◆ことばの話1035「はつらつ条例」


昨年12月、新潟県中里村の「雪国はつらつ条例」が間違って、

「雪国はつらいよ条例」

と、教科書に記載されていたことが分かったという話題は、いろんなところで取り上げられて、もう皆さんご存知だと思います。その話を聞いた時は、

「たしかに『溌剌』を『はつらつ』と平仮名で書くと『はつらい』と見間違いそうだけど、その意識の下には『雪国は辛いだろうなあ』という思いがあるのもまた間違いのないところで、今一番辛いのは、間違えた教科書を出してしまった教科書会社の担当者だろうなあ。村はこれで知名度も上がるから、寛容な対応をした方がいいだろうなあ。」

と、「御前様」のように深〜い愛情を持って思ったものでした。 あれから数か月。(実際には1か月半。でも遠い過去のよう。) 先日、近くの本屋さんでカウンターの上に山積みとなっていた、出版社のPR誌の表紙を見て、「これは!」と思いました。このPR誌、定価は100円となっているのですが、いつも「どうぞご自由にお持ちください」という状態になっているもの。 その表紙には、女学生が書いたような文字で、こう記されていたのです。

「妊婦 はつらつ 条例」

その下に民芸品のイヌかネコのようなイラストと、習字の半紙のような四角い枠の中に、

「よしもと」

の平仮名4文字。
それをみてピンときました。いえ、お笑いの「吉本」ではありません。

「そうか!これは今、妊娠中の作家、よしもとばななさんが書いたもので、彼女は今『妊婦』なので、その妊婦は『つらい』けど『はつらつ』ともしている、ということを、『雪国はつらつ条例』にひっかけて表わしているんだ!」

「表紙の筆跡」を確認すると、果たして「よしもとばなな」さんでした。 確かに「つらいけど、はつらつ」ということは世の中にいっぱいあるでしょうね。 それにしても、よしもとさんは、以前は「吉本ばなな」と苗字は漢字表記だったのですが、最近の著作は「よしもと」と平仮名にしているようです。 なぜだろう?

(追伸)

新潟県中魚群中里村の「雪国はつらつ条例」は、1988年3月28日制定。記述を「寅さん」のように間違えたのは、教科書出版の最大手・東京書籍の「中学公民」の教科書。2002年12月17日の新聞にこの記事が載りました。

2003/2/3


◆ことばの話1034「1万円でお願いします」

見るとはなしにつけているテレビから流れてくるTVショッピング。その中で説明をしている男性が最後にこう言いました。

「1万円でお願いします。」


この「お願いします」が大変、不愉快です。


「お願いします」って、一体何を「お願い」しているのでしょうか。ただ単に「買ってくれ」と「お願い」しているのか、それとも、「買うのなら、1万円払ってくださいよ」と「お願い」しているのか。 私はおそらく後者だと思うのです。ということは、

「すでに客が買うことは前提条件として、値段についてのみの話になってしまっている。」 

しかも、

「値段を提示して『お願いします』ということで、客に対しての交渉を、はなから受け付けようとしていない」

という点も気に食わない。こちらはテレビのコマーシャルを見ただけで、まだ買うとも何とも言っていないのに、この押し付けがましさは、なんなんでしょうか。
このセリフを聞くと不愉快なので、あまり聞かないようにしたい、と思っています。

2003/2/6
(追記)
2005年の1月26日、京阪京橋駅の構内のコンビニで、「のどあめ」を買った時に、レジのお姉さんが、
「100円、お願いします。」
と言いました。「100円で」ではなく、「100円、お願いします」。何か、寄付でも募るかのような言い方でした。
2005/2/17


◆ことばの話1033「ご愛飲」

赤い缶の発泡酒が、発売3周年のキャンペーンでさらにその発泡酒をプレゼント、というセールをやっていると、歌舞伎役者がコマーシャルをやっています。(この書き出しの文章は、一気に自分が20歳ほど年を取った気がしますな、なぜか。くどいのか?) その中で、

「ご愛飲に感謝して」

というセリフがあるのですが、でも「飲(む)」には「愛」が付くのに、「食(べる)」に「愛」がついた形、

「愛食」


はあまり見かけません。「愛○」という形の言葉で「○を愛しむ」という意味になるものは、ほかにはどんなものがあるのでしょうか?すぐに思い付くのは、

「愛読」「愛玩」


ですね。他はどうかな、辞書(広辞苑)を引いてみましょう。

愛育、愛飲、愛煙家、愛客、愛玩、愛器、愛機、愛妓、愛喫、愛牛、愛郷、 愛吟、愛狗(イヌのこと)愛兄、愛犬、愛校、愛国、愛妻、愛財、愛児、愛子(し)、愛日(あいじつ。愛すべき日光)、愛社、愛車、愛酒、愛主、愛樹、 愛獣、愛書、愛女、愛嬢、愛妾、愛称、愛唱、愛誦、愛食!愛臣、愛人、愛婿(あいせい)、愛息、愛孫、愛鳥、愛敵、愛笛、愛弟、愛奴、愛童、愛徳、愛読、愛馬、愛藩、愛妃、愛美、愛瓢、愛猫、愛品、愛婦、愛服、愛物、愛慕、愛母、愛宝、愛猫、愛民、愛網、愛友、愛用、愛養、愛欲、愛利

ありゃま。思った以上に「愛○」の形の言葉はあるんですね。「愛妻」を忘れるとは、私としたことが。それでは「恐妻」になってしまいまする。 このうち「愛飲」のように、「○」の中に動作を表わす漢字が入るものだけをピックアップしますね。

「愛育」「愛飲」「愛喫」「愛吟」「愛唱」「愛誦」「愛食」「愛読」「愛慕」「愛用」「愛養」

といったところでしょうか。なんと「愛食」が載っていました。でも、使わないよね普通。 「愛読」「愛唱」愛用」 はかなり使われているでしょう。例によってGoogleで、ネット上の使用頻度を調べてみます。(日本語のページのみにしました)そして、頻度順に並べました。

「愛用」
23万7000件
「愛読」
7万0200件
「愛飲」
2万6500件
「愛育」
1万1200件
「愛唱」
4410件
「愛慕」
2220件
「愛食」
1250件
「愛誦」
829件
「愛吟」
293件
「愛喫」
66件

ということで、どれも確かに使われている言葉ですが、その頻度にはずいぶんと開きがありました。「愛食」が1250件。微妙ですが、1000件以上はまあ、使われている言葉と認めていいでしょうね。「愛飲」が2万件以上というのにも驚きました。普通の言葉だったのですね。
ご愛読、ありがとうございました!

2003/2/4


◆ことばの話1032「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」

大相撲初場所で見事、二場所連続優勝を遂げ、モンゴル人力士として初の「横綱」となった
「朝青龍」
。その本名が、タイトルにあげた、

「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」

これは、いくらアナウンサーでもなかなか覚えてスラスラとはしゃべれない、むずかしいいお名前ですね。特に濁音が、

「ド・ゴ・ダ・グ・ド・ジ」

6つも入っているのは、なんか強そうな感じです。 海外の有名人で、「本名は長い」という人はたくさんいますよね。どれも長すぎて覚えきれないのですが、ちょっと調べてみましょう。 まず、現サッカー日本代表監督のジーコさん。本名は、

「アントゥール・アントゥネス・コインブラ」

そんなに、思ったほど長くないか。でも「トゥ」という音が2つは行っているのが、ちょっと日本人にはなじみにくいかも。ジーコというのは略称ではなく、ニックネームですね。 そして、「サッカーの王様」といえばこの人、「ペレ」。彼の本名は、

「エドソン・アランテス・ド・ナシメント」

長いと言えば長いけど、とにかく日本人には覚えにくいかも。 そして20世紀を代表する画家の一人「ピカソ」も、本名は長かったはず。インターネットで調べてみると、ピカソ本人でさえ覚えていなかったというその本名は、日本語のカタカナ表記などに何種類かあるようですし、名前そのものに関してもいくつか説があるそうです。その中から、「こんな感じで長い」というのをご紹介しましょう。

「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パオロ・ファン・ネポムセノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアノ・サンテイッシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」 「パブロ・ディエゴ・リベラ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセノ・、アリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアノ・デ・ァ・サンテシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカッソ」


恐れ入りました。「寿限無」は日本だけではなかったのですね。
「朝青龍」は「朝青龍」でよかった。「輪島」みたいに本名で横綱にならなくって。

2003/2/4
(追記)

2月13日(木)発売の漫画雑誌『ビッグコミックスペリオール』(小学館)に連載されている、中川いさみ『ゴムテ』の2コマ、3コマ、4コマ目に、公演のベンチに腰掛けたカップルのこんなセリフが。
(2コマ目)
女「ねー見てー!あれ、マンギョンボン号じゃない!?」
男「あー、本当だー!マンギョンボン号だー!!」
(3コマ目)
女「あっ、見て!あれ、ドルゴルスレン・ダグワドルジじゃない!?」
男「あー、本当だ!ドルゴルスレン・ダグワドルジだ!!」
(4コマ目)
(突然バーッと出てきた男が)
「『朝青龍』って言えー!!」

私も4コマ目の男に賛成です。

2003/2/14
(追記2)

4年半ぶりの追記です。
横綱・朝青龍、仮病疑惑から大変なことになっていますが、モンゴルに帰ってしまいましたね。本人はカメラの前でしゃべらないんだけど、お兄さんがインタビューに答えていました。そのお兄さんの名前は、
「ドルゴンスレン・スミヤバザル」
さんでした。「ダグワドルジ」も「スミヤバザル」も6文字。もしかしたらモンゴルの男子の名前のリズムは6拍というのが一般的なのかもしれませんね。
2007/9/3



◆ことばの話1031「カリバラ」(カリギュラではありません、念のため。カリバラです。)

Sアナウンサーと「代理母」の読み方について、「ダイリハハ」か「ダイリボ」か、話していた時でした。(「代理母」については、「平成ことば事情322代理母」にも、以前書きましたが。)その時Sアナが、

「受精卵の卵子とは別の女性の子宮を借りるわけですから、カリバラ(借り腹)ですよね。」

と言うので、

「まあ、そういうことかな。」

と言いつつ、辞書を引きました。こういう特殊な言葉ですので、まず『日本国語大辞典・第二版』を引いたのです。ところが!50万語、100万用例を載せたこの辞書に「カリバラ」が載っていないではありませんか!どうしたことでしょうか?あまりに俗語に過ぎるので載っていないのか? 他の辞書も見てみました。

『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』『岩波国語辞典』『新潮現代国語辞典』『広辞苑』、どれも「カリバラ」=「借り腹」は載っていません。「カリバライ(仮払い)」は載っていても。 ところが、最後に引いた『三省堂国語辞典』(7万6000語収録という、語数では『日本国語大辞典』の6分の1以下という辞書、値段は60分の1以下)に、なんと載っていたではありませんか!

「かりばら(借り腹)」=つま以外の女性の腹を借りて子どもを生んでもらうこと。」

これはたしかに「代理母」ですよね。 なぜ他の辞書に載っていないのか?ついこの間までの現代において、こういった「借り腹」をすることはありえなかった(なくなった)からではないでしょうか。江戸時代までは「借り腹」もあったかもしれませんが。それが科学技術の進歩と共に、また違った形で「借り腹」と同じ状況が出現してきているのが、21世紀である現代に甦っていると言えるのではないでしょうか?さらにSアナとの話は続きます。

「いわゆる『妾腹』も『借り腹』の一種ですよね。」

「そう言えばそうだけど、『妾腹』は『めかけの子』の意味じゃないの?」


調べてみると、両方の意味が今度は『日本国語大辞典』に載っていました。
承服しました。まあ、どっちも現在は「死語」だよな。
え?私?もちろん縁がありませんよ!

(追伸)

もう一度「平成ことば事情322『代理母』」を読んでみると、毎日新聞の記事から抜粋して、「妻の卵子を使わないのが『代理母出産』」、「妻の卵子を使うのが『代理出産』または『借り腹』」とあるではないですか。『三省堂国語辞典』の言うところの「借り腹」は、妻の卵子を使わないケースを想定していると思われます。(つまりその意味では「妾腹」と同じ。)現代における「借り腹」とは、意味がずれてきているようです。

2003/2/3


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