◆ことばの話755「すごい減る」

中国製ダイエット食品で健康被害を受けた人に対してインタビューしている様子がニュース番組で流れていました。その女の人は、



「すごい体重が減るというので、飛びついた人もすごく多かった。」



と話していました。
私が注目したのは、「すごい」と「すごく」です。この女性はなんと無意識のうちに使い分けているようなのです。たまたまかもしれないけど。
あー、つまり。この女性の発言を聞いて私が感じたのは、



「すごい」>「すごく」



ということです。主観的に強調して言う時には「すごい」を使い、やや弱く強調する時には「すごく」を使っているのではないでしょうか?



終止形での「すごい」のアクセントは「LHL」と中高アクセントです。これが連用形になって「すごく」になるとアクセントは「HLL」と頭高アクセントになってしまいます。



おそらく今の若者にとって(私も。40代前半くらいまで)は、「中高アクセント」は、強調する形容詞にとってふさわしい、より強調しやすいアクセントなのではないでしょうか。そこで「すごく」を中高アクセントで「すごく(LHL)」と言ってもよいのでしょうが、同じ中高アクセントならば、より慣れている「すごい(LHL)」の中高アクセントを選ぶことで強調しようと考えたのではないか。



また、この3拍語の関西アクセントの典型的な形として「LHL」という中高アクセントがあることから、関西弁(アクセントも含む)が最近の若者に取り入れられているのではないか?という気がします。
10年前には関西弁の「言葉」は取り入れられても「アクセントは関東風」というのが「東京における関西弁の取り入れ方」でした。それが、「関西弁まんまのアクセント」が受け入れられるようになったのには、いろんな要素があると思いますが、「強調しやすいアクセントパターン」というのも、要素のひとつではにでしょうか。



2002/8/6



(追記)



アメリカはボストン在住のIさんからメールをいただきました。Iさんは、



「『すごい減る』というのは文法的に誤りで、正しくは『すごく減る』ではないか。」



というのです。・・・・そのとおりなんです。それでもう10年以上前から、



「『すごい、おいしい』などというのは間違っとる!!」



といろんなところでお叱りを受けている言葉使いなんですよね。私はそれを「大前提」として、ではなぜそのように「誤った」使い方がはびこるのか?ということについて考えたつもりでした。「『すごい減る』は文法的に誤り」ということをどこか最初の方に書いていた「つもり」だったのですが、読み返してみると、まったくそれには触れていませんでした。失礼しました。「つもり」は、いけまへんな。



2002/8/22



(追記2)



井上史雄十鑓水兼貴・編著「辞典・新しい日本語」(東洋書林)で、この「すごい」を引くと、載ってました、載ってました!



スゴイ「すごく(早い)」。終止形スゴイを副詞的に使う例。1990年3月、東京100km圏の16歳以上1800人の調査では、全体で使用35%、「聞く」を入れると70%で、全体に広がっている(石野他1990)。1997年「すごい速い」の全国の使用例43%、四国で63%で最高、10代後半、学生は70%前後、40代以上は30%以下にすぎず、世代差が大きい(文化庁1997)。埼玉県女子高生の7割使用(井上1987)。東京・新潟間の中学生の調査では、大多数使用(佐藤高1997)。形容詞終止形を副詞的に使う例は、江戸時代にもある。;
「おそろしい高へ(タケー)」(春色辰巳園)、「おそろしい高いもんだ」「途方もない高い」「きついきらいだ」(アーネスト・サトウ、会話篇)、程度副詞の変化の大きさを示す。(大野1995)「マラソン選手が走ってるとこ近くで見たらすごい速くてびっくりした。」(清水2000)




この「スゴイ」を「昔」からよく使っていて「アナウンサーなのに・・・・」と叱られ続けていたUアナウンサー。最近は「若者は皆、“スゴイきれい”などと言う」というのを聞いて、「ほら、私は若いんだもの。」と言ってますが、それは「時制」が違います。正しくは「若かったんだもの。」です。



2002/8/25




(追記3)



パンパシフィック水泳大会(正式名称はもうちょっとちゃんとしていると思うけど=パンパシフィック水泳選手権でした。)が開かれています。略して「パンパシ」。なんだかなーのネーミング(略称)ですが、その400メートル自由形で3位に入った山田沙知子選手(19)が8月25日のNHKのよるのスポーツニュースで紹介されたVTRの中でインタビューに答えて、こんな風にしゃべってました。
「すごい差が迫った時に、すごい会場の声援があったので、すごい頑張れた。」
おお!これは「すごい」。
いまどきの若者は「すごい」を連発することが「すごい」わかった気がしました。



2002/8/26


◆ことばの話754「レモンとベルギー」

このタイトルを見ただけではなんのことやら??と思われた方も多いことでしょう。アクセントの話なんです。子供の時から私は、「レモン」のアクセントは「レ」が高くて「モン」が低い、「レモン(HLL)」いわゆる頭高アクセントだと思ってきました。



しかし、読売テレビに入社した時に先輩に、



「レモンのアクセントは、レモン(LHH)=平板だ。」



と言われて以来、「そうだったのか。」と目からウロコが落ちた感じでした。



今は「NHKアクセント辞典」を見ても、頭高の「レモン」(HLL)が先に来て、その後に平板の「レモン」(LHH)と二つのアクセントが載っています。



しかし、ちょっと古い「新明解国語辞典・第二版」(三省堂・1985年12月1日発行)でアクセントを見ると「0」と表記されています。この辞書で「0」と記されたアクセントは、「平板アクセントです。」それ以外は載っていません。昔はそうだったのですね。 でも、今は「頭高」でしょう、「レモン」は。そもそも英語のLemonのアクセントは最初にアクセントが来ますよね。原語に誓いアクセントになってきているのですね。



このようにアクセントも、時代とともに変わって来るものなのです。



で、この前のワールドカップのときに日本と戦った「ベルギー」です。



このアクセントをアクセント辞典で見ると、



「ベルギー(LHHL)」



という「中高アクセント」しか載っていないのです。しかーし。私は、



「ベルギー(HLLL)」



という「頭高アクセント」で言っているのです。そもそも「ベルギー」というのは何語なのか?「広辞苑」を引くと、



「belgie」(eの上にウムラート)=フラマン語



「belgique」=フランス語




となっています。たぶんアクセントは最初の方にあるんだと思います。あ、そう言えばベルギーの言葉は、国の北半分がオランダ語系、南半分がフランス語系でしたよね、たしか。ベルギー代表のキーパーも、後ろからフィールドの選手に指示を与えるときに、二つの言語を使い分けるって、新聞記事に書いてあったのを見たことがあります。



では、英語では「ベルギー」のことをどう言うのか?



「belgium」




アクセントは、「ベルジャン」(HLLL)と「頭高アクセント」です。



ということは、今後私のように、頭高の「ベルギー」が出て来るかもしれない。いや、もうたくさんの人が使っていると思います。今後、アクセント辞典に、頭高アクセントの「ベルギー」が載るかも、知れませんよ!



2002/8/3


◆ことばの話753「健康被害」

中国ダイエット食品による健康被害が社会問題化していますが、この



「健康問題」



という言葉、よく聞きますが、なんとなく「不具合」と同じように、便利だけど今一つ、あいまいな感じがしていました。この言葉、いつ頃から使われているのでしょうか?後輩の植村なおみアナウンサーに頼んで、日経テレコン21のデータバンクを使って調べてもらいました。ここには、読売・朝日・毎日・産経・日経(日経産業新聞なども含む)の全国紙5紙のデータが詰まっています。それによると、このデータバンクの一番古い記録である、1975年(昭和50年)には既に使われているのです。件数は日経新聞だけで1975年から2002年までで7543件。そして1975年から1985年までの10年間では115件とそれほど多くないことから、その後の17年で飛躍的にこの表現が、いかによく使われていることがわかるでしょう。



その使用例は、日経産業新聞・1975年7月9日で、見出しは、



「神洲化学の埼玉県の化学工場、排ガスをめぐり住民と対立、公調委へ原因裁定を申請」



本文での使われ方は



「SO2排出と健康被害をめぐって住民側と対立を続けていた神洲化学が・・」



というもの。この頃は「健康被害補償制度」というのが出来たようで、よく出てきますが、その「健康被害」の原因は、ほとんど大気汚染や六価クロムなどの「公害」です。つまり「公害健康被害」が多いのです。それ以外には、予防接種の際の「接種禍」、つまり「薬害」ですね。



80年代になると、スパイクタイヤによる「道路粉塵公害」、「種痘禍」、合成洗剤による健康被害、NOx、鉱害、ダイオキシン、そして1983年5月30日の日本経済新聞には、



「健康食品、国が初の実態調査〜安全性・表示問う、専門家加え今夏にも開始」



という見出しが。20年近く前にもあったのですね。健康食品による「健康被害」が。同じく1983年には



「家庭用品による健康被害、皮膚炎など995件〜厚生省調査」



という見出しも。たばこによる健康被害=煙害も載っています。このほか新幹線の騒音によるものや、石綿粉塵、流感ワクチン、水俣病など。完全な病気まで「健康被害」に分類されていますが、現在使われている「健康被害」は、



「病気とまでは認定できないけれども、明らかに健康を損なう症状」



を指していると私は思います。



年ごとの「健康被害」の出現回数は以下のとおりです。



1975
5
76   11  
77    
78    
79    
80   3  
81   4  
82    
83   14  
84   18  
85   34  
86   74  
87   98  
88   151  
89   111  
90   138  
91   221  
92   333  
93   201  
94   343  
95   340  
96   401  
97   495  
98   731  
99   782  
2000   1320  
01   774  
02   915  



こうやって数字を見ただけではわかりにくいと思いますが、1986年あたりから88年までちょっと増えて、一旦落ち着いた後、1990年代に入って、まさにうなぎ上り!1998年と2000年に特に大きな伸びを見せています。大阪府堺市で病原性大腸菌O−157による患者が出た1996年は、それほどの伸びはありません。 2000年に何があったか?と思い出してみると、雪印乳業の牛乳食中毒事件がありました。この事件による死者はなかったのですが患者さんは多く、まさに「健康被害」と呼ぶのにふさわしい(?)症状だったようです。



今後、こういった事例が増えないことを願うばかりですが、今年(2002年)は7月31日の時点で915件と、過去最多だった2000年の1320件を上回るペースです。



インターネットの検索エンジンGoogleで「健康被害」でキーワード検索を7月下旬にやったところ、2万9800件も出てきました。そして今日(8月2日)、同じように検索したら、なんと3万3700件に急激に増えていました。たった10日ほどで、13%も増えているのです。これはきっと「中国製ダイエット食品」のせいですね。そして、この言葉のカバーするエリアが広いために、安易に使われているのではないでしょうか。



「健康被害」とさえ言っておけば、それ以上の分析をしなくてよいとでもいうのか、思考停止に陥ってしまうきらいがありますので、要注意。どのような健康被害なのかにも注目したいと思います。



2002/8/2


◆ことばの話752「越前越後と上越中越」

何が原因だったか・・・ふとしたことから、こんなことを考えました。



「越前と越後、越中もあるけど、上越、中越もあるぞ。どこを指してそう言っているのかな。そもそも越の国とはどこ?」




私は普通に「越」というと「新潟県」を連想していたのですが。そして、



越前=福井




越中=富山




越後=新潟




上越=新潟




中越=新潟




と思っていました。



つまり、広い地域としては「越前・越中・越後」があって、その「越」をさらに3つに分割すると「上越・中越・下越」というのがあると思っていたのです、私は。



辞書を引いて驚きました。「越前・越中・越後」は思っていたとおりだったのですが、「上越」は、「上毛と越後」の二つの地域を指して「上越」だったのです。



オドロイタな、どうも
しかも福井県出身のMデスクに話しを聞くと「越」の国は「えつ」の国ではなく、「こし」の国で、彼の地元では「高志」と書いて「こし」と呼んだりもするそうです。この「高志」は一説には、朝鮮半島からやってきた一族だそうです。「高志」の「高」は「高句麗」の「高」かも、と。また、景行天皇も福井のこのあたりにいらっしゃったとか。



そうだったのか・・・・。ふーむ、奥が深い。これはなんか歴史の勉強だね。



今日はこれぐらいにしといたろ。



2002/7/21




(追記)

NHK放送文化研究所の原田さんから早速メールをいただきました。
「上越には二つ意味があって、一つは、新潟県(越後)を『上越・中越・下越』に分けたうちの上越、もう一つはそこに書いてあるように『上毛と越後を結ぶ上越』」
とのこと。なーんだ、最初に考えていたのも、合っていたんじゃない。ただ、「二つ意味がある」というのはややこしいことですね。関西地域で言うと、「大阪と神戸」で「阪神」なのに、それとは別に大阪の中に「阪神」があるような感じかな。ちょっと違うかな。
まあ、いいか。

2002/8/5

(追記2)

2004年10月23日、新潟県小千谷市付近を震源とする、「震度6強」の地震が4度起こり、国はこの地震を、
「平成16年 新潟県中越地震」
と名付けました。この地震で、上越新幹線が走行中に脱線したものの、奇跡的にケガ人はいませんでした。しかし、10月26日現在で31人の方が死亡、3000人を超える方がケガ、そして10万人以上が避難所での生活を余儀なくされています。
阪神大震災からまもなく10年。あの記憶がよみがえります。亡くなった方のご冥福を祈るとともに、被災者の皆さんには、一日も早く普通の生活に戻れるように願わずにはいられません・・・。

2004/10/26
(追記3)

内藤陽介『近代美術・特殊鳥類の時代』の195ページ、上越新幹線開通の記念切手のところを読んでいたら、
「群馬県と新潟県を意味する上野・越後をあらわす上越線に由来するもので、新潟県の上越地方とは直接の関係はありません。」
という一文が出てきました。やはりそうでしたか。
2008/11/25




◆ことばの話751「はじ」

渡辺美里のニューアルバム(2002年7月10日リリース)「ソレイユ」の1曲目の「YOU〜新しい場所〜」を聞いていたら、歌い出しにこんな歌詞が・・・。



「君とおんなじ名前の花を見つけたよ 道の端で」



彼女はこれを



「みちのはじで」



と歌っていました。「端」を「はじ」と平板アクセントで言うのは、関東方言です。



それを聞いていて、先日読売テレビの視聴者センターに、視聴者の方からかかってきた電話を思い出しました。それは
「このあいだ、『ズームイン!!サタデー』の日光からの中継でアナウンサーが「端」のことを「はじ」と言っていたが、あれは正しいのか?(間違いではないのか)」



というものでした。



対応に困った視聴者センターからアナウンス部に「どうなんでしょうか?」と質問の電話がかかってきたのでした。そこで、こう答えました。



「『はじ』というのは関東の方言です。日光でその中継をやっていたのなら、そこの方言で『はじ』と濁るのは正しいと言えるでしょう。しかし、『正しいか正しくないか』というのは『標準語が正しくて方言は正しくない』というふうに思われがちなので、あまりそういう風に考えない方がいいですよ。」




本当に言葉は難しい・・・・・。(視聴者も・・・・。)



2002/7/21




(追記)
日本新聞協会放送分科会の「放送で気になる言葉・増補版」46ページに「はし と はじ」という項目がありました。
「全国向けの放送で『はじ』はひどく耳障りだと、関西の社から指摘があった。西日本では使うことのない発音だからだ。『はじ』は『はし』のなまり、関東で使う、と説明した辞書が多い。東京育ちの人は、自分たちの言葉がそのまま共通語と思い込みがちで、西の人間にはそれが違和感を与えるようだ。」
とありました。



2002/8/15

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