◆ことばの話1030「消えた言葉とソプラノの声」


お正月気分の抜けきらない1月4日のお昼前、テレビで米朝一門の落語をやっていました。
おなじみの桂ざこばさんが、朝丸時代に「出世作」となった「動物いじめ」を久々にやっていました。
懐かしいなあ、と思いながら聞いていると、その中で、「犬いじめ」が出てきました。

「犬いじめますな、犬に向かっていつもネコ、ネコ言いますな、すると犬は自分のことをネコと思いますな、そうすると・・・」

ここまで演じた時にふいにテレビからソプラノ歌手のような高い声が、

「ファ〜ラ〜!」

と聞こえてきました。え?何事?妨害電波?混線?と思った次の瞬間、ざこばさんの声に戻りました。

「犬は自分のことをオレはネコやと思てるから、全然逃げずに捕まりますな。」

あ!そうか。
放送禁止語が出たんだ。
それを消すのに、ソプラノの声を使ったんだ。
普通は「ピーッ」とか「ガオーッ」というふうに消すことが多いのですが、なぜかソプラノを使ったんだ。一体何が都合が悪かったのか?
きっと、野良犬の捕獲にきた保健所の職員のことを指して、

「犬とり」(あるいは「犬殺し」)

という言葉が使われたのではないでしょうか。
いまどき聞かない言葉ですけどね。
思うに、やはりテレビというのは誰が見ているかわからない、まさにマスメディアですから、ある程度「よそ行き言葉」を使うように制限は必要かもしれません。(放送時間帯などにもよりますが。)でも表現の自由との兼ね合いもあります。また本来、寄席の芸はそういった「しがらみ」から解き放たれるために、笑いを楽しもうとして見に行くわけですから、余計な制限があったら「ぶち壊し」です。劇場や寄席といった場所で、生で演じる演目に、よけいな制限をかけることは、いけないと思いますが、それがテレビで流れるのであれば、ある程度出し物が制限されたり、その中でモザイクや「ピー」音が入るのは仕方がないことかもしれません。でも、ざこばさんの話を楽しんでいただけに、「幽霊のようなソプランノの声」はちょっと残念でした。

※「平成ことば事情827『天国と地獄』の“放送にふさわしくない用語」もお読みください。

2003/1/31



◆ことばの話1029「含み損」

企業の3月決算期が近づいて来ました。そんな中、NHKのニュースでこんな言葉が出てきました。

「含み損」

株式などの評価額が下がることによって、売却せずに持っている株の価値が下がり、その分を「マイナス=損」として評価されることですよね。
この言葉を石澤典夫アナウンサーは、

「ふくみそん」

と「損」を濁らずに読んでいたのです。私の感覚では「ふくみぞん」と濁るので、他の人はどうなのかな?と気になり「ニューススクランブル」のSキャスターに聞いたら、私と同じように、

「ふくみぞん、と濁りますねえ。」

とのこと。そこで小さな辞書を引いたのですが、「含み益」は載っていても「含み損」は見出しに載っていません。
そこで『逆引き広辞苑』で「んそ(損)」の言葉を調べてみました。



異損、汚損、海損、買い損、替え損、旱(かん)損、聞き損、毀損、虧(き)損、朽損、共同海損、家(け)損、欠損、減損、荒損、差損、雑損、自損、実損、質量欠損、書損、水損、折損、全損、増損、大損、単独海損、力損、鉄損、手間損、内損、破損、干(ひ)損、評価損、風損、含み損、物損、分損、亡損、骨折り損、摩損、丸損、抑損、累損、例損



以上、「○損」の形の語は『逆引き広辞苑』には45語、載っていました。その中には「含み損」もあって、読み方は「ふくみそん」と濁らなかったのです!
そうか、NHKのアナウンサーは「広辞苑」を引いてたんだ、きっと。(ちなみに『日本国語大辞典』にも「含み損」は「ふくみそん」で載っていました。)
まあでも、濁るような気がするんですよね、「含み損」。
上で引いた45語のうち、「ぞん」と濁るのは、次の8語です。



買い損、替え損、大損、手間損、力損、骨折り損、丸損、聞き損。



他の濁らない「そん」と比べてこれらの目立つ特徴は、

「『買い損』『替え損』『骨折り損』『聞き損』という4語はいずれも『損』の前についている言葉が、送り仮名を伴った、動詞の連用形であること。」

です。逆に「そん」と濁らない残りの37語で、この特徴を持ったものは、「含み損」しかないのです。そこから考えると、「含み損」は「ふくみぞん」と濁っても良いように思われるのです。
それにしても「損」というのは「名詞=体言」ですから、その前につく動詞は「連体形」のように思えるのですが、なぜ「連用形」なんでしょうね?

2003/2/6


(追記)

3月11日(火)のNHK「クローズアップ現代」の男性ナレーターは、

「ふくみぞん」

と濁って読んでいました。(見ーつけた!って感じです。)

2003/3/11



◆ことばの話1028「太鼓の音」

季節の話題の時に、時々出て来るのが、

「太鼓の音」

です。先日、西宮戎神社で今年の福男を決める「レース」が行われた時にも、この「太鼓の音」が出てきました。スタートの合図に使われたのです。この時にこの「音」を、

「『おと』と読むか、『ね』と読むか」

問題になりました。
普通、楽器の「音」などは「ね」と言います。「笛の音(ね)」「琴の音(ね)」「ヴァイオリンの音(ね)」、全部「ね」ですね。それに対して、「物音」は「おと」と言います。
問題は楽器ではあるものの、今回のようにスタートの合図に使われるような場合です。
この場合は、「音色(ねいろ)」が問題ではなく、「音(おと)の大きさ」のみが問題なのですから、私は「おと」と読むべきだと思います。

でも、実際はどうでしょうか。「おと」と「ね」の区別は、結構難しいかもしれませんね。
原則、こういった事で対処して行こうと思います。

2003/2/3



◆ことばの話1027「んんん」

国語辞典の一番最初に載っている言葉は、もちろん「あ」です。これはどの辞書でも同じはずです。では、一番最後に載っている言葉は何か?
アナウンス部で二、三人に聞いてみました。

「なんやろう?アルファベットとかは、なしですか?うーん、『わ』かな?」
「『ん』ですか??」


そう、「ん」なんですけど、「ん」のあとに続くのが、辞書によってそれぞれちょっとずつ違うんですよ。皆さんご存知でしたか?手元にある辞書を引いてみると・・・。(「ん」の次に来る文字のアイウエオ順に並べました。)



*『日本語大辞典』(講談社)=「んだ」
うなずいてしまいますね。んだ、んだ。そうなんだ。
*『岩波国語辞典』(岩波書店)=「んで」
話が続きそうです。どうもいたりませんで。
*『広辞苑』(岩波書店)=「んとす」
今、まさに終わらんとす。文語調。
*『新潮現代国語辞典』(新潮社)=「んとする」
*『明鏡国語辞典』(大修館書店)=「んとする」

こちらは同じなんだけど、口語調。口語調にならんとするところ。
*『新明解国語辞典』(三省堂)=「んぼ」

けちんぼ、いやしんぼ、怒りんぼ、さくらんぼなどの「んぼ」。ちょっと変わったところで、こんなのは?

*『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)=「んま」

馬のことです。「んま」はあるのに「んめ」(梅)はなぜ載っていないのでしょうかね。もともと中国から入ってきた時の発音は、「うま」「うめ」ではなくて「んま」「んめ」の方が原音に近かったそうです。
そう言えば、アフリカには「ン」で始まる音が一杯あるそうで、実際、日本のJリーグ・ガンバ大阪で活躍し、去年のワールドカップでは例の大分・中津江村で話題になったカメルーン代表のエムボマ選手も、本当の発音に近く発音すると、

「ンボマ」

だそうですし、ほかにアフリカ出身の有名サッカー選手には、

「ンケケ」

という名前の選手もいますから、「ん」で始まる言葉は、決して珍しくはないのではないでしょうかね。
そして、いつも頼りにしているこの辞書、全13巻の最後は、

*『日本国語大辞典』(小学館)=「んん」

となっています。意味は、

(1)思い出したり、自問自答するときに発する語。うん。
(2)「ん」を重ねて否定の意を示す、弘前地方の方言。いな。いやいや。そうではない。




でも、この大辞典よりも、さらに最後まで行く辞書があるのです。



*『三省堂国語辞典』(三省堂)=「んんん」(1)ひどくことばにつまったときの声。うーん。(2)(女)(二番目の音(オン)を下げ、または、上げて)打ち消しの気持ちを表わす。ううん。



「ん」が『日本国語大辞典』よりも「ん」が一つ多い!しかも意味が2つ書いてある。特に2番目の意味の「んんん」は、確かに女性が使う言葉だ!ためしに上げたり下げたりして、

「んんん」

と声を出してみると、女性っぽくなりますよ。男性諸君、近くに人がいないところで、一人で試してみてください。ちょっと腰をくねらせたりして・・・。
実は、こういったおもしろい視点で辞書を見たのは、私の発案ではありません。ある本を読んで知ったのです。
武藤康史さんの『国語辞典の名解釈』(三省堂、2002・12・20)という本の中でこの点に触れています。165ページからの「『日本国語大辞典』第二版に至る道」のところです。それ以外も、おもしろい話満載のこの本、是非読んでみてください。辞書を引くのが楽しくなりますよ。

2003/2/3


(追記)

昨日、アナウンス部のアルバイト嬢の歓送迎会を、鶴橋の焼き肉屋で行ないました。ここは以前から私は「世界一うまい焼き肉屋さん」と呼んでいるのですが、久々に行ったところ、まあ、本当に絶品!でした。で、ここのタンやヒレ肉を口にした時に感じた言葉は、

んんんんんまいっ!

でした。是非、『日本国語大辞典・第三版』に採用してもらいたいぐらいです。
この「んんんまいっ!」というような表現は、浦沢直樹さんの柔道漫画『YAWARA!』に出てくる、柔ちゃんのおじいさん・猪熊治五郎(声は永井一郎さん)が、よく吹き出しの中のセリフとしてしゃべっていたような気がします。
あ、鶴橋のお店の名前は「吉田」です。

2003/2/5


(追記2)

子供たちに人気のアニメ「ポケモン」をたまたま見る機会がありまして、その中で、主人公の男の子が、
「んなわけねーだろ」
と言ってました。「そんなわけ」の「そ」が脱落した形ですね。こういうのも辞書に載せるのかなあ。

2003/2/12

(追記3)

『大辞林』の第三版が出ました。アナウンス部で購入しました。
「ん」の項目の「最後の言葉」は何かなあ、と思って引こうと思った瞬間、新人の虎谷(とらや)温子アナウンサーが「何をしてるんですか?」とやってきたので、
「この辞書の『ん』の最後の言葉は何だと思う?」
と聞いてみたら、驚いたことに即答で、
「『んどぅば』でしょ!」
と言ったのでビックリしました。あ、そうか、虎谷アナウンサーは青森出身だったから、青森弁かな?と思って、
「青森弁は載ってないでしょ。」
と言うと、
「違いますよ!これは筑波でみんな言ってたんです。」
あ、そうか虎谷アナウンサーは筑波大学出身だったので、茨城弁かな?なんだかアフリカの言葉のような感じですね。
そうそう、『大辞林』第三版の「ん」の項の最後の言葉は、
「んぼう」
でした。
2006/11/6



◆ことばの話1026「BSEいわゆる狂牛病」

平成ことば事情595「BSE」の続報です。
今年(2003年)に入ってから、「BSEいわゆる狂牛病」の検査で陽性と判断された牛が、和歌山と北海道で相次いで発見されました。6頭目、7頭目にあたります。皆、同じ代用乳を飲んでいたことが判っています。こういった牛は「感染牛(かんせんぎゅう)」と呼ばれていますが、読売テレビのニュースでは「感染した牛(うし)」とかみくだいて言うようにしています。「感染した人」を「感染者」と呼ぶのが許されるのなら、「感染牛」も不思議ではないようにも感じないこともありませんが。「平成ことば事情489死亡牛・廃用牛」では、当時3頭目のBSE感染牛が出たことを記述していました。
さて、もう6頭目の感染牛ということで、読売テレビでは1月19日のローカルニュースでは、「BSEという呼び名も、もう定着したであろう」という判断のもとに、「BSEいわゆる狂牛病」という説明をやめて、単に、

「BSEに感染した疑いのある牛が」

というふうに読みました。そして次の日(1月20日)に日本テレビからも、

「今後は『BSE』のみでいく」

という通達が回ってきました。
さて、では他局はどうか。知人にメールで質問を送ったところ、返事がバラバラと返ってきました。それによると、

(日本テレビ)BSE
(TBS)?
(フジテレビ)BSE
(テレビ朝日)BSE=いわゆる狂牛病
(テレビ東京)BSE=いわゆる狂牛病
(NHK)リードで1回、本文で1回「いわゆる〜」をつける
(毎日放送)?
(朝日放送)BSE,いわゆる狂牛病(これはラジオ。但しテレビはBSEのみの場合もある)
(関西テレビ)BSE、今日牛病
(テレビ大阪)BSE
(共同通信)BSE、いわゆる狂牛病
ということでした。読みが「BSE」だけなのは、日本テレビ系列とフジテレビ系列、それにテレビ大阪ということになります。

字幕スーパー表示は、各社、字数を減らすために「BSE」のみにしているところも多いようですが、フジはスーパーは「BSE狂牛病」としているそうです。(1月21日現在)
ところが、「BSE」だけにしたはずの「日本テレビ」で、7頭目の感染牛が北海道で出た日のニュースで、「BSEいわゆる狂牛病」と「いわゆる〜」をつけて読んでいたのです。
感染牛が出るケースが少ないために、BSEという名称が浸透したかどうかの確認がなかなかできずに、こういった混乱が起きているものと思われます。
できれば、感染牛が出ないことが理想なのですが・・・。

2003/2/4

(追記)
2004年5月5日の毎日新聞の記事、
「米テキサスの歩行困難牛『BSE検査怠った』」
という見出しで、本文でのBSEの表記は、
「BSE(牛海綿状脳症)」
とだけで、「狂牛病」の文字はありませんでした。


2004/5/6