◆ことばの話715「桐生悠々」


5月末、新聞用語懇談会の総会で金沢に行ってきました。会議が終わっての帰り、



「やっぱり兼六園ぐらい見とかなきゃ。」



と兼六園に行き、そこから金沢駅に戻る途中に、レンガ作りのおしゃれな建物を見つけたので入ってみることにしました。



そこは「石川近代文学館」というところで、建物は旧制四高の校舎をそのまま使っていたのでした。道理で、趣があるはずだ。



そこには金沢県出身あるいはゆかりの文学者、思想界の先人、詩人・歌人などの作品や遺品などが展示してありました。入館者は少なくて、ゆっくり落ち着いて見て回ることができました。(入館料400円)



その中で私の目に留まったのは、「桐生悠々(きりゅう・ゆうゆう)」でした。



ジャーナリスト。1873年〜1941年(明治6年〜昭和16年)。金沢市生まれだったのか。本名・政次。



彼の名を高めた一つの出来事は、彼が信濃毎日新聞の主筆として書いた当局の政策を批判したコラムでした。そのコピーが展示してありました。



昭和8年(1933年)8月11日の評論「関東防空大演習をわらう」。その内容は、



「おとといから行われつつある関東防空大演習は、AKを通じて全国に放送されている。帝都の上空にて敵機を迎え撃つが如き作戦計画は、最初からこれを予定するならば滑稽である。消燈して迎えるのは混乱を増すだけで無意味。先凱旋を用いれば、如何に隠れていても所在地を知りうる。ツェッペリンのロンドン空襲が示した如く、空撃したものの勝利であり、空撃されたものの負けである。この空撃に先立ってこれを撃破すること。これが防空戦の第一義でなくてはならない。」(要旨のみ)
というものでした。



1933年(昭和8年)にこれが書かれたことにまず驚き、またこの程度の言論の自由がすでに1933年の時点で許されなかったという事実にまた驚いたのでした。



悠々はこの評論がきっかけで信濃毎日を追われることになります。



今、国会で審議されている個人情報保護法案は、こういった「言論の自由」を奪うことになりはしないのか。過去の歴史をこの際もう一度勉強し直すことも必要ではないかと、旧制四高の校舎の中で思ったのでした。



2002/6/8


◆ことばの話714「鈴木踏切」

6月19日、ついに鈴木宗男衆議院議員が斡旋収賄の疑いで逮捕されました。ワールドカップの日本対トルコ戦が終わるのを待っていたかのようです。



その鈴木容疑者逮捕の特別番組で、これまでの鈴木容疑者の足跡を紹介していました。



その中で、地元・北海道の足寄(あしょろ)には、なんと鈴木容疑者の名前を冠した



「鈴木踏切」



というのがあるそうなのです。「ムネオハウス」といい、この人は、自分の名前をつけるのが、大変好きなようです。もっともこの「鈴木踏切」、踏切の向こうには鈴木容疑者の家しかないことからつけられたものだそうですが。



特別番組を横目に、北海道出身のSアナは、



「これで北海道から初の総理大臣は、また当分出そうもないな。」



「えー?鈴木宗男って、総理候補だったの?」 「(可能性は)0%ではなかったと思いますよ。」



そうだったのか。確かに強烈な上昇志向はあったでしょうね。



けれども、そんな鈴木容疑者が"万が一"総理大臣になっていたら・・・。



自分の名前をつけるのが好きな鈴木容疑者は、きっと「国の名前」にも自分の名前をつけていたのではないでしょうか?つまり、鈴木容疑者が(万が一)総理になった後の「日本国」の国名は、



「スズキ」



になっていたのではないでしょうか。そうすると、ワールドカップで応援する国の名も「スズキ」ですから、サポーターの応援も、



「スズキ、チャッ・チャッ・チャ!」



とかになったりして。ベルギー戦で得点した鈴木選手なんかは「スズキの鈴木」です。



住所だって、海外から「日本」に送る場合は、



「スズキ国兵庫県神戸市○○台1−1−1」



とかになるわけで・・・・。



そう考えるとゾッとしますね。全国の「鈴木さん」は喜ぶかもしれませんが。



でも「サウジアラビア」なんかは「サウジ家のアラビア」という意味だそうですから、世界にはそういった名前の国もあるわけです。



「スズキ家のニホン」



・・・・ならなくてよかった・・・・・・。



2002/6/19


◆ことばの話713「プサン(Pusan)とブサン(Busan)」

再三、繰り返しになりますが、ワールドカップの「ブラジルVSトルコ」戦を見に、韓国に行ってきました。関西国際空港からプサンの金浦空港まで、行きは1時間20分、帰りは、なんと1時間5分。札幌へ行くより近いのです。行きは向かい風なんでしょうか、スピードも760キロくらいしか出ていませんでしたが、帰りは追い風(偏西風)に乗って930キロぐらい出ていました。風の力はすごい!



韓国に行くのは、2年ぶり4回目。でもこれまではずっとソウルにしか行ったことがなかったので、プサンは初めてでした。(試合を見たところは、そのプサンから更に1時間半ほど北に行ったウルサンという街でしたが。ここは、チョン・ムンジュン韓国サッカー協会会長の生まれ故郷だそうで、現代自動車の発祥の地だそうです。人口100万人くらいの街。地方の県庁所在地みたいな感じで、日本で言うと、広島市みたいな感じですかね。)



そのプサンの街で見る、「プサン」という地名の表記なんですが、これが
PUSAN



BUSAN



の二通りあるのです。



ホテルのコンシェルジェや、ワールドカップデスクに聞いてみたところ、



「昔は、みんなPUSAN(プサン)でしたが、2,3年前ぐらいから、英語ではBUSAN(ブサン)なので、国際的な表記にあわせようということでBUSANが増えてきました。」



ということでした。読みも「ブサン」だそうです。



なるほど。でも困るよねー。勝手にそんなことされちゃあ。



日本では「釜山」と書いて昔は「ふざん」と漢字読みしていたのを、現地読みにしようということで「プサン」と言うようになったのに、現地で「ブザン」ということが定着したら、日本でも「ブザン」となるのでしょうか?



中国の「北京」も日本では「ペキン」というのが定着していますが、英語では
「Beijing」(ベイジン)ですよね。「ペ」と「ベ」。似ているけれど微妙に違う。
アジアには、こういった音が多いのかな。どうなってしまうのか、「プサン」!



そうだ、ディズニーのクマのキャラクターは韓国ではなんて言うのだろう?



クマのプーサン。



あ、「さん」は日本語か。



2002/6/8


(追記)



9月28日から始まった韓国・釜山で始まったアジア大会で、選手のナンバーカード(昔はゼッケンと呼んでいました)には、
「BUSAN」
と表記されていました。



2002/10/11


◆ことばの話712「JAWOC」

ワールドカップのチケットは、まさに「プラチナチケット」です。しかーし!会場の席は空いている!サッカーファンのみならず、怒っています。その責任の大半は、FIFA=国際サッカー連盟からチケット販売の委託を受けたイギリスのバイロム社という会社が、どうも規模が小さくて、とてもワールドカップを仕切れるほどの力がないことが大きな原因になっているようなのです。でもそれだけではなくて、やはり日本側の組織委員会にも責任はあるとは思うのですが。



そのチケット問題のニュースを読むときに出てくるのが日本側の組織委員会の略称である
「JAWOC」



です。これを私はずっと



「ジャワック」
と読んでいたのですが、スタッフから指摘がありました。



「『ジャウォック』じゃないんでしょうか?」



「えー、でも『work』は「ワーク」であって『walk』は「ウォーク」でしょ。それか
ら言えば『ジャワック』じゃないのかな?」



確認のため、神戸のJAWOCに電話で聞いてみたところ、



「ジャウォックです。」



と言うことでした。アチャー、ずっと間違って読んでたわけかい。



それともう一つは、この原稿の初めにも出てきた、国際サッカー連盟の
「FIFA」



の読み方です。私が初めてテレビでワールドカップを見た1974年の西ドイツ大会の頃から、私は



「フィーファー」
と言ってきたのですが、最近世の中では、短く
「フィファ」



という傾向にあるようです。これは要するに、「FIFA」の「FI」のところに
「強弱アクセント」のアクセントが来ていて、それを耳で聞くと「フィ」が強いので「フィー」と伸ばしているように聞こえるということではないでしょうか。そう考えると、



「フィーファ」



という言い方も、あながち間違っていないように思えます。お尻のほうは、
「フィー」につられて「ファー」と伸ばしてしまったのではないでしょうかね。



本当に外来語は難しいのですが、今後はアルファベットをそのまま並べた名前(略称など)が、"カタカナの振り仮名なし"で登場するケースがもっともっと増えそうで
す。困るんですけど・・・・・。



2002/6/21


◆ことばの話711「尻ざわり」

前にも少し書きましたが、韓国のプサンへ、ワールドカップの試合を見に行ってきました。ブラジル対トルコ戦。その帰り、プサンの金浦(KimHae)国際空港で飛行機を待っている間に入ったレストランでの話。テーブルの上においてある、紙ナプキンを手に取ったところ、日本にあるのとは違ってずいぶん紙の質が硬く、ゴワゴワしていたのです。そこで、



「尻ざわりの悪いトイレットぺーパーみたいな紙ナプキンだな。」



と口に出して、妻に叱られました。確かにレストランでこんな言葉を使ってはいけません。



でも、本当なんだもん。



それで、ふと思ったのです、「尻ざわり」なんて言葉は、辞書に載っているんだろうかと。



家に帰ってからさっそく調べました。「尻切れ」「尻切り」「尻上がり」「尻すぼ
み」「尻毛」「尻馬」「尻隠し」「尻軽」「尻口」「尻癖」「尻声」「尻だこ」「尻
抜け」などなど、「尻〜」という言葉はたくさん載っていますが、「尻ざわり」は
載っていません。



でも、あってもいいのではないでしょうか、「尻ざわり」。使われる場面は限定的ですがね。トイレだけ。それ以外には使ってはいけません。禁止します。・・・・・・
ダメです。そんなことに使っては。あ・・・「ダメ」は「カタカナ」ではなく「ひら
がな」でお願いします。



そこでこの「〜ざわり」という形の言葉の構成について考えてみました。



たとえば、「〜ざわり」の形でよく使われる言葉には、「手ざわり」「舌ざわり」
「肌ざわり」 といった言葉があります。「手ざわり」は「手で触った感じ」ですし「舌ざわり」も「舌で触った感じ」です。これに対して「肌ざわり」は「肌で触った感じ」ではなく「肌に触った感じ」だと思うのです。つまり、「手ざわり」「舌ざわり」は、「手」と「舌」という感覚器官を使って、何かを触った感じを指しているのに対して、「肌ざわり」は、何かを「肌に」当てたとき、「肌に」触れさせたときの感じだと思うのです。
「肌」も確かに感覚器官の一つかもしれませんが、面積が広いせいか、「それ」のほうから何かに触れる行為を積極的にとりにくいように感じるのです。どちらから近づいていくか、という問題ですが。



その点「尻ざわり」はどうか。「尻」は感覚器官なのかどうか。あまり「尻」を使って何かをはかったり、試したりということはありませんので、「手」や「舌」とは違って、どちらかというと「肌」に近いですかね。面積も広いし。 ということで、「肌ざわり」があるのなら「尻ざわり」もあって良いのではないか、
というお話でした。



2002/6/8




(追記)
この空港のレストランには日本語の表示もありました。
「お帰りの際にはレヅ係にテーブル番号をお知らせください。」



レヅ係・・・・・確かに「シ」と「ツ」の区別は難しいけど、活字で「レヅ係」は、
ちょっと・・・。やはり気になった日本人観光客はたくさんいたんでしょう。その表示された活字の上から爪で「ジ」と書き直した跡がありました。
それからプサンのホテルにはこんな表示も。



「電話の受信機をもちんと戻してください。」



受信機・・・それは受話器では?それより何より「もちんと」。なぜ「もちんと」?



もちんと・・・いやいや、もちょっと「きちんと」書いて欲しかったなあ。



うそです。このままで良いです。海外旅行の楽しみが増えますから。あんまり「きちんと」されると、何か「国内旅行」しているようですからね。いいですよお、「もちんと」。もちろん、「受信機」は「もちんと」戻しておいたことは、言うまでもありません。



2002/6/9

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