◆ことばの話1070「カジマ」

日刊建設工業新聞という業界紙があります。その2月5日の誌面におもしろい記事が載っていました。
「新しい言葉『カジマ』は『勤勉』」
という見出しのコラムは「日本と相手国にとってのODA前線紀行PART5」の9回目。
それによると、「勤勉」という意味のスワヒリ語は、
「カジマ」
と発音するのだそうです。そしてこれはもともとあったスワヒリ語ではなく、新しいスワヒリ語なんだそうです。というのは1980年代から90年代にかけて、日本の鹿島建設が、スワヒリ語が共通公用語である国・タンザニアで、港のコンテナターミナル建設や大灌漑工事などを行なってきて、地元の人たちに根気強く作業の分担や協力の仕方を教えたということがあったのです。そこでタンザニアの人々は、時間から時間まで一所懸命に仕事をすることに喜びや誇りを自覚するようになり、勤勉に働くことやその仕事ぶりを「カジマ」と言うようになったんだそうです。
日本語から英語・・・・というか世界語になった言葉の代表的なものには、「スシ」とか「カラオケ」「アニメ」などがありますが、こういった形で他の国の言葉になっていく言葉(つまり「カジマ」)は、タンザニアのスワヒリ語における「外来語」に加わったことになりますね。興味深い現象です。
ちなみにスワヒリ語で「仕事」のことは「カジ(KAZI)」と言うそうですから、音の響きが似ている、意味の近い言葉があったことも、すんなりとスワヒリ語に溶け込んだ理由の一つかもしれません。
今回はいい意味の言葉が「外来語」として取り入れられたから良かったですが、逆の意味(つまり「怠ける」とか「不真面目」「ズルイ」といった言葉)として、もし自分の会社の名前が「外来語」になってしまったら・・・不名誉、極まりないですねえ。気をつけないと。
それにしてもどうしてそんな建設の専門紙の記事のことをおまえが知ってるんだ?ですって?
ヘイ、うちの妻がカジマに勤めてますもんで・・・・・。

2003/2/27

(追記)

イスラエルの新しい政党は、
「カディマ」
と言うそうです。関係ないけど。
2006/3/28


◆ことばの話1069「未ざらし」

2月初旬の東京出張の帰り、新幹線待ちの東京駅八重洲南口のレストランで出てきた紙ナプキンに、大きな字でこんなことが書いてありました。

「未ざらしのため、人と地球に優しい原紙です。」



「地球にやさしい」は聞き飽きて、胡散臭ささえ感じる今日このごろですが、私が引っかかった言葉は、「未ざらし」でした。「未」=「いまだ」という言葉は、「未使用」「未明」「未成年」「未発表」「未公開」のような漢語が来るイメージがあるので、「未」のあとに「さらし」という和語がしかも連濁して「ざらし」として付いてくることに違和感を覚えたのです。
もちろん連濁に関しては「野ざらし」「雨ざらし」というように連濁するケースもありますが、この場合の「ざらし」は、「未ざらし」とはちょっと漢字が違います。「曝し」の方ですね。
そのナプキンには、さらにも字が記されていました。



「このナプキンは非木材紙バガス(砂糖キビ搾カス)と無漂白未晒パルプを減量にした人と地球に優しい製品です。日本環境財団」



今度は漢字も使って「未晒」ですね。この言葉が辞書に載っているか?『日本国語大辞典』を引いてみました。
な、なんと!載っているではありませんか!!



「みさらし」(「みざらし」とも)
まださらしていないこと。また、そのもの。「未晒しの木綿」



「みざらし」とも言うそうです・・・。でも、「作例」はありますが、どこかの文章から引用した「用例」はないので、あまり使われてはいないのでしょう。



あ、よく考えると「未届け」というのはありますね。まったく和語が付かないわけでもなさそうです。Googleでインターネット検索して見ましょう。
「未ざらし」・・・・・96件
「未さらし」・・・・134件
「未晒し」・・・・・366件
「未晒」・・・・・・713件




ということで、やはり、あまり使われているとは言えませんが、それでも、初めてこの言葉を目にした私にとっては、思った以上に使われている言葉だなと感じました。(但し、私の基準では、一般的な言葉だと認めるには、Google検索で最低1000件はないと・・・と思っています。

2003/2/27


◆ことばの話1068「ふたつ返事」

何かを依頼されたおりに、喜んで承諾する時の表現として、
「ふたつ返事で引き受けた」
なんてのがありますが、これについて、ふとした疑問が湧いてきました。



「『ふたつ返事』と『ひとつ返事』はどっちが正しいのだろうか?いや、どっちが正しくても良いのだが、どちらが喜んで積極的に引き受けている表現になるのだろうか?」



というのも、小さい頃から両親(特に母親)に何かを頼まれた時に、
「はい、はい・・・」
と言うと、
「『はい』は1回でよろしい!」
といって叱られたからです。「ハイッ!」と1回の返事(それが『ひとつ返事』で良いのでしょうかね?)の方が良いということですね。
周囲の何人かにに聞いてみると、
「『ふたつ返事』の方が、積極的なんじゃないですか?」
という答えが多かったのです。「ふたつ返事」って「ハイハイ」ということで良いのでしょうかね?
いつものようにGoogleで、どちらがよく使われているかを「インターネット検索」してみました。
二つ返事・・・2万1100件
ふたつ返事・・・・2140件




一つ返事・・・・・   ・841件  
ひとつ返事・・・・   ・341件
 
(2月4日しらべ)


「ふたつ返事」系の方が合計で2万3240件、「ひとつ返事」系は合計で1182件。

圧倒的に「ふたつ返事」の勝ち!
ということで、喜んで返事をする時はやはり、
「ハイハイッ!」
っと、元気良く、2回「ハイ」を言うようにしてくださいね。3回ハイをいうと「みっつ返事」なのかな?一応調べて置こう。
「みっつ返事」・・・・・1件
「三つ返事」・・・・・19件

あ、やっぱりおんなじ様なことを考える人はわずかだけどいるんですね。「二つ返事」を上回る積極的な返事は、「三つ返事」と。念には念を入れて・・・・
「よっつ返事」・・・5件
「四つ返事」・・・・5件




やっぱりあったか。
積極的な時は、勢い良くたくさん返事をするというのが最近の傾向と見て良いのではないでしょうか。要するにお調子者が多いと言うことで・・・。
ハイハイハイハイハイッ!

2003/2/27
(追記)

「まんぼう」さんという読者の方からメールをいただきました。それによると、
「返事の回数が多い方が積極的とも限らない。すんなり1回で返事する方が、より積極的なこともある。NHKアナウンス室編『失敗しない話しことば』(KAWADE夢新書)の中に『二つ返事』とは『ハイハイ』と2回返事を重ねることか、それとも『ハイッ!』と気持ちよく1回で答えることかについて書いてある。(結論は記されていないが。)」ということを教えていただきました。参考になります。「まんぼう」さん、どうもありがとうございました。



2003/4/05


◆ことばの話1067「石ころと虫けら」

新手の悪質違法金融の実態をリポートしている「ニューススクランブル」で「押し貸し」に続いて出てきたのが、「石ころ金融」というものでした。これは例えば4万円を借りると、ガーネットという宝石の小さな粒を1粒9000円で購入させられて、その分を引かれた3万1000円の現金が渡されると。そして1週間後には4万円を返さなくてはならないというもの。ところがこのガーネット、宝石商の人に聞くと、
「1粒190円の価値しかない」
そうなんです。実に利率は年に直すと1500%にもなるとのこと。いろいろひどい手を考えますな。
このニュースを見ていて、Hアナウンサーがつぶやきました。
「石ころは、かわいいそうだな。」
なんですと?
「いや、いくら1粒190円でも、ガーネットは宝石なんですから、それをさして『石ころ』という呼び名は可哀相だと・・・。」
ミョーなところに同情しています。「せめて『宝石金融』とかにならないか」ということでしょうか。しかし確かに「石ころ」という時の「ころ」には、ちょっとバカにしたような感じがありますね。いや、バカにしたような、というかかわいらしさのような。
同じような語尾の言葉として「虫けら」の「けら」があります。こちらは明らかに馬鹿にした、見下した響きがあります。この「ころ」と「けら」って、一体なんなんでしょうか?
『日本国語大辞典』を引いてみました。 「ころ(転)」
(二)(ころころしたものをいうところから)丸いもの、小さいものを形容していう。「いぬころ」「ちんころ」「あんころ」など。




例として「石ころ」が乗っていないのは意外ですね。『新明解国語辞典』で「石ころ」を引いてみました。すると・・・



「いしころ(石ころ)」
(「石子」+接辞の「ろ」)価値の無いものとしての)小石。




とあるではないですか!「石」+「ころ」ではなく、「石子」+「ろ」なのか!?
もう一度『日本国語大辞典』で「石ころ」の語源を引いてみましょう。
「いしころ(石塊)」
(語源説)ロは、ネ(嶺)ロ、ヲ(尾)ロ、イヌコ(犬子)ロのロ。イシクレの転ではない。(大言海

とありました。やはり「イシコ」に「ロ」がついた形なのか!うーむ、奥が深い。
つまり、こういうことですね。確かに「ころ」には丸くて小さい物を形容する接尾語的な意味合いがあるけれども「石ころ」の「ころ」は、それではないと。
でも「ろ」って何?



「ろ」(接尾)
名詞または形容詞の連体系に付いて親愛の情を表わし、また、語調を整えるのに用いる。




ふーん、そうなんだ。
では、気を取り直して「虫けら」を引いてみましょう。まさか「虫け」+「ら(等)」?では・・・
「むしけら(虫螻)」
虫類を卑しめて呼ぶ称。また、人を、小さな取るに足りない虫にたとえ、いやしめていう。

(語源説)
(1) 蒸気(ムシケ)ラの義で、ラは添えた語(大言海)
(2) ケは勢いを強める語、ラは等の義か(国語の根元とその分類=大島正健)





おお、やっぱり「石子」+「ろ」と同じ「むしけ」+「ら」という構造だと「大言海」の語源説は述べておるぞ!
でも漢字は「虫」+虫の「螻(けら)」が使われているので、語源と漢字の表記は必ずしも一致していないとも言えるようですね。



「ころ」と「けら」、意外な結末が「ころ」がっていました・・。



2003/2/27
(追記)

2004年3月4日の産経新聞に、
「『ムシケラ』発生」
という見出しが!どこで「ムジケラ」が発生したのかと思ってよく読むと、この記事は、
「サマワ日記」
というもので、イラクに派遣された自衛隊の駐留地・サマワで取材を続ける産経新聞の田北真樹子記者の報告。駐サマワ1か月で、少しはアラビア語を覚えた田北記者、「こんにちは」「ありがとう」「うまい」は基本、それ以外に「あとで」「行くぞ」も覚えて連発しているそうな。その田北記者が最近(と言っても、スクラップを取り置いて忘れていたので、もう3か月も前になってしまったのですが)発見したのが、
「ムシケラ」
という言葉で、意味は、
「問題」
だそうです。正確には、
「ムシュケラ」
と発音するとか。でも会話では「ムシケラ」にしか聞こえないと。で、その「ムシケラ」が昨晩ホテルで発生、と書くと、「ゴキブリ?南京虫?」と、つい思ってしまいますね。でも、実はホテルに滞在していた日本人宿泊客が部屋からいなくなってしまったそうです。夜に無事戻ったからよかったのですが、その彼の顔を見るまでホテルの経営者は心配顔で、
「ビッグ・ムシケラ(大きな問題)」
と繰り返し叫んでいたとのこと。田北記者は「不謹慎だが、ちょっと笑ってしまった」のだそうです。
あれ???
これと似たようなことを書いた覚えがして見直してみると、ことば事情680「コンニシュワー」でも、まったく同じ日付の3月4日の別の新聞のこんな記事について「追記2」として書いていました。以下のような文です。

*******************************

2004年3月4日の毎日新聞。イラクのサマワからの記者報告で、山科武司記者が、
「コ・ン・ニ・シ・ワ」
というタイトルのコラムを書いています。それによると、現地の老人が羊の肉をむしりながら「日本語でサラマリコン(あいさつ)は何と言うんだい?」と聞いてきたので、「こんにちは、だよ」と答えたところ、笑い出したといいます。通訳に理由を聞いても恥ずかしがって答えない。ようやく聞き出したところ、
「どうやら『ニ・チ』の音の並びが何か性的なものを想起させるらしい。そう言えば、通訳が会社名を紹介するときも『まいにち』が『マイニシ』だ」
と山科記者は書いています。日本人にとって(特に関東人)オマーンの港を「オマーン港(こう)」と呼んだり、スイスの「レマン湖」を連呼したらちょっと恥ずかしいようなものなのでしょうか? 最後に老人は、こう言ったそうです。
「自衛隊員の皆さんと仲良くなりたいと考えている。でもあいさつはコンニシワにしてくれ。笑ってしまうから。」
ということは、もしかしたら、フランスやチュニジア、アルジェリアの場合も「コンニチワ」と言わずに「コンニシュワー」というのは、そのあたりに原因があるのかも・・・と思ったのでした。 どなたかご存知の方、教えてください。

2004/3/5

*******************************

ということで、「ムシュケラ」→「ムシケラ」と聞こえるなら逆もまた真なりで、「コンニチハ」→「コンニシュワー」となるのではないでしょうかね。あ、つまりフランス語とアラビア語は、ちょっと似ているのかも。


2004/5/21
(追記2)

スクランブルのMディレクターから電話で質問です。
「道浦さん、『あんこ』と『あん』は、どちらが正しいんでしょうか?」
「どんな文脈なの?」
「あの、生八ツ橋を作っているところの取材に行ったんですが、そのときに『あんこを包(くる)む』なのか『あん(餡)を包む』なのかと思いまして。」
「それはきっちりとした原稿なら『あん』でいいと思うよ。『あんこ』は、『あん』の俗語というか、子どもが使うようなかわいい感じの言葉だから、しゃべり言葉の中で出てきても間違いではないけど、説明の文章だと、そぐわないかな。」
「現地でのリポートの中で女性アナウンサーが『あんこ』と言ってるんですが、それは構わないでしょうか?」
「それは全然問題ない。『あんこ』でもいいよ。」

ということで、問題解決。そう言えば・・・と思い出したのがこの「石ころ・虫けら」でした。案の定、仲間に「あんころ」というのが載っていましたね。よしよし。『日本国語大辞典』を引いても、「『あんこ』は『あん』の俗語」と書かれていました。



2004/6/04


◆ことばの話1066「ステンショ」

山田俊雄著『詞苑間歩』(三省堂)という上下2巻の、分厚い読み応えのある本を読みました。旧仮名遣いの文章を久々に読んだ気がします。いろいろ勉強になったのですが、その中で特にひっかかったのが、下巻80ページにのっていた「ステンショ」です。
それによると、大阪で出た『明治冠附集』(明治十四年八月出版)の中に、明治の人の外来語のなまった言い方の「ステンショ」(「駅」「停車場」の意味の流行語)が、「ステーション」が並んで出てくるので、外来語としてはその両方の形が使われていたと。そして、
「人のいふところでは、ショの部分に『所(しょ)』の意をこめて『ステン所』といふ形に成したのだといふ。(中略)ステンショをその出来上がつた形として『ステン所』と思ひこむことが通俗の感覚としては有り得ないこととは私にも思はれないけれども、通俗の人々が、ステーションをステンショと言ひあやまるとき、その脳裡に、『・・・・所(しょ)』」といふ造語の型が意識に上がってゐたというのは、なんとなく辻褄合わせのやうな気がしてならない。」
というような文章が出てきました。
これを読んであっと思ったのは、「所」とつく言葉の「所」の読み方についてです。つまり濁るか濁らないかについて書いた「平成ことば事情557ショかジョか」を思い出したのです。それによると、
「東はジョ(濁る)、西はショ(濁らない)」
という傾向があるということでしたが、『詞苑間歩』において山田俊雄さんが、
「『ステーション』が『ステンショ』と訛ったのには、『所』に『しょ』という読み方があり、それが『駅』としての『ステーション』→『ステン所』=『ステンショ』につながったとするのは通俗である」
という見方をしている一つの理由として、東京生まれの山田さんが「所」を「ショ」と濁らずに読むことに抵抗があったのではないか?ということです。つまり、
「『所』は普通『ジョ』と濁って読むものだから、『ステンジョ』なら「ステン所」の意味の上からの読みとしても納得できないこともないが、「ステンショ」と濁らないのは、元の英語が「ステーション」と濁らないところから来ただけで『所』という漢字を思い浮かべたのではない」
と思ってらっしゃったのではないか、ということです。
逆に、山田さんが示された『明治冠附集』が大阪発行のものだということや、大阪駅のことを「ステンショ大阪」などと呼んでいたことからも、当時(明治初年)から大阪では「所」という漢字の読みは「ショ」と濁らない傾向にあったのではないか?ということです。
もちろん個人差が大きいのでしょうし、東京でも「新橋ステンショ」という言い方をしていたということもあるのですが。
また先日、聖徳太子についての番組のナレーションを読んだのですが、その中に出てきた
「厩戸皇子」に、「うまやどのみこ」ではなく「うまやとのみこ」(「と」が濁らない)とルビが振ってあったのです。ディレクターに聞くと、
「大和朝廷では濁る音を使わなかったので『うまやと』が正しい、と専門の先生が言っているから。」
とことでした。それを聞いてますます、
「畿内では1400年以上前から、濁る音を好まない傾向があったのか!」
と改めて思いました。
この「ステンショ」という言葉を久々に目にし、山田俊雄さんの文章に触れて思いついたのは、そういったことどもでした。

2003/2/27

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