◆ことばの話975「アイワイバンク銀行」


電車の中で見かけた広告。最近時々目にする名前でした。
「アイワイバンク銀行」
けど、ちょっと待ったぁ!!これって「バンク」と「銀行」が重なってないかい?「バンク」はもちろん「銀行」の意味でしょ?そうすると、訳すると意味の上では、
「アイワイ銀行銀行」
になってるわけですよね。これによく似たものでは、河川の名前を英語で表示したケースがあります。例えば、
「YODOGAWA RIVER」
なんて言うのは、
「淀川川」
になってませんか?もちろん
「YODO RIVER」
というような表記も見かけるのですが、そうすると、「よどがわ」の「がわ」は固有名詞ではないのか?という問題が生じます。「よどがわ」までで固有名詞ではないのでしょうか?
どうなのかなあ。難しい問題ですねえ。


2002/12/26
(追記)
最近さかんに、
「アイワイバンク銀行は、セブン銀行にかわりました」
とコマーシャルしています。「アイワイ」は、
「イト−(I)ヨーカドー(Y)」
の頭文字から取っていたのでしょうが、そのイトーヨーカドー傘下のコンビニエンス・ストア、
「セブンイレブン・ジャパン」
の方が、規模が大きくなってしまったので、グループとしてもセブンイレブンの方が「傘」になることになったのですね。(今流行の「持ち株会社」方式だとおもいますが)それで、銀行の名前も、
「セブン銀行」
と。別に、ウルトラセブンがやってるわけではありません。セブンスターもマイルドセブンも売っていません。あ、コンビニには売っているかもしれませんが。もとの「アイワイバンク銀行」は、「バンク」と「銀行」が重複していましたが、「セブン銀行」となったことで、その重複が解消されましたね。なぜ重なっていたかと言う、と銀行法で「銀行」と付けないといけなかったそうなので、まあ仕方なく「バンク」と「銀行」が重複していたようです。


2005/10/28


◆ことばの話974「鉄道屋」

12月の初めに世の中を騒がせたのは、「七人の侍」でした。もう、忘れているかもしれないけど。つまり「道路関係四公団民営化推進委員会」の7人の委員のことです。今井敬委員長がやめてしまったり、紛糾しましたよね。作家の猪瀬直樹さんが奮闘していました。その様子を「週刊文春12月12日号」で取り上げています。タイトルは、
『「道路公団・七人の侍」を分断した野武士、悪代官、バカ殿』
その中で委員会の紛糾ぶりが記されているのですが、ちょっと紹介しましょう。



「まずは、今井委員長の唯一の味方、中村英夫氏が『鉄道屋が、競争相手の道路の改革案をまとめるのはいかがなものか』と、JR東日本会長の松田昌士氏が書いた案に先制ジャブ。当然、松田氏は『失礼な』と怒り出すし、評論家の大宅映子氏は『そういう中村さんは道路を背負ってるじゃない』と反撃に転じる。ちなみに中村氏は東大名誉教授で土木工学のドン。猪瀬氏も『それを言うなら今井委員長は鉄屋でしょ。道路をつくったほうが鉄屋は儲かる』と新日鉄会長の今井委員長を批判して松田案を援護射撃する。」



内容もすごいですが、その中に出て来た言葉、
「鉄道屋」
という言葉。東大名誉教授ともあろう人が、公の会議の席で「鉄道屋よばわり」するというのは、相当なのだなと。もちろん「売り言葉に買い言葉」で猪瀬さんも、
「鉄屋」
と言ったのでしょうが、こういう使われ方をすると間違いなく「○○屋」という言い方は、差別語ですね。差別するための武器(相手を貶めるための武器)としての言葉です。
「○○」の中にどんな職業が入っても差別語になりうるでしょう。
言葉というものは、それ単体で差別語になるのではなく、そのシチュエーションによるのだということを実感させてくれた出来事でした。



2002/12/26


◆ことばの話973「厳刑と極刑」

12月11日に和歌山地裁で判決が出された和歌山毒入りカレー事件。冒頭、「主文後回し」ということがわかったことで「おそらく死刑判決が出る」とマスコミ各社は判断しました。
それを受けた新聞各紙の夕刊に
「林真須美被告、厳刑へ」
と言う文字が躍りました。
おや?「極刑」ではなく「厳刑」。「極刑」と「極めつける」ことを避けています。
「極刑」と「厳刑」はどのくらい違うのでしょうか?『日本国語大辞典』を引いてみました。
「極刑」=この上なく重い刑罰。死刑のこと。
「厳刑」=きびしい刑罰。重い処分。重刑。



まあ、予想していた通りのことが書かれていたわけですが。つまり、主文が言い渡されていないので、見出しに「死刑」「極刑」と打つことは(一般紙は)できなかったということのようです。しかしこの「厳刑」、音で聞くと、
「ゲンケイ」
すなわち、「減刑」を思い浮かべてしまうので、この場合の「厳刑」というのは、テレビ的には「?」なのですが、文字のイメージを大切にする活字メディアでなら、OKでしょう。
「死刑へ」
と「へ」を付ければ、確定ではないので、もし「極刑」でなかった場合に言い逃れが出来ます。しかし、そこはやはり文字の重み、そして命の重みということで、こういったところにも、それは現われているのだなと思いました。そういう意味でも、4人の命を奪った犯人は、決して許されることのない行為を犯したのだと、改めて思います。



2002/12/26


◆ことばの話972「受刑者と服役囚」

12月11日、和歌山地裁で開かれた、毒入りカレー事件の裁判で、林真由美被告に死刑判決が下されました。それを伝える翌12日の新聞各紙の中で、真須美被告の夫の健治受刑者に触れるくだりを読んでいて、「おや?」と思いました。読売テレビでは一貫して、
「健治受刑者」
という表現を使っているのですが、朝日新聞は、
「健治服役囚」
という表現になっていたのです。他の新聞はどうかと言うと、読売・毎日・産経・日経はすべて
「健治受刑者」
となっていました。なぜ朝日は「受刑者」ではなく「服役囚」を使うのか、朝日新聞の知人に聞いてみました。それによると、



『1988年に「容疑者」「被告」というような「呼称」を付けるようになった時に「服役囚」という呼称を使うようになった。その後、特に変更に関しての話が出たことはないが、「服役囚」だと「禁固刑」を受けた人には使えない。「受刑者」であれば「禁固刑」でも使える。そういう意味では「受刑者」の方が、使い勝手が良いかもしれない。』
という話でした。



なおテレビ局では、確認したところでは、日本テレビ系列(日本テレビ、読売テレビ)、TBS系列(TBS、毎日放送)、テレビ朝日系列(テレビ朝日、朝日放送)、テレビ大阪が「健治受刑者」で放送しています。



2002/12/26


◆ことばの話971「店頭に並んでいる」

朝のバラエティ番組で、最近はやりの「犬」の特集をしていました。
ペットとしての犬です。ペットショップでいいお値段で「売られて」います。
その「犬」を表現する文章に、
「店頭に並んでいる犬たち」
というのが出てきました。おや?と、引っかかりました。確かにペットショップの「犬」は売られている「商品」ですが、牛肉や食パン、野菜やビールなどと違って「生き物」です。生き物を「商品」の視点で表現するのは何か違和感があるのです。それが「店頭に並んでいる犬」という表現に、私が引っかかった理由だと思います。まだ「店頭の犬」ならマシかな。「並んでいる」に、「モノ、商品」というイメージが付着しているのかもしれません。
最近、消費者金融のコマーシャルで、それこそ「店頭に並んでいる犬」のうちの1匹(チワワ)が、悲しそうな目でお父さんを見つめてきて、ついボーナス前なのに買ってやりそうになる、というのがありますが、「欲しいものはお金を貯めてから買う」という倫理が、「欲しいものはその場で金を借りてでも買う」という方向に向かっている現状に、我々商業放送局も手を貸している存在だということを、忘れてはならないでしょう。
おっと、話が逸れてしまいました。「生き物」は「モノ」ではない、「金」で「生き物」を買うということの傲慢さに気付くべきではないかというお話でした。



2002/12/26