◆ことばの話870「帰朝」

「帰朝」
という言葉は、外国に行って日本に帰って来た時に使う言葉です。
「帰朝報告会」「帰朝演奏会」
などといった使い方をしますね。でも最近はあまり耳にすることがありません。
『広辞苑』を引くと、
「(公務を帯びたものが)外国から帰って来ること『帰朝報告』」
とあります。公務を帯びていないとだめですか。この「朝」は「日本」を表していますね。もっと言えば「朝廷」ですか?なぜ「帰日」と言わないのかな。「帰国」は言いますね。
その一方で、疑問が出たのは、北朝鮮の人が、外国に行って、そのあと北朝鮮に帰って来た時には、
「帰朝」
と言うのではないか?そうすると「帰朝」は日本に帰るのか北朝鮮に帰るのか分らなくなってしまう。たとえば在日朝鮮人の「北」の人は、北朝鮮に行っても日本に行っても「帰朝」ではないか?どうなんでしょうか??
北朝鮮から帰って来た政府調査団はまさしく「帰朝」なんですが、「日本に帰って来た」という意味と「(北)朝鮮から帰って来た」という二重の意味があるようにも思いますね。
「帰○」
という形が、
「○に帰る」と「○から帰る」
のまったく逆の二つの意味を表してしまうのです。どうなんだろう。



また日本では北朝鮮とのことを「日朝」と言っていますが、当然、北朝鮮では、
「朝日」
と言っていますよね。先日の朝日新聞では、39年ぶりに日本の土を踏んだ寺越さんの言葉の中にあった、
「朝日両国間の関係」
という言葉の「朝日」に
「ちょうにち」
とルビを振っていました。そういうふうにしないと「あさひ」と読まれてしまう・・・・かもしれませんからね。な、わけないと思うけど。



2002/10/5


◆ことばの話869「近くて遠い国」

9月17日の日朝首脳会談の時に北朝鮮の金正日総書記が、
「これまでは近くて遠い国だったがこれからは近くて近い国に」
というようなことを話していました。
また、10月3日に39年ぶりに日本の土を踏んだ寺越武志さんの帰国第一声は、朝鮮語で、
「近くて近い隣国になるよう努力したい」
でした。
また、大阪・千里中央のよみうり文化センターが11月に行なう「ロシア理解月間」というイベントの後援をしている、在大阪ロシア総領事館のオレグ・イワノフ総領事も、
「近くて遠い国から近くて近い国へ」
と言っています。それにしても、なんて日本の周囲には「近くて遠い国」が多いのか、と思いました。そして次の瞬間、ハタと気付きました。



『「近くて遠い国」が多いのは、何も日本に限ったわけではない。基本的にどこの国でも、隣国とはあまり仲がよくないのではないか?フランスとドイツも、歴史的には仲、悪かったし。近親憎悪というか、地理的に近くてよく似ているからこそ、利害が衝突する、つまり仲が悪い。物理的には「近い」が、感情的には「遠い」。
もし、本当に仲が良ければ、一緒の国になっているのではないか。東ドイツ西ドイツのように。(まあ、元は一つの国ですが。)仲があまり良くないから別の国、という事情もあるのではないか?』

と考えたわけです。
つまり基本的には、"ある国の周りは「近くて遠い国」だらけ"と。



インターネット検索Googleで検索しました。まずは「近くて遠い国」
「近くて遠い国」=3520件
ずいぶんあるのですねえ。これに、具体的な国名をあわせて2つのキーワードで検索してみました。つまり、インターネット上で、みんなどの国の形容に「近くて遠い国」を使っているか、どの国を「近くて遠い国」と考えているかを探ろうということです。もちろん、この場合、直接的に「近くて遠い国=韓国」という使われ方をしたというわけではありませんが、たくさんの国を調べることでその傾向はわかるのではないでしょうか。
結果は以下のとおり。(国あるいは地域は、無作為に私が思い付いた国を選びました。また、「近くて遠い国・韓国」のように「・」で二つのキーワードをつないで検索も行いましたが、結果は一緒でした。)



韓国・・・・・・2350件
中国・・・・・・1120件
アメリカ・・・・897件
タイ・・・・・・545件
北朝鮮・・・・・515件
ロシア・・・・・509件
フランス・・・・496件
ドイツ・・・・・492件
イタリア・・・・334件
台湾・・・・・・328件
イギリス・・・・277件
香港・・・・・・273件
インド・・・・・261件
スペイン・・・・258件
ベトナム・・・・183件
カナダ・・・・・163件
フィリピン・・・149件
シンガポール・・139件
オランダ・・・・133件
メキシコ・・・・119件
マレーシア・・・113件
モンゴル・・・・106件
イスラエル・・・・86件
チュニジア・・・・85件
カンボジア・・・・78件
イラン・・・・・・69件
パキスタン・・・・63件
エジプト・・・・・61件
ネパール・・・・・56件
イラク・・・・・・55件
アフガニスタン・・54件
ポルトガル・・・・22件
ジャマイカ・・・・15件
アフガン・・・・・14件
バヌアツ・・・・・・1件



と言うことで
韓国、中国、アメリカ、タイ、北朝鮮、ロシア、フランス、ドイツ当たりが「近くて遠い国」という事になるのでしょうか。本来この「近くて遠い国」という言葉は、
「物理的な距離は近いけれでも、心理的な距離は遠い国」
を指す言葉だと思うのですが、アメリカなんかは物理的な距離が遠いのになあ。フランスもドイツも。あ!そうか。これらの国の場合は、
「心理的には近いけれども、物理的距離は遠い国」
という意味での「近くて遠い国」なんですね、きっと。



続いて、「近くて近い国」。これはどちらかと言うと、新しい言葉のように思います。
「近くて近い国」=634件
相当、数が少ないです。以下同様に、



韓国・・・・・・・492件
中国・・・・・・・218件
アメリカ・・・・・132件
北朝鮮・・・・・・・97件
ドイツ・・・・・・・92件
台湾・・・・・・・・72件
フランス・・・・・・71件
ロシア・・・・・・・67件
タイ・・・・・・・・66件
イタリア・・・・・・54件
イギリス、インド・・39件
香港、
フィリピン・・・・・37件
アフガニスタン・・・34件
カナダ・・・・・・・33件
ベトナム・・・・・・32件
メキシコ・・・・・・28件
スペイン・・・・・・26件
シンガポール・・・・24件
オランダ・・・・・・23件
マレーシア、ポルトガル・・・・・22件
モンゴル、イスラエル・・・・・18件
ネパール、カンボジア・・・・・14件
チュニジア、イラク・・・・・・・13件
イラン・・・・・・・12件
アフガン、パキスタン・・・・・11件
エジプト・・・・・・10件
バヌアツ、ジャマイカ・・・・・・0件



これも「近くて遠い国」とほぼ同じような結果が出ました。しかしこの場合は現状をそう表しているのではなく、「そうなりたい」という願望の対象としての国の名前が上がっているのではないでしょうか。つまり実際はそう(近くて近い)ではない。そう考えると、



「近くて遠い国」と「近くて近い国」は表裏一体、同じ事を表しているとも考えられる



のではないでしょうか。
「近くて遠い国」が「近くて近い国」になるのは、なかなか難しい。しかし、EUのように、利益共同体として緩い統合をするならば、
「違う国だけど一緒の国」
として「近くて近い国」を実現することは、今後は可能なのかもしれません。
そのために何が必要なのか。考えていく必要があるでしょう。



2002/10/5



(追記)

中国の「反日」運動が、続いています。日中関係が「国交正常化以来最悪」といわれる中で、小泉総理の党首討論での答えを報じた4月21日の毎日新聞の見出しは、
「小泉首相 隣国関係難しい〜党首討論『外交失敗』に反論」
でした。やっぱり難しいのは、近くて遠い国・隣国関係なのですね。



2002/4/29



◆ことばの話868「特別号外」

物理学賞・化学賞と、2日連続で日本人ノーベル賞受賞者が出ました!快挙です!!
特に化学賞の田中耕一さんは43歳という若さで、京都の島津製作所勤務の研究員、つまりサラリーマンなんですよね。すごい!
43歳というのは、これまでの日本人ノーベル賞受賞者の中で最年少だろうと思って一覧表に目をやると、1949年の日本初の受賞者・湯川秀樹さんはなんと42歳で受賞していたんですね。私は60歳くらいで受賞されたものだと勝手にイメージしていました。
さて、物理学賞の小柴昌俊さんと化学賞の田中耕一さんのノーベル賞受賞に関しては、新聞各紙、号外が出ました。私の手元にも読売新聞の号外が届きました。8月下旬に日朝首脳会談が決定した時と、9月17日に首脳会談が行われて生存者5人死亡者8人と伝えられた時にも号外が出ていたので、この1か月半ほどで4回目です。その8月下旬から気になっていたのですが、大阪の読売新聞の号外には、題字の右横に、



「特別号外」



と記されているのです。これは普通の「号外」とどう違うのでしょうか?出す時間?それともニュースの重要度に応じて「号外」と「特別号外」に分けているのでしょうか?読売新聞大阪本社に電話で聞いてみました。電話に出てくれた号外担当のN部長という方によりますと、
「最近は全部『特別号外』というタイトルで出している。『号外』だけだと寂しい感じなので・・・。特に『号外』と『特別号外』に区別はない。昔は"急いで運んで来たんですよ"ということを表すために、ヘリコプターで運んだ『空輸号外』というふうなものもあったが、最近はそういうのもない。今回の田中さんのノーベル賞に関しては、東京と大阪で別々に号外の作成を行い、東京の方が10分ほど早く出来たが、顔写真が入らなかった。大阪もそれで行こうかとした時に顔写真が入ったので、大阪の『特別号外』には田中さんの顔写真が入っている。」
というお答えでした。
インターネット検索Googleでは、「特別号外」は515件ありました。メールマガジンや官報も「特別号外」という言葉を使っていました。 また、最近の大阪読売の号外は、表だけでなく裏面には英字新聞「DAILY YOMIUIRI」の記事も載っていて両面刷りなのです。これはいつからなのか?ということも伺ったところ、
「2〜3年前から。英字の記事の方が出来上がりが遅いことが多いので、両面刷りにすると号外を出すのが遅くなるのだが、社の方針として『英字も一緒に』ということになったので。今回は顔写真を取るのが遅くなったので、結果として英字の記事も余裕を持って間に合った。」
とのことでした。
号外の"裏"にもいろいろ隠されたことがあるものなのですね。



2002/10/10


◆ことばの話867「絵か画か」

若いディレクターのY君がニコニコしながら近づいてきました。
「道浦さん道浦さん、"えがわり(え変わり)"と言う時の"え"は、"絵"ですか?それとも"画"ですか?」
「うーん、一般的には、"絵"だろうね。でもテレビの映像は"画"かな。"絵"というと動かない"絵"という感じだけど、映画やテレビ映像のような動画は"画"の方がいいように思うね。」
と、一応答えておきましたが、ホントウはどっちでしょうね?
と思っていたら、NHKの「子どもニュース」のキャスターとして有名な池上彰さんの最新刊『相手に「伝わる」話し方〜ぼくはこんな事をかんがえながら話してきた』(講談社現代新書・2002・8・20・・・なんか立花隆の『ぼくはこんな本を読んできた』に似てるな、タイトルが)の中で、出てきました。
『テレビのニュースでは、よく「絵にならない」という言葉を使います。事件や事故ではなく抽象的な概念だと、映像がなく、「見てわかる」ということになりにくい状態を示す言葉です。』



池上さんは「絵」を使うようですね。
ところで、国語学者の大野晋さんの近著「日本語の教室」(岩波新書)の中で、大野さんが、ノーベル賞受賞者の湯川秀樹さんが1965年に書いた文章を引用しているところがあります。それを読んでいて、ハタと思い当たることがありました。その文章は、以下のようなものでした。



『中学生のころから浄瑠璃を「書かれた文学」として親しんできた。中でも近松の浄瑠璃は、その後も何度か読み返し、彼の文章の二重構造が深層心理の表現に、どのような効果を発揮しているかという点に関心の焦点をおくようになった。しかし浄瑠璃はたんに書かれた文学としてだけ鑑賞されるべきものではなかった。作者は最初からそれが節をつけて語られ、それにともなって人形が動くことを意識していたのである。したがって作者の側としては、節をつけて語られることによって、生きてくるような文章を作らねばならぬと同時に、節をつける側では作者の意図するところを十分表現するような節まわしを考え出し、選び出さねばならない。』



おお、これはテレビのニュース原稿とまったく同じではないか!
テレビのニュース原稿も、書かれた原稿と、それを音声化した時の効果、また映像と原稿のナレーションが一致することが必要です。そこが新聞の記事と著しく違うところです。
そういった意味では、生のニュースの現場と言うのは、まさに「ライブ」、浄瑠璃や演劇の「舞台」と同じと言えるでしょう。
以前書いたかも知れませんが、歌舞伎の「俊寛」を見た時に、島に取り残された俊寛が、船に向かって叫ぶラストのシーンは、舞台上はそのサイズが変わるわけではないのですが、私の目には瞬間が取り残された島がどんどんズームバックして小さく小さくなっていく様子が見えました。
それと同じように、生のステージでの演出や見せ方の「エキス」というのは、遠い昔から変わっていないのではないか。それが伝えること、見せることの「本質」ではないか、などとも考えてしまいました。



2002/10/5


(追記)



関西テレビの10月6日(土)22:55頃、KINKI KIDSの出ている番組で、堂本剛君が携帯電話をうどんの器に落としたことがあるというコメントを字幕でフォローしていたもので、
「うどんと携帯電話は、けっこうおもしろい画でね」
と出ていました。堂本君は、
「おもしろい"え"でね。」
と言ってました。



2002/10/8


◆ことばの話866「出し汁」

グルメ番組を見ていたら、
「ダシジル」
という言葉に出くわしました。今までにも聞いたことはあったのですが、なぜか今日は引っかかりました。
「ダシジル?ダシはもともと"汁"だし、『出汁』と書くのだから、『ダシジル』だと『出汁汁』となってしまうのではないか?」
という疑問が浮かび上がったのです。いつものように『新明解国語辞典』を引くと、ちゃんと「だしじる」、載っていました。表記は
「出(し)汁」
ちゅーとハンパやなあ。意味は、
「こんぶ・かつおぶしを煮出した汁」
そうでしょう、そうでしょう。
じゃあ、「だし」はどう表記するか?
「出(し)」
え!?「出汁」じゃないの?よく見てみると、おしまいの方に、
「『出汁』とも書く」
とありました。要は、昆布やかつお節から「煮出して」取るのが「出し」で、それが「汁状」なので「汁」をくっつけて「出汁(だし)」としたのか、「出し汁」の発音が縮まって「ダシ」になり、字はそのまま(送り仮名の「し」だけが取れて)「出汁」=「ダシ」となったのではないか、というのが私の見立てです。
で、インターネットでいつものように検索してみたところ、
出し汁・・・1万2100件
出汁・・・・4万2800件
ダシ・・・・7万6200件

でした。なんだ、カタカナの「ダシ」が一番多いのか。
でも「出汁」と書いて、
「デジル」
などと読む人も、けっこう、いるんじゃないのかなあ。デジル時代、いやデジタル時代出汁、いや、だし。



2002/10/1

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