◆ことばの話830「高速道路?自動車専用道路?」

道路四公団の民営化をめぐる論争が、作家の猪瀬直樹さんがメンバーに入ってから活発になり、世論も高まってきました。8月末には「新たな高速道路建設の凍結」を盛り込んだ中間報告も出されました。
ところで、ふだんはあまり車を運転することがない私は、お金を払って走る自動車専用道路は「高速道路」なのだと思い込んでいましたが、どうやらそうでもないようなのです。
というのも、車大好きで、その方面の知識も豊富な報道部のデスクが、
「阪神高速は最高速度60キロでしょ、だからあれは名前は高速でも、高速道路とちゃいまっせ。」
というのです。ホントー??一体、高速道路と自動車専用道路の違いは何なのか?阪神高速道路公団の広報の方に電話で聞いてみました。すると!
「うーん、高速道路と自動車専用道路の違いですかぁ・・・あのお、ヘンなことをお答えしてもアレなので、こちらから調べてお電話差し上げます。」
え?阪神高速道路公団の人も、すぐにはわからないものなの?
その後かかってきた電話でも公団の人の歯切れはあまりよくありません。よほど説明が難しいのでしょうね。
「高速道路というのは通称でして、一般的に高架になっていたり出入りを制限したような道路の総称なんですよ。自動車専用道路の中に含まれるというか。 自動車専用道路には、高速自動車国道と都市高速道路、一般有料道路と本州四国連絡道という4種類の有料道路があって、それとは別に、無料の高規格道路の一部も自動車専用道路なんです。」
わかるようなわからんような。で、聞いてみました。
「阪神高速は、高速道路なんですか?」
「はい、それは高速道路です。」
「じゃあ、高速道路かどうかは、最高速度制限で区別できるんですか?」
「いや、それはできませんねえ。たとえば阪神高速でも、最高速度制限は60キロですが、湾岸線は80キロですし。普通の高速は100キロですよね。同じ道路でも路線によって制限速度は変わるんですよ。だからそれを目安に高速かどうかは、言えませんねえ。」

ということでした。道路行政はかくのごとく難しいということは、よぉーく、わかりました。



2002/9/13


◆ことばの話829「残存2」

平成ことば事情797で「残存」の読み方について書きました。
そのあとも、各局のアナウンサーの方から、「"残存"をどう読むか?」というアンケートの回答が返ってきています。全国現役アナウンサーと元アナウンサー133人から回答をいただきました。(各局で集計していただいた人数の合計です。)
果たして「残存」を濁るか濁らないかは、年齢差によるものなのか?それとも東西の地域差なのか?そのあたりが解き明かされるのか?
とりあえず、これまでに返ってきたアンケートの結果を載せます。(2002、9、21現在)



「ざんぞん」(濁る)・・・・106人(79,7%)
「ざんそん」(濁らない)・・・26人(19,5%)
「両方使う」・・・・・・・・・・1人( 0,01%)




圧倒的に「ざんぞん」と濁る方が多かったのです。割合は8:2というところ。
それぞれ、どのテレビ局のアナウンサーが、どう答えたかの人数の内訳は、



*「ざんぞん」(濁る)・・・106人
日本テレビ31、読売テレビ14、フジテレビ13、福井放送13、毎日放送12、静岡放送10、テレビ大阪5、日本海テレビ5、朝日放送1、関西テレビ1、テレビ朝日1



*「ざんそん」(濁らない)・・・26人
テレビ東京9、日本テレビ6、静岡放送3、フジテレビ2、読売テレビ2、TBS1、テレビ朝日1、日本海テレビ1、福井放送1




*「両方使う」・・・1人
読売テレビ1



これを各局別に見ますと、



「ざんぞん」  (濁る) 「ざんそん」
(濁らない)
(日本テレビ) 31
(読売テレビ) 14
(フジテレビ) 13
(福井放送) 13
(毎日放送) 12
(静岡放送) 10
(テレビ大阪)
(日本海テレビ)
(朝日放送)  
(関西テレビ)
(テレビ朝日)
(テレビ東京)
(TBS)  



*「両方使う」は読売テレビ1人のみ



ということになりました。局によってデータが多い少ないがあって、局ごとのデータはあまり意味がないかもしれません。データを送ってくださるにあったって、いろいろ「取材」をしてくださった方もいらっしゃるので、そのご意見も載せておきます。
「私は"ざんぞん"は、なにかきれいな発音でないので"ざんそん"と読みます。かつて『残存輸入制限』という言葉の時、たしか"ざんそん"と読みました。」
「"ざんそん"という読み方は知っているが、読む時は濁って"ざんぞん"」(以上、テレビ朝日)
「濁るのはベテラン4人と若手6人、濁らないのはベテラン2人に若手1人」(静岡放送)
「圧倒的に"ざんぞん"と濁る方が多かったが、フジテレビ系列のハンドブックでは今のところ、『○ざんそん ×ざんぞん』となっているので、次回改定作業では検討用語になっている」(フジテレビ)
「私は『ザンゾン』だと思っていたが、FNNハンドブックには『○ざんそん ×ざんぞん』と載っていた。『依存』も濁らないのが○となっているが、濁らないで『いそん』と読むといつも記者やディレクターに『それ、ヘンやで!』と言われる。」(関西テレビ)
「秋田には『八郎潟残存湖』というのがあって『はちろうがた・ざんぞんこ』と読んでいた。」
「『存』は『存在(そんざい)』の意味なので、濁りません!」
「関西方面では、『避難所』を『ひなんしょ』など、濁らないことが多いのではないか」
「『今日の出来事』担当の女性アナウンサーは、全員濁らなかった」(以上、日本テレビ)
「私も濁るとばかり思っていました。やはり古い人間なのでしょうか。」(日本海テレビ・ベテランアナウンサー)

「"残存"も"依存"も濁らないということはアナウンサーになって知りました。それまでは濁って発音していましたし、現在も意識しないと濁ります。」(TBS・元アナウンサー)
「当社の放送ハンドブックでは『○ザンソン ×ザンゾン』と規定してあり、新人教育の時も其の方針で教えているので、全員"ザンソン"と濁らず発音する。しかし、濁った発音も必ずしも間違いとは思えないので、来年のハンドブック改定の検討材料とする。」(テレビ東京)

といった意見をいただきました。



また、NHK放送文化研究所の塩田雄大研究員からは、以前に調査した「残存」の読みに関する資料を送っていただきました。
1989年10月の「放送研究と調査」という研究誌に掲載されたもので、最上勝也さんがまとめたものです。
ちょっと古いデータなのですが、まず、その当時の国語辞典29種で「ざんそん」(濁らない)を見出しにしているのは27種、そのうち注釈のなかで「ざんぞん」(濁る)を載せているのが18種、「ざんぞん」(濁る)を見出しにしているのが2種。これは『日本国語大辞典(初版)』(小学館1973年)と三省堂の『例解新国語』(1984年)の2種です。
「存」には(1)実在の意味(=Aグループ)(2)思考の意味(=Bグループ)の2種類が
あり、実在の意味のグループは「ソン」と読み、思考の意味のグループは「ゾン」と濁って読む傾向があると書いてあります。そして、



「『生存』のように本来『ソン』と読むべきことば(Aグループ)が『ゾン』と濁音で発音される傾向が近年強くなっている。Aグループの『依存・共存・現存・残存』などのことばがそれにあたる」
「『日本国語大辞典(昭48、小学館)では、『残存』については『ゾン』を主見出しに、また『例解新国語辞典』(昭59、三省堂)でも、『依存』『残存』についてはいずれも『ゾン』を主見出しにしていることが注目される。』



と記されています。



また、「100人アンケート」というのも行っていて、それによると、「残存」を濁るか濁らないかは、
「ざんぞん」(濁る)・・・・・・・31人
「ざんそん」(濁らない)・・・・・68人

という結果が出ています。この100人というのは、去年(1988年)12月に首都圏に住む番組モニター100人の方を対象に行ったものだそうです。つまり一般の人ですね。それで14年前に31%の人が濁って発音していた・・・というより、当時東京では7割近い人が濁らないで発音していた、ということです。
それが14年後には、言葉の「プロ」というべきアナウンサーの8割が濁って読んでいる、ということは、一般の人はもっと濁る割合が高いのではないでしょうか。
実は、アナウンサーへのアンケートの前に読売テレビ社内でも、アナウンサー以外の人たち20人に「残存」をどう読むかを聞いてみたのです。
その結果は、



「ざんぞん」(濁る)・・・・・・・・20人(100%!!)
「ざんそん」(濁らない)・・・・・・・0人(0%)




でした。
こういったデータから結論から言いますと、「残存」を濁るかどうかについて、年齢差や地域差が見られるとは言えないと思います。全体として「ざんぞん」と濁る傾向に世の中は進んでいるのは、間違いのないところでしょう。
「依存」「共存」についても、今度また、調べてみたいと思います。
ご協力いただきました皆さん、お忙しい中を、どうもありがとうございました!



2002/9/21
(追記)

2003年9月1日のNHKラジオ第一放送で、「残存勢力」を「ざんぞん」と濁って読んでいました。
この話題を書いたのは、去年のちょうど今ごろ。アフガニスタンのアルカイダ関連のニュースがさかんに報じられていたので、 耳に付いたのですね。この所ちょっとご無沙汰でしたが、「9・11」が近づくと、この「残存勢力」のニュースが増えるのかもしれません。

2003/9/1


◆ことばの話828「思いっきりつまったボール」

8月31日、フジテレビの「すぽると」を見ていると、大阪のスタジオにいる関西テレビ・岡林アナウンサーが、関西のゲームを伝えていました。その中で、



「思いっきりつまったボールは内野ゴロ」



という表現がありました。
ん?と思ったのは、「思いっきり」と「つまったボール」(「つまった当たり」でも同じ意味)が私には繋がるように思えないのです。
「思いっきり」のイメージは、「パカーンと抜けるような当たり(ボール)」ですし、「思いっきり」の後に繋がる言葉としては、「振り切った」「振り回した」のように、目一杯まで、力いっぱい動作をすることが必要だと思います。
この場合の「思いっきり」は「つまった」にかかっています。「つまった」は「動作」ではなく「結果」です。「結果」に「思いっきり」という言葉がかかって(副詞として)形容するのはおかしいですよね。
この場合の「思いっきり」は、単に「めいっぱい」とか「ものすごく」といって「程度の大きさをあらわす形容詞」的な使われ方をしていて、本来の「思いっきり」とは違う意味として使われています。
程度をあらわす言葉は、目新しいものほど程度が大きいことをあらわせます。手垢が付いた表現では、程度の大きさは示せません。そのために「新しい用法」「今までの文法に反する用法」で程度を強調しようとする試みそのものは、特に目新しいとは言えないのです。
ホラ、あるでしょ、うちのチャンネルでやってる、みのもんたさんの・・・「おもいっきりテレビ」。もう10年ほど前からやってますよね。正式には「午後は○○(まるまる)おもいっくりテレビ」です。これは「おもいっきり、テレビを見よう」というような意図だったんでしょうかね。



2002/9/10


◆ことばの話827「『天国と地獄』の"放送にふさわしくない用語"」

8月31日、NHK衛星第2テレビで、黒沢明監督の名作「天国と地獄」を放送していました。以前に街の公民館で上映された時に見たことがあったのですが、また見るとはなしに途中から見てしまいました。
随所に「現代との時代の差」を感じながらも、その「面白さ」は時代の差を感じさせないものでした。
その中で、いわゆる「差別的な言葉」として、最近はテレビでは耳にしない言葉が、何か所か出てきました。(こういうのを見ていると、ついメモを取ってしまう私です。)
たとえば三船敏郎演じる主人公・権藤のセリフ、
「キチガイが一人いるだけだ。」
その権藤の仕事上の部下でパートナーの川西のセリフ、
「この中の3000万もキチガイに投げてやれとおっしゃる。」
そして、「おい、ピストルは持っているか?」と聞いたベテラン刑事に対して、若い刑事は、
「あんなキチガイ野郎、素手では追えませんよ。」
共通しているのは「キチガイ」という言葉です。この映画が製作されたのは1963年(昭和38年)。翌年に東京オリンピック開催を控えて、「高度経済成長」真っ只中の時期ですね。その頃は「キチガイ」という言葉は大手を振って使われていたのでしょう。
たまたまみかけた読売テレビの昭和42年(1967年)9月の「社報」でも、
「カーきちがい」
というタイトルのコラムが堂々と載っていました。「時代」ですね。
この映画の放送の最後に、NHKの「おことわり」画面が出ました。
「この映画には一部放送にふさわしくない用語が使われていますが、(中略)そのまま使用しています。」
というような(だったと思う。)「注意書き」でした。
昔の映画やドラマ、アニメ漫画などを再放送・再々放送する際に、昔は「放送にふさわしくない用語」の部分だけ、音声をカットしたりしていましたが、最近は、映画など芸術性の高い作品に関しては、このように「おことわり」を入れるだけで、「音声カット」をすることはまれになりました。
「当時使われていた言葉を今の基準で判断してその部分だけカットする」というやり方はまさに「言葉狩り」で、現代にはそぐわないということでしょう。
しかし、今後デジタル化がさらに進んで、コンテンツがもっと求められて「ワンソース・マルチユース」という「素材の有効利用(悪い言葉では"使いまわし"?)」を図る上では、こういった「過去の基準の下に作られた素材」にどう対応していくか、という基本姿勢をしっかり持っていないとダメなんでしょうね。



2002/9/12


◆ことばの話826「カイサツ」

フジテレビの「とくダネ!」(9月9日)を見ていると、桜井堅一朗アナウンサーが、出演者を相手に「講義」をするコーナーで、2年後に発行される「新しいお札」についての特集をやってました。
1000円札は、夏目漱石 → 野口英世
5000円札は、新渡戸稲造 → 樋口一葉

に肖像が変わるんですが、その「お札が変わる」ということを指して桜井アナウンサーは、



「カイサツに到るわけですが・・・」



という表現を2回、使いました。私はまた急に、鉄道の「駅」に来たのかと思いました。



「改札」



ですよね。辞書を引いてみても「改札」に「紙幣を新しく変更する」という意味は載っていません。載っているのは、駅など「改札」の意味だけです。
普通の国語辞典は「専門用語」は載せていないこともあるので、もしかしたら「財務省造幣局」や「印刷局」の専門用語なのかもしれませんが。また、もしかしたら桜井アナか、原稿を書いたディレクターが造った「造語」かもしれません。
そこで、財務省のホームページで調べてみました。すると!そこにはこんな文字が!!



「日本銀行券の改刷ついて」(8月2日・新聞発表)



なに〜ぃ!「改刷」!?その「カイサツ」かあ。
でも辞書に載っているのだろうか、「改刷」。
「広辞苑」・・・・載っていない
「新明解国語辞典」・・・・載っていない
「新潮現代国語辞典」・・・・載っていない
「三省堂国語辞典」・・・・載っていない
「日本国語大辞典」・・・・載ってない



「日国大」にないなら、辞書にはないのでしょう。
同音異義語がポピュラーな言葉である場合に、なじみのない、国語辞典にも載っていないような専門用語を、何の説明もなく使うのはおかしいと私は思いますが、いかがなもんでしょうかね?



2002/9/12

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