◆ことばの話1055「散り始め」

梅が見頃を迎えています。そろそろ、散り始めているところもあるようですね。
梅は咲いたか、桜はまだかいな。
私が木曜と金曜にニュースを担当している番組『あさイチ!』の中でも、お天気お姉さんの米畑詩子さん(「米畑」という苗字も、よく考えるとなんかちょっとヘンですね。いや、ヘンというのはヘンだけど。だって「米」の「畑」は「田んぼ」とちゃうの?「米田」さんとの住み分けは?)が「梅だより」をお伝えしています。今朝(2月20日)もその「梅の花」の情報を伝えていたのですが、その中で、

「散り始め」

という言葉が出てきました。それを聞いて私が「ちょっと待てよ」と思ったのは、

「桜の場合は、たしか『散り初(そ)め』と言うぞ。ということは、『散り初め』を『散り始め』と間違えて書いて、それをそのまま『ちりはじめ』と読んでしまっているのではないか?」

ということでした。米畑さんに確認したところ「前々意識していなかった」ということで、夕刊の「梅だより」のコーナーを見てみました。するとそこにはしっかりと

「散り始め」

と書いてあるではないですか。
これは、こういうことではないでしょうか。すなわち、「桜」の場合は、花が咲いている時はもちろん行楽に適しているけれども、散る様子も風流なので行楽に適していて、「散る」ということが「マイナスのイメージ」を持っていない。むしろ「散ることにプラスのイメージがある」のではないか。だから「散り初め」という詩的で風流な表現を用いるのではないでしょうか。

それに対して、「梅」の花は咲いている時までが「プラスイメージ」のピークで、散る時は「桜」のように花びらがハラハラと散ることもないので、単に物理的表現として「散り始め」という言葉が使われているのではないか、ということを考えましたが、皆さんはどう思われますか?

え?そんなことより花見がしたい?
どうぞ、ご自由にお出かけくださいな。

2003/2/20



◆ことばの話1054「弁護人と弁護士」

読売テレビ系で水曜日の夜10時から放送中の「最後の弁護人」。阿部寛さんが主演の法廷ドラマ、のようです。(すみません、まだ私、見てないんです。)そのPRを担当したSアナウンサーが、首をかしげながらアナウンス部に戻ってきました。そして何か小さな声でつぶやいている声が、漏れ聞こえてきました。

「弁護人・・・・・弁護士・・・・」

それを耳にした私は、彼が何に悩んでいるか、分りました。

「弁護人と弁護士の違いが分らなくて悩んでいるのか?」
「!そうなんです!どう違うんでしょうか?裁判で弁護をするのは弁護士じゃないんですか?」


入社2年目の彼は、本当に分からないという顔でこちらを見つめます。見つめるなよ。

「裁判で被告を弁護するのが『弁護人』だろ。『弁護士』は弁護するのを職業とした、国家資格を持った人のことだよ。」

まだ、納得できないような顔をしたSアナ。

「じゃあ、弁護士じゃなくても弁護していいんですか?」
「確か、できるはずだよ。」


と言って、ちょっと自信がなくなりました。
手近な『三省堂国語辞典』を引いてみると、

「弁護人」=刑事事件の弁護を引き受ける人

とありました。そうか、「民事」の弁護は「弁護人」とは言わないのか。「刑事事件」だけなのか・・・。ちなみに「弁護士」は、

「弁護士」=訴訟当事者の依頼・裁判所の命令によって本人の代理または弁護をすることを仕事とする人。

とあります。もう少し詳しく知りたいな。『広辞苑』はどうか。

「弁護人」=刑事訴訟法上、被疑者・被告人の利益保護を職務とするその補助者。原則として弁護士のうちから選任される。
「弁護士」=当事者その他の関係者の依頼または官公署の委嘱によって、訴訟に関する行為、その他一般の法律事務を行なう者。一定の資格を持ち、弁護士法所定の弁護士名簿に登録されているものでなければならない。




分っているようで、ちゃんとは分っていないことは多いのですね。S君のおかげで、私も勉強できました。ありがとう、S君!

2003/2/20



◆ことばの話1053「きょうび」

大阪弁で「最近」「近頃」「いまどき」という意味の言葉に
「きょうび」
があります。
「きょうび、そんな古臭い服着たやつ、おらんで。」
「ケータイ持っとらへんやつなんて、きょうび、ほとんどおらんがな」

という感じで使います。さて。その「きょうび」ですが、「きょう」は分りますが、
「び」は何?
おそらく「日」で、「今日」を強めて「今日日」となっているのではないかと思うのですが。『三省堂国語辞典』を引いてみると、俗語として「きょうび」が載っていました。意味は「いまの時代」「このごろ」。漢字ではやはり「今日日」と書いてあります。普通の国語辞典に載っているということは、「大阪弁」というわけでもないのですかね。『日本国語大辞典』にも「今日日」は載っていました。また「方言」としても、各地でちょっとずつ違う言い方で載っています。「きゅうび」(新潟県中越)、「きょうり」(徳島県美馬郡)、「きょうびら」(三重県志摩郡)、「けえび」(伊豆八丈島)。
『大阪ことば事典』(牧村史陽)にも、もちろん「きょうび」は載っていました。
それはさておき、私の思いついた疑問というのは、
「なぜ『きょうび』はあるのに『きのうび』『あしたび』はないのか?」
ということです。
『三省堂国語辞典』はもとより『日本国語大辞典』にも載っていません。
考えてみると、「今日」という「現在」にいる我々が、その時間的拠り所となる「今」、「今日」を強調するために「日(び)」を付けているのであって、現在(今日)にいる私たちが「過去(きのう)」や「未来(あした)」を強調することはできないと考えられていたからではないか?ということに思い当たりました。
いずれにせよ、きょうびの大阪の若者は、あんまり「きょうび」を使わんみたいやけど。

2003/2/18



◆ことばの話1052「異臭騒ぎ」

2月7日、大阪の堺・泉北(高石、和泉、泉佐野)で異臭騒ぎがあり、小中学生など16人が病院に搬送されました。原因は不明。この「異臭騒ぎ」という言葉について、「ニュース・スクランブル」の坂キャスターがこんなメールを送ってきました。
「異臭騒ぎという言葉がいつ頃から使われ始めたのか気になって、日経テレコンで新聞検索して調べてみました。その結果は案の定、オウム事件をきっかけとした新しい表現のようでした。この『異臭騒ぎ』なる言葉が新聞記事に登場したのは1994年のことなんです。」
へー、意外と新しいんだなあ、と思って更にメールの先を読み進めると、
「日経新聞には94年に1件。これは奈良で異臭があり、『高校生が湿疹症状を訴えた』というニュース。そしてオウム麻原逮捕があった95年は24件と一気に増え、以下、
96年=19件
97年= 2件
98年= 7件
99年= 3件
00年=12件
01年= 4件

でした。読売新聞は、やはり94年初登場で『中国米で異臭騒ぎ』」というニュースと、『堺の火事で周辺が異臭騒ぎ』という2件。以下、
95年=88件
96年=13件
97件= 7件
98年= 8件
99年=11件
00年=23件
01年=16件

となりました。99年と00年が多いのは、催涙スプレーなどを使った事件が増えたためのようです。『異臭騒ぎ』は新しい言葉だったのですね。94年以前はどんな表現をしていたのだろう?『異臭』単体では、1978年あたりに初登場で、確かに日本語として昔からある言葉なんですが、一般的には悪臭とか刺激臭とかいう言葉が耳慣れています。科学の進歩で『悪』でも『刺激』でもない、形容しがたい臭いが増えているのかな?」
と結んでいます。1994年7月というと、松本サリン事件がありました。でも、
「サリンは無臭では?」
という疑問もちょっと残ります。インターネットGoogleでの検索で「異臭騒ぎ」と一緒に「94年」から「03年(2003年)」までの年号を一緒に検索してみました。
「異臭騒ぎ・94年」=160件
「 95年」=258件
「 96年」=158件
「 97年」=186件
「98年」=269件
「 99年」=267件
「 00年」=722件 「 2000年」=774件
「 01年」=760件 「 2001年」=587件
「 02年」=754件 「 2002年」=843件
「 03年」=700件 「 2003年」=199件




という結果でした。最近、増えています、「異臭騒ぎ」。94年以前もちょっと調べました。
「異臭騒ぎ・90年」=304件
「 91年」=181件
「 92件」=172件
「 93年」=144件




なんだ、94年以前もあるのかな?けどよく見ると、その文章の中にはやはり「94年7月」が含まれているような感じなのです。
「異臭騒ぎ」はいつから使われ始めたのか?ヒントをお持ちの方は、ご連絡くださいね。

2003/2/12


◆ことばの話1051「ドッグイアー」

テレビのコマーシャルを見ていると、通信販売のカタログのコマーシャル(フジテレビ系のDです)で、犬の映像と主にこんなナレーションが。 「気に入ったページを折ることをドッグイアーと言います。」



へー、そんな表現があるんだ、と思った私、実はいつも「ドッグイアー」しています。ちょっと気になった表現やおもしろい記事があるページの「耳」を折っています。その「犬の耳」が、1冊で何十か所にもなることも。私が読んだ後の本を読む人は嫌がります。たまに、ついうっかり、図書館で借りた本の耳を折りそうになることも。危ない、危ない。
ところで、「ドッグイアー」と聞いて、あれ?っと思い出したのは、何年か前から言われている
「ドッグイヤー」
という言葉です。こちらは最近の情報化社会のものすごいスピード化を、犬の人生にたとえたものですが。(犬は人間の7倍の速度で年を取る、と言うもの)
それと似てるなあと。もちろん英語では
「year」と「ear」
という中学1年生で習うような単語ではありますが、それを カタカナで書こうとすると、
「ヤ」と「ア」
で区別するしかないのか、と思ったのです。
イアー・・・もとい、イヤー、「落ち」はないんですけどね。
*『コンサイス英和辞典』(三省堂)を引くと「dog‘s ear」で載っていました。

2003/2/14