ことばの話1000「ガタンゴトン」

年末の休みに、JR大阪駅横の大阪中央郵便局前の横断歩道を歩いていた時のことでした。
横断歩道横の鉄橋を電車が通った時に、大きな音を立てました。その音が、私の耳には、
「ガタンガタン」
と聞こえたのです。おや?電車の音は、
「ガタンゴトン」
ではないのか?ふだん、「電車が、線路の繋ぎ目を通過する時の音は?」と聞かれれば、おそらく100人が100人、「ガタンゴトン」と答えるでしょう。ところが私の耳にはどうしても「ガタンガタン」としか聞こえなかったのです。

「もしかしたら、『電車の音はガタンゴトン』という固定観念に縛られて、ふだんは『ガタンゴトン』という擬音しか思い浮かばなくなっているのではないか?」

そういう考えが浮かびました。
後日、もう一度「なぜ私の耳には『ガタンガタン』と聞こえたのか?」について、Sアナウンサーと話をしました。そして分ったことは、

「電車の音を外部の定点から聞いた場合、そこを通過する電車の車輪が線路の継ぎ目を通過する時の音は、(電車のスピードが一定であれば)常に一定である。だから最初に『ガタン』と聞こえたなら2回目も『ガタン』。よって外から聞く場合には『ガタンガタン』と聞こえる」

ということです。でもたしかに「ガタンゴトン」と聞こえる時もありますよね。それはどういう場合なのでしょうか?答えは、
「電車に乗っている時」
です。電車に乗っている時は、最初の車輪が「ガタン」という音を立てて線路の継ぎ目を通過した後、乗っている人も同じように移動していますから、次に車輪は後ろの方で線路の継ぎ目を通過することになります。それによって、乗っている人の耳には『ゴトン』と聞こえる、そう『ドップラー効果』によるのではないでしょうか。『ドップラー効果』、高校の物理かなんかで習いましたね、救急車のサイレンが近づいてくる時と遠ざかる時で変わるという、あれです。救急車のサイレンは、音の高さは下がって聞こえますが、「ピーポーピーポー」というサイレン音の表現は変わりません。しかし電車の場合は、音の高さが下がる事を、「ガ」から「ゴ」へ、つまり「ガタン」から「ゴトン」へと音の高さの違いを、母音をA(ア)からO(オ)に変えることで表現しているのです。

こんなことに気付くのに、40年もかかってしまいました。

2003/1/10


◆ことばの話999「キリキリとぎりぎり」

なぜかまた、頭の中にぽかんと浮かんだ疑問。
「キリキリとぎりぎりは、どう違うのだろうか?」
この場合の「キリキリ」は、「頭がキリキリ痛む」の「キリキリ」ではなく、「ぎりぎり」に近い意味での「キリキリ」です。私はよく使われました、母に。
「あんたは、いっつもキリキリにならんとやらへん!」
これは「ぎりぎり」ではなくなぜか「キリキリ」でしたねえ。意味の上では「ぎりぎり」と同じなんですが、微妙な差があるような気もします。それとも「キリキリ」は方言でしょうか?
『日本国語大辞典』を引いてみましょう。(用例は省略)まずは濁る方の「ぎりぎり」です。

「ぎりぎり(限限)」=
「それを限度として、それ以上また、それ以外には余地のないこと。また、そのさまを表わす語。極限。極点。」

ホホウ、「限限」と書くんですね。つまり、「ギリ(限)まで」というのを重ねて強調した擬態語ということですね。
続いて濁らない「キリキリ」。
「きりきり」
(1)物のきしってまわる音、歯をくいしばる音やさまなどを表す語。
(2)強く力を入れて巻きつけたり、引きしぼったりするさまを表わす語。
(3)幾重にも渦を巻いているさま、くるくると回るさまを表す語。
(4)かいがいしくてきぱきとするさま。ぐずぐずしないで、さっさとするさまを表わす語。
(5)心がひきしまるさま、また、心に深くしみこむさまを表わす語。
(6)心がいらだったり、神経質になったりするさまを表わす語。
(7)頭、胸、腹などがさしこんで痛むさまを表わす語。

おや?7つも意味の種類があるのに、「ぎりぎり」と同じ意味での「キリキリ」は載っていないぞ!?
と思ってよく見てみると、その二つ前の項目にまったく違う項目として、「きりきり」載っていました。

「きりきり」=
「『ぎりぎり』に同じ。*開化の入り口(1873−74)<横河秋涛>上「夫だから頭のきりきりから足の爪先まで御世話がやけるノサ」

たくさん載っていた「きりきり」とは語の成り立ちが違うということですか。「ぎりぎり」と同じって、それでは今回は役に立ちませんねえ。
ちょっと横道に逸れますが、「極限まで」という意味合いでよく似た言葉に
「キチキチ」
というのがありますね。これは、
「この靴、キチキチでもう足が入らない」
「もう会場はキチキチで、これ以上は無理」

というように、ある「容量」の入れ物に限界まで詰まった状態、はちきれそうな状態、これ以上入らない状態を指しますね。
一方、「ぎりぎり」は、いろんなものの限界を示すのですが、「もう入らない」ではなく
「まだ、ちょっとだけ入る」
限度のように思えます。つまり許容最大限。「キチキチ」は、「もうダメ」なのでちょっとニュアンスが違うように感じます。
「キチキチ」に濁点を付けた「ギチギチ」はどうでしょうか?私の感覚では、濁音の付いた方が大きい感じがします。何が大きいかというと、この場合は「すき間」が大きい。ということは、「まだ余裕がある」ということで、「ギチギチ」の靴はなんとか履けるけど、「キチキチ」の靴はもう履けないように感じました。

そういったことなども考えあわせると、私にとっての「キリキリ」は、
「締め切りの時間に関しての限度」
で使われ、しかも、間に合うか間に合わないかでいうと、
「間に合う」
ケースに使われるように思うのですが。インターネットGoogle検索で調べてみましょう。

ぎりぎり間に合う・・・・・・2万5700件
ギリギリ間に合う・・・・・・3万3500件
ぎりぎり間に合わない・・・・1万6900件
ギリギリ間に合わない・・・・2万2800件

きりきり間に合う・・・・・・・・・592件
キリキリ間に合う・・・・・・・・1270件
きりきり間に合わない・・・・・・・498件
キリキリ間に合わない・・・・・・・904件

圧倒的に「ぎりぎり」「ギリギリ」が使われていますね。特にカタカナの方がよく使われています。でも「きりきり」「キリキリ」も確実に使われているようです。方言なのかどうかはわかりませんが。また「間に合う」「間に合わない」での使い分けも特に数字の上では出ていません。「ぎりぎり」「キリキリ」とも「間に合う」方が多いようです。
ただ、ここでの「きりきり」「キリキリ」の方は、「腹がキリキリいたむ」という文章と一緒に「間に合う」が使われている例も多いので、実際に、時間の限度としての「きりきり」「キリキリ」の使用頻度は、もっと少なくなりそうです。

2003/1/14

(追記)

阿刀田稔子・星野和子『擬態語擬音語使い方辞典・第2版』(創拓社、1998)によると、「きちきち」と「ぎちぎち」の違いについては、
「きちきち」(意味2)=「中身がいっぱいに詰まってすき間のないようす。また、時間、空間、数量が窮屈で余裕のないようす。」
とあって、例文に「きちきちに間に合う」が載っていました。そして、
「ぎちぎち」(意味2)=「容積にゆとりがなくいっぱいに押し込んであるようす。
そして同義語のところに、
「きちきち」(意味2)=「押し込む感じが強調されていない」
となっています。これは私の感覚とはまったく逆です。こういった擬態語は、人によって感じ方が違うからこそ面白いとも言えます。おおむね同じ意味ですから、それでコミュニケーションが阻害されることもないですしね。

2003/1/17


◆ことばの話998「トラッキング現象」

(これも去年12月19日の新聞記事からです。)
読売新聞にこんな見出しが。
「コンセントのほこり発火」
大阪の豊中市で、10月に8棟が全焼する火災があったのですが、その原因は、電源プラグを差すコンセント部分にたまったほこりから発火したことによることが、大阪府警・豊中南署などのしらべでわかった、という記事でした。そして、こういった原因で発火することを、
「トラッキング現象」
と呼ぶそうです。これも初めて聞きました。豊中南署では、「つなぎっぱなしのプラグは抜いて掃除を」と注意を呼びかけているそうですが、いかにも歳末大掃除の時期にふさわしい記事ですね。って、もう、年明けてしまってるじゃない。ほんと、掃除しないんだから、切り抜き記事の・・・。
それはさておき、私は「トラッキング」と聞くと、音楽、録音関係の言葉かなと思うのですが、このホコリで発火するという「トラッキング現象」という言葉は、どのくらい使われているのか?いつものようにGOOGLEでインターネット検索してみると、「トラッキング現象」はなんと987件も出てみました。思った以上に日本全国、「トラッキング現象」が起きているようですね。確かにコンセントのプラグなんて、つなぎっぱなしだもんなあ。
で、単純に「トラッキング」だけで検索すると、5万100件でした。つまり「トラッキング」という言葉は、やはりいろんな意味があって、このホコリで発火の「トラッキング現象」というのが「トラッキング」全体に占める割合は2%くらいにしか過ぎない、ということで、よっぽど「トラッキング現象」が蔓延しない限り、「トラッキング」と聞いて「トラッキング現象」を思い浮かべるようにはならないだろうなあ、と思ったのでした。
それにしても「トラッキング現象」には十分ご注意ください。こまめに掃除を、ね!
(自戒を込めて。)

2003/1/16


◆ことばの話997「ANIME」

(去年の切り抜き、ようやく整理してます。)
2002年12月19日の産経新聞。ニューヨークの内畠嗣雅記者のコラムのタイトルは、 「ANIMEは立派な英語」 ホホウ。アニメは英語ですか。その記事を読んでみますと、
「英語でANIME(アニメ)というと、日本のアニメのことで、動画という意味のアニメーションとは区別される。『遊☆戯☆王』はアニメだが、ディズニーはアニメーションである。そんなふうにいうのはニューヨークのテレビ業界の人たちだけかと思っていたら、ウェブスターの辞書(電子版)にも『アニメ』がちゃんとのっていた。」
そうで、採用したのは1988年だそうです。
「ツナミやフトンなどは英語でも使われるが、和製英語がそのまま英語になった例は珍しい。カラオケの一部(オーケストラ)がそうだといえなくもないが。」
さらにこの短い文章は、このようにまとめています。
「日本人が動画のことだと思っている『アニメ』が米国では独特の意味を持ち始めている。業界の人は『アニメは一秒間のコマ数が少ないから、歌舞伎みたいに見えるんだよ』と解説する。」
そうなのかなあ。アメリカ人にはそう見えるのかな。
そんな中、宮崎駿監督のアニメ映画、『千と千尋の神隠し』が、アメリカでまた賞を取ったというニュース。日本では、
「これできっと3月のアカデミー賞のアニメーション部門か外国映画部門か知らんけど、何かの部門で、賞を取るに違いない!!」
という期待が高まっています。期待があまり大きいと・・・がっかりしないように、是非取っていただきたいとは思うのですが。
アメリカ人はあの映画をどのように感じてるんでしょうね。どんな意味で賞を授けているんでしょうか?ドイツ人も「金熊賞」を与えているけど、「なぜ受賞したか?」といった評価はあまり聞かないんですよね。
そのへんを知りたいなあ。

2003/1/14

(追記)

先日、NHKの「ようこそ先輩!」という番組で、アニメーション作家の古川タクさんという方が、母校の三重県上野市にある上野東小学校を訪れて、6年生にアニメーション製作を実地に教えていた様子を放送していました。私も生まれが上野市なので、興味を持って見ていたのですが、なかなか楽しそうで、こんな授業なら子供たちも楽しく学べるだろうなと感じました。その番組の中で古川さんは、このような話をされました。

「アニメーションのANIMAという言葉は、『命・魂』という意味。絵に命を吹き込むのがアニメーションなんだ。」


なあるほど。
紙に書いた絵が「パラパラ漫画」の要領で動きを持つ、それが絵に命を吹き込むこと。
私は納得して深くうなずいたのでした。


2003/1/30


ことばの話996「イコカで行こか」

またまた「古いニュース」になってしまいましたが、去年12月19日の新聞記事から。(産経、毎日)
JR西日本は12月18日、JR東日本の「スイカ」カードに対抗して(?)、2003年秋にIC(集積回路)チップを埋め込んだカードを導入すると発表しました。その名前は、
「イコカ」
もちろん、「行こうか」=「レッツ・ゴー!」という意味に大阪弁、
「行こか」
に引っかけてあるのですが、一応、英語の
「IC Operating Card」(アイ・シー・オペレーティング・カード)
の下線を引っ張った部分を読むと「イコカ」となるということです。なるほど。
このネーミング、贔屓目に見てるためか、「スイカ」よりよっぽど良いと私は思うのですが。気軽に呼べるし。
東日本の「スイカ」って冬は言いにくいし、電車とスイカの結びつきが不自然でしょ。スイスイ通れる、というのも、なんだか・・・だし。
「イコカ」は短くてわかりやすいところがポイントですね。
ほな、イコカ。

2003/1/14

(追記)

「スイカ」も「イコカ」もアクセントは頭高アクセントで、「HLL」です。

2003/12/9

(追記2)

2004年8月1日から、阪急、京阪、能勢の3つの電鉄で、自動改札機に触れるだけで通れるICカードを導入するそうです。名前は、
「PiTaPa(ピタパ)」
JR西日本の「ICOCA(イコカ)」が「前払い方式」なのに対して、ピタパは使った分の運賃を金融機関の口座から引き落とす「後払い方式」になるとのことです。たぶんアクセントは頭高の、
「ピタパ(HLL)」
になると思います。

2004/7/18