◆ことばの話1240「別腸」

美術部長のKさんからメールが来ました。Kさんは元カメラマン。言葉の問題に関心を持っている方です。メールの内容は、私の本『「ことばの雑学」放送局』を読んでの感想と疑問でした。(Kさんは、知り合いにもこの本を薦めてくれて、計7冊もご購入くださいました。どうもありがとうございます。この場をお借りして御礼申し上げます。世の中こういう方ばかりだと嬉しいのですが。)
「『ベツバラ』の項を読んで思ったのですが、愛飲家の私は時々『酒に別腸有り』とほざいて痛飲してしまうことがあります。これは中国の四文字熟語『酒有別腸』から来ているそうで、甘い物と辛い物との違いはありますが、『ベツバラ』の由来はここかも知れません。『腸』と『腹』は字も似ていますし、『腸』は『腹』の構成要素の一つとも考えられますしネ。」

「酒に別腸有り」

毎日のように酒を飲んでいる私ですが、そんなウンチクのある言葉は知りませんでした。さっそくGoogleで検索したところ、24件出てきました。数としては少ないですね。
『日本国語大辞典』
「別腸」を引いてみました。
おお!載っていました!

「べっちょう(別腸)」=(1)別れるときの気持ち。(2)食物が入る腸とは別の、酒の入る腸。酒量の多いことのたとえ。→「酒に別腸あり」*伊沢蘭軒(1916−17)<森鴎外>八五「混外はこれに反して大いに別腸(ベッチャウ)を具してゐたのであらう」

このほか、『資治通鑑』に記されている「酒有別腸」の文章も記されているのですが、私のワープロでこれをうつすのは難しいので、やめておきます。その代わり、「→酒に別腸あり」と「→」で表示してあったので、「酒」を引いてみましたら、ありました、「酒に別腸あり」の項目。

「酒に別腸(べっちょう)あり」=酒量の多少は、身体の大小には関係しないことをいう。
あら。ちょっと意味が違うなあ。用例は先ほどの『資治通鑑』ではなく、『通俗編―飲食・酒有別腸』から引いていました。

いずれにせよ、意味の上からは「ベツバラ」と「別腸」は、ほぼ同義
と見ていいのではないでしょうか。これは良いことを知りました。「別腸」、使うようにします。Kさん、ありがとうございました。また、飲みに行きましょう!
2003/6/21



◆ことばの話1239「日本鋼管」

大阪市の現役の部長が、賄賂を受け取っていたとして逮捕されました。施工主(大阪市)としては口出しの出来ない(はずの)「下請け企業の選定」にも口を出し、その見返りとして、その下請け企業から賄賂を受け取っていたというのです。その中で、贈賄側の関連企業として旧・日本鋼管の名前も挙がってきて、6月18日、大阪支社が警察の捜索を受けました。
私たちアナウンサーが企業の名前を読む場合に気を付けることの一つに、「日本」をどう読むか、があります。すなわち、「ニホン」か「ニッポン」か。
そのための便利な資料として、日本新聞協会(これはニホン)の新聞用語懇談会放送分科会がこの3月に出した、『放送で気になる言葉改訂新版』があります。ここには、上場企業や有名企業で「日本」という名前の付く企業の読み方の一覧表が掲載されているのです。
この冊子を作るに当たっては、私も担当者としていろいろ調べました。
さて、この冊子によると「日本鋼管」の「日本」は、「ニッポン」と読みますそれはすぐに確認できたのですが、驚いたのは、既に日本鋼管という会社が存在しないという事実でした。新聞(読売6月18日夕刊)記事によると旧日本鋼管は、

「JFE(ジェイ・エフ・イー)エンジニアリング」

という名前に変わっているのです。インターネット検索してみると、NKK(=日本鋼管)と川崎製鉄が2002年3月に経営統合して「JFEホールディングス」のもと、「JFEスチール」「JFEエンジニアリング」「JFE都市開発」「川崎マイクロエレクトロニクス」「JFE技研」という会社に分かれていたのです。知りませんでした。世の中、動いているのですねぇ・・・。でもこれで、こと「日本鋼管」に関しては「ニホン」か「ニッポン」か?と悩むことはなくなりますね。

2003/6/20



◆ことばの話1238「同報」

6月17日の読売新聞
に横に細長い長い記事でこんなニュースが。

「ショートメッセージの同報サービス廃止へ」

この記事の「同報」という言葉、初めて知りました。「報道」なら知ってますが。記事によると、

「複数の相手先に同時送信できる」


のが「同報サービス」らしいです。なんや、それなら、いつもやってるわ。
『日本国語大辞典』には「同報」は載っていません。『三省堂国語辞典』も載っていません。
しかし、Google検索で「同報」は、なんと3万8500件も出てきました。
「同時に報道する」の略なんでしょうかねえ・・・。
新しい技術が生まれるとそれに伴って新しい言葉も生まれてきます。最近のコンピューター化やデジタル化で生まれた新しい言葉は、外国語起源のカタカナ語が多いと思うのですが、この「同報」は日本語、というか漢字ですから、何やら中国語ぽいイメージがあります。カタカナ語では場所を取る(字数が多くなる)ので、字数を減らすためには漢字を使うのでしょう。「クリック」「フリーズ」「コピー&ペースト」「ドラッグ」など、カタカナ語が多いコンピューター用語に比べると、ケータイ用語は日本語がまだ残っているといえるのではないでしょうか。「長押(ながお)し」「送信する」そしてこの「同報」。そんなものか。それほど多くもないかな。
しかしこの「同報」という言葉、辞書に載ることなく広がって来ましたが、サービスそのものが廃止されるのであれば、この名称も消えていってしまうかもしれませんね。今後もこの言葉に注目ですぞ、同胞諸君!

2003/6/20



◆ことばの話1237「三セク3社」

6月20日、大阪市の第三セクター方式の会社3社が、銀行に対して借金の免除を願い出る民事調停を届け出ました。3社とは、ワールドトレードセンタービルディング(WTC)、アジア太平洋トレードセンター(ATC)、そして大阪シティエアターミナル(OCAT)の3社です。
このニュースを伝えた新聞夕刊(6月20日)各紙の見出しと本文の表記を比べてみました。

(見出し)
(本文)
(読売)
三セク3社
第三セクター三社、三セク
(朝日)
3セク
三セク3社
(毎日)
三セク3社
第三セクター3社
(産経)
三セク3社
三セク三社
(日経)
三セク3社
第三セクター三社、三セク

ここに出て来る「三」「3」という、漢数字かアラビア数字かということに注目してみましょう。
「見出し」は「三セク3社」が4紙、「3セク」が1紙、「本文」では全紙「三セク」(もしくは「第三セクター」)で「三社」が読売・産経・日経の3紙、「3社」が朝日・毎日の2紙、ということになりました。
トータルで見ると、「第三セクター」とその略称「三セク」は、固有名詞的な存在となっているため、そこに出て来る数字の「さん(三)」は「漢数字」で表されています。例外は朝日新聞の見出しの「3セク」だけです。
これに対して、WTC,ATC、OCATという三つの会社を指していう「さん(三)社」の「さん」は、固有名詞的ではなく、単に数を表しているので、各紙「見出し」では、「3社」という表記にしています。
そういう論理なら、「本文」でもそうすればいいのに、読売・産経・日経は、「本文」中では「三社」と漢数字で「三」を示しています。朝日・毎日はアラビア数字を使って「3社」と表しています。
このあたりに、新聞各社の数字の表記に関する姿勢が現れていて、面白いですね。
同じようなことは、平成ことば事情292「北方4島」や同じく平成ことば事情1236「2ケタと二ケタ」に書いたようなことにも現れています。
「北方4島」では、「見出し」「四島」としたのは読売・毎日、「4島」としたのは「朝日・産経・日経でした。「本文」では5紙とも「四島」でした。2001年6月のことです。現在と違いますね。消費税率引き上げの記事での「2ケタ・二ケタ」は、「見出し」では「2ケタ」は読売・朝日・日経。毎日と産経は、「見出し」にこの言葉なし。「本文」では朝日と毎日が「2けた」、読売・産経・日経が「二ケタ」(産経は、表の中では「2けた」)でした。これは今回の「3社」と一致します。2003年6月17日、最近の記事ですからね。
今後も数字に注目です。

2003/6/21

(追記)

今回大阪市のATC、WTC、OCATの3社の「あとしまつ」について、裁判所の決定が出ました。それを報じた夕刊各紙(いずれも大阪版)は、
(読売)三セク
(朝日)三セク
(毎日)三セク
(日経)三セク
(産経)3セク

と、前回(2003年6月)は「三セク」だった産経新聞が「3セク」になり、逆に前回は「3セク」だった朝日新聞が「三セク」に変わっていたのです。 これはどういうことなんでしょうかね?
ちなみにNHKは「3セク」で正午のニュース、遣っていましたし、『NHKことばのハンドブック』にも「第3セクターを使う」と、アラビア数字の「3」と書いてあります。 われわれ読売テレビは「第三セクター」で放送しました。 これについて、NHK以外の新聞社は表記の基準はないんでしょうか?あると思うのですが・・・。そう思って翌日、2月13日の朝刊を見てまたまた驚きました。 今度は、(すべて「見出し」)
(読売)(2面)三セク(解説面)3セク (朝日)三セク
(毎日)三セク
(日経)三セク
(産経)三セク

と、1夜にして・・・いや一夜にして、産経が「3セク」→「三セク」に戻ったのと同時に、読売が同じ朝刊の中で「三セク」と「3セク」の両方を使っているのです。ただ、解説面の見出しは「縦書き」だったので、もしかすると、
「横書きは三セク、縦書きは3セク」
という使い分けがあるのかもしれませんが。それにしても、この「三セク・3セク」の表記は、けっこうふらついているものなのですね。経営がふらついているのが原因か?
2004/2/13

(追記2)

上に書いた「縦書き・横書き」というのは「見出しの縦書き・横書き」の話です。本文は原則、縦書きですから。
2月25日の読売新聞大阪版は、やはり見出しの縦書きは「3セク」、本文も縦書きですが、「三セク」で、両方使っていました。
そして、2月26日の朝日新聞(13版・大阪版)の記事も、見出し(縦書き)は「3セク」、本文(縦書き)は「第三セクター」でした。朝日は去年の6月の表記と同じになりました。
うーん、ここから考えると、読売・朝日・産経は、「サンセク」の表記は「3セク」「三セク」どちらでもよいとしているのかな。日経と毎日は「三セク」で統一しているようですけど。
2004/2/26



◆ことばの話1236「2ケタとニケタ」

消費税率に関して、首相の諮問機関である政府税制調査会の中期答申が出されました。
6月17日の各紙夕刊に、その記事が出ました。目玉は消費税率の引き上げ、それも10%以上=2けたの税率にまで引き上げることを明記したという点です。
それを記した各紙、「桁」を平仮名で書くか、カタカナで書くかが、見出しと本文で違った上、新聞ごとに微妙に違いました。

(見出し)
(本文)
(読売) 2ケタ
二けた
(朝日) 2ケタ
2けた
(毎日) (なし)
2けた
(産経) (なし)
二ケタ、2けた(表の中)
(日経) 2ケタ
二ケタ

ということで、この記事を取り上げた読売・朝日・日経の「見出し」は揃って「2ケタ」だったのですが、「本文」の中では、読売・朝日・毎日は平仮名で「けた」、産経・日経はカタカナで「ケタ」という表記でした。数字は朝日・毎日が漢数字を用いずにアラビア数字で表現しています。あとは、本文は漢数字。産経だけ、本文と表で表記が違います。
「平成ことば事情1224」で「鍬」の表記を各紙どうしているかを調べた時は、朝日・毎日が平仮名で「くわ」で、読売・産経はカタカナで「クワ」でした。それと比較すると、本文ではやはり朝日・毎日が平仮名で「けた」としていますが、産経はカタカナで「ケタ」(日経も)。「鍬」表記で「クワ」とカタカナを使った読売は今回の「桁」は「けた」と平仮名表記でした。日経は「鍬」は漢字でルビ付きだったのですが、「桁」はカタカナの「ケタ」でした。まあ農機具の「鍬・くわ・クワ」と「桁・けた・ケタ」は比較しにくい赤も知れませんが。
「ケタ」と「けた」、どちらがわかりやすいか?
うーん、どちらもわかりやすさにおいて、「けた違いにわかりやすい」ということはないようなので、お好きな方を使われてはいかがですかね。

2003/6/20

(追記)

平成ことば事情735「2ケタ安打」では「2ケタ」を「にけた」と呼んだ例が載っていますが、それと同じようなことをテレビで見たと、Hアナウンサーが教えてくれました。
「『情報ツウ』(日本テレビ)だと思いますが、引越し会社の社長にインタビューしたリポーターが、『老後の資金に億単位の金を用意している』と言った社長に対しての質問で、『それは、ひとけたの億ですか?それとも、"にけた"の億ですか?』といっているのを聞きました。」
Sアナだけじゃなかったんだ、「にけた」。皆さん、ちゃんと「ふたけた」と言うようにしましょうね。

2003/6/23

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