◆ことばの話805「発令と発表」

お昼のニュース前のUアナウンサーから電話です。
「道浦さん、大雨洪水警報は、『発令』ですか?『発表』ですか?」
「そりゃあ、『発令』だろう?」
「それが、気象予報士のTさんが『発表』だって言うんですよ。」
「それはヘンだなあ、気象庁に聞いてみようか。」

ということで、気象庁・広報(03−3212−8341)に聞いてみました。するとあっさり、



「『発表』ですね。」



と答えるではありませんか。
「以前は『発令』と言っていたんではないですか?」
「いえ、昔からずっと『発表』です。」
「光化学スモッグ注意報とか警報は、『発令』といっていた気がするんですが。」
「いえ、それも『発表』です。基本的に『発令』というのは『命令』ですから、気象庁にはそういう権限はありません。『避難命令』などを『発令』するのは、自治体の首長です。」
「では、警報が出された後に継続している状態も『発表中』というのですか?『発令中』ではありませんか?」
「いえ、『発表中』です。」

ここで引き下がっては、男がすたる(?)。
「・・・気象庁用語としては『発表』と言っていても、マスコミは『発令』と言っていたことはありませんか?」
「それはあるかもしれませんね。」

どうやらこのあたりが落とし所のようです。
結局、お昼のニュースでは「発令」で読むことにしました。「発表」はしっくり来ないので。



気象庁は、注意報や警報を「発表」していたのですが、それをマスコミ的には「発令」と表現していた。そして、「光化学スモッグ注意報」などが出た場合には、役所や公立学校が表現する時には「発令」という言葉を使った例もインターネット上には数多く見られました。また、他社のニュース・天気予報を見ていると、「発表」や「発令」を使わずに、
「大雨洪水警報が出ています。」
という表現をしている局もありました。これが無難かな。
一応、辞書(日本国語大辞典)で「発令」と「発表」を引いてみましょう。
「発令」=法令・辞令などを公布・公表すること。
「発表」=@世間へ表向きにしらせること。一般に示すこと。多くの人々に明らかにすること。A内にこもっている病気が外へ出ること。

ただ、「発令」の例文としては、こんなものがありました。
「ときどき途中で警戒警報が出たり、突然、空襲警報が発令されたりした。」
(巷談本牧亭<1964>《安藤鶴夫》生きる)



あ、わかった、そういうことか。
「発令」は「命令」なので、強制力を持つものですから、もともと国の機関や自治体などが「発令」をしてきたのでしょう。その「発令する内容」には当然「警報」が含まれていました。そこで、「警報」=「発令」という構図が私たちの頭の中に出来上がっています。それに対して戦後の気象庁は権限が弱くなって「命令できなくなく」なってしまった。しかし、注意を喚起する目安として「注意報」「警報」というものはそのまま残ってしまった。それで「命令ではない警報」、つまり「警報→発表」という形ができあがったのではないでしょうか?
けど「発表」だと、「警報」という緊急性が伝わらないような気がするんだけどな。「命令ではない発令」があってもいいと思いますが。いかが?



2002/8/29
(追記)

2004年9月5日、紀伊半島南東沖を震源地とする震度5弱の地震が午後7時過ぎと午後11時57分と、1日に2度起きました。マグニチュードはそれぞれ6,9と7,4という大きなものでした。
この2度目の地震で、和歌山県などに「津波警報」が出されました。その際のTV各社の表現は、
テレビ朝日の岡田アナウンサー(女性)は、原稿の読みでは、津波警報が「発表」されたと、またフリートークの時の呼びかけでは「発令」と言っていました。その呼びかけを受けた朝日放送の長嶋アナウンサー(男性)は「出された」と言っていました。
また、NHKの男性アナウンサーは「発令」と。読売テレビの大田アナウンサーは、全国ネットの時は「出されました」と言ったのですが、その後、関西ローカルニュースの中継では「発令」と言いました。あとで本人に確認すると、
「用語の使い分けに関しては、全然意識していなかった」
ということでした。

2004/9/6



◆ことばの話804「ニッポンか?にほんか?2」

平成ことば事情192で『「ニッポン」か「にほん」か?』というタイトルで、プロ野球の「日本シリーズ」の「日本」の読み方に付いて調べて書きました。今回は8月いっぱい、世間を騒がせた“あの会社”の読み方についてです。
BSEの発生に伴って国(農水省)が行なった国産牛肉の買い上げ制度を悪用した、
「日本フード」
この会社は、「日本ハム」の子会社です。この両者の「日本」の読み方ですが、これはともに、
「ニッポン」
です。そして、実際に買い上げるための牛肉を集めていた業界団体、
「日本ハム・ソーセージ工業協同組合」
こちらは、
「にほん」
なのです。ややこしいですね。確かに「日本ハム・ソーセージ工業協同組合」を「ニッポン」と読んでしまうと、「直接、ニッポンハムの息のかかった団体」だと思われてしまいますし。ここはきっちり使い分けたいところでしょう。
でも農水省の課長は「日本ハム」のことを「にほんハム」と言っていたし、9月3日のテレビ大阪(東京)のお昼前の株式番組に解説者として出ていた日経新聞の記者も、同じように「日本ハム」を「にほんハム」と言っていたし、一般の人のみならず、このぐらい関心の高いはずのレベルの人たちでも「にほん」か「ニッポン」にはそれほど意識を払っていないという事でしょうかね。
ところでちょっと古い週刊誌に、関連記事(と言えるのかな?)が出ていました。
2002・8・8号の「週刊文春」の堀井憲一郎さんの「ホリイのずんずん調査357回『ニッポンに帰ろう』はダメ?」の中で、月曜日に某局で放送している「あいのり」という番組は、ワゴン車の中に若い男女を一緒に乗せて外国を旅させると恋に落ちる、という番組らしいのですが(あまりよく知らない)、その中で男性が相手の女性に告白する時に、
「一緒に日本に帰ろう」
というせりふで口説くことが多いのだそうです。その時に「日本」を「にほん」と言うか「ニッポン」と言うかについて、2001年4月から2002年6月までの15組について調べてみたんだそうです。すると、
にほん=13人
ニッポン=2人

で、「ニッポン」と言った2人はともに振られているのだそうです。堀井さんは、
「となると日本を『ニッポン』と発音しるやつは、恋愛がヘタということになる。ううむ。こんなデータでそんなこと言っていいのか。ま、いっか。」
とまとめています。いろんなこと、調べる人がいるんですね。まあ、人のことはあまり言えませんが。

2002/9/4

(追記)

2004年3月8日、鳥インフルエンザ騒動で、責任を取る形で自殺した、浅田農産の浅田 肇(はじむ)会長が、副会長を勤めていた業界団体の名前について、「にほんかニッポンか」を記したメモが出てきました。それによると、
「日本(ニホン)養鶏業協会」
だそうです。
また、4月1日の入社式のニュースで出てきたのは、去年秋に発足した
「西日本高速道路株式会社」でしたが、この「西日本」の読み方は、会社の人に取材した記者に聞いたところ、、
○「ニシニホン」
×「ニシニッポン」
でした。この会社は、オレンジの本『放送で気になる言葉・改訂新版』(2003年3月発行)には、当然のことながら載っていません。
2006/4/6


◆ことばの話803「ぼっかけ」

今朝(8月30日)の日経新聞の経済面にこんな記事が。
「神戸の味『ぼっかけ』レトルト食品で全国へ」
なんだあ、「ぼっかけ」って。本文をよく読むと、
「エム・シーシー食品は、このほど、牛すじ肉とコンニャクを甘辛く煮付けた神戸市長田区の名物料理『ぼっかけ』を遣ったレトルト食品『神戸市長田ぼっかけカレー』と『神戸市長田ぼっかけカレーラーメン』の全国販売を開始した。」
ものすごく「地域限定」の料理を全国に展開する事にしたのですねぇ。
「神戸・長田地区」では、牛すじとコンニャクを甘辛く煮たものをうどんやカレーにかける『ぼっかけ』が庶民の味として古くから親しまれている」
古くからって、いつからだろう?
「『ぶっかける』が語源ともいわれ、牛すじとコンニャクのコリコリした食感が受けているという。」
へえ。やはり「ぶっかけ」がなまって「ぼっかけ」ですか。一字違うだけでイメージが変わってきますね。何やら「ぼったくり」と「ぶったくり」にも似た響きです。ちょっとおっかない。
でもどんな料理か想像すると、なかなかおいしそうなB級グルメという感じがしますね。
神戸からは、「そばめし」のように、こういった地域限定B級グルメをレトルトにして全国に売り出して成功した前例がありますから、「ぼっかけ」も、あっと言う間に全国区になるかもしれません。関西に住んでいる私も知らなかったんですが、神戸っ子の脇浜アナなら知ってるかも知れないな。今度、聞いてみよう。
で、聞いてみたところ、
「知ってますよ。神戸のスジコンでしょ。」
さすが神戸っ子、地元の事は詳しいなあ。



2002/8/30


◆ことばの話802「ゴキブリに・・・」

8月30日のお昼の「ニュースダッシュ」、この日は関西ローカルのニュース担当だったので、11時40分にはスタジオの椅子に座ってスタンバイしていました。そうすると、東京の日本テレビの男性アナウンサーが、コマーシャル前の全国ニュースの最後に、経済関係のニュースを読んでいるのが、ちらっと耳に入りました。その言葉とは、
「ゴキブリに・・・・」
という言葉です。え?なんで経済のニュースで「ゴキブリ」が出てくるの?ゴキブリ退治の製薬会社の株が上がったとか下がったとか、画期的なゴキブリ退治の薬が開発されたとか、そういうニュースなのか?と思って前後の文脈を、落ち着いてよく考えてみると、ゴキブリではなく、
「五期ぶりに」
でした。「5シーズンぶりに」経済指標が上向いたとか下向いたとかいう話のようでした。
あとで日経新聞8月30日夕刊で確認すると、
「5期ぶりプラス成長」
でした。4月から6月のGDPが、です。ゴキブリ、プラス成長・・・ではない。13年前に行ったインドで見たゴキブリは大きかった・・・・15センチくらいあったな。新聞さんも、もうちょっと「音」のことを考えてくれないかな。
このアクセントが、
「ごきぶりに(LHHHH)」(※Lは低く、Hは高く発音する)
という平板アクセントだったので、「ゴキブリ」と勘違いしてしまったのですが、これはたとえば、
「五期ぶりに(LHHHL)」
と、「尾高アクセント」にして、「に」のところでアクセントが落ちるようにしたら、意味の違いをアクセントで(耳で)聞き分けられるのではないでしょうか?たとえば、
「久しぶりに」
という言葉の場合は、「平板アクセント(LHHHHH)」と「尾高アクセント(LHHHHL)」の両方、アクセント辞典に載っています。
「ゴキブリニ」も考えてみてはいかがでしょうか?



2002/8/30

(追記)

「物価の変動を含めた名目のGDPは0.3%のマイナスとなり、5期ぶりにマイナスとなりました。」
と、2004年8月13日のNHKのお昼のニュースでも「ゴキブリ(LHHH)」が出現しました。

2004/8/13


◆ことばの話801「臨界前と出生前」

「臨界前核実験」
「出生前診断」

この二つの言葉の中に共通して出てくる「前」という漢字、読み方が違います。
「りんかい・まえ・じっけん」
「しゅっしょう・ぜん・しんだん」

上は「まえ」、下は「ぜん」なのです。同じように使われているのになぜ読み方が違うのか?不思議なのですが、「まえ」と「ぜん」でどう意味が変わってくるかについて考えてみました。
まず、「まえ」ですが、これは「まえに行ったことがある。」「まえもやったよ。」など「時系列において、今よりも過去のことを指す」のが「まえ」の第一の意味。「臨界前実験」はこの意味で使われています。しかし「まえ」にはもう一つの使われ方があります。「駅前」「学園前」のように「ある場所の正面、前面」という「空間的な位置を示す“まえ”」です。
それに対して「ぜん」は、時系列的な「今よりも過去」しか表わしません。
そういう意味から言うと、時系列を表す「前」の場合、「臨界まえ核実験」は「臨界ぜん核実験」と、また「出生ぜん診断」は「出生まえ診断」とも言えるのに対して、空間的位置を表す「前」の場合、「駅まえ」「学園まえ」は「駅ぜん」「学園ぜん」とは言えない、ということになります。
そして逆に、「前」を「まえ」と読んだ場合には、「空間的な位置を表す“まえ”」のイメージが付いてきます。「臨界まえ核実験」は、大阪・堺市浜寺の臨界スポーツセンター前で核実験でも行なうのかという物騒な想像をしてしまいかねません。(私だけかも。)
ただ、アクセントに注目した場合、この(1)空間の「前」と(2)時系列の「前」では微妙に違いがあるように感じます。
つまり(1)空間の「前」は、“何か”の「前」にあるわけですから、必ず「○○前」という形になります。その時のアクセントは「○○まえ(○○HH)」と「平板アクセント」になっていることが多いように感じます。それに対して、(2)時系列の「前」の場合は「○○まえ(HL)」と「中高アクセント」になって、「ま」は高く、「え」で下がるように感じるのですが、いかがでしょうか。



2002/8/29



(追記)

アメリカボストンのIさん、大阪のTさんから、
「空間的な位置を表す場合にも“ぜん”を使うことがある。たとえば、“眼前”“墓前”“御前(ごぜん)”“霊前”など」
というご指摘をいただきました。
そうですね。おっしゃるとおり。でも私が考えていた言葉とはちょっと違うみたい。というのも“眼前”“墓前”“御前”“霊前”はそれぞれ“眼のまえ”“墓のまえ”“あなたのまえ”“霊のまえ”というふうに空間的な位置を示しているのですが、「もう、一つの単語になってしまっている言葉」ですよね。一つの言葉になっていれば、空間的な位置を表しても「ぜん」ということもあるのではないでしょうか。
それに対して私が言っているのは、「学園前」「市役所前」「駅前」のように「学園・前」「市役所・前」「駅・前」と二つに分けて考えられるようなケースです。こういった場合には「ぜん」ではなく「まえ」と読むのではないかな、ということです。ただし「駅前」はだいぶ一つの言葉になってきているようですから、今後「えきぜん」というような読みが出てくるかもしれません。勝手な推測ですが。注目しましょう。

2002/9/13

(追記2)

5月26日、お昼の日本テレビ系「ニュース・ダッシュ」でのこと。アメリカ・ネバダ州で、通算21回目、ブッシュ政権下では8回目の
「臨界前(まえ)核実験」
を、行ったというニュースがありました。「まえ」でした。

2004/6/8

Copyright (C) YOMIURI TELECASTING CORPORATION. All rights reserved