◆ことばの話1110「アパートか?マンションか?」


夜勤でニュースの下読みをしていると、報道のHデスクが話しかけてきました。
「道浦さん、急ぎじゃないんですけどね、また教えてほしいんですけど、アパートとマンションの境目は、どこで区別つければいいんですかね?というのは、火事があった時の原稿で、どう呼ぶか、気になっていて・・・。」
「え?そりゃ、それぞれに○○マンションとか△△アパートとかついてる名前に従えばいいんじゃないの?」
「ついてる場合はいいですけど、ついてない場合にどうするか、ということなんです。」
「うーん、アパートよりはマンションの方が立派な印象はあるけどねえ・・・。」

ということで話は止まっていました。
アパートとマンションの違いを決める基準は何か?いくつか考えてみることにしましょう。



(1)高さ・・・たとえば、「2階建ての○○○」と言った場合に「○○○」に入るのは、やはり「アパート」であって「マンション」は入りにくいでしょう。3階、4階も同じです。これが「5階建て」になると、ちょっと「マンション」もありかなあ・・・(実際にそういう物件があるような気がするという意味で)という気になってきます。もちろん「5階建てのアパート」もあると思います。では10階建てはどうか?もちろん5階以上に関しては、50階建ての高層建築にいたるまで「マンション」と呼んでいいと思いますが、「アパート」には「呼称上の高さ制限」があるように思います。それは何階?うーん6階建のアパートは、もう、きついような気がするなあ(あくまで私の感覚によります)。そうすると、「アパートは5階まで」となりますかね。あ、そう言えば、5階建て以上の建築物にはエレベーターの設置が建築基準法か消防法かなんかそういう法律で義務付けられていたのではないでしょうか。そうすると、「エレベーターがあるものはマンション、ないものは(大体)アパート」というのはどうでしょうか。
(2)持ち家か賃貸か?・・・「賃貸」はアパート、マンション、両方ともありますが、「分譲」に関しては、「分譲マンション」は聞いたことがあるけれども「分譲アパート」はない。つまり、「アパートは、賃貸に限る」のではないでしょうか。
(3)新築と中古・・・・新築アパート、新築マンション、中古アパート、中古マンション、すべてあります。つまり、「新築か中古かということ」と「アパートかマンションか」ということは関係ない。基準にはならないわけです。それはそうでしょう、「新築は建った瞬間から中古になっていく」のですから。
(4)購入金額あるいは賃貸料金は?・・・たとえば、歌手の宇多田ヒカルが東京で住んでいるマンションは「賃貸」だそうですが、250平方メートルもあってワンフロアに1軒だけで、月の家賃が175万円!だそうです。「あさイチ!」の芸能デスクの石川さんが言ってました。1年の家賃が175万かける12で、2100万円!ハァ〜・・・月々の家賃でローンを組まなければなりません。「2100万円の分譲マンション」というものも、もちろんありますから、「相対的に、家賃や分譲金額が高いからマンション、安いからアパートとも言えない。」でも下限はあるかもしれません。つまり、家賃が月1万円の賃貸はアパーとかマンションかと言われれば、即座に「アパート」と答えるでしょう。宇多田ヒカルの住んでいる家賃が付き175万円のところは・・・・マンションでしょうね。けっしてアパートではない。(この場合の「アパート」は、英語で言うところの「アパルトメント」とはまったく別の言葉と考えてくださいね。あくまで日本語の「アパート」と「マンション」について考えています。)そうすると、家賃上のアパートとマンションの基準は、1万円よりは高く175万円よりは安いという間にあることになります。幅を狭めていきましょう。家賃2万円は・・・アパートかな。3万円は・・・まだアパート。4万円。うーん、厳しくなってきたこのあたりだと「マンション」も入って来そう。「自称・マンション」は3万円くらいからありそう。(その建物に大家が「××マンション」と名づけているケース。実態はアパートなのに。)ということで、アパートとマンションの家賃上の境界線は、4万円ということにしておきましょう。
(5)部屋の広さ・・・広いアパートも狭いマンションもありましょう。でも、たしか住宅ローンを借りる場合に、40平方メートルより広くないと貸してくれないとか、そういう基準、ありませんでしたっけ?ということで、一応40平方メートル未満は、「アパート」とさせていただきます。え?そうすると、多くの「ワンルームマンション」は、「マンションではない」ことになるのでは?うーん、そうか。そうだったのか。「ワンルームマンション」というのは、それまで考えられなかった「分譲アパート」のことだったのでは?しかし「アパート」と名が付くと、どうしても「賃貸」のイメージがあって、売れないだろうから、基準としては「マンション」の基準を満たしていないので「分譲」できないのだけれど、それでも売りたい売り主側が、「無理矢理『マンション』の名前を冠した」のではないでしょうか?どない?



さてさて、まだまだいろいろな基準があるとは思いますが、今回は一応ここまでということで。また何か「新しい基準がある!」という方は、ご一報ください。それでは、ここまでの「基準」をまとめてみましょう。



「アパート」とは、
(1) 5階以下の高さ
(2) エレベーターがない
(3) 賃貸
(4) 家賃4万円以下
(5) 部屋の広さが40平方メートル未満

という集合住宅を指すと考えていいのではないでしょうか。
「マンション」はこの逆です。
(1)高さ5階以上
(2)エレベーターがある
(3)分譲(賃貸もある)
(4)家賃4万円以上
(5)部屋の広さが40平方メートル以上

という集合住宅のこと。いかがでしょうか?
まあ、外から見たらわからないものもありますから、この基準がどれほど有効かどうかはわかりませんが。

2003/3/14



◆ことばの話1109「ユーゴ消滅」

ついに、ユーゴスラビアがなくなりました。
2月4日、「ユーゴスラビア連邦」の上下両院議会は、連邦改編による新国家の憲法案を採択し、新憲法が発効。これによってユーゴ連邦は消滅し、新連合国家「セルビア・モンテネグロ」が誕生しました。これで、70年以上続いてきた「ユーゴスラビア」の名前が、世界地図の上から消えました。(まだ新しい地図は印刷されてないかも知れませんから、消えてないのも多いいかも知れませんが、そこは言葉のあやで。)
新連合国家「セルビア・モンテネグロ」は、「セルビア共和国」と「モンテネグロ共和国」という二つの共和国の緩やかな連合体で、近い将来、モンテネグロ共和国の独立も視野に入れているということです。
「ユーゴスラビア」とは「スラブの南(の国)」という意味。もともと、6つの共和国が1人の指導者(故・チトー元大統領)のもとに結合していたのです。6つの共和国というのは、スロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、そしてマケドニアでした。しかし1990年代初頭に独立戦争が起きて、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアと次々に独立していく中で、「ユーゴ内戦」につながり、最後に残されたセルビアとモンテネグロが「ユーゴスラビア連邦(=新ユーゴ)」を名乗っていたのです、しかし21世紀に入って、ヨーロッパでは、EU(ヨーロッパ連合)が拡大方針を打ち出し、人の行き来を自由にしたり通貨統合をして、「一つのヨーロッパ」を目指す動きが激しくなっています。そんな中で、旧ユーゴを構成する二つの国が分かれてしまう。これは「EU」の目指す方向(=統合)と、一見、まったく逆を目指しているように見えます。
しかし、実はこれは、同じベクトル上にあるのではないでしょうか。
というのは、ヨーロッパの他の国も、今から10数年前に「東側の崩壊」を体験しています。遅れ馳せながら、ユーゴはその最終局面を、21世紀の現在迎えたのでしょう。そして今後はEUと同じ「緩い統合」という道を歩んでいくのでしょう。
しかし、その道のりは険しいものだと思われた矢先の3月12日(現地時間)、セルビア・モンテネグロのジンジッチ首相が暗殺されました。
ユーゴスラビアのあるバルカン半島は、その昔「バルカンの火薬庫」と呼ばれたほど、民族間の紛争が激しいところ。あの1914年年に始まった第一次世界大戦の端緒を開いたのも、このセルビアの若者がオーストリアの皇太子を暗殺したことでした。体験はしていないものの(まだ、生まれていませんから)、暗い記憶が甦ります。
イラクと北朝鮮に世界の目が向かう中での、このバルカン半島での出来事。今後も注目します。



2003/3/14


(追記)

3月18日、セルビア・モンテネグロのセルビア共和国議会は、暗殺されたジンジッチ前首相の後任に、ゾラン・ジブコビッチ氏(42)を首班とする新内閣を承認しました。暗殺に関連した逮捕者は既に750人以上に達しています。(日経新聞による)しかし、前途は多難です・・・。

2003/3/20


◆ことばの話1108「不祥事」

いつものようにSアナウンサーが話しかけてきました。
「道浦さん、今度また、調べて欲しいんですけど・・・・。」
「なに?」
「いやね、『不祥事』って言葉ありますよね・・・。」

「わかりました、みなまで言うな、『不祥事』という言葉は本来『身内に対して使うもの』なのに、最近は『また、警察の不祥事が発覚しました』というふうに、マスコミ側が『不祥事』という言葉を使っているけど、これでいいのか?ということだろ。」
「・・・その通りです。やっぱり『不祥事』は身内に使うものですか。」
「俺も知らなかったんだけど、2年くらい前の用語懇談会で、その話題が出たから、今度出る『放送で使う言葉』には載ってると思うけどな。」

ということで、辞書を引いてみましょう。『新明解国語辞典』
「不祥事」=「(二度と)有ってほしくないこと。」
あら、えらいあっさりと。では『新潮現代国語辞典』は・・・・・・?
あ!載っていない!!新潮社には「不祥事」はないということ?
では『岩波国語辞典』です・・・・・。
あら・・・『岩波国語辞典』にも載っていない!岩波書店も「不祥事」はないのか?



「うちの辞書には『不祥事』の文字はない!」



本当?隠してんじゃないの?と思って同じ岩波の『広辞苑』を引くと、



「不祥事」=「関係者にとって不名誉で好ましくない事柄・事件。」



と、ちゃんと載っておりました。失礼しました。しかも、
「関係者にとって」
という「ひと言」が入っております。『明鏡国語辞典』はどうでしょう?
「不祥事」=「なげかわしい出来事。好ましくない事件」
こちらは「関係者にとって」というニュアンスはありません。
『三省堂国語辞典』はどうでしょうか?・・・載ってました。
「不祥事」=「好ましくないできごと」
シンプルです。
では、『日本国語大辞典』に参りましょう。
「不祥事」=「よくない事柄、事件。好ましくない、なげかわしい事柄、事件。」
うーん、載ってはいたものの、「関係者にとって」「身内にとって」というふうな限定条件は、記されていません。結局、そういう意味が書かれていたのは、
「『広辞苑』だけ」
ということになりました。
ということは、もともとはどうか、わかりませんが、現在においてはもう、「関係者にとって」ということは考えずに「不祥事」という言葉を使ってもよいということに、なりますまいか。
少なくとも法に触れない道義的な「不祥事」には、この言葉を使ってもよいと。ただ、法に触れるようなケース、例えば、



「また、警察の不祥事です。○○警察の巡査が、窃盗の容疑で逮捕されました。」



というようなケースの「不祥事」の使い方は、やめた方がよいかなということに、Sアナウンサーとの話ではなりました。<



もちろん、「不祥事」そのものを起こさないのが、一番であります。



2003/3/14


(追記)

日本新聞協会・新聞用語懇談会放送分科会編『放送で気になる言葉〜改訂新版』が手元に届きました。「不祥事」を索引でさがしましたが、載っていませんでした・・・。

2003/3/19


◆ことばの話1107「空爆と空襲」

イラク空爆が始まってしまいます。
その「空爆」。なんの疑問もなく使っていますが、ある日ハタと考え込んでしまいました。

「昔、『空襲警報』の『空襲』という言葉があったはず。『空襲』と『空爆』は同じことではないか?なぜ最近は『空襲』を使わないのか?」

これについてしばらく考えて、

「『空爆』は、爆撃を行なう攻撃側の言葉。そして『空襲』は、爆撃される側から見た表現」

だということに気づきました。「空襲」の「襲」は、「襲う」と「襲われる」、両方の立場の意味を表わすことが出来ますが、この場合の意味合いは、受け身形の「襲われる」でしょうね。
そう考えて、このことについて「ことば事情」で書こうと思って会社に来たら、毎月取っている『月刊・言語』の最新号(2003年4月号)が届いていました。パラパラと目次を見ていると、なんと、まさにこの「空爆と空襲」が取り上げられているではないですか!ビックリ!「斎藤美奈子のピンポンダッシュ」というコラムで、私とまったくおんなじ疑問を持った斎藤さんは、私と同じような答えを出していたのです。それだけではなく、「軍事雑誌『丸』」の中に、その論拠となるような記述を見つけたそうです。

それによると、「空爆」は「Air raid」の訳で、日本語の訳語は「航空襲撃」略して「空襲」だというのです(吉田昭彦「マスコミの"おかしな軍事用語"」・『丸』2002年3月号)

で、その後、大修館書店の編集さんに『ジーニアス英和大辞典』を引いてもらった斎藤さんは、

「air raid=(被攻撃側から見た)空襲」
但し書きとして<攻撃側からはair strike>

という表記を見つけて「わが意を得たり」となったそうです。なるほど。大変参考になりました。
私も『日本国語大辞典』を引いてみることにしましょう。

「空襲」=「空から襲うこと。また、航空機によって地表の目標に攻撃を加えること」

おや?ここでは「襲われること」ではなく、「襲うこと」になっていますね。用例を見ると、

(例)*新語新知識(1934)「空襲(クウシウ)航空機を以って襲撃すること」*断腸亭日乗<永井荷風>昭和一九年(1944)一二月二六日「今月に入り空襲頻頻となりて午後洗湯に行く時の外殆ど門を出でず」*仮面の告白<三島由紀夫>三「空襲を人一倍おそれてゐるくせに」

ここの用例は、「新語新知識」は別にして、やはり「空爆される=空襲」という使われ方をしていますね。では、「空爆」は?

「空爆」=「くうちゅうばくげき(空中爆撃)」の略。(例)*「夢声戦争日記」<徳川夢声>昭和一七年(1942)三月一日、「妙な型の敵飛行機が悠々と、餌を喰う魚のような運動をして、充分偵察した上、盛んに空爆をやる」*目むしり仔撃ち(1958)<大江健三郎>一「殆どの夜、時には真昼まで空爆による火災が町をおおう空を明るませあるいは黒っぽく煙で汚した」


明らかにこの「空爆」は、攻撃側からの視点で使われています。でもこの辞書はその点に触れていませんね。うーん、物足りない。

結局、結論としては、「空爆」という言葉を使った時点で、既に「アメリカ側の立場に立っていることの意思表示をしている」と取られる可能性もあるのです。われわれは気軽に(?)「イラク"空爆"」という言葉を使ってしまいがちですが、「空爆」と「空襲」の意味の使い分けをして、その言葉の裏にある現実の世界に目をむけた上で、言葉を使わなくてはなりますまい。

2003/3/18




◆ことばの話1106「クープランの暮」

3月3日の深夜、夜勤を終えて家に帰るタクシーの中で、NHKの「ラジオ深夜便」を聞いていた時のことでした。既に時計の針は夜中の2時過ぎ。落ち着いたしゃべりの女性アナウンサーが、次の曲の紹介をしました。

「それでは次の曲は、ラベル作曲の『クープランの暮(くれ)』です。」


その紹介に続いてメロディーが流れ始めたのです。私は背もたれに預けていた背を少し起こし、居眠りしかけていた目を見開いて、タクシーの車中でこう言いました。

「クープランの暮れ?それも言うなら、『クープランの墓(はか)』だろう!」

果たしてその10秒後に演奏はフェードアウトし、まるで私の叫びが聞こえたかのように女性アナウンサーが慌てた様子で、

「失礼しました、曲名は、『クープランの墓(はか)』でした。もう一度、初めからお聴きください。」

きっと全国で178人くらい、私と同じように叫んだことでしょう。
そうです、

彼女は「墓」と「暮」の漢字を勘違いしてしまった
のです。

似てるわなあ、画数多いし。でも・・・・。
このことをあとで「ことば事情」に書こうと思っていた私は、家に着くとケータイメールで会社の自分のパソコンに、メモを送りました。そのメモには、こう書かれていました。

「ラジオ深夜便、3月3日、『プーランクの墓』を『暮れ』と、女性アナ。」


翌日。
ミスを犯していたのは、彼女だけではないことを知りました。
そうです、私は、

「クープランとプーランクを間違えていた」


のです!
どっちもどっちやな。
ちなみに、Googleで「プーランクの墓」というので検索すると、3件だけ出てきました。
その中の1件は、私と同じ間違いをしている人でした。世間は広いね。
教訓!「人を呪わば、穴、二つ」(これ、「人を呪わば瓜ふたつ」でもいけますかね?)

(参考)

F・クープラン(1668〜1773)
F・プーランク(1899〜1963)
M・ラベル(1875〜1937)

全員、作曲家です。プーランクは、ラベルが存命中には死んでいません。

2003/3/13

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