◆ことばの話1160「手りゅう弾」

日本時間の5月2日未明(現地時間の5月1日夜)、イラク戦争取材から帰国途中の、毎日新聞写真部に所属する36歳の記者が、イラクから持ち帰ろうとしていた「武器」「金属製品」が、ヨルダンのアンマン空港で爆発するという、信じられないような事件が起きました。土産・記念品として持ち帰るとしたそうですが、こんなことをすると、マスコミ全体に対する信頼が失われてしまいます。とんでもない輩です。フォト・ジャーナリストの石川文洋さんも朝日新聞の取材に「戦場で拾ったものを持ってくることが信じられない」というコメントを寄せていますが、まったくそのとおりです。
事件が報道された当初の、5月2日の各紙・夕刊は、

「五味宏基記者」

「記者」という肩書きを付けて報道していました(当の毎日新聞は1回だけ「容疑者」を使っている)が、読売テレビが所属するNNN系列では、

「五味宏基容疑者」

「容疑者」という呼称で統一しました。当時の、ヨルダンの治安当局に拘束されて取り調べを受けているという状況は、(指名手配されていて捕まったのではなく「現行犯」ということを考慮すれば)「逮捕」と考えて「容疑者」を使ったのは当然と言えるのではないでしょうか。翌5月3日の新聞各紙はすべて「容疑者」になっています。
ところで、これが一体どんな爆発物だったのか、取りざたされています。当初は、

「手りゅう弾」


ではないかと夕刊に出ていました。各紙の表記は、以下の通り。

(読売)「手りゅう弾」
(朝日)「手榴弾(「しゅりゅうだん」と横ルビあり)」
(毎日)「手りゅう弾」
(産経)「手榴弾(「しゅりゅう」と横ルビあり)」
(日経)「手りゅう弾」


読売・毎日・日経は、「りゅう」の字が「表外字」なので平仮名で書く「交ぜ書き」になっています。日本新聞協会の『新聞用語集』(1996,10)によると、

「手投げ弾」もしくは「手りゅう弾」

に書き換えることになっています。ルビが振ってあれば読めますが、「手りゅう弾」は果たしてどう読むか?

「てりゅうだん」か「しゅりゅうだん」か?

迷うところですね。ふつうは朝日、産経のルビように「しゅりゅうだん」でしょうが、NNN系列では、

「てりゅうだん」


と読むことになっています。今朝(5月3日)の読売新聞は、「手榴弾」と表外字の「榴」を使って「しゅりゅう」と横ルビを振ってありました。ほかの新聞は、どうやら「手榴弾ではない爆発物のようだ」ということで「手榴弾」も「手りゅう弾」も出てきませんでした。かわりに「釣鐘型の物体」「金属製物体」というような表現や、「クラスター爆弾ではないか」というような表現になっていました。当初も毎日新聞(5月2日夕刊)によると、ロイター通信は「手りゅう弾」と伝えましたが、AP通信は「金属製の装置」と伝え、それ以外にも「プラスチック製」という情報もあったそうです。
5月3日の朝刊は、続報ということで、各社見出しでこの事件のことを短く表わそうとしています。以下のような感じです。

(読売)「空港の爆発」
(朝日)「爆発で毎日記者逮捕」
(毎日)「アンマン空港爆発(事件)」
(産経)「アンマン爆発」
(日経)「ヨルダン荷物爆発」


このうち、読売の「空港の爆発」は、本当なら「空港での爆発事件」としたかったところでしょうが、いかんせん、字数が少なすぎて表わすことが出来なかったのでしょう。
ちょっと間違いそうなのが、産経新聞の「アンマン爆発」。「ぶたまん・あんまん」の「あんまん」が爆発したかのようです。これも字数があれば「アンマン空港での爆発事件」としたかったところです。日経新聞は、「ぶたまん・あんまん」の誤解を避けて(?)か、「アンマン」表記をやめて「ヨルダン」と国名を使っています。賢明かもしれません。もし都市名(空港名)にしていたら「アンマン荷物爆発」。いらぬ誤解を招くでしょう。
朝日は、微妙に地名を避けています。確かに今回の事件の問題点は、場所よりも「戦争取材の新聞記者が、戦地の危険物を持ち出したところ爆発した」ということがメインの情報ですから、朝日のような見出しの付け方でも十分情報は伝わりますね。でも普通は、事件発生の場所は付けると思います。

事件を引き起こした記者が所属している当の毎日新聞は、「アンマン空港爆発事件」として、取材班も設置したようです。まだこれから、イラク戦争取材から引き上げて来る取材記者の人はまだいるでしょうが、決して戦地の物を拾って持ち帰らないように。肝に銘じてください!

2003/5/3


(追記)

6月2日の読売新聞によると、ヨルダン国家治安法廷(軍事法廷)は、6月1日、五味宏基被告に対して過失致死傷の罪で、禁固1年6か月の実刑判決が言い渡したそうです。これに対して毎日新聞社長室は判決を尊重し、控訴せず、アブドラ国王への特赦申請をヨルダン政府に提出する方針を明らかにしています。

2003/6/2


(追記2)

五味被告はその後国王の特赦を受けて帰国、毎日新聞社を懲戒解雇されました。爆発したのは、「手りゅう弾」ではなく「クラスター爆弾の子爆弾」だったということです。

2003/6/25
(追記3)

2008年11月、ゴルフのハニカミ王子こと石川遼君も出場する予定のゴルフ場で、爆発事件がありました。11月25日に「情報ライブ・ミヤネ屋」でそのニュースをお伝えする際に、
「手りゅう弾」の読み方が問題になりました。
『日テレ放送用語ガイド』と『新聞用語集2007年版』には、
○てりゅうだん、○しゅりゅうだん(なるべく「手投げ弾」に言い換える)
というふうに記されています。実際、夕刊では「手投げ弾」としていた新聞社もありました。(11月27日の読売夕刊も「手投げ弾」でした。)ナレーターさんの読みは、
「シュリュウダン」
になりましたが、私の読みのところは、
「てりゅうだん」
と読み、宮根さんも、両方の読みをして「どちらもあるんだよ」と提示してくださいました。今後は「手投げ弾」とするか、以前から日テレ系列では「てりゅうだん」と読んでいたので、そうするか、その線でお願いします、とメールをまわした翌日(26日)のこと。高知放送が昼ニュースで読んだ読み方は、
「シュリューダン」
だったので、デスクにNNNへ問い合わせてもらったところ、
○シュリューダン、○手投げ弾、  ×テリューダン
と決めたというではないですか!・・・ということで、今後はこれでいくことになりました。コロコロ変わってすみませんが、もしかしたら、また変わるかもしれません。
昔はこの言葉、ニュースによく出てきたのですが、最近はあまりニュースでは出てこなくて、久々に表舞台に出てきた感があります。その間に、判断が変わったのでしょうね。
2008/12/1


◆ことばの話1159「ハンコ」

4月18日の「あさイチ!」のヘッドラインニュースで、

「カタールの衛星放送局アルジャジーラが、フセイン大統領が最後に潜伏していた一軒家の様子を放送した」

という原稿を読みました。その中で、こんな原稿がありました。

「フセイン大統領は(この場所で)テレビ演説を行ない、大統領令にハンコを押したと伝えています。」

これを読んで私が引っかかったのは、

「イラクでも書類に『ハンコ』を押すのか?日本や中国だけじゃないの?」


ということでしたが、どうやらイラクでも「押す」らしいのでそのまま読みました。
「あさイチ!」の本番が終わってからの反省会では、その「ハンコ」についてプロデューサーから疑問が出ました。

「『はんこ』というのは大阪弁というか俗語ではないのか?『はん』ではないか?」
あ!言われてみれば確かに「はんこ」は俗語っぽい。「はん」ですよね、ニュースでは。

『新明解国語辞典』を引いてみました。
「はんこ」【判こ】(東部方言)(「版行」の短呼)印鑑。印。(表記)「判子」とも書く。
ええ!そうだったの?「はんこ」の「こ」は、「代わりばんこ」とか「犬っこ」「かけっこ」などのように語尾に付けて「かわいさ」を表わす接尾語の「こ」ではなかったのか!「版行」の「こう」の「う」が落ちた「こ」だったのか!ビックリ。それに大阪方言ではなく、「東部方言」と書いてあるではないですか。これもビックリ。
次に『日本国語大辞典』で「はんこ」を引いてみました。(用例は省略)

「はんこ」【版行・板行・判子】(判子はあて字)
(1)(「版行絵(はんこうえ)」の略)絵草子・錦絵など、一枚ずりの版行物。
(2)印版。印形。判。




うーん、これをみるかぎり、ニュースで「はんこ」を使ってはいけない根拠はないですね。ということで一件落着。はんこ、ポンッ!

2003/5/1



◆ことばの話1158「新型と新種」 新型の肺炎「SARS(サーズ)」はますます広がっています。このゴールデンウィークも海外旅行に行く人はグッと減っています。さて、このSARSについて、新聞用語懇談会の放送懇談会で委員から質問が出ました。

「新型の肺炎と言っているが、新種ではないのか?新型でよいのか?」


という疑問です。
なるほどね。そう、来ましたか。さっそく会議の席で電子辞書の『広辞苑』を引いてみました。こういう時には便利ですね。

「新型」=従来のものとはかわって新しく考案された型・形式
「新種」=(1)今までに類のない新しい物。新たに自然に生じ、発見されまた改良された、生物の種または品種。


あー、確かにこうしてみると、「新種」の方が、当てはまりそう。でも「新種」の説明の「改良されて」というところにちょっと引っかかります。病気のウイルスは「改良」されたわけではないですよね。でも、「新型」の方も「新しく考案された」とありますが、SARSウイルスは「考案された」わけではありません。そうすると、「新型」も「新種」もどちらも適当ではないのか?
会社に帰ってから『日本国語大辞典』を引いてみました。

「新型」=(「しんかた」とも)今まであるものとは代わって、新しく考案された型、形式。

用例に出ているのは「新型の自動車」「新型の銭入れ」「新型の手拭い」といったところ。

「新種」=
(1)新たに発見された生物の種。新種の名は命名規約に従って命名、記載してはじめて認められる。
(2)ある分野で、今までに類のない新しいものをいう。あらて。
ということです。


これだけを見ていると、「新種」の方がふさわしいようにも感じますが、「新種」というと、文字どおり「新しい種」ということで、生物学上の「種」の新しいものというふうにとれます。今回の「SARSウイルス」は果たして「新しい種」なのかどうか。そのあたりがポイントのようです。「形が新しい」というだけだと、「新型」と言わざるをえないのではないか、ということです。
しかし、肝臓の病気の時も「新型肝炎」と呼んでいたという意見も用語懇談会では出たので、話はそこで止まってしまいました。
新しいものが登場した時には、いろいろと難しい問題が起きますね。

2003/4/30


(追記)

5月2日の朝日新聞朝刊に、「ウイルスは新種、突然変異を否定〜米加の研究者発表」という見出しの小さめの記事が出ていました。それによると、

「新型肺炎を起こすSARSウイルスは、これまで知られたウイルスの突然変異ではなく、コロナウイルスの新種である可能性が高いとの論文を米国とカナダの研究者らがまとめた。」

ということです。これによると、ウイルスには「新種」が使われています。つまり、

「新種のウイルスによる新型の肺炎」

ということのようですね。「肺炎」とか「肝炎」とかいう病名には「新種」という形容(?)はしがたいということでしょうかね。

2003/5/2



◆ことばの話1157「隔離」

新型肺炎SARSの患者が、ほかの人にうつらないように「隔離」されています。
「伝染病」に関しては、平成11年(1999年)4月から、人権を尊重して「伝染病予防法」から「感染症予防法」と名前も考え方も変わったことを受けて、今、医療の現場やマスコミでは「伝染病」という言葉は使わないで、「感染症」という言葉を使うようになっています。それと同時に厚生労働省では「隔離」という言葉も使わなくなっています。今まで使っていた「隔離」という言葉に「強制的」なイメージが付着していて、人権尊重の立場に相反するから、ということのようです。
SARS患者を治療するには「陰圧室」という特別の病室が必要だということですが、その病室を「隔離病室(あるいは隔離病棟)」と呼んでいいかどうかと、「ニューススクランブル」のSキャスターからメールで質問がきました。
以前、そのあたりについて調べた覚えがあります。どこだっけなと探すと、「平成ことば事情582伝染病」で書いていました。その時に感染症予防研究所に電話で取材した内容によると、隔離が必要な、感染力の強い感染症にかかった患者さんに対しては、隔離病棟に入るように「勧告」を行ない、それでも言うことを聞かない時は、超法規的措置として強制的に隔離するというようなことでしたが、「隔離」という言葉は使いたくないようでした。
しかし、最終的には強制的に執行するわけですから、やはり「隔離」でしょう。言葉を変えても実態は変わりません。結局、「ニューススクランブル」では、「隔離」という言葉を使いました。
その後の各新聞の表記を見ていますが、新聞では「隔離」という言葉は使われているようです。また、中国の北京でも「隔離」という文字が病院の窓ガラスに貼ってあるのが見受けられました。
言葉を退治する前に、病気(ウイルス)を退治しなければなりませんね。

2003/5/1


(追記)

5月2日の朝日新聞朝刊の「時時刻刻」に、「SARS対策 人権と安全 迷う厚労省〜感染前の『隔離』慎重」という見出しの記事が出ていました。
それによると、

「厚労省は過去の感染症対策で『人権侵害』と批判を浴びてきた。ハンセン病では治療薬ができたのに隔離政策を続けてきた。エイズ予防法(99年廃止)は人にうつす恐れのあるエイズウイルス感染者の氏名や住所を知事に通報することを定めた。新しい感染症法はこの時の反省を『教訓として今後に生かす』と前文でうたっている。担当者は『SARSで同じ過ちを繰り返してはいけない』と話す。」

とあります。それで「隔離」という言葉を使うことを避けているんですね。つまり、「安全を重視するあまり人権を軽視した」という「過去」をふまえて、人権に配慮を行なっているのが、現在の厚生労働省なのです。人権に注意を払うのは言うまでもありませんが、今度は「人権を重視するあまり安全を軽視」することのないように、十分に注意を払いただきたいと思います。

2003/5/2



◆ことばの話1156「SARS 2」

(こう書くと、まるで「STAR WARS 2」みたいです・・・・。)
それにしてもその猛威がやまないSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome=重症急性呼吸器症候群)。先日の新聞用語懇談会放送分科会(4月24日)でもその呼び名に関して話しが出ました。(って、私が出したのですが。)その際に各社、やはり4月17日にWHOが「SARS」の原因は「SARSウイルス」であると発表する前後から、呼び方を「サーズ」としたようです。(NHKを除く)「新型肺炎サーズ」という言い方が多いみたいです。
その後のテレビ・ウォッチングから、4月28日、日本テレビの「ニュースダッシュ」、インタビューに答えた中国の北京市民の女性が

「サーズ」

と言っていました。中国の上海支局長で、北京で取材を続けている読売テレビの大泉純子記者にメールで聞いたところ、

「中国語では『非典型肺炎(前例のない肺炎)』、略して『非典』、または『肺炎』と読んでいる。また、外来語はそのまま中国語になることもあり、一部の人は『SARS病』と言っている。」

とのことでした(読み方は書いてありませんでした。)
また、4月29日夜の「ニュースステーション」(テレビ朝日)で、ベトナムがSARSの危険地域から離脱したことを発表する時に出てきたWHOの女性報道官は、英語で、

「サーズ」

と言っていました。

4月26日の毎日新聞夕刊には、「テレビ各社はSARSの呼び方を『サーズ』で統一したようだが、医療の現場では『サーズだ』『いや、濁らずに「サース」だ』あるいは『エスエーアールエスだ』というふうに、割れている」という現状と、先にNHKの塩田さんに教えてもらって私が書いた、「サーズ」と呼ばれる別の病気(SIRS=Systemic Inflammatory Response Syndrome全身性炎症反応症候群)があることについて触れ、WHOの中には混乱を懸念して「SARSはサーズと呼ばない方がいい」との意見があるそうです。でも、呼んじゃってますよね、WHO。もう「サーズ」って。
この記事によると、厚生労働省のSARS対策専門委員会の委員長代理・岩本愛吉東京大医科学研究所教授は「今はアルファベット通りが一番無難だ」。また厚生労働省の結核感染症課は、「AIDSはアルファベット通りの発音から『エイズ』に変わった。SARSはどの呼称も定着しておらず、当面注釈をつけずに『SARS』として紹介する」方針だそうです。まあ、お役所的。典型的な回答ですねえ。標本にしたいぐらい。でも定着してますよ、」少なくともテレビの世界では。現状を把握した上で方針を打ち出して欲しいものです。

2003/4/30


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