◆ことばの話1210「試合を作る」

「『今日はなんとか試合を作っていましたね。』というようなコメントを、最近よく耳にするんですが、この『試合を作る』というのは、新しい表現なんじゃないでしょうか?」

と「あさイチ!」終わりで大田アナウンサーが話しかけてきました。
確かに。耳にするような気がしいます。
NTVの多昌アナウンサーが少し前に使っていたような気がしますね。これは野球用語なんでしょうかね?
Googleで「試合を作る」を検索すると、530件出てきました。これは専門分野ではかなり使われているというふうに考えてもいいのではないでしょうか。
私が見た限りでは、「試合を作る」が使われた例は、野球ばかりでしたが。

思うに、サッカーでは「ゲーム・メーク」「ゲームメーカー」という言葉があります。「試合を作る」はそれの「日本語・直訳」なのではないでしょうか?

それがなぜサッカーで使われずに、野球で使われるのか。またサッカーの「ゲーム・メーク」と野球の「試合を作る」は、意味の違いがあるのかないのか?

この話を大田アナにすると、

「でも、サッカーでは『試合を作る』なんて言いませんよね。そうすると、野球独自の用語じゃないですか?それにサッカーの"ゲームメーク"は、その局面での球の出し方とか、そういう事であって、野球のようにゲーム全体の構築というのとは、ちょっと違うと思いますよ。だから"直訳"というのはどうかな。」

という感想。スポーツ担当の小澤アナウンサーに聞いたところ、

「うーん、普通に使ってますね、先発ピッチャーに対して。伊良部とか下柳とか。アナウンサーはみんな使ってますよ。」
「いつ頃から使ってる?」
「おそらく、ピッチャーが『先発・中継ぎ・押え』と分業制になったころからじゃないですか?先発ピッチャーが、責任回数の5回まで、1、2失点で押さえて中継ぎにつなげば、まあ、なんとか『試合を作った』という表現になりますから。」
「最近、中継ぎを"セットアッパー"、押えを"クローザー"というふうに、アメリカ大リーグ風の呼び名になってきてるけど、あれは、野茂投手が大リーグに行って以来じゃないかな。そうすると、『試合を作る』も7、8年くらい前からかな?」
「もう少し前から言っている気がしますが・・・。」


横から大田アナが、

「野球中継で、よく『試合を作る』を使っているのは、吉田慎一郎アナウンサーのような印象があります。」

という情報を入れてくれました。
さらに山本純也アナウンサーに「いつ頃から『試合を作る』という表現が出てきたか」聞いてみると、

「うーん、1988年の星野・中日のリーグ優勝の時ぐらいからじゃないですか。」


と具体的な話が出てきました。

「その時に、『先発・中継ぎ・押え』という『ドジャーズ方式』が日本の野球でも採用されて、その辺りから『試合を作る』という表現が取り入れられたんだと思いますよ。英語でも"make a game"という表現がありますからね。」


と詳しく教えてくれました。と、その時見ていたプロ野球中継の中で、

「巨人の場合、ある程度、打線がゲームを作りますからね」


と解説の掛布さんが言いました。この場合は「打線」が「試合を作る」んですね。確かによく使われているようです。
まだまだ疑問点は多いのですが、今回はまず「疑問の提示」ということで、いったんマイクをお返しします!

2003/6/9


(追記)

6月21日の東京ドームでの巨人―阪神戦。実況中継をしていたNHKの工藤三郎アナウンサーが、この言葉をこういう感じで使っていました。

「高橋尚成(ひさのり)が、良くない中でどうにか試合を作っていった。」

ここから考えるに、やはり「試合を作る」の反対語として「試合を壊す」という表現もあるような気がします。つまりこの場合の「試合を作る」は、「試合を壊さない」=「お客さんに試合の興味を持ち続けさせる、たとえリードされていても十分逆転が可能だという気持ちを持続させることが出きる試合運び」のことを指しているのではないでしょうか。いかがでしょう?

私も「どうにか試合を作れる」ような文章を書きたいな、と常々考えております、ハイ。

2003/7/1


◆ことばの話1209「マンギョンボン号」

6月9日に新潟港に入港が予定されている北朝鮮のマンギョンボン(万景峰)号。今朝(6月6日)の読売新聞によると、軍用のソナーも備えているそうで、今まで何をしていたのかと考えざるを得ません。
それはさておき、この船、アナウンサー泣かせです、その発音が。
しかも「マンギョンボン号」の前に「貨客船」なんて言葉が付いてたりしますから、よけい読みにくい。
そこで、滑舌練習用の早口言葉、できました。

「貨客船、赤マンギョンボン号、黄マンギョンボン号、青マンギョンボン号、茶マンギョンボン号」

これは言いにくいぞ。
言いにくい理由の一つに、「マンギョンボン号」の文字の横に「万景峰号」と漢字があって、その漢字が、普通の日本語読みのルビだと「まんけいほうごう」なのに、現地音の「マンギョンボン」と振ってあることがあげられます。また、「マン」「ギョン」「ボン」と「ン」が3つも続くことなども、言いにくい理由でしょう。そういう意味では「アルゼンチン戦」(平成ことば事情1197「アルチンゼン戦」参照のこと)と同じ、言いにくい構造です。



少し昔の話になりますが、「デュカキス」という人がアメリカの大統領選挙の候補になるか、というニュースがありました。このデュカキスさん(ギリシア系アメリカ人と聞きましたが)、マサチューセッツ州の知事だったのですが、

「デュカキス・マサチューセッツ州知事」

これは言いにくかったのを覚えています。「マサチューセッツ州」が言いにくいんですよね。「チュー」で伸びて、「州」でも「シュー」と伸びる。長音も、「ん」の「撥音」と同じで、続くと読みにくい「音」の一つですね。私の場合、頭の中で、

「雅中摂津州(マサチュー・せっつしゅう)」

と漢字に置き換えて読んでいますが。そうすると、なぜか読みやすいのです。
そして、大阪長居での「アルゼンチン戦」で、日本が1対4の敗北を喫した翌日の9日、新潟に入港予定だった「マンギョンボン号」は、結局、来ませんでした。北朝鮮を出港しなかったのです。
なにやってんだか。

2003/6/9



◆ことばの話1208「ヱビスビールのヱ」

「平成ことば事情1200『「を」の発音』」で、「わ行」の「を」の発音の話を書きましたが、その関連で、つい、

「ヱビスビールは、缶にローマ字で『YEBISU』と書いてある。だからヱビスのヱは『や行のヱ』。日本円の『円』も『YEN』と書くから、『や行』」

という話を、神戸女子短大でしたところ、同短大の武藤美也子先生から、

「『ヱ』は『や行』ではなく、『わ行』ですよ。」

とご指摘を受けました。た、たしかに。恥ずかしい・・・。
でも、ではなぜ「ヱビスビール」や「日本円」は「YEBISU」「YEN」と、「わ行」の「WE」ではなく「YE」を使うのでしょうか?
武庫川女子大学言語文化研究所の佐竹秀雄先生に聞いてみました。



「ヤ行だからではなく、英語の問題の可能性が高いと思われます。ヤ行とワ行の音の区別はないはずで、ヤ行だからではなく、『円』の発音を英語で表記した時に『YEN』となったのだと考えられます。明治期、英語で『江戸』は『Yedo』と書かれていたそうだし、幕末の日本語を集めたヘボンの『和英語林集成』では、『え・ゑ』で始まる語が『ye』となっています。『円』も『ゑん』」をいわゆる横文字表記した時に『YEN』になったと考えられます。要するにヤ行を表しているものではないことは確実です。」



そうだったのか。そう言えばおととし、タイに行った時に、ホテルの骨董品屋さんに置いてあった古地図に「YEDO」の表記がありました。あれは江戸時代のものだったと思います。
「YEBISU」ビールを製造販売しているサッポロビールにも電話で聞いてみました。



「日本語表記では、ヱビスビールです。YEBISU BEERは、昔から使っている表記で、英語での商標登録されたものです。」



というお答えでした。そして、
「ヱビスビールの歴史に関しての資料がありますから、ファックスしましょうか?」
と親切に言ってくれたので、もちろんお願いしました。送られてきた『ヱビスよもやま話 今・昔』の第5話〜ヱビスこぼれ話〜によると、

「『エビス』ではありません。『ヱビス』です」

というタイトルのもと、次のような文章が。

「『ヱビス』の"ヱ"は、普通の"エ"ではありません。平仮名の"ゑ"をカタカナにしたもので、ここにもヱビスのこだわりがつたわってきます。感じでは夷・戎・胡も『えびす』と読みますが、発売当時の『ヱビス』は、恵比寿様にあやかって『恵比寿ビール』。英語の商標名は『YEBISU BEER』で、"ヱ"を[Y・E]で表しています。なぜかパソコンのローマ字変換では、ほとんどの場合[W・E]で"ヱ"の時になります。」



なるほど。「なぜかパソコンでは・・・」というくだり、それは「ヱ」が「わ行」だからですね。そして「YEBISU」は英語表記なのですね、ローマ字ではなくて。
わかりました。日本語のカタカナ表記では「わ行」を使ってはいるものの、アルファベット表記では、英語の発音を重視した表記で「Y」を使っているだけで、「や行」とは関係ないということのようです。
日ごろ、「わ行」や「や行」の音や表記に親しんでいないから、こういう間違いを起こしてしまったんでしょうね。ちょっと反省。



2003/5/30




◆ことばの話1207「食事療法」

「あさイチ!」終わりで大田アナウンサーから、こんな話が。

「昨日『あさリラ』で、『しょくじりょうほう』の字を『食事療法』と書いてあったんで『食餌療法』じゃないのか?って、スタッフに聞いたら、『最近は人間に"餌"という字は失礼だということで"食事"を使うようになってるんです』と答えられたんですが、そうなんですか?」

いや、そんなこと、急に聞かれても、知らんで、オレ。
「"餌"という字が表外字だから、代用で『食事療法』と書いてるんじゃないの?」
と、一応答えたのですが、調べてみましょう。Google検索をしてみると、

「食餌療法」= 3540件
「食事療法」=4万8700件
(6月6日しらべ)

なんと!いまや「食事療法」の方が13倍以上も使われています!!
『日本国語大辞典』で「しょくじりょうほう」を引くと、なんとこちらも、
「食事療法・食餌療法」と両方の漢字で記してあるではないですか!
そこで「食事」と「食餌」を引きました。

「食事」=生命を維持するために毎日習慣的に飯などを食べること。また、そのたべもの。
「食餌」=食べ物。食事。えさ。また、それをたべること。


うーん、同じと言えば同じ、違うと言えば違う。
差異を言うならば、「食事」は「食べる」という動作を指して、「食餌」は食べものそのものを指しているような気がします。医者の友人に聞くと、

「糖尿病や高脂血症など、食事の内容に注意しなければならない疾患では、昔から『食餌療法』と言われてきたが、最近は『食事療法』としている教科書やパンフレットも多いように思う。」

とのこと。やはりそうだったのか。もう一人の内科医の友人からは、

「本来は例えば、ある特定の栄養素によって病気が悪化するような場合(例えば食餌性のアトピー、食物アレルギー、代謝異常症の一部のもの)に、その栄養素を除去した食べ物で治療しますが、こういうのを『食餌療法』と言うんでしょうか?『除去食』なんて言い方もします。しかし、内科では「食餌」と「食事」の使うわけはきっちりとはしていません。『食餌』というとなんか犬や猫の『餌』というような感じがします。『食事療法』のほうがよく使いますね。『栄養療法』というのも使います。」

とのことでした。
結局、結論!「しょくじりょうほう」だけに、「食事・食餌」、"両方"あるようですが、今や「食餌療法」はすたれ、「食事療法」のほうが主流のようですね。



2003/6/9


(追記)

インターネットで検索した「食餌・食事」で、こういったことに詳しいページがありました。それによると、『広辞苑』には、

「食餌療法」=「食品の品質・成分・分量などを調整して、疾病を治療したり、または罹患臓器を庇護しながら前進栄養を全うする法」
とあり、『マイペディア』という百科事典には、
「食事療法=食餌療法とも書く。食事により病気を治療することだが、病人の好み、消化能力に合ったものでなければならない。咀嚼や消化能力を考慮した調理形態の違いから、常食、飲食、流動食飲料などがある・・・」


など鏤々書いてあります。で、その下に、「糖尿病の本のタイトルを検索してみました。」というタイトルで、「糖尿病」「食事」をキーワードに検索の結果出てきた本のタイトルが列挙してあります。それによると、

1964年発行の「食品交換表による糖尿病食事療法の実際」(小坂淳夫、山吹隆寛:医歯薬出版)が「食事療法」という言葉をタイトルに含んだ一番古い例
となっています。ずいぶん昔から「食事療法」という表記も使われているようですね。


2003/6/9




◆ことばの話1206「ジュンサイ」

6月2日の「ニューススクランブル」のお天気コーナーで紹介したお料理の食材は、

「ジュンサイ」

でした。よろしおすなあ、なんとなく京都っぽい食材どす。もっとも東北や北海道など山のある所のきれいな沼だと、きっとジュンサイは取れるでしょうから、関西特有というわけでもないのでしょうけど。若いスタッフに聞くと、

「ジュンサイは食べたことがありません」

と言います。

「お味噌汁やお吸い物に入ってたりしてた、ツルっとしてヌメヌメしてる山菜のようなヤツ、知らんか?」
「知りません。」


そうですか。でも大阪弁では、その「ジュンサイ」を、人の性格をあらわすのにも使いますよね。
「ジュンサイなお人」

とか言いますやん。はっきりしないような人のことを。これは標準語ではなく、関西弁でしょ?

牧村史陽偏『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)に「ジュンサイ」は載っています。
「睡蓮科に属する水草。転じて、でたらめ、よい加減なことに用いる。ジュンサイのもっているぬるぬるした感じが、あいまいさを連想させるのであろうか。(例)ジュンサイなこと言いないな。

そのほか、『全国方言事典』には、

「(1)いいかげん。でたらめ。ジュンサイなことを言う。」
という言葉が、「福井県敦賀、滋賀県彦根、大阪、兵庫県美嚢郡、香川県小豆島」で使われているそうです。京都が入っていないのが不思議。
で、何が言いたいかって?いえ、特に何も。ジュンサイを紹介してたら食べたくなったな、というような話です。
ほんまにジュンサイなことを言う・・・。


2003/6/2


(追記)

この前の日曜日、合唱の練習で豊中市民会館に行った時、岸和田の浪切ホールで7月30日に行われるお芝居のチラシが置いてありました。そのお芝居の題目は、
「じゅんさいはん」
でした。作は花登こばこ(竹かんむりに匡)さん。そして恐らく「脚色」の意味だろうと思うのですが、
「潤色」
として上田浩寛さんという人の名前が載っていました。主演は星由里子さんです。

2003/7/3