◆ことばの話1080「消防と野球」


3月1日から7日までが「防火週間」だそうで、うちのマンションンエレベーターホールに、それをアピールするポスターが張ってあります。
「消す心置いてください 火のそばに」
という標語の横に、若い女の子が、なぜかバットとグローブを持った格好で写っています。それを見た5歳の息子が、
「野球のポスターやなあ。」
と言うので、
「違うで。これは火事に気をつけましょう!というポスターやで」
と答えると、不思議そうに、
「じゃあ、なんで野球の格好をしてるの?」
と聞いてきました。
たしかに。
そこでふと思いついたのは、「消防関係の用語と野球用語の関係について」です。
野球関連用語の中に「消防」に関係するものを挙げてみると、
「打線に火が点いた」
「ピッチャー火だるま」
「救援投手」
「ファイアーマン」
「火消し役」

といったものが挙げられます。戦争用語がスポーツでよく使われるのは、これまでにも指摘されてきましたが、「消防用語」が野球に取り入れられているのは、ふだんその言葉をなんの疑問もなしに使っていて、全然気づきませんでした。
何がきかっけで、消防用語が野球用語に入ってきたのか?ご存知の方、ご一報くださいな!
2003/3/5


◆ことばの話1079「アーカイブス」

テレビ放送50年の今年、結構、頻繁に耳にするようになってきたのが、
「アーカイブス(archives)」
という英語です。名詞で、元から複数形(Sがついている)。意味は「公文書保存所。公文書。古記録」といったものです。NHKが2月1日に埼玉県にオープンさせたのも、
「NHKアーカイブス」
ですね。これを、なぜか間違えて単数形にして、
「アーカイブ」
と言う人が時々います。(気持ちはわからなくも無いですが。)
それはさておき、問題はその語尾の「s」の発音です。日本語で表記・カタカナ発音する時に、
「スと言うか、ズと言うか」
なんです。NHKは、上に書いたように文字表記としては「ス」と濁りません。でも、放送を聞いていると、「ス」と言う人がいたり、「ズ」と言う人がいたりしました。
英和辞典の発音記号を見ると「Z」なので、英語では「ズ」と濁るのが正しいのでしょう。でも、大リーグやアメリカンフットボールのチーム名のように、原語(英語)では濁る場合でも、日本では慣習として濁らずに発音するケースは往々にしてあります。「デトロイト・タイガーズ」は「タイガース」と濁らずに発音するようなものです。
さて、この「archives」は、まだ日本語(外来語・カタカナ語)になって日が浅いのですが、果たして「ス」と出るか、「ズ」と出るか!?晴れたみ空に「ス・ズ」がなる?
(ズーッと・スーッと)注目したいと思います。

2003/2/28




◆ことばの話1078「ユビキタス」 「ユビキタス」

この言葉を初めて耳にしたのは去年の12月。テレビ東京の「ワールドビジネス・サテライト」という番組で紹介されていた時です。

「へえ、おもしろい言葉だなあ、覚えておこう」

と思ったのでした。
次に目にしたのは、今年の元日の日経新聞・朝刊の、付録としてドサッと入っている特集面。そこに2003年のキーワードとして「ユビキタス」が取り上げられていました。

テレビ東京に日経新聞。

ははーん、これは日本経済新聞の系列でプッシュしているのかなあ、でも、初めて聞いた人や高齢者は絶対にわからないカタカナ語だなあと思っていたら、お正月明けの「週刊文春」のコラム「新聞不信」でも、
「こんな訳の分らない名前の外来語は、まかりならん!」
というような感じで取り上げていました。
そして2月17日、またまたテレビ東京の番組で取り上げられると共に、これを推進している人の名前が分りました。東京大学教授でTRON(トロン)というコンピューターを作ったことで知られる坂村健氏でした。
そのテレビ番組を見て思ったのは、いろんな物にマイクロチップサイズのコンピューターが組み込まれることによって、確かにとっても便利になるのですが、それにしてももう少し馴染みやすい名前にできないものなのか、ということです。
「ユビキタス」では、まず間違いなく、

「フグの湯引き」

と間違えられます。え!?そんな間違いをする人は、関わらなくてもいいって?それこそデジタル・ディバイド(デジタル化による、情報の受け取り方の不均等)ではありませんか。
(話はちょっと逸れますが、坂村教授が開発したトロンというコンピューターは、携帯電話の90%に組み込まれているんだそうです。また坂村教授は、いつもケータイから自分のパソコンに原稿を書いて送るんだそうです。私もアイデアや発見はケータイからメールでパソコンに送っていますから、イヤだイヤだと言っている「ユビキタス」を実践していることになります。いや、イヤと言うのは名前がイヤだと言っているんですが。)
と思っていたら、2月24日の読売新聞の編集手帳にも「ユビキタス」が出てきました。

「カタカナ語の震源地はビジネス界だ」

という書き出しで、

「数年前に登場したユビキタス。『どこにでもある(偏在)』と言う意味のラテン語で、部屋の内外を問わず、自由に情報ネットワークに接続することを指す。▼何回聞いても、すぐにこの単語を忘れていたハイテク企業の友人は、『イビキカク』と言いかえることで、覚えることに成功した『ユビキタスと聞いただけで眠くなるので、連想が働く』そうだ。」 なーるほど、って感心している場合か。そんな連想をする人が、もしも新幹線の運転をしていたら「ユビキタス」と聞いただけで、居眠り運転をしてしまうではないですか!危ない危ない!
しかしここに書いてある通り、この言葉にはなじめません。専門用語として使うのは構わないのだけれど、あまり広めない方がいい気がします。
でもこうやって書いたら、広まってしまうかなあ、ジレンマですなあ。

2003/2/28


(追伸)

このところ「ユビキタス」が目につくのは私だけではないようです。
3月2日の日経新聞朝刊1面のコラム「春秋」にも登場しました。

「最近よく目にするカタカナ語に『ユビキタス』がある。『どこにでも存在する』を意味するラテン語で、超小型コンピューターがいろいろなものに組み込まれ、どこにいても情報ネットとつながるような状態を指すらしい。」

便利だけど弱みも増すのではと心配、だからそれにも備えなければ、とまとめています。
これは私が常々思っていることと一致します。
「便利さと安全性は反比例する」
ということです。二つはまったく正反対のものなのです。二兎を追う者、一兎も得ず。要はそのバランスなのですね。
「ユビキタス」というカタカナ語の氾濫に注意するとともに、そちらにも目を向ける必要があるでしょう。

2003/3/3


(追記)

新聞の切り抜きを整理していたら、「ユビキタス」が載っている2月18日の読売新聞が出てきました。1月29日に「ブロードバンド新たなコミュニケーション社会の創造」と題されて行われた「読売ITフォーラム」の様子が、全面に取り上げられていました。このフォーラムの基調講演をしたのが、誰あろう坂村健氏。タイトルは、

「ユビキタス時代と日本の情報戦略」。


その要旨から、さらに要旨を抜き書きすると、

「広い意味でのコンピューターは、世界で53億個前後作られているが、このうちパソコンは1億3000万個に過ぎない。パソコン以外の分野で活用されているコンピューターの方が圧倒的に多いのだ。その半分以上がTRONという私が開発したコンピューターで動いている」

ああ、そうですか。
ここに書かれている「ユビキタス」の説明は、

「もともとは、『どこにでも(神は)いる』」という意味のラテン語。超小型のコンピューターが大量に作られて、身の回りのあらゆる物に利用され、『いつでもどこでも』コンピューターにつながっている状態を表わす。」

とあります。ブロードバンドの常時接続なんてのも、関連するんでしょうかね。
このほか坂村先生は、

「ユビキタスコンピューターが社会に行き渡るまで十年ぐらいかかる」「(コンピューターが生活の隅々にまで入り込むので)安全対策や情報保護には十分気を付ける必要がある」 「『デジタル・ディバイド』の問題がよく指摘されるが、人間がコンピューターに合わせなければいけないから起きる問題だ。そうではなくコンピューターの方が人間に合わせてくれるようにするべきだ。ユビキタスはそのための技術でもある」

それはそれで、「なかなかうれしい」ことなのですが、われわれも「ユビキタス」という言葉に合わせるのではなくて、そういうものを作っている人たちがその呼び名を、

「生活の隅々まで補ってくれる超小型コンピューター」

とかなんとか、わかりやすい表現で「合わせて」くれないものでしょうか。そうでないと、なかなかその内容を信じられないというのが、人の心ではないでしょうかね。

2003/3/12


(追記2)

4月から毎日新聞大阪版・木曜夕刊に新連載の「言葉の路地裏」。大阪外国語大学の小矢野哲夫教授が書かれています。その第1回(4月3日)が「ユビキタス」でした。忘れないように書いておきます。

2003/4/7


(追記3)

矢野直明著『インターネット術語集U〜サイバーリテラシーを身に付けるために〜』(岩波新書・2002、11、20)という本の中に「ユビキタス・コンピューティング」が取り上げられていました。「ユビキタス」は、最近(2002年秋)流行語となって、その名を冠したセミナーや新事業が始まっていると記されています。これを最初に提唱したのは、ゼロックスのパロアルト研究センターに在籍したマーク・ワイザーというコンピューター科学者だそうで、その論文『二一世紀のコンピューター』は1988年に書かれているそうです。意外と古いのですね。そして日本では、やはり坂村健東大教授が進める「トロン・プロジェクト」が関係しているそうです。当初は仲間内で「どこでもコンピューター」という言葉を使っていたそうですが、それはワイザーのいう「ユビキタス・コンピューティング」と同じ考え方だったそうです。

2003/4/15



◆ことばの話1077「看護婦長か看護師長か」

2月27日午後、大阪府堺市にある泉北陣内病院にピストルと刃物を持った元暴力団組長の男が押し入り、女性看護師1人が死亡、男性医師が重傷を負った上、本人も自分の首を切って重傷を負うという事件がありました。
この事件で亡くなられた女性看護師・田中愛弓(あゆみ)さんは、いわゆる

「看護婦長」

でした。ちょうど1年前の去年3月、法律の改正に伴って、「看護婦」から「看護師」に名称が変わったことは、既に「平成ことば事情560看護師」に詳しく書きました。各新聞社や放送局も「看護婦」から「看護師」にシフトしたのですが、こと「看護婦長」に関しては、どう対応するか決めていないところが多いようです。
この事件を伝えた新聞も、表現は二つに分かれました。 「看護婦長」=読売・産経
「看護師長」=朝日・毎日・日経




国が決めた資格は法律によってその名称が「看護師」に変わっていますが、実はこの「看護婦」という言葉は、

(1)「資格名」
(2)「職業名」


という2つの側面を持っているのです。(1)は確かに各社「看護師」となったが、(2)に関しては立場が分かれています。さらに「看護婦長」というのは、(2)に含まれる下位概念の「役職名」です。各病院によって、「看護婦長」「看護師長」「看護部長」「総看護婦長」「総看護師長」など、名称が違うことも考えられます。
今朝(2月28日)の各新聞は、どういった表現を用いているかを拾ってみると、(「 」内は、見出しの言葉。それ以外は本文の中で使われた表現)

(読売)「病院で発砲 婦長死亡」
看護婦長、看護師免許、主任看護師、看護師さん、女性看護師、婦長、看護師

(産経)「病院で発砲 看護婦長死亡」
看護婦長、婦長、ベテラン看護師、婦長さん

(朝日)「看護師長、撃たれて死亡」
看護師長、看護師、元看護師、准看護師

(毎日)「病院で発砲、看護師死亡」
看護師、看護師の女性

(日経)「病院で発砲、看護師死亡」
看護師長、看護師、




そして、読売テレビ大阪府警担当記者から送られてきた、大阪府警捜査四課長のレク概要によると、

「看護士」「婦長」「田中婦長」

という表現が、警察によって使われていました。(「看護士」となっているのは、「看護師」と書こうとして間違えたものと思われます。)
そして、こんな事を書いている間にデスクが相談して、読売テレビとしては、

「看護婦長でも看護師長でもよい」

という判断が出ました。もう一度「平成ことば事情560看護師」を読み直してみると、

去年4月12日付で日本テレビから出された用語の通達にも、
「タレントや一般の人が『看護婦』『看護婦長(婦長)』などの表現を使っている場合にまで無理に言い換える必要はない」

と記されていたことが分りました。
また読売テレビの記者が、当の泉北陣内病院に「『看護婦長』『看護婦師長』のどちらを使っているか」取材したところ、

「両方の言い方を使っているので、『看護婦長』『婦長』『看護師長』いずれの言い方をしてくださっても結構です。」

と話しているということでした。
ちょっとホッとしました。
また、放送各社にもメールで聞いてみたところ、

(NHK)=単に「看護師」。「師長」「婦長」には言及していない。

(テレビ朝日)=「看護師」(「看護婦長」も「看護師長」も使わず):去年「看護師」に統一した時には、「婦長」をどうするかには言及していない。)・・・その後「看護師長」を使った、という報告も。

(共同通信)=「看護師」<放送用の原稿には「看護婦長」も「看護師長」も使わなかった。但し、新聞用は「看護師長(婦長)」と( )付きで対応した。>

(朝日放送)=「看護師長」

(関西テレビ)=「看護師長」(たとえその病院で「看護婦長」と呼ばれていても「看護師長」に呼びかえる。)

(テレビ大阪)=「看護師長」

(TBS)=「看護師」「女性看護師」(今回は使わなかったが、「長」を使うとしたら、病院側の呼称に従うと思うが、おそらく「看護師長」だろう。)

(フジテレビ)=「看護師」(今回は「看護婦長」「看護師長」ともに使わなかった)


という答えが返ってきました。(以上、返答順で速報です。)

2003/3/3


(追記)

『週刊文春』(3月13日号)のコラム「新聞不信」に、
「『ジェンダーフリー』が文化を殺す」
という過激なタイトルの文章が載りました。これはまさに、今回の堺の病院での事件での「看護婦長」「看護師長」の名称を巡ってのコラムです。(滝)と署名したこの筆者は、「看護師長」はまったくお気に召さないようで、

「市長が入院して師長さんに面倒をかけたと聞いて、笑わぬ者はいないだろう」

と、「看護師長」という名称まで出てきた、ジェンダーフリーの発想に関して、否定的な文章を書き連ねています。
私は、ケースバイケースだと思うのですけどねえ。

2003/3/6



◆ことばの話1076「カメラが回る」

前から気になっていた、いわゆる業界用語に、

「カメラが回る」「カメラを回す」

があります。確かにそういう言い方をするわけで、今や、ビデオカメラが各家庭に浸透していますから、一般の人までもが、

「カメラ、回ってるの?」

なーんてことを平気で言います。
でも、ちょっと考えてみて下さい。
カメラは回らないでしょ?

回っているのは、ビデオテープです。
(もっとも、カメラ本体・内部のモーターは回っていますが。)

このことを考えていて、同じような表現を思い出しました。以前、大阪市営地下鉄・御堂筋線の梅田から淀屋橋に向かう途中で聞こえて来た車内案内の、

「列車が曲がりますので、ご注意ください」

という表現。これも本当なら、

「曲がっているのは線路で、電車ではない。」

ということなのです。そういった声が多かったからか、10年ほど前から車内放送の表現が変わりました。今は、

「列車がカーブを通過しますのでご注意ください。」

となっています。私は「列車が曲がりますから」でも良かったのですが。まるで、ミスターマリックか、ユリ・ゲラーのようで、結構ドキドキするではないですか。
そういう意味では、カメラも回って欲しいと思う、今日このごろです。

(追伸)

自動車の場合も「車が曲がる」と言うので、実は「列車が曲がる」にはそれほど違和感がないのですが、先輩のHさんは、とても納得がいかない様子でした。今から20年くらい前の話ですけど。「カメラが回る」はフイルムを手で回していた映画以来の時代の「名残り」でしょうか。
2003/2/28