◆ことばの話1040「えばる」


東京出張の折りに山手線に乗った時に、スカイ・パーフェクTV(スカパー)の車内広告を目にしました。

「えばれる!USAメジャーSPORTS完全無欠作戦!!敢行TVsKING!SportsT」

スーパーボウルの生中継や、大リーグの野球を売り物にした、加入を勧める広告だったわけですが、この冒頭の「えばれる」に注目しました。 「えばる」の意味は「いばる」。使わない人でも大体、意味の推測はつくと思いますが、これは関東の方言です。しかし、おそらく関東の人は、これを方言と思っていないのではないでしょうか。標準語と思っているのではないでしょうか。そういう意味では関東の「気付かない方言」だと思います。 さて、『週刊ポスト』の最新号(2003年2月14日号)に、

「キムタクより凄い!スッチー『性と客』座談会」

というタイトルの特集が載っていました。「スッチー」というのはスチュワーデス、つまsり客室乗務員、キャビン・アテンダントのことです。その記事の中に、「スッチーしか知らない隠語集」というのが載っていました。そこには「スッチーの隠語」が10語ほど紹介されているのですが、そのうちの一つが、なんと、「エバる」だったのです。でもその意味は、「いばること」ではなくて、

「エバキュレーション(脱出)より転じて、逃れたり、サボったりすること。(使用例)「明日の合コン、つまんなそうだからエバッちゃおうよ」

という意味だそうです。若者言葉っぽいですな。 それ以外の"スッチー隠語"は、

*「お見合い席」=スッチーが離着陸時に座るジャンプシートの向かい席。この席を指 定してくる客も多い。ただし、非常の際には脱出などの手伝いをする必要がある。

*「3D」=「態度がデカい、怒鳴る、誰でもすぐ呼び付ける」客のこと。こうした要注意 人物は「リマ」(リマーカブル=注意すべ)とも呼ばれる。

*「カラス・フライト」=修学旅行などの児童・生徒の乗客が多い」フライトのこと。黒系 の制服で搭乗し、機内でも騒がしいことから、こう呼ばれることになった。

*「インフォ付き」=悪い情報(インフォメーション)がついたスッチーのこと。主に意地 の悪い先輩スッチーを指す。(使用例)「あのリーダー、インフォ付きよね」

*「イノップ」=故障の意味。そこから派生して使いモノにならない人物のこと。
 (使用例)「今日一緒のあのコ、インップだから要注意よ」

*「チン」=沈没するより転じて、ステイ先でどこにもでかけずに宿泊先で過ごすこと。
 (使用例)「もう足がパンパンなの。ごめん、チンさせて」

*「ドメスティック・コーヒー」="国内(ドメスティック)"の駄洒落から"濃くない"コーヒ ー、アメリカンコーヒーを意味する。(使用例)「40の席に、ドメお願い」

いろんな業界用語があるものですな。 念のため、梅花女子大学の米川明彦先生の『集団語辞典』(東京堂出版2000)を引いてみると、なんと、ここにあげた語がほとんど収録されているではありませんか!さすが!! (載っていなかったのは、「エバる」「インフォ付き」「3D」だけ)

2003/2/4


(追記)

東京出身のUアナウンサーに、

「"いばる"の意味で"えばる"って言う?」
と聞くと、

「言いますよ。標準語でしょ」


と言うので、

「関東方言やで。」

と答えると、

「ええーっ!」

と大変驚いていました。 ついでに周りにいたWアナ(神戸出身)、Mアナ(奈良出身)にも「えばるって言う?」と聞くとWアナが、

「子どもの頃、『えらそばる』とは言いましたね。」

と答えたので、今度は周りの人が、

「ええーっつ!」


と言いつつ、ちょっと考えて、みんな

「言いました。」

という答えが返ってきました。牧村史陽著『大阪ことば事典』を引くと、なんと「えらそばる」がちゃんと載っていました。

「エラソバル(偉そ張る)」=偉そうにする。(例)嫁はんの前ではちっちょなってるくせに、そう、エラソバリないな。

ついでにもう一つ、同じ意味で載っていました。

「エラバル(偉ばる)」=えらそうにする。エラソバルとも。(例)ほんまに偉い人は、エラバラんもんや。

エラバルとエラソバルは、「忘れていた大阪弁」でしたなあ。

念のため、「えばる」をGoogleで引くと2100件ありましたが、「えばる、威張る」で引くと57件。それによると、「えばる」が「威張る」意味で使われている地域は、

「三河(愛知)、遠州(静岡)、北海道、門司(福岡)、下関(山口)、幸手(埼玉)、津軽(青森)、神奈川、七尾(石川)」

と出てきました。バラバラやなあ。東京だけの方言ではないようです。
そして「えらそばる」は12件、「えらばる」は15件でした。もう、ほとんど死語ですな。

2003/2/6


◆ことばの話1039「音源」

最近、時々耳にしたり目にする言葉に

「音源」

があります。もともとあった言葉とは思いますが、デジタル化の進行と共によく耳にするような気がしています。 もともとの「音源」は、ピアノだったりトランペットだったり、「実際に音を出しているみなもと」「音そのもの」を指していたと思うのですが、最近耳にする「音源」は、CDとかDVDとかMP3とか、あるいはレコード、テープといった「記録媒体=メディア」を指しているように思います。

これと同じように感じる言葉は、

「文字列」

です。これも昔からあった言葉ですが、今はそれとは微妙に違って「文章」の意味で使われたりしています。まるで説明書に書かれた文句のようです。 ファックスを相手に送ることを「送信する」という人が結構いるのも、「説明書に(あるいは、送信ボタンのところに)そう書いてある」から、という理由によるようです。

こういった言葉を使うと、「ちょっとその筋の専門家っぽく聞こえる」ような気もします。そういう意味では、業界用語が一般に流れ出していると言えるかもしれませんね。

2003/2/6



◆ことばの話1038「レイダースとレイダーズ」

アメリカ時間の1月26日にアメリカはサンディエゴで行われたNFLスーパーボウル。バッカニアーズがレイダーズを48対21で下して初の王者に輝きました。
その様子を伝える読売新聞と、日本テレビの実況中継を見比べ聞き比べて「おや?」と思いました。日本テレビの実況では、

「レイダーズ」

と、語尾を濁っているのに対して、読売新聞の記事は、

「レイダース」


と濁っていないのです。「ズ」と「ス」。なぜなんでしょうか?他の新聞はどうでしょうか?調べてみました。(便宜上、濁る方にはZを、濁らない方にはSを付けます。)

(読売)レイダース(S)
(朝日)レイダーズ(Z)
(毎日)レイダーズ(Z)
(産経)レイダーズ(Z)
(日経)レイダーズ(Z)


ということで、「ス」(S)と濁らないのは、読売新聞だけでした。 スポーツ紙はどうだったでしょうか?

(スポーツ報知)レイダース(S)
(スポーツニッポン)レイダース(S)
(サンケイスポーツ)レイダーズ(Z)
但し、リード部分で1回だけ「レイダース」(S)
(デイリースポーツ)レイダーズ(Z)
(日刊スポーツ)レイダーズ(Z)


ということで、こちらは読売と系列が同じ「スポーツ報知」と、「スポーツニッポン」が濁らない「ス」(S)、あとは濁る「ズ」(Z)ですが、なぜか「サンケイスポーツ」が、リード部分1回だけ「ス」(S)と濁らずあとは全部「ズ」(Z)と濁る、という結果でした。

こういった外国のチーム名の複数形の「ス」(S)と「ズ」(Z)については、以前、大リーグのチーム名について書きました。(平成ことば事情283「ス・ズ・ツ」参照) 今回なぜ読売新聞が「レイダース」と濁らなかったのかについて、読売新聞のSさんにメールで質問しました。今、返事待ち。
そう言えば、ハリソン・フォード演じる「インディージョーンズ・シリーズ」の第1作も

「レイダース〜失われたアーク」


と濁らなかったな。思い出しました。濁らない方が、語呂が良いということなんでしょうか?

2003/1/31


(追記)

読売新聞のSさんから、返事メールが届きました。それによると、

「特に"決まり"のようなものはない。その都度、出稿デスクの判断で決めている。長年『レイダース』でやってきたので、これから変えるのは大変な手間になる・・・」

というふうな事でした。最初に「ス」でやると、変更は難しいということのようです。 本当に外来語はわずらわしい・・・・。

2003/2/6


◆ことばの話1037「スピードを遅める」

2月1日の深夜、スペースシャトル「コロンビア」の空中爆発事故に関するニュースで解説をしていたNHKの国際部・中島記者が、こんな表現を使いました。 着陸に向けて大気圏に突入したコロンビアは、

「コロンビアは、スピード遅めていたところでした。」

引っかかったのは「遅めていた」という言葉。「早める」はありますが、「遅める」はあるのでしょうか?さっそく辞書を引いてみましょう

『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』『新潮現代国語辞典』『岩波現代国語辞典』『広辞苑』『日本国語大辞典』と見ましたが、「遅める」は載っていません
でした。

「早める」は文語で言うと「早む」。これに対する「遅む」という言葉もありませんでした。 「早める」は「速度を上げていくこと」。「める」の前に示されている動作を強くすることを意味します。

他に「早める」とおなじような「○○める」という言葉はあるでしょうか? 今、思わず使いそうになった

「強める」


がありますね。これは逆の意味の「弱める」があります。その他はどうか?『逆引き広辞苑』で「るめ」で引いてみました。すると、

「深める」


が見つかりました。これも「深い」の逆の意味の「浅い」を使って「浅める」とは言いませんね。

「緩める」



「早める」 × 「遅める」
「強める」 「弱める」
「深める」 × 「浅める」
「緩める」 × 「きつめる」
「細める」 × 「太める」
「広める」 「狭める」

こんなところでしょうか。「強める」と「弱める」、「広める」と「狭める」の2つの例で両方の「める」があるということは。今後は「遅める」が辞書に載るくらい使われる可能性があるということですかね。
ここにあげたすべての「める」後のインターネット上での使用状況を、Googleで確認しておきましょう。



「早める」 3万4600件
「遅める」 156件
「強める」 7万4600件
「弱める」 2万 800件
「深める」 27万2000件
「浅める」 4件
「緩める」 4万4200件
「きつめる」 18件
「細める」 6440件
「太める」 12件
「広める」 7万6400件
「狭める」 1万4600件

1万件以上のものは、言葉として十分認められているといえるでしょう。

2003/2/3


◆ことばの話1036「ニカド電池とニッカド電池」

子どもにつられておもちゃ屋さんに入った時に目にとまった乾電池。最近は、これまでのと同じ「普通の単三の乾電池」のように見えて、実は「充電ができるもの」とかも出てきていて、何がなにやらよく分らないのですが。昔は「アルカリ電池は長持ち、マンガン電池は寿命がアルカリより短い」ぐらいわかっておけばよかったのですけどねえ。 そのおもちゃ屋さんにあった電池は、プラモデルで有名な「タミヤ」のもので、その電池にはこう記されていたのです。

「ニカド電池」

「ミカド」ではありません、「ニカド」です。これも「充電式」の電池です。でも私の記憶では、この手のニッケルとカドミウムによる電池は、これまでは、

「ニッカド電池」

と表記されていたのではないでしょうか?いつのまに、ちっちゃい「ッ」がなくなってしまったのでしょうか?調べてみると、「ニカド(ニッカド)電池」とは、

「正極にニッケル酸化物、負極にカドミウム化合物、電解液にカリウム水溶液を主としたものからなるニッケル・カドミウム蓄電池のこと」

だそうです。 インターネットのGoogleで検索したところ、それぞれ数千件ヒットしました。

ニッカド電池・・・5170件(53,6%)
ニカド電池・・・・4470件(46,4%)

                              (2月5日しらべ)

ネット上で見る限り、「ニッカド電池」がまだわずかに優勢を保ってはおりますが、おそらく近い将来、逆転するのではないでしょうか?

2003/2/8


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