◆ことばの話725「日本戦」

もう、ワールドカップが終わって半月、日本が決勝トーナメント進出を決めたあのチュニジア戦から1ヶ月以上経つのですね。本当に月日が経つのは早い・・・。やらなきゃならないことはたくさんあるのだけれど。
さて、そのワールドカップ期間中にちょっと疑問に思ってほったらかしにしていたのが、タイトルにもある
「日本戦」
です。ワールドカップを見に行く、と言ったら、みんながみんな
「日本戦も見るの?」
と聞いてきたのですが、これって、おかしくないでしょうか?
「○○戦」
という場合、「○○」には、「戦う相手の名前」が入るのが普通で、「応援する自チーム」を入れるのはおかしくないでしょうか?これと同じような例としては、巨人ファンの人に対して、
「巨人戦のチケットあるよ」
というような使い方があります。
「○○戦」というのは、本来は「対○○戦」というふうに使っていたものが、「対」するに決まっているから省略されて「○○戦」となったのではないでしょうか。



それに対して、「日本戦」「巨人戦」の場合の「戦」は、「○○チームのゲーム(試合)」という意味があります。「○○対日本戦」の「○○対」が省略されているのです。「○○」はどこのチームでも良いのですね、「日本」か「巨人」が見られれば。だから省略されています。それに対して、普通は、「○○戦」と言う場合、戦うのは自分のチーム=日本、あるいは巨人と決まっていて、どこと戦うかが問題なので、自分の応援するチームは自明の理。だから省略しているわけです。
つまり、同じ「○○戦」という形を取りながら、表している意味が違うのです。違うどころか、まったく逆の意味になっているのです。ここで、
1.応援するのは日本(巨人)で、どこと戦うかが問題。
2.応援するのは日本(巨人)で、相手はどこでもいい。

というふうにすると、たとえば、1ヶ月前の6月14日に大阪・長居スタジアムで行われた「日本対チュニジア戦」は、
1.の立場の人にとっては「チュニジア戦」となりますし、2.の立場を取る人には「日本戦」となるわけです。
どっちを使っても意味は通じると思いますが、その人の立場も分かる気がしますね。1.が本当のサッカー(日本代表)、あるいは野球(巨人)ファン、2.の人はにわかファンのような気がしますが、あなたはどちらでしたか?



2002/7/15


◆ことばの話724「ゴージャス」

朝の番組(「あさイチ!」)をやっていると、芸能情報も人並みかちょっとそれより詳しくなります。そんな芸能情報で最近よく耳にする言葉に、
「ゴージャス」
があります。窪塚洋介さんとのうわさが注目されている叶姉妹の形容詞も「ゴージャス」だし、沢田亜矢子さんの元・夫のゴージャス松野さんは、名前に「ゴージャス」をつけちゃっているし・・・・。悲しくもさびしいゴージャス・・・。最近この言葉を聞くたびに、
「ゴージャスって、本当はどんな意味だっけ?」
と思わずにはおれません。そんな中、本屋さんで面白い本を見つけました。タイトルは、「新しい単位」(世界単位認定協会編)。今年2月に初版が出て、全然気づかなかったのですが、つい先日私が購入したのはもう10版になっていましたから、売れてるのですね。
扶桑社から出ているのですが、昔、その扶桑社と同じグループのフジテレビで「カノッサの屈辱」という番組がありましたよね。歴史の出来事を現在になぞらえて遊ぶ、ちょっと知的なものでしたが、あれの流れにあるんです。いろんなものの「単位」を新しく作って、この程度だと「○○」と例示してみて楽しむと言う、まあ、ほんとに非生産的なものです。でも、そんな無駄なことを「ここまで徹底してやるか!?」というところに、面白さを感じます。「若々しさ」「気前よさ」「せこさ」「もどかしさ」「はずかしさ」など、なかなかその程度を数字で表すことが困難な人間の心の動きなどをテーマにそれぞれに「単位」を新たに設定しているのです。
その単位の中に「ゴージャスさをあらわす単位」というのがあったのです。


本屋さんでこの本を見て、「あ、これは・・・・」と思いあたったのは、数年前にネット上で出回ったジョークチェーンメール「痛みの単位が決定」というものでした。そう思って、ぱらぱら読んでみると、あにはからんや、最初のページにその「痛みの単位」の話が書いてあり、それがきっかけでこの本ができたと記してありました。ちなみにその「痛みの単位」である「1hanage」というのは「鼻毛を一本抜いたときの痛み」です。・・・・これで大体どんな話か、想像つきますね。
話がそれましたが、その本によると「ゴージャスさ」の単位とは、「1Pnp」と表記し、「1パイナポウ」と読みます。「カクテルに生のパイナップルがのっているゴージャスさ」なんだそうです・・・全然ゴージャスちゃうやんか、と言うなかれ。これは単位の基礎、「1Pnp」なんですから。あまり単位を大きくすると、ほかのものは全部小数点以下になって、ややこしくなりますからね。
そのほかの「ゴージャスさ」の目安で言うと、「ウォーターベッドで眠る夜のゴージャスさ」=「120Pnp」、「松井の送りバントのゴージャスさ」=「240Pnp」、「禁煙中の群集を前に一服するゴージャスさ」=「2k(キロ)Pnp」、「お札でたき火をするゴージャスさ」が最大の「1M(メガ)Pnp」といったところです。
ほかにも面白い単位がありますよ。
*「驚いたときに『マジで〜』とリアクションする若々しさ」=1Mg?(マジで〜)
*「納豆に入っているカラシを捨てずに保管するせこさ」=1Kr(カラシ)
*「日本直販の気前よさ」=1Ch(チョクハン)
*「ダークダックスのパクさんを思い出せないもどかしさ」=1Pak(パクさん)
*「麦茶の容れ物を他人に見られた時の恥ずかしさ」=1mc(ムギチャ)

などなど。あー、あほらしい。でも、好きですが。この本の最後は「あほらしさ」の単位かと思いきや、「はかなさ」の単位でした。
「お祭り金魚のはかなさ」=1kg(キンギョ)
この本の内容は、BSフジの「宝島の地図」シリーズ内の1コーナーとして放送中なんだそうです。やられたな。フジは昔からこういった、知的なおふざけ番組は上手だからな。
それにしても叶姉妹の「ゴージャスさ」は、何Pnp(パイナポウ)かな?ゴージャス松野のゴージャスさは、おそらく小数点以下、あるいはマイナスかも。
「ゴージャス」。今年の流行語になるかもしれません。え?もう去年なってた?そうだっけかあ。


2002/7/15


◆ことばの話723「大人におもちゃ」

最近、「等身大のガンダム」といったおもちゃが売れているそうなんです。ただ、このガンダムの場合、お値段がナント19万円!子供は買えません。買うのは、大人です。子供の時の趣味をそのまま持ち続けて、経済的には大人になったような人たちが、購入しているようなのです。こういった人たちが、わりと安価な子供向けのおもちゃや景品のようなものをドカッとまとめて、箱ごと買ってしまうというような、品のない購入の様子を指して「オトナ買い」などということばもありますが、この「オトナ」が、漢字の「大人」ではなく「オトナ」とカタカナだと言う点がミソですよね。「子供」と「子ども」「コドモ」でも印象も違いますしね。



さて、そんな19万円もするようなものを買うオトナにとって、19万円のガンダムは、やはり「おもちゃ」なのか?「オトナにおもちゃ」か。この「に」が「の」になってしまうとあれあれ、まったく別のものになってしまう、と言うのが今回コラムのテーマです。なんでああいったものを「大人のおもちゃ」と呼ぶようになったんですかね。オトナになっても、コゴモのようなおもちゃを買って手にしている現状は「大人のおもちゃ」という言葉ができたときには想像もつかなかったのでしょうね。



さしずめ現在のは「オトナのオモチャ」でしょうか。



・・・・・やっぱりこれでもイヤラシさが出るなあ、どうしても。歴史の重みか・・・。



2002/7/5


◆ことばの話722「4強とベスト4」

ワールドカップで韓国が「4強」に入りました。スポーツ新聞各紙にこの「4強」の文字が躍っていました。それを紹介する朝の番組でも、



「韓国、ヨンキョーです」



と伝えていたのですが、少し違和感を感じました。「4強」は書き言葉であって、読み言葉・話し言葉ではないし、「8強」の場合「ハチキョー」ならまだしも「ハッキョウ」となると音の響きが良くないし。
そう思って、朝の番組担当のWアナウンサーに話したところ、



「私、ベスト4という言い方、好きじゃないんですよね。」




という思わぬ言葉が聞かれました。なぜかと問うと、



「英語じゃ、ベスト(bSET)は当然一つだけであって、4つもベストがあるなんて、おかしいんですよ。だから英語だと“トップ4(フォー)”とは言っても“ベスト4”とは言わないんです。ほら昔、歌番組で“ベストテン”と“トップテン“があった時にそんな話が出たじゃないですか。」




という答えが返ってきました。
言われてみれば「なるほどそうか」という感じですが、次に思い浮かぶのは、
「ベスト4という言葉は、和製英語として既に認知されているのではないか?」
という問題です。そして、突き詰めていくと、
「和製英語は、放逐すべきものなのかどうか?」
という問題に突き当たります。
うーん、どうなんでしょうか。
「外来語」になった時点で、もうその言葉は英語やドイツ語や中国語といった「外国語」ではなくなっているわけです。純然たる、かどうかはわかりませんが、「日本語」なんです。それを発音も含めて「原語にはないから・・・・」とう理由で排除すべきなのかどうか。
大変難しいですね。
でももしこのケースで、つまりまだ大会が行われていてトーナメントが続いている状態で勝ち残った4チームを「トップ4」と呼んだ方がいいのか「ベスト4」と呼んだ方がいいのかと聞かれたら、私の感覚では、「トップ4」は既にランキングが確定している上位4チームという感じで、「ベスト4」はさっき言った現在進行中の大会での準決勝進出を果たした4チームというイメージが強いのですが。使い分けは“日本では”行われていないのでしょうか。
たとえば「トップ2」という言い方はするかもしれませんが、「ベスト2」という言い方はしませんよね。「ベスト3」「トップ3」は言いますね。そしてまさしく「ベスト1」「トップ1」も言います。「ベスト●」で「●」に入る数字をあげてみましょう。



「ベスト●」に入る数字=1、3、4、5、8、9(野球)、10、11(サッカー)、15(ラグビー)、16、20、30、32、40、・・(あとは10刻み)100(100以上は省略)




ということで、この数字を分類すると、
2 代表的なカテゴリーとしての数字=1、3、5,10、20、30、40・・・100
3 トーナメントで勝ち残っていくチーム数=4、6、16、32
4 団体スポーツにおける1チームの人数




そういった場合に「ベスト●」というのが使われています。
これに対して、「トップ●」というのは、「そのランキングにおける上位から何人か」を示すのみで、「ベスト●」におけるA、Bの用法はないのではないでしょうか。また、ある競技における優秀な選手のランキングで「トップ●」と使う場合は、個人競技に限られるのではないでしょうか。
そういったことも考え合わせると、“日本では”、「ベスト●」という言い方は許されてしかるべきだ」と考えますが、いかがでしょうか?



念のためインターネットの検索エンジン「Google」で調べてみました。
「ベスト4」=59万8000件
「 4 強 」=88万件
「トップ4」=228万件




「ベスト8」=51万件
「 8 強 」=77万9000件
「トップ8」=181万件




意外にも「トップ4」「トップ8」が圧倒的に多い・・・のかなと持って中身を見てみると、ロボット検索の悲しさ、
「〜がトップ、8月は・・・・」
なんてのもかなり含まれていて、「トップ4」「トップ8」の数は、あまり当てにならないことがわかりました。
また、「4強」「8強」が多いのも「書き言葉」だから、ネットに「書き込まれた」のではないでしょうか。



2002/7/10


◆ことばの話721「脱北者」

北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国から脱出する人たちがあとを絶ちません。5月に中国・瀋陽の日本総領事館に幼い子供を含む5人が亡命を求めて逃げ込もうとした事件以降、日本でもこの問題に対する関心は高くなっています。
そういった人たちのことを、新聞によっては、
「脱北者」
と表記しているのを見かけます。インターネットの検索エンジンGoogleで調べたところ、343件ありました。
しかし放送ではなかなか出てこない表現でしたが、今日(6月26日)の「ニューススクランブル」のナレーション原稿でこの「脱北者」という言葉が出てきました。これをなんと読むか?
「だっぽくしゃ」
だと思っていたのですが、担当ディレクターは、
「だつほくしゃ」
と言っていたのです。一体どっちが正しいのか?
まず「脱」という漢字の読み方についていろいろ考えてみます。「脱」のつく熟語を「新明解国語辞典」で調べてみると、
【1】「だっ」と読むもの=「脱出」「脱退」「脱皮」「脱腸」「脱会」「脱却」「脱臼」「脱稿」「脱魂」「脱酸」「脱肛」「脱穀」「脱化」「脱脂」
「脱色」「脱臭」「脱水」「脱線」「脱疽」「脱兎」「脱藩」「脱法」「脱糞」
【2】「だつ」と読むもの=「脱帽」「脱衣」「脱獄」「脱営」「脱サラ」「脱税」「脱字」「脱俗」「脱毛」「脱落」「脱力」「脱牢」「脱漏」「脱硫」




という結果になりました。このほか辞書に載っていないもので「だつ」で「脱輪」というのもあります。「だっ」「だつ」両方ありますが、「だっ」と、小さな「っ」になって詰まるものは、「っ」の後に来る音が「カ行」「サ行」「タ行」「パ行」(ハ行)です。これは「母音の無声化」が起こる時の条件と同じです。それに対して「だつ」としっかり読むものの「つ」の後に来ている音は「ア行」「ザ行」「バ行」「マ行」「ラ行」と無声化の起こらない音です。唯一「サ行」で入っているのは「脱サラ」。これは「脱」十「サラリーマン」という造語で、後半の「サラリーマン」は和製英語・外来語です。しかも表記上は「ダツサラ」と促音便になっていませんが、実際に発音してみると、限りなく「ダッサラ」と促音便に近くなります。
この「脱」の条件から言うと「脱北者」は「脱」のあとに「北(ほく)」という「ハ行」の音が来ていますので、「だっ」とつまる音になるのが妥当だと思えます。
次に「脱北者」の「北」を「ぽく」というふうに「連濁」ならぬ「連半濁」(そんな言葉があるのかどうかわかりませんが、とりあえず。)させることが妥当かどうかについて。
ここで思い浮かぶのは、大阪ではあまり聞かないのですが、地方に行くと天気予報でよく耳にする言葉である、
「県南」「県北」
です。もちろん、
「その県の南部の地方」「その県の北部の地方」
という意味ですが、この「県北」を、天気予報などでは、
「けんぽく」
と言っています。この場合、「ぽく」となる前の音は「ん」とはねる音(撥音)ですが、「っ」というつまる音(促音)の場合も「ぽく」と言う風に行ったほうが自然なのではないでしょうか。だって「脱」だけ「だっ」と詰まっておいてその後が「ほくしゃ」と続いたら、
「だっほくしゃ」
となって読みにくいことこの上ない。やはり「だっぽくしゃ」のほうが読みやすいですよね。
ということで、オンエアーでは、「だっぽくしゃ」と読むことになりました。
しかしこの言葉自体、よく見かけるのは、どちらかと言うと右寄りの新聞です。どちらかと言うと左寄りの新聞はこの言葉を使わずに、北朝鮮からの
「脱出者」
という表現を使っているようです。なぜか。この「脱北者」という言葉の表す「北」は言うまでもなく「北朝鮮」=「朝鮮民主主義人民共和国」を指しています。
また「脱」のつく言葉の中に「脱獄」という言葉がありますが、その人が「脱する」のは「獄」がよいところではなかったから、というイメージがあり、その「脱獄」に似た「脱北」と言う言葉を用いた場合に「北」はよいところではない、と言うイメージが重なりはしないか?という懸念があるからかもしれません。また、朝鮮民主主義人民共和国を「北」の一文字であらわすことも、あまり心地よくない、という気持ちもあるのではないでしょうか。
いろんなことを考えさせられる今回の事件です。



2002/6/26




*ご参考までに、「平成ことば事情690北朝鮮の住民と北朝鮮人」もご覧ください。



(追記)



7月29日のテレビ朝日「ニュースステーション」で22:07、久米宏さんが、 「脱北者」(ダッポクシャ) を使っていました。



2002/8/1



(追記2)



もうすっかり「ダッポクシャ」が定着したかと思っていたら、朝のニュースの若いデスクが、原稿に出てきた「脱北者」の文字の上になんと



「ダッペイシャ」



とルビを振ってきました。麻雀のやりすぎとちゃうか?ポン!!



2003/2/8

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