◆ことばの話780「耳をすませて」

結局、失職・選挙再出馬を選択した、田中康夫長野県知事。
今日8月15日、その長野県知事選挙が告示されました。
議会から不信任案を突きつけられた時、記者に対する田中前知事の言葉はこういったものでした。



「県民の皆様の声によく耳をすませて・・・・。」



「耳をすませて」?「耳をすまして」ではないのか?(あの宮崎駿監督の作品は「耳をすませば」だっけ。)考えてみました。
(1)「すませて」は「すむ」の未然形に、使役の助動詞「す」の連用形「せ」、それに「て」が付いてますね。「て」は、過去の助動詞「た」の連用形かな?このあたり文法弱いんで、ご指摘ください。
(2)「すまして」は「すます」という、「すむ」の他動詞形の連用形ですよね。
私の感覚では(2)「すまして」を使います。使役の助動詞「す」の連用形には「し・す」の両方があるところからの誤用ではないか?と言う風に感じます。「すませて」というと、あまりにも「使役」の感覚が強く、またしゃべる上でも不自然な感じがします。
そもそも「耳をすます」の「すます」は「澄む」から来ています。濁りがなくなるのですね。「仕事が済む」の「済む」も、「澄む」が語源だそうです。



「澄ます」
「澄ませる」



「澄ませる」の方が「使役」の感じが強いような気がします。自分で自分を「澄ます」けれど、「澄ませる」は自分が誰か第三者・あるいは物を「澄ませる」。
つまり、私が田中前知事の「耳をすませて」に違和感を覚えたのは、「すませる耳」は自分のものだからです。自分の体の一部なのですから、他人事のように「すませて」ではなく「すまして」を使って欲しい気がしたのです。
ここまで来ると、感覚のものですから、気にならない方も多いかと思いますが、私は気になったなあ。



2002/8/15



(追記)
宮部みゆきの大ベストセラー・ロングセラー「模倣犯」の下巻225ページに、「耳を澄ませても何もきこえない。」という一節が出てきました。



2002/8/27




(追記2)



早稲田大学の飯間浩明さんからメールを頂きました。お久しぶりです。



「澄ませて」の「て」は接続助詞であって、過去の助詞「た」の連用形というのは、
一般的ではない(柔らかに言って下さってますが、つまり間違い)そうです。失礼し
ました。



そして飯間さんはメールに、いくつかの条件が整えば、(まだ国語の辞書には載って
いないものの)「澄ませる」はひとつの他動詞と考えて良いと思うと書いています。
その条件とは、



(1)「耳が澄む」という言い方がない。



(2)「澄ませる」という言い方が多用される。



(3)「澄ませない・澄ませて・澄ませる・澄ませるとき・澄ませれば・澄ませろ」と、
各活用形がすべて使われる。



こういった条件が整っていれば、辞書にも載るようになるという事です。



ところが実際には「澄む」の活用と「澄ませる」の活用をゴッチャにしていることが
多いのではないか、とも指摘されています。その一例として、シンガーソングライ
ターの谷山浩子さんが、



「耳をすませば何も聞こえず」



と書いているかと思えば、



「もういちどふりむき あなた 耳をすませた」



とも書いている例を挙げています。谷山さんは、混乱しているか、「澄ます」「澄ま
せる」両形を使っているかというわけです。たぶん、そのとおりでしょうね。



ただ歌詞の場合は、「字数とリズム」という制限があるので、歌詞の中には文法を超
えた無茶な言葉が出てくることがあります。古賀メロディで、



「月にやるせぬわが思い」



なども「やるせない」の「ない」を否定の「ない」だと勘違いしたということもある
でしょうが、字数とリズムがあわないということも、そんな言葉を作ってしまった理
由の一つではないかと思います。特に作曲がメインで作詞は後づけの場合には。谷山
さんの場合は、そういった例かも知れません。


とまれ、飯間さん、ご指摘、ありがとうございました。



2002/9/2



◆ことばの話779「ゼネコン」

皆さんは、「ゼネコン」って知ってますよね。鹿島とか大林とか清水とかの総合建設会社のことですよね。
では「ゼネコン」は何の略か、ご存知ですか?会社で周りの人たち10人ほどに聞いてみました。みんな「ゼネ」は「ゼネラル」の略だというのはわかるのですが、「コン」の方で考え込んでしまいます。そんな中でいくつか答えが出てきました。



「コンチェルト」
「コンストラクター」
「コンストラクション」
「コンダクター」
「コンツェルン」
「コングロマリット」




はては、
「コンビニエンスストア」
まで出てきました。
私は、
「ゼネラル・コンストラクター」
の略だと思ってました。
そしてそのゼネコンで10年以上働いている、うちの妻にも聞いてみました。彼女は、
「ゼネラル・コンストラクターでしょ。」
と答えました。さすが、夫婦。おんなじ答え。
ところがっ!!
今読んでいる「新聞カタカナ語辞典」(読売新聞校閲部・中公新書ラクレ)「ゼネコン」の項には、こう、記されているではないですか!



general contractor(ゼネラル・コントラクター)



えー!!?コントラクター?「ス」が抜けているんじゃないですか?と思って、さらに読み進むと、



「コントラクトは『契約』『請負』の意味」



とあります。英和辞典で「contract」を引いてみると、



「契約(書)、請負、婚約」



とあります。また派生語として、



「contractor=建築業者:収縮筋」



とあります。
・・・・そうだったのか。「ス」は、いらないのね。知らんかった・・・・。
いろいろ勉強になりますね。



2002/8/14


◆ことばの話778「午前11時2分」

8月6日は広島の原爆記念日、8月9日は長崎の原爆記念日。
1945年の8月、日本の国土に2発の原子爆弾が投下されました。この日付は、多くの日本人が心に刻んでいることと思います。
では、その原爆が投下された時刻が、何時何分であるか。広島は、



「8時15分」



と答えられても、長崎は、
「????」
知らない方が多いのではないでしょうか?かく言う私も知りませんでした。勉強不足を恥じます。しかし、大分出身のMアナウンサーに聞いたところ、彼女は、



「午前11時2分」



と即座に答え、



「常識じゃないですか。」



とニクらしいことを言いました。やはり、原爆投下地に近い九州だと、子供の頃に学校で教わるんですかね。
また、社内で「広島と長崎の原爆投下時刻は?」と聞いてみました。結果は・・・・



<広島の原爆投下時刻>
(知っている)・・・・9人(60%)
(知らない)・・・・ 6人(40%)



<長崎の原爆投下時刻>
(知っている)・・・・2人(13,3%)
(知らない)・・・・13人(86,7%)



と言うことでした。やはり、長崎の原爆投下時刻を知っている人は、広島に比べて少ない。
聞いて人数が少ないのであまり参考になりませんが、他で聞いてもおそらく同じような結果が出るのではないでしょうか。ちなみに、長崎の原爆投下時刻を知っていると答えたのは、大分県出身のMアナウンサーと長崎県出身Nの2人だけでした。中には、
「いつも高校野球の時に試合を中断して黙祷してるから、正午くらい。」
と答えた人がいて、周りの人に、
「それは、8月15日の終戦記念日とちゃうんか。」
と突っ込まれていました。



たとえば、関西の人にとっても、5年前だったら、「阪神大震災(地震)が起きた時刻は?」と聞かれたら、まず9割くらいの人が
「午前5時46分」
と答えることができたでしょう。しかし震災から7年半が経った今、大地震が起きた時刻はもちろん、日付すら記憶の倉庫に仕舞い込まれてしまって危うくなっている人が多くなっているのではないでしょうか?
記憶の風化は、こんなところからも始まっているのです。
「天災は忘れた頃にやってくる」
と言ったのは、寺田寅彦だと言われていますが、彼の著作には直接そう書いたものはない、とも聞きます。
岩波文庫の「寺田寅彦随筆集第五巻」(小宮豊隆編)の「天災と国防」という随筆に、そういった一文が書かれているというので読んでみました。おそらくこの部分が、後世、「天災は・・・・」となったのでしょう。



「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆を忘れた頃にそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。」



これは昭和9年(1934年)11月、「経済往来」という、おそらく雑誌に掲載されたものです。その年の9月21日に襲った台風の被害について主に書かれたものです。70年近く前に書かれたものとは思われない、現代でも充分に通用する警告だと思います。
さっそく我が家では、懐中電灯を3本、購入しました。
「備えあれば憂いなし」
ですね。



2002/8/13




(参考)
「平成ことば事情409・記念か?祈念か?」も、あわせてお読みください。


◆ことばの話777「遠恋」

アナウンス部アルバイトのI嬢(24歳)と話していたら、
「エンレン」
という言葉が出てきました。おぼろげながら「もしや?」と思い当たるフシはありましたが、正確な意味は分かりません。そこで、
「エンレンって何?」
と聞くと、
「遠距離恋愛のことですよ。略して遠恋(エンレン)。」
という答えが返ってきました。
「みんな普通にエンレンなんて言葉使うの?」
「使いますね、フツーに。」

やっぱり、なかなか若い人にはついていけないものです。「エンコイ」ではなくて「エンレン」だそうです。
インターネットの検索エンジンGoogleで調べてみました。



遠恋・・・・・・1万0500件
えんれん・・・・・・・252件
遠距離恋愛・・・・4万3500件



ひらがなの「えんれん」は「演奏連盟」を略しての「演連」が多いようでした。
入社3年目のMアナウンサーに「エンレンって何のことか知ってる?」聞くと、彼女は即座に
「知ってますよ、遠距離恋愛のことでしょ。」
と答えましたが、入社10ウン年目のUキャスターに聞いたところ、「エンレン???エンロンなら知ってますが・・・・。」



と教養をひけらかしていました。いつから?きょうよう。
また、「エンレン」の反対語は・・・・そうですね、「キンレン」。でも普通の恋愛は近くにいるものだし、だからこそ離れている特別な状態の恋愛を「エンレン」と呼ぶと思うのですが、行ったり来たりしてしまった感じのする言葉ですね。



この「近恋」は、インターネット検索でも数が少なく、たったの59件しか見つかりませんでした。その中に「遠恋同盟」というHPがあって、そこには、
「遠恋から同棲・近恋になった方、遠恋卒業のページに掲載します」
と書かれていましたが、掲載されてもなあ。どやさ、という感じですね。
ちなみに「ギンコイ」は「銀座の恋の物語」、「ヨサコイ」は「ソーラン」です。氷は「ヒヤコイ」。
おそまつでした。



2002/8/8


◆ことばの話776「早メシ」

NHK放送文化研究所の原田さんからメールが届きました。そこには、



「『早メシ』というと『速くメシを食うこと』の意味で、たとえば『早メシ、早○○、芸のうち』などと使われていたが、最近の若者は『決められた時刻よりも早くメシを食べること、早弁のようなもの』の意味しか知らないようだ。」



と書かれていました。確かに最近は「早弁」の意味でしか「早メシ」は使っていないような気がします。
とりあえず、「早メシ」が辞書に載っているのか見てみましょう。まずは「広辞苑」。あ、載ってた。



(1)飯を食べる速度の早いこと。
(2)定刻より早く食事をすること。




両方載っていますね。「速度が早い」が先に載っています。そして「新明解国語辞典」は・・・なんと「早メシ」が載っていません。そのかわりと言ってはなんですが、こんなのは載っていました。



「早御飯」



おーっと、お上品だな。でも、そんなの聞いたことないぞ。意味はというと、
「何かの必要が有って、ふだんよりも早めに食事をとること。また、その食事。はやめし。」



ふむ、これは、原田さんが言うところの「早メシ」の若者用法だな。「新潮現代国語辞典」は、「早飯」載っていました。
1 定刻以前に飯を食うこと。
2 飯を食う速度の速いこと。

と、こちらは「広辞苑」と順番が逆です。「早御飯」は当然、載っていません。「日本国語大辞典」も見てみましょうか。
「早飯」
6 短時間で飯を食うこと。食事を短時間で済ませること。(例)滑稽本・浮世床(1813−23)「がうぎと早飯(ハヤメシ)だの」、福翁自伝(1899)<福沢諭吉>老余の半生「子供の時に早飯(ハヤメシ)と何とやらは武士の嗜なんと云て、人に悪く云はれた事もあり」
7 定刻より早く飯を食うこと。



あとの(2)には用例がなく、(1)にはあることから、やはり(1)の意味の方が古くから使われていたのでしょうね。
福沢諭吉の言う「早飯と何とやら」の「何とやら」は、もちろん、「早○○」です。○の中には、カ行の三番目の文字に濁点と、サ行の最後の音が入りますね。昔から言われてたんやね。



読売テレビ社内で「早メシ」の意味について、20人に聞いてみました。その結果は、



(1)「早弁」と同じように早い時刻にメシを食べること・・・・13人(65%)
(2)急いで速く食べること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2人(10%)
(3)両方の意味で使う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5人(25%)



という結果になりました。やはり、原田さんがおっしゃるような結果が出ました。20人に聞いた中で、
「(2)の意味では『早食い』という言葉を使うことが多い気がする」
という声がありました。そういえば「早食い選手権」とか、ちょっとブームになりましたよね。あれは「大食い」か。
でもその「早食い」も「広辞苑」に載っていました。
「食物を早く食べること。」
そのままやがな。
「早メシ」の二つある意味のうち、どちらがよく使われるか、その順位が変わってきているようです。
さて、それじゃあ、「早メシ」するかあ。



2002/8/3