◆ことばの話1230「8敗〜数の数え方」

「8敗」

これを「ハチハイ」と読むか、それとも「ハッパイ」と促音便で読むか。
『NHK発音アクセント辞典』によると、どちらも「可」なのですが、迷いますよね。
で、実際の放送では、こういった「読み方に迷う数字」がどう読まれているか、ここ3週間ばかりのメモをまとめてみました。



*5月30日:NHK・有働アナウンサー
「(17勝)8敗」→「ハチハイ」

*6月3日:雲仙普賢岳の噴火・火砕流発生から12年(十三回忌)で、発生時刻
午後4時8分
(ハチフン=長崎8国際テレビの女性アナウンサー)
(ハップン=テレビ朝日系列の長崎のテレビ局の若い女性リポーター)
(ハップン=NHK長崎の男性アナウンサー)

*6月8日:日本テレビ・鷹西アナウンサー
「33人」のアクセント→「サンジュウ・サンニン(HLLL・HLLL)」

*6月8日:日本テレビ・鈴木健アナウンサー
「キリンカップサッカー2003」→「ニーマルマルサン」

*6月11日:テレビ朝日・角澤アナウンサー
「2006ドイツワールドカップ」→「ニーマルマルロク」
「埼玉スタジアム2002」→「ニーマルマルニー」

*6月15日:NHKアーカイブス「ある人生〜執刀」で。
「30人の看護婦である」→さんじゅう(HLLL)頭高アクセント。平田悦朗アナ。1965年作品。「不治(ふち)の病」とも。国立大阪病院の長田(おさだ)外科部長(当時55歳)を題材。1300人手術し、500人救った。

*6月17日:「ニュースステーション」でテレ朝系博多の局、ダイエー×オリックス戦。「21対11」→「ニジューイッタイ、ジューイチ」。「きわめつけ」は三連発とも。

それを受けてコメントしたテレ朝・角澤アナは、
「21対11」→「ニジューイチタイジューイチ」。
「手痛い一発」も常套句。

*6月19日:NHKラジオ第一・午前4時のニュース・田中アナウンサー(男性)。
「1対0とリードします。」→「イッタイレイ」、
「30分には」→「サンジュップン(HLLLLL)」頭高アクセント。




というようなことで、個人差があるということですね。年代後か男女差がわかるるほどのデータは集まっていませんが、御参考までに。



2003/6/20




◆ことばの話1229「ドキン」

6月14日の日本テレビ「恋のから騒ぎ」で、25歳の女の子の口から、こんな言葉が飛び出しました。

「ドキン」

そりゃあ、恋の話だもの、ドキンとすることも出て来るでしょう、じゃなくて、この「ドキン」は、車好きの彼氏の話の中で出てきたもので、 意味は、

「土足禁止」

のことです。アクセントは平板アクセント。「ドキン(LHH)」です。そう言えば、耳にしたことはあるような気はしますが、急にテレビで出てきても、この「ドキン」の意味を理解するのに(思い出すのに)たっぷり1、5秒、かかりました。
一般的にはどのくらい使われているのでしょうか。いつものようにGoogle検索してみると、

「土禁」は1310件出てきました。けっこう使われていますね。でも一般的、と言うには、すこし少ないかな。車マニアや若者専用用語のようです。漢字で「土禁」ではなく、カタカナだと、どうでしょうか。「ドキン」で検索すると、なんと6800件も!でもお察しの通り、その中には、アンパンマンの「ドキンちゃん」もかなり含まれているようなので、「ドキン・車」でもう一度検索すると、今度は3040件でした。多少割り引いて考えても「土禁・ドキン」は2000件くらいは使われていそうです。(6月16日しらべ)

いくら「土足で入らないで」と思っていても、「土禁」「ドキン」という言葉を知らない人に対しては、この言葉は意味をなしません。そういった意味では、この「ドキン」は、仲間内言葉にとどまるのではないかなあ、という気がします。

2003/6/20




◆ことばの話1228「ヘプバーン」

6月13日の各紙夕刊に、「名優グレゴリー・ペック、逝く」という訃報が掲載されました。その中でこれも当然のように出てきたのが、ペックが新聞記者役を演じた「ローマの休日」。恋人で王女役は、オードリー・ヘップバーンでした。
この「オードリー・ヘップバーン」の表記が、新聞によって違います。具体的に言うと、読売、朝日、毎日、産経は「ヘプバーン」なのに対して、日経のみ「ヘップバーン」と小さい「ッ」が入っているのです。私の感覚から言うと小さい「ッ」が入った方が、なじみがあるのですが。「ヘプバーン」って、言いにくくないですか?
Googleで「ヘップバーン」と「ヘプバーン」を検索してみると・・・両方おんなじものが出てきて、比較できませんでした。グスン。
ローマ字のヘボン式の「ヘボンさん」と「オードリーヘップバーン」の「ヘップバーン」はおんなじ綴りのはずです。HEPBURN。しかし、耳で聞いた音は「ヘボン」と聞こえたので、明治の人は「ヘボン」さんと名づけ、昭和の人は、女優の名前の英語の綴りの中に「P」が入っているので、聞こえないのに(?)「P」の音を日本語訳に入れて「ヘップバーン」としたのだと思われますが、最近はどうやら、「ヘップバーン」から「ヘプバーン」に変わりつつあるようです。
それを調べるために新聞検索を使ってみることにしましょう。(読売・朝日・毎日・産経・日経)
1975年から1981年まではともに0件です。1982年以降は、



  (ヘップバーン) (ヘプバーン)
1982年 3件 0件
83年 1 0
84年 0 0
85年 2 3
86年 2 5
87年 6 9
88年 16 22
89年 10 21
90年 13 22
91年 7 24
92年 12 29
93年 29 146
94年 18 70
95年 17 71
96年 31 54
97年 26 48
98年 68 56
99年 27 48
2000年 19 95
01年 36 66
02年 36 53
03年 19 39

オードリー・ヘエプバーンは、1993年1月20日に亡くなっていますから、1993年の「ヘプバーン」が3ケタ(146件)なのもうなずけます。
ここからは類推ですが、1992年までは「ヘップバーン」」と「ヘプバーン」は、「ヘプバーン」の方が多いものの、それほど大きな差はありません。ところが、亡くなった1993年には、集中的に、新聞社主導の「ヘプバーン」が出たことから、それ以降は「ヘプバーン」が主流として定着したのではないか。ただし、一般的には「ヘップバーン」の方がよく使われていますので、「新聞社の外部の人による寄稿記事」の中には「ヘップバーン」の方が多く、それを新聞社が勝手に「ヘプバーン」に直すことはないので、「ヘップバーン」もそこそこ生き残っているのではないでしょうか。
そんな中で不思議なのは、1998年です。この年は1983年以来15年ぶりに「ヘップバーン」が「ヘプバーン」を上回っているのです。原因は分りません。「もしや、こうでは・・・・」と思われる方は、ご一報ください!

2003/6/19

(追記)

キャサリン・ヘプバーンが亡くなりました。96歳。6月30日各紙夕刊は、すべて、
「ヘプバーン」
で、「ヘップバーン」とした社はありませんでした。
また、先日近くのレンタルビデオ屋さんでオードリー・ヘプバーン晩年の作品である
「オールウェイズ」のパッケージに書かれた出演者の名前を見たところ、
「オードリー・ヘプバーン」
でした。この作品は1989年。その時期にもう小さい「ッ」は亡くなって・・・無くなっていたのでした。

2003/6/30

(追記2)

2005年10月3日の日経夕刊に、雑誌『いきいき』11月号の広告が載っていました。その中に、
「オードリーヘップバーン」
の文字が。これは、ちっちゃい「ッ」が入っていました。対象とする読者の年齢が高いことから、最近の表記である「ヘプバーン」ではなく、昔の表記の「ヘップバーン」を使ったのではないでしょうか。

2005/10/5

(追記3)

2006年3月15日の朝日新聞夕刊に、俳人の黛まどかさんが代表を務める俳誌、
『月刊ヘップバーン』
が、この3月号で10年、通算100号目で終刊となったという記事が出ていました。これは「ヘップバーン」と小さい「ッ」が入っていたんですね。

2006/3/15

(追記4)

2007年3月13日の日経新聞夕刊に出ていた、百貨店「大丸」の全面広告を見ると、
「ヘップバーン 生き方が美しい。美しく働く女性たちへ。」
となっていました。「ヘプバーン」ではなく、小さい「ッ」が入っていました。おそらく小さい「ッ」が入った「ヘップバーン」になじみのある、
「団塊の世代より上の世代」
をターゲットにしているということではないでしょうか?若者ターゲットならば「ヘプバーン」とするでしょうね。

2007/4/8




◆ことばの話1227「『元少年』か?『男性』か?2」

「平成ことば事情1201」でも書いた話のその続報です。1201では神戸の小学生殺傷事件の加害者の「少年」に関して、その「少年」が成人してしまった現在、「元少年」という表記にするか、「男性」とするのか、ということなのですが、この事件以外での同じような例を見つけました。
6月9日の各紙夕刊に出ていた記事なのですが、和歌山市内で5年前に起きたひったくり事件で窃盗罪に問われた事件当時「少年」だった2人の男性に関する表記です。一人(こちらをAとしましょう)は家庭裁判所が、刑事裁判の無罪に当たる「不処分」としているのですが、もう一人(こちらはBとしましょう)に対して和歌山地方裁判所はこの日、懲役2年執行猶予3年という有罪判決を下したのです。
この記事の各紙の表現は、

  (A) (B)
(読売) ・当時少年の男性(23) ・建設作業員の男(24)
  ・未成年だった男性 ・作業員
  ・男性  
(朝日) ・鉄筋工の男性(逮捕時19) ・建設作業員(24)
(日経) ・元少年(23) ・男性被告(24)
*産経と毎日は該当記事なし。



ということで、今回有罪判決を受けたのはBには「元少年」は使われていないのですが、家裁で「不処分」となったAに対しては「元少年」(日経)、「当時少年だった男性」「未成年だった男性」(読売)というような表現が使われています。

「元少年」が、やはり言葉としてはなじまないということを考えたのでしょうか、読売新聞は「元少年」という言葉を使わずに「当時少年だった男性」のことを言うのに、いろいろと表現に工夫を凝らしています。それに対して「元少年」という表現を使った日経新聞は、詳しい表現にすると字面が多くなるので、仕方なく「3文字」と嵩張らない「元少年」を使ったのではないでしょうか。推測ですが。
少年事件の加害者が、数年経つと成年になってしまう。その場合の表現をどうするかについては、今後も注目していきたいと思います。

2003/6/19


(追記)

7月2日の読売新聞「論点」にノンフィクションライターの藤井誠二さんという方が「少年への罰遺族の視点で」という文章を寄せています。「人名にかかわる犯罪を犯した少年に対する重罰化は、刑法体系全体で罪と罰のバランスを取り直すために不可欠だ。それは何よりも、人間の尊厳の勝ちを正当に高めるためである。」「少年院での従来的な更正教育の本流は規則で縛り・・・浮世離れした我慢生活を強いているだけにも見える」というようなことを述べてらっしゃいますが、その中で、
「元『少年』(犯行当時十八歳)」
という表現を使っています。まさに「元少年」という一般的なものを指すのではなく、
『「特定の、ある限られた「少年」だった男性』
のことを指しているのです。
しかし、表記ではこのように「元『少年』」というふうに書けますが、これを「読み」で区別することは、ほぼ不可能ではないでしょうか。放送では「元少年」に代わる表現を考えなくてはなりますまい。

2003/7/3



◆ことばの話1226「台湾人医師」

先月、日本に観光に来ていた台湾人の医師がSARSだったというニュースは、日本国内に衝撃を与えました。このニュースを伝えた新聞の表現が微妙に違いました。5月22日の各紙ですが、

(読売)「台湾人医師」
(朝日)「台湾人医師」
(毎日)「台湾人医師」
(産経)「台湾人医師」
(日経)「台湾の男性医師」


まあ、ほとんどの新聞が「台湾人医師」としているのですが、なぜか日経新聞だけが、「台湾の男性医師」として「台湾人」という言葉を避けているようです。
これはなぜか?もしかしたら、

「台湾は国ではないし、民族名でもないので、『台湾人』という表現を避けているのではないか?」

という可能性が考えられます。
この問題に関しては、平成ことば事情638「台湾籍」で、
「台湾は、(日本は)国として認めていないので、『台湾籍』という表現はあっても『台湾国籍』はない」

というようなことを書きました。また、平成ことば事情690「北朝鮮の住民と北朝鮮人」 には、

「なぜ『北朝鮮住民』という表現を使い、『北朝鮮人』『北朝鮮国民』という表現は使わないか?」

ということについて書きました(2002年6月1日)。理由は、

「○○人」という表現の「○○」の中に入るのは(1)民族名(2)国名だと考えられ、その場合、(1)の民族名としては「北朝鮮」という「民族」はなく(「朝鮮人」という「民族」はあるが)、(2)の国名は「略称」はOKでも、「北朝鮮」という「通称」は駄目、だから「北朝鮮人」という表現はない、


としていました。これを当てはめると、「台湾人」という表現も、「北朝鮮人」と同じ理由で、使われないことになるのではないでしょうか。
ちょうど新聞用語懇談会の総会があったので、その席で日経新聞の方に質問したところ、

「特にそういった配慮をしたわけではなく、たまたまそうなっただけ。」

という答えが返ってきました。しかし、会議が終わってから、その委員の方が、

「東京の日経はそんなに特別に意識をしたわけではないのだけれど、出稿した大阪は、もしかしたら、なにか配慮しているかも」


というふうに話してくれました。その後、日経大阪の人に確認をしないままに、台湾人医師のSARSに関する情報も下火になったのでした。
ついでにその日に発売の週刊誌は

(文春)「台湾医師」
(新潮)「台湾人医師」


文春も見出しこそ「台湾医師」ですが、本文では「台湾人医師」が出ていました。
結局、「北朝鮮」だけは例外で「北朝鮮人」は使わない一方で、「台湾人」は日経新聞以外では自由に使われているのが現状のようです。

2003/6/16