いのですが、その最高位の「横綱」に「大」を付けると、「おおずもう」と同じように「おおよこづな」としてしまうのではないか?というのが、私の推測です。
「おお」か「だい」か?この勝負、水入りです。

2003/7/1

(追記2)

黒四ダムの建設を描いた、「プロジェクトX」のビデオを見ていたら、
「大発破」
という言葉が出てきました。ダイナマイトを使った爆破のことですね。これの読み方は、
「おおはっぱ」
でした。

2003/7/5

(追記3)

9月13日、所さんの「ダーツの旅」という番組の総集編(再放送かな?)を見ていたら、福島県の若者、管家(かんけ)君というおそらく高校生が、「大騒ぎ」のことを、
「タイサワギ」
と言っていました。これは方言なのか、それともこの菅家君が間違えているのか?いずれにせよ、面白いな、と思いました。
2003/9/15
(追記4)

初場所で5回目の優勝を15戦全勝で飾った、横綱・朝青龍が、翌日(1月26日)インタビューに答えてこう言っていました。
「全勝優勝で、大(だい)横綱の仲間入りができて嬉しい。」
ということで、横綱本人は(モンゴル人ですが)、
「ダイ横綱」
と言っていたのを記録しておきます。
2004/1/29



◆ことばの話1243「ヨメとカミさん2」

平成ことば事情1218「ヨメとカミさん」の続報です。
自分の「妻」を「ヨメ」と呼ぶ傾向が、関西の既婚男性にあるのではないか、ということを書いたのですが、その後の調べで、

「未婚の若者(男性)が、彼女(=ガールフレンド)のことを「ヨメ」と呼び、未婚の女性が彼氏(=ボーイフレンド)のことを「ダンナ」と呼ぶ傾向もがある。」

ようなのです。です。
そこで、大阪外国語大学の小矢野哲夫先生にお願いして、学生さんに調査をしてもらいました。以下は小矢野先生からの返事です。(一部、道浦が手を加えました。)

*******************************

「ダンナ」「ヨメハン」について、学生に聞いてみた結果をお知らせします。

「聞いたことがない」……20人(52,6%)
「知っている」……9人(23,7%)
「無回答」……9人(23,7%)


<「知っている」と回答した学生の中でのコメント>

・お互いは呼び合わないけど、付き合いはじめて1年たった頃(昨年夏頃)、仲を認め
られたのか、彼氏は「お前の奥さん」などと友だちから言われたことがあるようだ。
(3年生女子)
・2年程前。男友だちが自分の彼女のことを言っていた。特に結婚する予定はなかったのに、「よめはん」と言っていたのが記憶にある。もう別れちゃった。(3年生女子)
・4年前、大阪に来てカップル間でそーゆう呼び方があるのを初めて知った。地元
(福岡)では聞いたことがない。(3年生女子)
・男の子の友だちが「ヨメ」と言うのは高校生の頃(3〜4年前)聞いた。(3年生
女子)
・1年くらい前にアメフトのマネージャーの子が選手が使うと言っていた。(3年生女
子)
・大学に入学してからサークルの先輩が使っているのを聞いた。(4年生女子)
・最近はあまり聞かないが、大学の1年や2年のときに聞いたと思う。(3年生男子)
・2年前ぐらいに友だちが「だんな」って言うという話を聞いた。でも、彼氏の方が「嫁」っていうのは聞いたとこがない。(3年生女子)
・2年くらい前から聞いていたように思う。(4年生女子)

<その他、中国人留学生からのコメント>

・中国ではずっと前から未婚カップルの間で「老婆(よめ)」「老公(主人)」とい
うような呼びかけがある。カップル間に限らず、仲良しの友だちの間(男・女関係な
く)でも同じことがある。
以上です。                                   
                                     小矢野 哲夫

*******************************

小矢野先生、ありがとうございました!
未婚のカップルの間で「ヨメ」「だんな」というような呼び方があることは確実なようですね。小矢野先生の調査によると、「高校生のときにも使ってる」という答えがあったので、現役の高校生についても、京都文教中学・高校の高山勉先生にお尋ねしました。以下はその返事です。

*******************************

さて、お尋ねの件ですが、ご指摘のように「よめ」を彼女の意味で使用することは昨年より現認されております。高校3年生の生徒に聞きましたところ、「社会人はわからないけれども、高校生や大学生の男性からカノジョ(恋人・特定の付き合っている女性)に対して使用される」とのことでした。しかし、「ヨメ」の他には異形態はありません。「ヨメサン」とか「オヨメさん」とか「妻」、「女房」、「かみさん」などは全て却下です。
しかし、場合によっては「ヨメサン」はありえるかもしれません。この理由としては、「カノジョ」は複数いるかもしれないけれども「本命」が「ヨメ」となる意味の特殊化が発生しているのかもしれません。
発生と伝播については不詳で、ドラマかマンガか小説(あまり読まないからあり得ませんよね・・・?)か、興味あるところです。
逆に男性の恋人に対する呼称として、「オット」や「テイシュ」、「シュジン」、「ムコ」、「ダンナ」は全て却下です。また新しい情報が入ればお知らせします。まずはご報告まで。
                                          
                                        高山 勉

*******************************

なるほど、なるほど。高校3年生が去年から、ということは高校2年の時に彼女に対して「ヨメ」と使っていたということですね。しかし、彼氏のことを「だんな」とは呼ばないとのこと。これは大学生と違う点ですね。京都文京高校はこの4月から、女子高から共学になったということですが、まだ男子生徒はいないんだそうです。
夫婦別姓とか、結婚はしなくても同居とか、ジェンダーフリーとか、新しい形の男女の付き合い方・あり方、がかなり普遍的になっている21世紀の日本。その中で、古い形の夫婦のお互いの呼び名である「ヨメ」「だんな」が、若い高校生や大学生の間で使われているということは、一体何を示しているのでしょうか?
日常生活の保守反動化でしょうか。伝統の見直しでしょうか。それとも高山先生がおっしゃるように「彼女がたくさんいる場合の『本命の彼女』を『ヨメ』と呼ぶ」ことが行われているのであれば、「一夫多妻」の先駈けなのでしょうか?(なわけ、ないか。)
いずれにせよ、若者のことばの動きの中に、社会情勢が反映されているというふうに感じる今日このごろです。

2003/6/23

(追記)

この文章をOアナウンサーに見せたところ、

「本命の彼女をヨメと呼ぶ、というのが近いと思いますね。ボクの周りで彼女のことを『ヨメ』と呼ぶやつらは、けっこう遊び人で、何人もガールフレンドがいるタイプでしたから。その中で、本命の彼女を『ヨメ』と呼んでいた気がします。」

とのこと。そうすると、遊び人が「良心の呵責」で「この子は本気なんだ」ということを証明するために、あえて古風な「ヨメ」という言葉で「本気さ」を表現しているとも考えられます。そうであるならば、「何人も彼女がいる=もてるヤツ」のみがこの「ヨメ」という言い方を使っていることになり、それほどたくさんは使われていない可能性もあります。しかし、彼女が一人でも「本命」の場合に「ヨメ」を使う可能性も否定は出来ません。そうすると、広く使われている可能性もあります。今後の調査が必要でしょう・・・って誰が調査するんだ??

2003/6/24

(追記2)

7月18日の朝日新聞朝刊、前日に発表された直木賞受賞者、村山由佳さん(39)を「ひと」というコラムで紹介していましたが、その見出しに、

「妻『とれちゃったよ』相方『マジかよ』」

とありました。村山さんは、ご主人のことをきっと「相方」と呼んでいるのでしょう。(朝日新聞が勝手にそう呼んだのかな?)

2003/7/18

(追記3)

NHKの21時台に、今放送している深田恭子と中村俊介が主演しているドラマのタイトルが、
「農家のヨメになりたい」
です。宮本信子がお姑さん役で、これも、なかなかいい味出しています。その「ヨメになりたい」と言っている発言者は、深田恭子が演じている主人公の女の子と見ていいでしょうから、この場合は「ヨメ」で良いんじゃないかな。

2004/6/8

(追記4)

NHK「ことばおじさんの気になることば」で梅津正樹アナウンサーが、「配偶者の呼び方」について書いています。「主人」という呼び方が、男女平等の時代にあまりそぐわないのではないと、昭和30年に開かれた「日本母親大会」でも「主人と言わず、夫と言おう」と掲げられて、昔から論議されていたとのこと。
日本語教育新聞に「第三者に自分の配偶者のことを何と言うか」というH17年に調査したものが載っていて、それによると目上の人に言う場合、既婚女性は自分の配偶者のことを、
1.主人(68%)、2.夫(16%)、3. 旦那(6%)
と言い、逆に目下の人に対しては、
1.旦那(29%)、2.主人(21%)、3. お父さん(15%)
と言うと結果が出たそうです。
一方、既婚男性が希望する呼び方は、目上に対しても目下に対しても「主人」と言って欲しいという結果でした。
女性の呼称の場合はと言うと、目上に対しては、
1、家内(35%)、2.妻(23%)、3.女房(12%)、4、嫁(11%)
で、この結果の1、2は女性が希望する呼び方と同じでしたが、3、4を希望する女性はわずか4%と、男性の考えとは違っていました。さらに、目下に対しては、使用する呼称と希望する呼称が全く合っていなかったと。そして女性の希望する呼称で一番多かったのは「名前」だったとのこと。
この調査は、どの地域でどの年代の何人に行なわれたかを、ことばおじさんは書いていないので、これで全ての傾向を言い当てているとは思えません。なんだか後半が、もう一つよくわからない文章でした・・・。

2006/3/24



◆ことばの話1242「過労自殺」

6月14日、NHKのニュースを見ていたら、

「過労死・過労自殺110番」

という相談電話のニュースをやっていました。過労死は「カローシ」ということで英語やドイツ語にも取り入れられているそうですが、「過労自殺」というのは初めて耳にしました。
Googleで「過労自殺」を検索すると、2720件出てきました。かなりポピュラーな言葉と考えていいでしょう。あまり広がって欲しくないような気もするのですが。
検索で出てきたものを見ると、川人博さんがそのものズバリの『過労自殺』という本を、岩波新書から1998年に出していました。
6月24日、厚生労働省が、過労死の目安となる20の質問表をネットで公開したところ、アクセスが殺到して、サーバーがパンクした、という出来事がニュースになっていました。
これではコンピューターが「過労死」です。笑えません。
「過労死」と同じように、「過労」が原因で自殺してしまったケースも最近、労働基準監督署や裁判所で「過労死」の一つと認められるようになってきたことが、この「過労自殺」という言葉が広がってきた背景にあるのでしょう。
労災に認定されることで、遺族が救われる面があるのはいいのですが、この言葉が現象とともにこれ以上広がることが、みんなの幸せにつながるとも思えません。もちろん、外国語に取り上げられることで、現代日本の悪い面ばかりが強調されるような気もします。
言うまでもなく、過労死や過労自殺の原因である「過労」を生み出すような労働条件の改善を考えていくことが、一番必要なことでしょうね。

2003/6/21




◆ことばの話1241「冷や水と冷水」

6月5日の読売新聞にダスキンの元会長らが、特別背任容疑で逮捕された記事が出ていました。その見出しが、

「ダスキン再生に冷や水」

引っかかったのは、「冷や水」でよいのか?ということです。この場合は「冷水(れいすい)ではないかと。
「冷や水」と「冷水」はどう違うのでしょうか?「冷や水」と言ってまず真っ先に思い出すのは、

「年寄りの冷や水」

です。これは「冷や水」でなくてはなりません。また、「冷水」で真っ先に思い出すのは、

「冷水摩擦」

年寄りもこれを行いますが、子どもや若い人も行うと体にいい、そうです。これも「冷水」でなくてはなりません。「冷や水摩擦」では元気は出ません。
辞書ではどう違うのでしょうか?『新明解国語辞典』では、

「冷水」=冷たい水。「・・・に冷水を浴びせる」

という用例とともに「冷水摩擦」「冷水浴」という語も載っています。一方の「冷や水」は、

「冷や水」=冷たい水。「冷や水を浴びせる」「年寄りの冷や水」

と、なんと「冷水」とまったく意味で、同じ使い方をしているではありませんか。これは解せないなあ。
インターネットの掲示板「ことば会議室」にこの話題を投稿したところ、

大阪大学の岡島昭浩さん
からは「『ひやみず』は年寄りが飲んで腹をこわすもの。浴びせて冷たくするのは『れいすい』だと思う。」というご意見を頂きました。そうそう、私と同じ意見です。一方UEJさんからは「私の語感は逆で、浴びせるのが『ひやみず』。『れいすい』だと単に『冷たい水』の意味しか持ちません。地方や世代によって違うのでしょうか。『広辞苑』は『冷水を浴びせる』の読みは『ひやみず』とされています。『新明解』では『れいすい』『ひやみず』どちらの項目にも『冷水を浴びせる』の用例が載っています。」
というご意見。

そしてmasakimさんからは、「『明鏡国語辞典』の『れいすい』の項には、『−を浴びせる(=意気込んでいる人のそばで、いきなり気勢をそぐような言動をする)』という用例があるが、『ひやみず(冷や水)』の項には『年寄りのー』の例しかない。これは私の語幹と一致するが、『類語大辞典』では『冷水(レイスイ)』の項に『〜を浴びせられたようになる』という用例は載っているが、『冷や水(ひやみず)』の項に『「景気回復に冷や水を浴びせる急激な円高」のように、ある勢いを弱める物事の意で比喩的に用いられることが多い』と説明されており、『ダスキン再生にヒヤミズ』も"適当な表現"のようだ。」 というご指摘を頂きました。

こうなると、どちらが正しい、ということではなくて、それぞれの持つ「語感」による、ということになるのでしょうかねえ。
関係ないですが、「冷却水」は「冷却した水」ではなく「何かを冷却するための水」ですね。

2003/6/20

(追記)

このところおもしろくて読んでいる米原万里さんの本。そのうちの一冊『魔女の1ダース』(新潮文庫)のサブタイトルが、

「正義と常識に冷や水を浴びせる13章」

でした。こちら「冷や水」。で、この米原さんが「師匠」と仰ぐ徳永晴美さん(=男性です)がこの本の「解説」を書いているのですが、それには、

「スカトロジーに関するウンチクもフンダンにある。それらが哲学、言語学、心理学、文化人類的な文脈で顔を出し、『常識』に冷水を浴びせる」  
とあります。徳永さんは「冷水」(レイスイ)派、米原さんは「冷や水」派のようです。もっともタイトルやサブタイトルは、著者ではなく、編集者が付けたのかもしれませんがね。
一冊の本に「冷や水」と「冷水」の二通りが出てきた、タイムリーな本でもありました。

2003/6/21

(追記2)

7月5日の読売新聞夕刊に、
「JR東海社長発言が波紋」「中国高速鉄道 もうからず支援せね」
という見出しが躍りました。その下の小さな見出しには、
「欧州勢との商戦に冷水技術流出を警戒」
とありました。これは「冷や水」ではなく「冷水」でした。本文中にも、
「鉄道関係者に冷水を浴びせた」
とあり、先日のダスキンの記事の時のような「冷や水」は使われていませんでした。1か月違いで、同じ読売新聞でも、違う用法を用いるんですね。

2003/7/10

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