◆ことばの話820「ロミオとロメオ」

9月1日、今回のワールドカップで日本でも、特に女性におなじみになった、イングランドのサッカー選手・デイビッド・ベッカム選手に、2人目のお子さんが誕生しました。その子の名前は、ロミオ。ベッカム夫妻が好きな「ロミオとジュリエット」からとったそうです。スペルは「Romeo」です。
これを報じた日本の新聞は、スポーツ紙は、
デイリースポーツだけが「ロメオ」、あとはすべて「ロミオ」
でした。一般紙は、
毎日が「ロメオ」(9月5日)、ほかは、朝日、読売が「ロミオ」(9月3日)
でした。(日経と産経は、記事が見当たりませんでした。)
TVでは、日本テレビ系列では「ロミオ」を採用しているようです。
きっと、本当の発音は、
「ミ」と「メ」の中間
何でしょうね。でも英語だと「ロミオ」でイタリア語だと「ロメオ」のような気もするなあ。日本語だと、
「ロメ男」
だったりして・・・。そんなわけないか。



2002/9/5


◆ことばの話819「びよ」

埼玉大学教授の山口仲美さんの新著「犬は『びよ』と鳴いていた〜日本語は擬音語・擬態語が面白い」という長いタイトルの本(光文社新書、2002・8・20)、タイトルの面白さに釣られて買ってしまいました。740円。
それによると、昔、日本では、犬は「ワンワン」ではなく、「びよ」と鳴いていたというのです。
ホンマかいな。
この本によると、平安時代にあらわされた「大鏡」の中では、



「ただいまや 過去聖霊は、蓮台の上にてひよと吠え給ふらん」(『大鏡』道長下)



というふうに「ひよ」と鳴いているのだそうです。(正確に言うと、犬の鳴き声は「ひよ」と表記されているというのです。)その頃には、清濁の区別が表記上なかったとのこと。
そして、江戸初期の万治三年(1660年)に刊行された『狂言記』には、濁点のある
「びよ」
という犬の鳴き声が記されているといいます。



△かきぬし いぬなら。鳴かうぞ。
△山ふし はあ。又こりゃ。鳴かざなるまい。びよびよ。(『狂言記』巻三)



そして犬の「びよ」あるいは「びょう」「べう」と表記される鳴き声は、江戸中期までよく使われていたそうです。「べうべう」は「遠吠え」の鳴き声だといいます。ところが江戸後期には新興の「わん」に取って代わられてしまった。江戸末期はひたすら「わん」だそうです。
なぜ犬の鳴き声の表記が「びよ」から「わん」に変わったか?
それについて山口さんは、犬の側にその原因があったと書いています。
「『びよ』『びょう』と写すよりも『わん』と写すほうが適切と思えるような変化が、犬の鳴き声そのものの方に起こったのではないか、と私は密かに推測しています。そう考える根拠は、たとえば、宮地伝三郎『十二支動物誌』の次の記述があるからです。
野生のイヌは遠吠えするが、『ワンワン』とは吠えない。『ワンワン』は家犬だけの性質で これは生活が安定してなわばりのできることと関係があるらしい。捕らえて飼っておくと オオカミもイヌに似た吠え方をするようになる。
犬の鳴き声は、環境によって変化するというのです。とすると、江戸時代以前と以後とでは、環境の変化による犬の鳴き声自体の方に、質的変化があったと考えても不自然ではありません。」



と山口さんは書いています。なるほどねえ。よく言われるのが、
「日本では犬はワンワンと鳴くけど、アメリカではバウバウと鳴く。」
というふうに、日本人と外国人では犬の鳴き声も違って聞こえるという話。これは犬の鳴き方は本当は同じでも、聞く人間の感じ方が違うからというような説明がよくなされますが、同じ日本人でも、時代によって感じ方がこんなに違うとは。
そしてそれよりも、感じ方ではなく、「犬の鳴き方そのものが違っていた」という話も、とても面白く感じました。
擬態語・擬音語・擬声語、奥が深いですねえ。
なお、この本に先立って1989年に出された『ちんちん千鳥のなく声は〜日本人が聴いた鳥の声』も、8月25日の日経新聞Sunday Nikkei『半歩後れの読書術』で奥本大三郎さんが紹介しています。
また、今日(9月11日)発売の『週刊文春』(9月19日号)の136ページ書評欄「山口文憲のお役に立ちます?」でも、この『犬は「びよ」と鳴いた』は紹介されていました。



2002/9/11


◆ことばの話818「まっしぐら」

担当している早朝番組「あさイチ!」(あさ5:25〜6:30)が終わった後、スポーツ担当のスタッフが話し掛けてきました。
「道浦さん、"まっしぐら"の語源はなんですかね?」
急に聞かれても困るっちゅうに。
「うーん、"まっ"というのは漢字だと"真"でしょうね。だから何か強調してるんだろうね。"しぐら"は何かなあ。また調べておくわ。」
アナウンス部に帰ってから、Sアナに聞いてみました。
「"まっしぐら"の"しぐら"って何?」
「???さあー、知りません。」
「えー、"しぐら"も知らんの!?」
などと言いながら、辞書を引いてみました。



「まっしぐら」(驀地)



え?こんな漢字を書くのか。



(古くは「まっしくら」か)「ましぐら」の変化した語
((語源))(1)シクはスグの転。ラは助語(2)真時雨(マシグレ)の義。マオシクラ(真押鞍)の約転か。



としか書いていませんので、「ましぐら」を引いてみましょう。



「ましぐら」(驀地)
(古くは「ましくら」)激しい勢いで突き進むさま。いっさんに。まっしぐら。
((語誌))(1)語源未詳。「ましぐら(真時雨)」や「まおしくら(真押鞍)」「まあしくら(馬足暗)」などの説があるが、従い難い。「俚言集覧」の「真しくら シクはスグ也。ラは助語也」が近いか。
(2)「「ましくらに」の形で連用修飾に用いられるものが殆どである。また、「まっしくら」の語形は中世からある。古く「く」は清音で。濁音化は明治以降のことか。



さすが『日本国語大辞典』、かなり詳しい説明が載っていました。でも、あんな漢字を当てるだなんて、まったく知りませんでした。「真っしぐら」ではなかったようですね。ふだん何気なく使っていても、よく分からない言葉は、まだまだ山のようにありそうです。



2002/9/6


◆ことばの話817「揚げると上げる」

不審船の引き揚げのニュースが新聞に載っていました。それを見たSキャスターが、こんな疑問を口にしました。
「引き揚げの"揚げる"と上下の"上げる"の使い分けは、どうすればいいんですかね?」
私は思い付きでこう答えました。
「"揚げる"は、水や液体に漬かってる状態から脱する時に使うんじゃないかな。"水から"引き揚げる、然り、油で"揚げる"然り。」
「でも、シベリアからの引き揚げ者の"引き揚げ"は?」
「うーむ、液体じゃない場合にも使うか。じゃあ、何かの状態から違う状態のところへと脱出するような場合にも"揚げる"は使うのじゃないかな。」

そんな事を言ってるより、まず辞書を見なくちゃ。
と、辞書を見たのですが、「あげる」の項には「上・揚・挙」と3つの漢字が並んでいて、その区別に付いては書いていません。意味はとてもたくさんありました。(『日本国語大辞典』)
(一) 下の方から上の方へ移す
(1) 低い所から高い所へ移す。上へやる。
(2) (垂れた髪を)結う。上の方で結ぶ。
(3) 空中に浮かぶようにする。また、雲が空に広がる。
(4) 水上、水中から陸上へ移す。陸上げする。水上げする。
(5) 外から家の中に入らせる。
(6) (「かいあげる(買揚)」の略か。また、二階へあげることからか。あるいは、船の遊女を陸に招きあげる意からか。)遊女、芸妓などをよび入れる。また、よんで遊ぶ。
(7) 寺子屋、学校などに入れる。
(8) (血を頭にのぼせる意)のぼせてぼうっとする。
(9) 下に敷いてあるものを取りのける。
(10) 胃から物をもどす。吐く。
(二)物を取りあげる。また、罪人を召しとる。
(1)官が領地、役目などを取りあげる。没収する。
(2)((1)から転じて)物をむりに取りあげる。巻き上げる、奪いとる、盗みとる。
(3)犯人をつかまえる。召しとる。
(4)多くの品物を盗んで持ち帰ることをいう、盗人仲間の隠語。
(三)地位、体勢、価値、程度などを高める
(1)ある箇所をまわりより高くする。体や、体の一部を高くする。
(2)馬を跳ねさせる。走り躍らせる。
(3)地位を進める。昇進させる。
(4)物の値段、給料などを高くする。値上げする。
(5)能力、勢力、速力、数量、価値などを加える。
(7)顔立ち、身なりなどをよくする。
(8)あたりによく聞こえるような声を出す。高く、発する。
(9)(水位を高める意から、自動詞的に用いて)潮が満ちてくる。
(四)人によく見えるようにする。広く知られるようにする。
(1)手に持って高くする。高く揚げる。持ちあげる。
(2)(名前を)世に広める。
(3)人々の前で行なう。
(4)ひとつひとつとりたてる。また、特別のものとして示す。
(5)(実例、証拠などを)はっきり表面にあらわす。
(6)(効果、実績などを)目立って現れるようにする。
(7)ほめたたえる。称揚する。また、ある役目や仕事に適した人としてすすめる。推挙する。
(8)大勢の人を集め動かして事を始める。
(9)推挙する。
(五)物事を終わりまでする。終わりにする。
(1)しあげる。なしとげる。すませる。習い終える。
(2)ある費用ですませる。ある金額で片を付ける。
(3)遊興や投資に金を使い果たす。つぎこむ。入れあげる。
(4)すべてを出す。全部集める。
(5)(貴人の膳を)取り下げる。
(6)城を攻める際などに、味方の兵が城際につめより、後に続く者がないような時、危険を考慮して呼び戻す。
(7)子を得る。生む。
(8)酒を熟成させる。
(9)熱い油で煮て、食べられるようにする。
(六)敬意を払うべき人に物を渡す。また、そういう人のいる場所に行かせる。
(1)神仏に供える。奉納する。
(2)敬うべき人にさし出す。さし上げる。また、現代では対等、または目下の者に与える意の丁寧な言い方。
(3)上に差し出す。返上する。
(4)(返上する意から)ある場所に出入りすることや、ある資格を持つことを断る。
(5)言いかけられたなぞなぞの答えを言わないで、相手にお返しする。なぞを言いかけたものに答えを言うよう求める。
(6)都へ向かって行かせる。のぼす。
(7)屋敷などに奉公にやる。
(8)他人の家を敬い、そこを訪問させる。参上させる。
(七)補助動詞として用いる。
(以下略)
ということで、結構いっぱい意味が載っています。
ほとんど「上げる」で書いても、あながち間違いではないような気もしてきました。
『漢字の意味と使い分け』(明治書院)では、一番最初の方に「上がる・挙がる・揚がる」の使い分けに付いて書いてありますが、「一番広範囲に用いられるのは『上がる』これは一般的には『上にのる』というところから発声している。」「一方『挙式』などで使われる『挙』は『目立つようにことを行う』というような場合に使う」とあり、「『高揚』というような場合に使われる『揚』の字は、『気勢を上げる』とか『名を上げる』という意味を持っている。」とありました。
さあ、そして、やっぱり漢字のことは漢和辞典でしょう。『漢語林』(大修館書店)で「揚」を引いてみると、
<揚>(1)「あげる」
(ア) 高く上げる。さし上げる。かざす。「掲揚」
(イ) 引き上げる。あげ用いる。
(ウ) おこす。さかんにする。
(エ) 明らかにする。あらわす。「揚レ名(なをあぐ)」
(2)「あがる」
(ア) 高く上がる。「浮揚」
(イ) さかんになる。おこる。気勢があがる。
(ウ) あらわれる。知れわたる。
((以下略))
とありました。「上」で書いても間違いでないような気がしてきました。



2002/9/6


(追記)



NHK放送文化研究所のホームページの「放送と言葉」というコラムで、2002年7月分のQ&Aで「奄美大島沖の東シナ海で海底に沈んだ不審船の"ひきあげ"は"引き上げ"か"引き揚げ"か?」という質問が出ていました。アンサーは、「"引き揚げ"にしている」とのこと。例としては、
引き揚げる・・・外国から(故国・故郷へ)〜、軍隊を〜、沈没船を〜
引き上げる・・・給料を〜、価格を〜、金利を〜
(『ことばのハンドブック』P154、『新用字用語辞典』P464参照)
が載っていました。また文化庁の『ことばに関する問答集・総集編』にも「上がる」「挙がる」「揚がる」の使い分けの項目に、同じようなことが書かれていると言うことです。



2002/10/10


◆ことばの話816「3人が死傷しました」

9月4日奈良県で、軽乗用車に12トン大型トラックが追突、軽乗用車に乗っていた女性2人が死亡、大型トラックの運転手が重傷を負う事故が起きました。
このニュース原稿行のリードは、
「3人が死傷しました」
になっていました。しかし「死傷(ししょう)」という言葉は、明らかに書き言葉であり、耳で聞いてわかりにくい言葉です。本文の中では「2人が死亡、1人が重傷」と言っているわけですし、リード部分でもそれで構わないのではないかと思いました。読み尺もそれほど変わりません。
書き言葉だけにこの「死傷」という言葉は、新聞ではよく使われているようです。
テレビでも字幕スーパーには使われます。しかし、ここに一つの落とし穴があります。
たとえば、181人の乗った飛行機が墜落したとします。その際に、
「180人死亡、 1人軽傷」
「 1人死亡、 180人軽傷」

のどちらでも、
「死傷者 181人」
と表記することが出来るのです。もしかしたら、
「起きた事故が大きいほうが(あるいは大きく見えるほうが)ニュース性が高い」という観点から、必要以上に事故を大きく見せるために「死傷者」という"くくり"にして、数字を大きく見せようとしているのではないか?とちょっと疑ってしまいます。
新聞の場合、「死傷者」を使う一番大きな理由は、
「見出しのスペースを出来るだけ小さくするため」
でしょうが、一番ニュース性の高い「死者の数」をあいまいにしてしまうという意味でも「死傷者」という表現は一考する必要があるのではないか?と思いました。



2002/9/5