◆ことばの話1005「旧字体・異体字」

新聞に使われている漢字は基本的に「常用漢字」です。常用漢字表に載っている漢字のことで1945字あります。それに人名漢字285字と、各新聞社独自の判断で使うことにした、常用漢字表に載っていない漢字=表外字が、ルビなしで登場しています。
さて。
ここで問題なのは、人の名前や地名などで、いわゆる旧字体や異体字が出てきた場合です。
普通は、常用漢字を使うのですが、どうしても本人が「その字体を使って欲しい」と、強く要望された場合などは、旧字体・異体字を使うケースもあり、必ずしも「絶対使ってはいけない」わけではなく、恣意的なのです。
例えば、長嶋茂雄さんの「嶋」は、「島」ではなく「嶋」を使いますが、他の「ながしま」さんだと、何も言わなければ「長島」にされてしまいます。「島」という漢字は「嶋」以外に「嶌という、「山」が「鳥」の上につく字体もあります。これが異体字です。
長嶋さんは2回目の巨人監督になる頃に、(詳しいことは忘れたのですが)他の誰かが「嶋」の字を使っているのを見て「それならオレも」と「長島」から「長嶋」に換えて欲しいと希望した、とどこかで読みました。思い出せません・・・。
「本人がそうして欲しいと言うのであれば、希望に添えばいいじゃない」
たしかにそうなのですが、それは大変手間のかかる作業でもあります。今のようにワープロのキーボードで打てばどの字体も簡単に出てくるのなら、そんなに手間もかからないのでしょうが、昔はその字体のために、いちいち活字を作らなければならないとすると大変な手間だったのでしょう。
しかし現在でも、例えば「渡辺」の「辺」に至っては、異体字が65種類もあるそうです。それを使っているご本人でなければ差がわからないくらいのものなのでしょう。このワープロで「辺」をいくつか打ち出してみると、
「渡辺」「渡邉」「渡邊」
の3種類の「辺」が出てきました。二つ目と三つ目の違い、分りますか?
このほかに異体字でよく目にするものをいくつか思いつく限り挙げてみると、



「条・條」「浜・濱」「峰・峯」「斉・斎」「巌・巖」「沢・澤」「竜・龍」「付・附」「真・眞」
などなど、まだまだあると思います。
さて。
『新聞研究』という雑誌の2002年9月号に、九州・鹿児島の南日本新聞・編集本部長の有川賢司さんという人が「人名は“本人の顔”」という記事を書いています。それによると、



「南日本新聞社は六月一日から人名と郡名の表記変更を同時に実施した。人名用漢字は原則的に本人が使用している文字を、また郡名は弊社が長年使っていた『指宿郡』を『揖宿郡』に、『肝付郡』を『肝属郡』に改めたものだ。」



なんだそうです。南日本新聞社ではこれまで、他の新聞社同様、日本新聞協会の用語懇談会の申し合わせや、共同通信の「記者ハンドブック」に準拠し、「人名でも旧字体など使用せず、常用漢字表・人名漢字表のうちいわゆる新事態に書き換える」という取り決めを貫いていたのだそうですが、人権意識の高揚や人名を積極的に掲載するための特例措置が加わると現実的ではなくなってきました。そこで、「本人使用文字を許容するか否か」を判断する「用字用語検討委員会」(編集本部長、部長1人、デスク3人)を設置して2か月にわたり検討を加えてきたそうです。その結果「人名は原則として本人使用文字で表記する」ことにしたのです。その際に7つの運用基準を決めたそうです。その7つとは・・・



(1)本人使用文字の範囲は、本社記者パソコンに搭載してある文字のうち、当面『外字』を除く文字群を指す。
(2)記者パソコンに搭載されていない字体の場合、近似している搭載文字で代替する
(3)代替不可能であると出稿部責任者が判断した場合にかぎり『作字』する
(4)共同記事の使用文字との不整合は基本的に許容する。ただし、鹿児島出身の政治家、スポーツ選手、芸能人などで、自社記事なら当然本人使用文字で表記するケースは編集部で共同記事を手直しする
(5)本人と直接接触するのが不可能あるいは困難な場合、発表資料などに記載された文字を本人使用文字とみなす(被疑者など警察発表の人名。選手名簿など)
(6)フロッピー提供の人名は原則手入れしない
(7)歴史上の人物は、共同通信の基準にならう




ということだそうです。そしてこれまで掲載された人名漢字をチェックした結果、シフトJISの「第3水準」まででほぼカバーできることもわかったそうです。つまり普通のワープロソフトで対応できるということですね、きっと。
そしてこの用字用語検討の指揮を執った有川編集本部長は、
「われわれはこれまで用字・用語問題を考える上でちゃんと読者の立場を考慮してきていただろうか」
という疑問を呈しています。
実は去年11月の鹿児島で行われた、日本新聞協会の新聞用語懇談会秋季総会の席で、南日本新聞社の籾木(もみき)編集局長から、この件に関する報告が行なわれました。そこで私が聞いた話では、
「人名は人格権の一部なので、字を書きかえるのはいけない」
ということで、ちょうどその日(11月19日)の朝刊を例に挙げて、
「今朝の朝刊では、例えば九州医師会の米盛学会長の『学』という字を、本人が使用している旧字体の『學』という字を使っている。」
「本人使用の字体を採用して半年近くになるが、反応は・・・驚くほどなかった。つまり苦情が来なくなった。取材現場での苦情もなくなった。」




ということでした。
テレビは新聞に比べると「しばりが緩い」というか、厳密な運用がなされているとは思えないのですが、それでもニュースの現場ではしばしば、
「どちらの字体を使うべきなのか?」
という疑問に悩まされます。南日本新聞社の取った今回の新しい指針は、大いに参考になるものと思われます。
なお、常用漢字関連で言うと、明治書院が出している雑誌『日本語学』の2002年12月号が「文字・表記の現在と課題」という特集を組んでいて、参考になりますよ。



2003/1/16


◆ことばの話1004「マイレージとマイレッジ」

用語懇談会放送分科会でご一緒しているフジテレビのKさんから、メールで質問が来ました。



「航空会社が行なっているマイレージサービスですが、マイレージとマイレッジの両方の表記がありますが、どっちを採用すればいいでしょうか?」



そうでしたか、全然気付きませんでした。私が使っているのは「マイレージ」ですけど。JAL(日本航空)とANA(全日空)。
Kさんは、
「これに似た用語は、量販店のポイントカードやスーパーのお客様カードなど、挙げればきりがありません。統一用語があれば便利だなと思います。」
とメールを続けていました。
実際の使用状況はどうなのか?また、インターネット検索のGoogleで調べました。



「マイレージ」・・・4万8800件(95,46%)
「マイレッジ」・・・・・2320件( 4,54%)




ということで、圧倒的に「マイレージ」ですね。「マイレッジ」はJAS(日本エアシステム)が使っていたようです。
読売新聞・校閲部が去年(2002年)出した『新聞カタカナ語辞典』(中公新書ラクレ)を引いてみると、「マイレッジ」は見出しにはなく、「マイレージサービス」で立項していました。そこから引用します。
「航空会社が、自社のマイレージ会員の乗客が搭乗した飛行距離の総マイル数(マイレージ)に応じて、無料の航空券などを提供するサービス。利用客囲い込みのため欧米で始まり、日本では日本航空が1993年から国際線で始め、97年には国内線でも適用されるようになった。最近ではクレジットカードの機能を加えたマイレージカードが主流で、買い物をするとマイル(距離)がたまるものなどがある。また、たまったポイントを慈善団体に寄付できるなど、サービスも多様化している。」
なるほど。国内線は1997年からというと、意外と新しいサービスなのですね。
特に特定商品名ということでもなさそうなので、使用頻度で判断して「マイレージ」で良いのではないですかね。




2003/1/16


◆ことばの話1003「タクシープール」

1月14日、山形県のJRの駅に、20歳のバカ者が運転する車が突っ込むという事件がありました。それをリポートしていた山形放送の記者が、



「車はこのタクシープールを横切って駅に突っ込みました。」



とリポートしていました。ん?タクシープール?聞き慣れない言葉ですね。
「タクシー乗り場」ではないのか?
でもそれなら「タクシー乗り場」と言うはずですね「タクシープール」というのは、大阪で有料駐車場のことを「モータープール」と言いますがその「プール」(駐車場)の意味で、
「タクシーの溜まり場」
という意味ではないかな?
そこでGoogleで検索。
お!なんと1030件引っかかりました。その中に「タクシープール」の写真が載っているサイトもありました。それを見ると、やっぱり「タクシーの溜まり場」のことですね。大きな駅などの場合はタクシー乗り場の脇にあって、乗り場に1台1台行く前に、溜まっているところです。
それにしても、初めて耳にした言葉でした。タクシープール。覚えておこう。
『日本国語大辞典』には載っていませんでした。



2003/1/14



◆ことばの話1002「リコール請求」


小学校の建て替え問題で揺れる滋賀県豊郷町の大野和三郎町長に対する、反対住民によるリコールのための署名が、昨日(1月8日)規定の数を超えていたことがわかりました。これで、町長の解職をめぐる「住民投票」が行われることになります。
そのニュースを伝えた今朝(1月9日)の各新聞の表記が微妙に異なります。
(読売)解職請求(リコール)
(朝日)解職請求(リコール)
(毎日)解職請求(リコール)
(産経)リコール請求
(日経)解職(リコール)




つまり読売・朝日・毎日は「リコール=解職請求」なのですが、産経・日経は「リコール=解職」なのです。「リコール」という言葉に「請求」を含むのかどうか。もし、リコールが「解職請求」であれば、「リコール請求」という表現は、
「解職請求請求」
となってしまって、「請求」が重なってしまうのではないか?ということです。
いろいろ調べてみると、大抵の本には、
「リコール=解職請求」
とありました。でも、
「リコールされた」
という表現の場合は、「解職請求された」ではなく「解職された」という表現に使うことの方が多いのではないでしょうか?
外国語に「する」を付けて日本語にするケースは非常に多いのですが、「解職請求」という言葉は「解職」と「請求」という2つの動作を表わす言葉を含んでいます。その2つを意味するのか、どちらか一方だけを使うのか。日本語に取り込む場合には2つの意味を持った言葉を使うのは馴染まないので、このような混乱が起きているのではないかと思います。日本人は、「1つの外国語には1対1対応で単語を当てはめることが自然である」と、無意識のうちに考えているのではないでしょうか?
英語に詳しいWアナウンサーに聞くと、
「リコールは呼び戻すとかそんなイメージの言葉ですから、請求まで含むんじゃないですか?」ということでした。



2003/1/14




(追記)



住民投票は、3月9日に行なわれることが決まりました。



2003/1/23


◆ことばの話1001「3階と13階」

日本新聞協会用語懇談会のKさんからメールがきました。
「『放送で気になる言葉』の数字・助数詞のところで、『階数』を言う時、この前の会議では、3階も13階も『ガイ』と濁ることにしましたが、TBSのGさんから『“3階”はサンガイと濁るが、“13階”“23階”は濁らないのではないか?』と言ってきたのですが、道浦さんはどうですか?」
あー!言われてみれば「13階」「23階」は濁らないような気がしてきたぞ。この前の会議では特に考えずに、
「3階は濁るんだから、その前に10が付いて13階になろうが、23階になろうが濁るだろう」
と思って『濁る』に賛成してしまったのですが。
そこでさっそくアナウンス部のみんなや、アナウンサーOBの方16人に、
「ニュースで、3階、13階、23階、33階、103階を読む時は、どう読むか?」
と聞いてみました。結果は以下の通り。


  <3階> <13階> <23階> <33階> <103階>
濁る「ガイ」 15人 5人 5人 7人 4人
  (93,8%) (31,3%) (31,3%) (43,8%) (25,0%)
濁らない「カイ」 1人 9人 9人 8人 11人
  (6,2%) (56,3%) (56,3%) (50,0%) (68,8%)
両方 0人 2人 2人 1人 1人
    (12,4%) (12,4%) (6,2%) (6,2%)



つまり、TBSのGさんがご指摘の通り、「3階」以外は、「濁らない」という人が多数派だったのです。
とは言うものの、揺れてはいます。特に「33階」は、「13階」や「23階」に比べると「濁る派」が多く、「濁らない派」とほぼ同数です。
単独の「3階」は特別に濁るんでしょうかね。数字に助数詞の「階」が付いたものというよりは「三階(サンガイ)」という一つの言葉、という概念が強いので濁るんでしょうか。昔は13階とか23階なんて建物はなかったでしょうから。
「33階」で濁る人が増えるのは、「三十三間堂」など、昔から「三十三」にまつわる言葉が多かったからではないでしょうか。
話は変わりますが、聖徳太子の「冠位十二階」は、その後少しずつ「冠位」が増えるのですが、途中で「冠位十三階」になる段階がありました。これなどは皆さんはどう読みますか?冠位「ジューサンガイ」?それとも「ジューサンカイ」?
この場合は「冠位」が一段一段あって、それを一つずつ別々に数えるから「カイ」と濁らないのではないでしょうか?
結局、そのあたりに、助数詞の「濁る」「濁らない」の秘密はありそうですね。



2003/1/17



(追記)
平成ことば事情435「三階の“かい”と“がい”」もご参照ください。おんなじようなことを書いていますが、ちょっと違うデータも出ていますので、ゼヒ!



2003/3/14

(追記2)

2007年1月25日、東京・大田区の高齢者住宅で起きた火事を、テレビ朝日のお昼のニュースで報じていました。
その際に丸川珠代アナウンサーが、「3階」を、
「サンカイ」
濁らずに2度、言ったように聞こえました。
2007/1/25